事の経緯を聞くと
昨年、旅行会社のツーリングツアーでウラジオストックからイスタンブールまでバイクで走るツアーに夫婦で参加したのだという。そしてイスタンブールに着いた時、もっと先まで行ってみたくなったんだとか。そこで現地にバイクを預けて一度帰国し、準備し直して再スタート。その途中でこのマン島に寄ったらしい。
それにしても・・・文化も言葉も違う。治安も当然、日本に比べたらよくない。そんな中をたった二人でよくここまで辿り着いたものである。
この夫婦、二人そろって日本語以外は全然ダメらしい。それで大丈夫だったのか聞いてみると「なんとかなるもんですよ」と。
うん、今のオレには分かる。もちろん英語くらいは話せた方がいい。だが何とかはなる。
ただそこにはその人の本気が必要だ。ホームと言える環境では自分は本気だと思ってもそのほとんどはレベルの高いストイックさでしかない。今回、初めて日本を出た事でオレはその事を思い知った。本当の意味での本気は大抵の事を可能にしてくれる。
そもそも大陸横断なんてスケールのデカイ旅、本気じゃなきゃ無理でしょ。
Iさんとそんな話をしている中、彼の奥さんはというと、屈強な体格のバイク乗りにむかって「すいませぇ~ん! 写真撮ってもらえます?」と満面の笑顔を浮かべ日本語で話しかけている。
度胸があるのか単に無邪気なだけなのか、どちらにしても相当の怖いもの知らずである。
Iさんに聞くと道中、ずっとあんな調子だったらしい。
常々思っていた事だが、やはりニッポンのオバちゃんは最強だ。
このまま世界一周くらい行けちゃうんじゃねぇか!?
そうこうしているうちに観客の来場も落ち着き、コースは封鎖された。マーシャルのマシンが目の前を通過していく。その後を満席のインプレッサが3台、物凄い勢いで立て続けに通過していった。レース前のコースを全開走行してくれるVIP専用のサービスである。
そしてレースの本戦が始まった。最初に行われるのはゼロクラスだ。
そういえばゼロクラスはその予選が何度も雨で流れている。そのためこのクラスのマシンが走る姿を見るのはこれが初めてである。って事は
これは予選なのか? それとも予選抜きでいきなり決勝本番なのか?
もうこのあたりは他のクラスもそうだがスケジュールがシャッフルされ過ぎて訳がわからない。まぁ今さらどうでもいい事ではあるが。
ゼロクラスは実質、電動バイクのレースである。よって排気音は聞こえない。マシンの接近を知るには中継用のヘリの爆音だけが頼りだ。
そしてヘリの音が聞こえてきた。コースをのぞき込むとマシンの姿が見えてきた。
さて未来のバイクの走りとはいかなるものなのか。
音は何も聞こえない。だがマシンが近づくにつれヒュイーーン! という音が聞こえてきた。
それがだんだん大きくなっていく。そしてオレ達の前をブゥ~ンッ!! と空気を切り裂く音だけを残して走り去っていく。
思っていたより全然、速い。最高速は260~270キロくらいだそうだ。
それでも他のクラスに比べると迫力には欠ける。やはりサウンドはあったほうがいい。
街中でこんなバイクを目にするようになるのはそれほど遠い未来ではないのだろう。しかし車で走っててあんな感じで音もなく抜かれたりしたらかなり怖いだろうな。
レースは一周のみであっという間に終わってしまった。フル充電で走れる航続距離はまだそのあたりが限界なのかもしれない。ゼロクラスが終わり矢継ぎ早にサイドカーのレースがスタートした。オレはこのマン島TTで初めて生のサイドカーレース観てかなり気に入ってしまっていた。走りは車とバイクの良いとこどりな感じ。
ライダーとパッセンジャーのコンビネーションも見ごたえがある。そして何より走っている姿がカッコイイ。それはガキの頃、テレビで見て憧れたヒーローもののキカイダーを思い出す。
ヘリの爆音に混じって甲高い排気音が聞こえてきた。
最初のマシンが視界に入る。そして猛烈な勢いで迫り目の間を通り過ぎていく。
その後もカラフルなマシンが次から次へと走り去っていった。