順逆無一文

第69回『自動運転』

 梅雨もまだ本番の真っただ中にあった7月6日、国土交通省がお堅いお役所としてはちょっと不似合いな呼びかけの報道発表を行なった。
『現在実用化されている「自動運転」機能は、完全な自動運転ではありません!!』と。
 お役所の発表文章としてはそぐわないような直截的な言い回し、内容の発表だった。
 
 この国土交通省の発表が行われた背景にあったのは、5月に起こったアメリカでの1件の死亡事故がある。多くのマスコミが報道したのでご存知の方も多いと思うが、テスラモーターズという電気自動車の発売で急成長し、またいち早く自動運転を導入するなど何かと話題の多い新興自動車メーカーのクルマによる、世界初(?)の自動運転中の死亡事故の発生だったところから、世界中が注目する大ニュースとなった事故だ。自動運転(英語の報道では“オートパイロット”)中だったテスラモーターズの車両が、自車の進路上に側方から出てきたトレーラーを認識できなくてそのまま衝突。運転者が死亡してしまったというものだった。
 
 逆光という悪条件下で自動運転システムがトレーラーの出現を認識ミスしてしまい、そのまま突っ込んでしまったというのだ。その後の報道で、運転者はDVDを見ていたとか、ゲームをしていたとか、真偽様々な情報が入ってきていたが、ドライバーが自動運転を信頼しきってすべて任せてしまっていたことは確かで、万が一の事態にドライバーがリカバーする機会を自ら放棄していた、というのがどうやら真相のようだ。
 
 この記事だけを読むと「あれ、もうアメリカでは自動運転車が走っているの?」と思った方も多いかと思うが、さにあらず。アメリカでもまだ完全な自動運転車は市販されておらず、現段階では走行レーンをキープしてくれたり、一定の条件下で衝突を未然に防ぐ自動ブレーキや衝突被害軽減ブレーキといった、あくまで「運転支援技術」を搭載した車両でしかない。
 
「自動運転」という言葉やイメージばかりがどんどん広まってしまい、あたかも人間の代わりにクルマがすべて制御し運転してくれると思いこんでしまっている人間まで出現してしまったわけで、国土交通省としてもあわてて“釘を刺す”発表をしたということ。

******* 以下、国土交通省の発表文から *********
 
『本年5月、米国において、テスラモーターズ(Tesla Motors、以下「テスラ」という。)社製の自動車が、「オートパイロット」(Autopilot)機能を使用しての走行中に側方から侵入したトレーラーに衝突し、運転者が死亡するという事故が発生しました。この事故の詳細については、現在、米国当局が調査中です。
 
 テスラ社製の「オートパイロット」機能を含め、現在実用化されている「自動運転」機能は、運転者が責任をもって安全運転を行うことを前提とした「運転支援技術」であり、運転者に代わってクルマが責任を持って安全運転を行う、完全な自動運転ではありません。
 
 このため、運転者は、その機能の限界や注意点を正しく理解し、機能を過信せず、責任を持って安全運転を行う必要があります。
 
 国土交通省・警察庁では、今回の事故を踏まえ、ユーザーへの注意喚起を改めて徹底することとし、国土交通省では、本日、(社)日本自動車工業会及び日本自動車輸入組合に対し、自動車の販売時等に、自動車ユーザーに対して上記の点を十分に説明するように周知しました。
 
 お手持ちの車について不明点がある場合や、車を購入する際には、ディーラー等において、その運転支援技術の機能や注意点について、ご確認ください。』
 
******* 以上、国土交通省発表文より *********

 ちなみに問題のテスラモーターズ製の車両に搭載された“オートパイロット”機能というのは、通常の車と同様、運転者が前方・周囲を監視しながら安全運転を行うことを前提に、車線維持支援、車線変更支援、自動ブレーキを行うだけの機能を備えたモデルで、「自動運転」とは程遠いものだったらしい。
 
 ちなみに我が国の「安全運転支援システム・自動走行システムの定義」(官民ITS構想・ロードマップ2016)によれば、レベル2の「加速・操舵・制動のうち複数の操作を一度にシステムが行う状態」を実装するもので、ドライバー責任により常時監視義務が必要で、いつでもドライバーによる安全運転に移行できる体制になければならない「準自動走行システム」でしかない。この上のレベル3となって初めて「加速・操舵・制動を全てシステムが行い、システムが要請した時のみドライバーが対応する状態」だそうで、これでもあくまでドライバーの責任下でクルマが走行する「自動走行システム」だ。
 
 システムが完全に加速・操舵・制動をコントロールし、その操作にシステムが責任も持つ「完全自動走行システム」は、一番上のレベル4にならないと本当の意味での「自動運転」とは言えない。現状では、レベル4の完全自動走行の実現へ向けての実走行テストが、あくまで“人間の監視下”で始まったばかり。
 
 国土交通省のオートパイロットシステムの実現へ向けたロードマップによれば、2020年代の初頭頃に「高速道路の本線上における高度な運転支援システムによる連続走行の実現を目指す」、そして2020年代初頭以降になってやっと「分合流部、渋滞多発個所等における混雑時の最適な走行も含めた高速道路本線および連結路における高度な運転支援システムによる連続走行の早期実現を目指す」としている。
 
 衝突被害軽減ブレーキなどあくまで“運転を支援”する技術であれば、わが国でももうすでに実用レベルで市販車にもどんどんと取り入れられてきているが、それと“運転を任せる”ということとは根本的な違いがある。その技術的な転換点、節目がまさに2020年ということになるのだろう。
 
 2020年。何か遠い未来のように聞こえてしまうが、実際にはあとわずか数年だ。さて、その時に二輪車、バイクはどうなっているのだろう。現在の国産二輪車メーカーの高度な技術力をもってすれば、技術的には二輪車でも自動運転システムを導入することは可能だろう。しかし、それを実現するためのシステムがバイク本体よりも高価となってしまうとしたら…。
 
 また、ETC2.0の導入ですら二輪車への普及は遅々として進んでいないというのに、車々間通信や、路車間通信、GPSを使った車両の位置情報、そしてそれらを組み合わせた情報ネットワーク化に二輪も対応していかなくてはならなくなるのは、誰の目にも明らか。基本的に二輪を排除することしか考えていないこの国の施策を見る限りでは、またぞろ二輪車排斥の良き口実に使われてしまう予感も無きにしも非ず。
 
 唯一未来へのキーワードとなりそうなのが、自動車基準調和世界フォーラム(WP29)と道路交通安全作業部会(WP1)の存在だろうか。海外では二輪だからと言って切り捨てることなどは考えられないであろうから、クルマの自動運転化が山場を越せば二輪向けシステムの開発や国際基準の策定などが行われる可能性は残されている。
 
(小宮山幸雄)
 


小宮山幸雄小宮山幸雄

“雪ヶ谷時代”からMr.BIKEにかかわってきた団塊ライダー。本人いわく「ただ、だらだらとやって来ただけ…」。エンジンが付く乗り物なら、クルマ、バイクから軽飛行機、モーターボートとなんでも、の乗り物好き。「霞ヶ関」じゃない本物!?の「日本の埋蔵金」サイトを主宰する同姓同名人物は、“閼伽の本人”。 


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