これが、たった1回立ち寄った喫茶店での出来事だった。

 
その後僕は転職し、新しい会社では関東から離れた工場に配属されたため、彼女とも千葉県のツーリングとも縁が切れてしまった。
それからまた10年の月日が過ぎ、僕はまた千葉県に帰ってきた。
昔のバイク仲間や新しく出来たバイク友達とツーリングに行ったり、あるいは一人でぶらっと走りに行った時、「あの店はどこにあったんだろう?」と気に掛けてはいたものの見つけることは出来なかった。

 
そして今日この日。僕はもう20年も前の出来事を思い出そうと懸命に地図を睨み、内房沿いの国道をゆっくりと走りつつその店を探した。

 
人生には稀にささやかな奇跡に出会う事もあるらしい。
何かが心に反応し、その瞬間閃いた。「そうだトンネルだ。トンネルを越えてすぐにその喫茶店の小さな看板があったんだ」
5分程前に通り過ぎた小さなトンネルがずっと気になっていた。路肩に止まって地図で確認する。小さな岬の中を通るトンネルだ。地図上、トンネルを越えると海が迫っている。きっとここだ。バイクを反転させる。ゆっくり走ってみるとトンネルの手前に海側に向かう未舗装路が確かにある。喫茶店の看板は… 分らない。
一旦トンネルをくぐり、再びトンネルに戻る。トンネルの出口を過ぎると、左側に未舗装路。喫茶店の看板は…在った。
僕は20年の歳月を越えて再びその店と再開した。

 
まあ、冷静に考えれば僕が勝手にその店の場所を分らなくなっていただけの話であり、お店からすればごくフツーに20年の月日を過ごしてきている、という話だ。そうではあるのだけど僕はこのキセキに感動し、ずっと続けているこの店に感謝した。
20年前と建物も変らず(後で聞いたら建て増ししているそうだが)、昔と同じようにおばちゃんが一人で切り盛りしていて、やっぱり同じように窓から水平線が見渡せた。
結構お客さんが入っていて繁盛しているみたいだ。
コーヒーを飲み、でも立ち去り難く2杯目を注文していると、ちょうどお客は僕だけとなった。
言うか言うまいか迷ったけれど「20年前に一度だけここに来たことがあるんです」と僕は言ってみた。
おばちゃんは「そういう人多いのよお。最近はバイクの雑誌や千葉県ドライブの雑誌なんかで取材されることもあるからさ」「新しいお客さんも増えたけど、昔来た事あって忘れてたけど雑誌に載ってて思い出した、って言ってくれる人も結構いるわねえ」
「もう半年も前になるけどね、母娘二人で来てコーヒー飲んで帰ってったんだけどね、お母さんの方が友達と20年前にやっぱりココへ来たことあって、ずっと忘れてたけど雑誌で見つけて娘とドライブしながら来たんだって」
そうか僕と同じようにずっと気になっていたヒトもいるんだと、ちょっとウレシクなった。
店のおばちゃんは、「あと1時間もすると夕陽がきれいだから見て帰りなさい」と言ってくれた。
僕が「遅くなると帰るのめんどくさくなるからなあ」とか言っていると、おばちゃん曰く「さっき話した母娘もね、母親の方が夕陽見て帰ろうって言ってね、娘が『そんなに待ってたら家に着くの何時になるか分らない』って反対したのよ。そしたらねえ、そのお母さん、『20年前に来た時もそう言って夕陽を見るのを反対されたのよ。結局見て帰って正解だったけど』って娘を説得して、二人で夕陽を眺めて帰ったわよ。娘の方はキャッキャッ言いながら写真取ってたもの」

 
ふうん、20年振りに夕陽を見て帰ったねえ。まさかね。そんなおとぎ話みたいな出来事なんてめったに起きることはないよね。
もちろんその母娘のお母さんがあの時の彼女だなんてそう簡単には有り得ないし、調べる事も不可能だ。

 
まあいいか。おとぎ話はおとぎ話として、20年前に「これからの実り多き人生のために夕陽を見て帰りましょ」と言われたその言葉は、なぜか僕の心のどこかにまだ住んでいて、いまだに何か心が痛んだ時の、僕の処方箋の一つになっている。
「おばちゃんありがと。じゃあ夕焼けまでいさせてね」と言うと、「いいよ、ウチにはコーヒーだけじゃなく、焼きソバや焼きうどんやピラフもあるからね」と答えてくれる。

 
一瞬、20年前にジャンプしたみたいだった。

 
間違いなく今日のツーリングは一生記憶に残るなあ、そう思えたシアワセな1日だった。


タカヤスチハル
タカヤスチハル
「もう30年以上バイクに乗ってます」と威張れるくらいず~っと乗り続けているのにちっともうまくならないへたれライダー。ふつーのお父さんは逆境にも負けず、ささやかなバイク生活を営んでいます、が…… 

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