オオカミ男のひとりごと


HERO‘S 大神 龍
年齢不詳

職業フリーライター

見た目と異なり性格は温厚で性質はその名の通りオオカミ気質。群れるのは嫌いだが集うのが大好きなバイク乗り。
時折、かかってこい! と人を挑発するも本当にかかってこられたら非常に困るといった矛盾した一面を持つ。おまけに自分の評価は自分がするものではないなどとえらそうな事を言いながら他人からの評価にまったく興味を示さないひねくれ者。

愛車はエイプ100、エイプ250?、エイプ750?。
第77回 第24章 Return

 
帰りはまずマンチェスター空港に戻り来た時と同じ道筋を辿る。航空会社も同じ。ルートも同じ。だが変わったものがある。
オレだ。
幾つもの初を経験し今まで知らなかった事を数多く知った。そして何より来た時と比べオレは格段に疲れている。マン島滞在中は常にちょっとした興奮状態であったため気にもならなかった。だが蓄積した疲れというやつは緊張が緩んだとたんに一気に溢れ出す。さらには朝食をとっていない事によるカロリー不足でもうヘロヘロである。オレ達を乗せた機はマンチェスター空港へ降り立った。フライビー航空の雑な着陸ももはや気にならない。とにかく食べたい。寝たい。オレの肉体に宿る本能が切実な叫び声を上げている。飛行機を降りターミナルに入ると中は超が付くほどの混雑ぶりだった。来た時と同様にここからエミレーツ航空に乗り継いでドバイへ向かう。そのドバイ行きの出発まで4時間以上ある。何はともあれ食事と仮眠だ。オレはターミナル内にあるバーガー・キングに入った。レジへ行きドリンクとポテトの付いたハンバーガーのセットをオーダーした。マン島のマクドナルドで裏切られているので過剰な期待はしない。必要なものを体に取り込むだけだ。出てきたセットを持って席を探す。店内はほぼ満席の状態。その中で何とか空いている席を見つけた。

それにしてもこの店内はスゲェ汚い。床には紙くずやら残飯の欠片やらが散らかっているし、テーブルは拭いた形跡が全くないしゴミ箱は溢れかえっている。
そしてオレの横では幼稚園児くらいの子供が口のまわりと前掛けをケチャップまみれにしてポテトを食っている。朝の食事をする環境としては最悪だ。だがこの際、そんな事はどうでもいい。オレは脇目もふらずにハンバーガーにかぶりついた。あっ!? ウマ~~イ!!
極度に腹がへっていたというのもあるかもしれない。しかしマン島で食べたマクドナルドより全然、おいしい。ポテトもちゃんと塩っ気があっておいしい。そう、本来ハンバーガーというのは普通にウマイものなのである。さらに言ってしまえば我慢しながら食べるようなものでは決してない。マン島で食ったのは一体、何だったんだろうか。食事を終えると少し気分が落ち着いてきた。店を出てロビーの椅子に座り目を閉じる。
熟睡など期待していない。少しでも体を休める事ができればそれでいい。それでもだいぶ長い時間、うつらうつらしていたようだ。

誰かに肩をたたかれ我に返った。目の前にはホームステイで一緒だったT君が立っている。
どうやら起こしにきてくれたようだ。時計を見るとあと30分ほどで出国の手続きが始まる時間である。多少なりとも寝たおかげで幾分頭もスッキリしてきた。さぁいよいよ、イギリスともおさらばだ。出国の際の手荷物検査は入国した時と違いあっけないほどあっさりと通過した。とっとと帰れってことなのだろう。ええ、帰りますとも。

手荷物を受け取り搭乗ゲートへ向かう。窓越しに見えるエミレーツ航空のジャンボ機は相変わらずデカかった。そして機内に入る。オレの座るエコノミーのシートはやっぱり狭い。
まぁ通路側であることがせめてもの救いではあるが。
席に着こうとするとオレの隣の白人のオバちゃんが身振り手振りでオレに話しかけてきた。
うん、何となくだが言っていることが分かる。一週間、マン島に滞在したおかげか多少のインプットはできるようになったらしい。離れた席にいる自分の娘と席を変わって欲しいような事を言っている。オバちゃんが指をさしている位置は3列席のド真ん中だ。
いやいや、ただでさえ疲れているのにこれ以上、環境を悪くするべきではない。ここは言ってる事がわからないふりでもしておこう。
そう思っていたら後ろから「プリ~ズ」と懇願する女性の声が。どうやら娘本人のお出ましのようだ。あぁ、面倒くさい。
振り向いてみるとそこにはナタリーポートマン似の可愛らしい女性が困り顔で立っていた。
「OK!」
という言葉が即答でオレの口から飛び出したのは言うまでもない。男というのは単純な生き物なのだ。そして実に愚か。その女性は何度も「サンキュー!」と繰り返しオレの手を握ってきた。オレはその華奢な手を握り返し「ノープロブレム」と。

実際は問題だらけである。
その代わってあげた席についた直後、オレの隣にやってきたのは厳つい野郎と太ったオジサンだ。しかもどっちかわからないが少し酒臭い。身から出た錆。自業自得。そんな言葉しか頭に浮かんでこない。チラッとさっきの母娘の方を見てみると楽しそうにお喋りしている。人の幸せというものはいつも何らかしらの犠牲の上に成り立っているものである。オレの幸せは何処に?

