オオカミ男のひとりごと


HERO‘S 大神 龍
年齢不詳

職業フリーライター

見た目と異なり性格は温厚で性質はその名の通りオオカミ気質。群れるのは嫌いだが集うのが大好きなバイク乗り。
時折、かかってこい! と人を挑発するも本当にかかってこられたら非常に困るといった矛盾した一面を持つ。おまけに自分の評価は自分がするものではないなどとえらそうな事を言いながら他人からの評価にまったく興味を示さないひねくれ者。

愛車はエイプ100、エイプ250?、エイプ750?。
第75回 第22章 Mountain course

 
マウンテンコース。
気候変動の激しいマン島内でも市街地に比べてひときわ天候の変わりやすい区間。特に霧が発生しやすくそれによって頻繁に通行止めになる。他の区間とは異なり道の左右はそのほとんどが牧草地。そのため街中の建物や木立による木漏れ日といった視覚的変化が少なくレースコースの中では最もサーキットに近い環境である。
ゆえにTTを走るライダーにとってここは勝負所。当然、クラッシュも多い。
事故が多いのはレース中に限った話ではない。
レースのない日には観戦に来ている一般ライダーの多くがこの区間を走る。レース期間中、マウンテンコースは一方通行になっている。しかも速度の制限が設定されていないため飛ばすライダーが多く事故は後を絶たない。
だが・・・飛ばしたくなるよねぇ。
一方通行で速度無制限なんて「遅い車は抜いちゃっていいから好き放題走って。」って言っているようなものである。ましてやマン島TTを好んで観に来るような奴らがこんな所を走って自制するはずもない。そりゃ事故も多発しますよ。
死亡事故も多くマン島ではレースのない日をマッド・サンデーと呼んでいる。
オレ達は飛ばしたりはしない。ゆっくりとまわりの景色などを楽しみながら走っている。
それにしても思っていた以上に勾配はキツイ。コーナーも当初のイメージよりもはるかにRがきつく回り込んでいる所が多い。そして路面は他の区間同様にあまりよろしくない。
それこそ峠小僧が走り回っている日本の山道と何ら変わらない。途中、駐車できるスペースがあったので停まってみた。ちょうどその少し上の方に例のベンチがひとつあった。そのベンチには日の丸が張り付けられている。そしてその中央には4年前のレースで亡くなった松下ヨシナリ選手の名前が刻まれていた。それにしても亡くなったライダーを称えるのになぜベンチなんだろうか。本来座ってくつろぐものなのだがその意味を知ってしまうとなんか・・・座りづらいよね。


トライアンフ

トライアンフ

 
再び車に戻りオレ達は先へ進んだ。次から次へと観戦を終えた一般ライダー達がオレ達を追い抜いていく。まぁ何とも気持ちよさそうだ。
目に映る景色は日本ではお目にかかれないほどの雄大さである。途中、道路脇の柵が壊れている所があった。ついさっきハッチンソン選手がクラッシュした場所のようだ。路面にはタイヤ痕が生々しく残っている。
標高があがるにつれ少し霧が出始めてきている。しばらく行くと駐車場があった。
ここを通るライダー達はとりあえずみんなそこへ寄っていく。そこにはジョイ・ダンロップの銅像があるのだ。
オレ達もその駐車場へ乗り入れた。駐車場から一分ほど歩くと原寸大のマシンに跨ったジョイ・ダンロップが象られた銅像が見えてきた。近くで見るとかなりリアルに作られている。


トライアンフ

トライアンフ

 
ジョイ・ダンロップは1976年から2000年までこのマン島TTを走っている。その中で通算26勝を記録し“キング・オブ・ロード”と呼ばれた。
2000年にレース中の事故で亡くなったのだがその時の舞台はこのマン島TTではない。
別の公道レースだ。それでもこれだけのものを作って祀るあたりマン島において彼はやはり特別な存在だったのだろう。ちなみに先ほどのシニアクラスで優勝したマイケル・ダンロップは彼の甥っ子にあたる。
写真を撮ったりしながら過ごしていると霧がどんどん濃くなってきた。気温もさっきまで観戦していた街中に比べると格段に低くかなり寒い。オレ達は車に戻り再びコースを走り始めた。霧のためかなり視界は悪い。いや、霧というよりも雲が移動してきて山頂をすっぽり覆ってしまった感じだ。さっきまで飛ばしていたライダー達も一様にペースダウンしている。ここからは下りでこれを下りきってマウンテンコースは終了となる。
マウンテンコースを走った事によりコースの全容をオレは理解した。
そしてそれをオレがこれまでこのマン島で見たものに照らし合わせてみると・・・やっぱりおかしい。心のどこかではほんの少しだけ疑っていた。実際は道は整備され、万全のサポートで、あぁ、これだったらあんなタイムが出るのも分かるわ。って事になるんじゃないかと。
とんでもない。正真正銘、気の狂った世界でしたよ。ここは。
以前にバイク仲間の一人がマン島TTについてこう言った。「死ぬまでに一度は生で見ておきたいよね。」と。
映像で見てもこのレースの極めて異常な特殊性はわかる。だが生で見るという事はその狂気の片鱗に直接触れるという事だ。そしてそれはモニター越しに見るのとはケタ違いのインパクトを伴い感動的ですらある。
この島にきて約一週間。時間というものがあまりにも早く過ぎていった。退屈とは無縁の日々。眠っていた時間など普段の生活の半分以下だ。とてつもなく刺激的で何をするにもとにかく必死。そんなマン島生活はいよいよ終わりを告げる。やるべき事はあと一つだけ。
さぁ晩飯だ!


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