マンチェスターからドバイまで7時間。あぁ、長い。えも言われぬ息苦しさと共にオレを乗せた機はイギリスの空に飛び立っていった。
CAさんに起こされオレは目を覚ました。オレはシートベルトを着用するよう促された。
マンチェスターを出てから二度の機内食の時以外、ずっと寝ていた。行きの機内で全く寝付けなかったことがウソのようである。人間、本当に疲れている時は案外どんな環境でも寝れるものなのだ。それでも目を覚ましてみるとオレの席はやっぱり息苦しい。まぁそれももう少しの辛抱だ。ドバイはもう目の前である。その後、オレを乗せた機体は無事ドバイ空港に着陸した。時刻は現地時間で深夜の0時だ。飛行機を降りターミナルへと向かう。空港内は深夜にもかかわらず多くの人で混雑していた。人種は相変わらず様々だ。

ここでは乗り換えまでの時間は1時間半ほどである。それほどのんびりとはしていられない。オレは早々にスモーキングラウンジへと向かった。機内で目覚めてから無性にタバコが吸いたかったのだ。ラウンジ内へ入りタバコに火をつける。大きく吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。ウマイ!
頭も体もかなりシャキッとしてきた。すると横の方から「すいません。火貸してもらえますか?」と日本人女性から声をかけられた。行きに寄った時のドバイではオレ達以外で日本人は見かけなかった。その先入観から油断していたせいで少し驚いてしまった。話をしてみると観光でドバイに来てその帰りなのだという。

あぁ、そうか。もうすぐ成田行きの便が出るのだ。他に搭乗待ちする日本人がいても何ら不思議ではない。ラウンジを出て搭乗ゲートの前に行くと今度は日本人オバちゃんのツアー集団に出くわした。オバちゃん連中は両手いっぱいの土産物を手にあきれるほどのデカイ声で日本語全開だ。なんか一番最初の時に感じたドバイ空港の雰囲気と違う。なんだろう、日本が近づく安堵感とともに妙なムカつきがオレの中に湧き上がりつつあった。
搭乗手続きを済ませゲートをくぐる。機内に乗り込み自分の席をみつけた。
通路側である。もう何があっても譲るつもりはない。だが過剰に構えている時というのは大抵何も起きないものである。オレは自分の席に普通に収まりそのまま機体は動き出した。

その後、滑走路に入りどんどん加速していく。そして離陸。オレを乗せた機体は一路、成田へ向け夜の空へ飛び出していった。しばらくするとシートベルトのサインが消えた。
CAさんたちが忙しく働きだす。
成田行きの便という事もあってかエミレーツ航空でありながら日本人のCAさんが何人もいる。最初の機内食の時、オレの所に来たCAさんも日本人だった。
「どちらがよろしいですか?」「飲み物は何にいたしますか?」
と、全部日本語で話しかけてくる。
あぁ、たぶんこの後、言葉で苦労する事はもうないのだろうな。そう思うと妙な寂しさが滲んできた。機内食もその中に蕎麦があったりデザートが和菓子だったり・・・・周囲の状況が少しづつ日本の色に変わっていく。旅の終りは近い。

目の前のモニターをいじって番組を選んだ。選択したのはマン島TTのドキュメント映画。深い理由などはない。ただなんとなくそんな気になっただけである。モニター越しに見覚えのある景色が次々に現れていく。つい前日までオレがいた場所。オレが見ていたレース。しばらく見ているとその現実感が遠のいていくような錯覚に陥った。ずっと昔の事だったような、長い夢を見ていただけのような。まぁあの島自体が不思議の国だったのだからそれも仕方のない事なのかもしれない。オレは映画を見るのをやめた。モニターを初期画面に戻し目を閉じる。眠いわけではない。
これまでの事も日本に帰ってからの事もひとまずは考えるのをやめる事にした。今はただこうして目を閉じて頭を空っぽにしていたい。それはそれでなかなか快適な虚無である。
そんな心地良さの中、オレはいつの間にか眠りに落ちていた。


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