順逆無一文

『規範希薄』

 パソコンに仕組まれたウイルスによって、まったく関係のない第三者が犯罪者とされてしまった事件が大きく話題になった。同じ事が誰の身にも降りかかる可能性があるということで、他人事では済ませられない事件だったからだろう。

 マスコミの報道は、ウイルスによって勝手に自分のパソコンを操作され、掲示板に犯罪的な書き込みなどをされてしまう危険性や、IPという原始的な仕組みを過信した警察のミスを追求する論調が多かった。ただ、熱さものど元過ぎれば何とやらで、すでに社会の関心は、尼崎を中心とする“極悪非道おばさん”事件にすっかり関心が移ってしまった感がある。しかし遠隔操作ウイルス事件を、警察による謝罪を持ってそれで終わりとしてしまって良いのだろうか。

 他人のパソコンをクラッキングして乗っ取り、本人になりすますなど、昔からある単純な手口だし、IPによる発信元確認は偽装の可能性が高く、本当の実行犯は海外の匿名プロキシサーバーを利用していとも簡単に追及の手を逃れられる。ちょっとネットに詳しい人間なら周知の事実。そんなことすら警察が知らなかったことに唖然とするが、問題はそこにあるのでもない。

 相も変わらず、無実の人間をいとも簡単に犯罪者に仕立て上げている警察の体質こそ追求されるべきだったのでは。今回の事件は、警察の取り調べの現場では、未だに長期間の拘留、恫喝、脅かし、誘導といった前時代的な取り調べ手法がまかり通っていることをはからずも露呈させてしまった。「早く認めればそれだけ罪は軽くなる」に始まり、「自供しなければ2週間は帰さない、家庭や社会的地位が崩壊するよ」「未成年だから氏名報道はないし、罪も軽いので保護観察ですむから認めた方が得」などという自白への教唆が未だに行われていたことが次々と明らかにされた。

 いや、それだけじゃない。犯罪の裏付けとなる“自供”そのものも警察が勝手にでっち上げたというのだ。やってもいない“事実”を裏付ける、嘘のストーリーを自分たちで作り上げ、無実の人間を犯罪者に仕立てる。一般市民の常識で考えればこのような行為は立派な犯罪だ。

 今回、警察は“えん罪被害者”に対して、「取り調べのミスでした、ごめんなさい」と謝罪。それで事は終わったといわんばかりにマスコミに取材させ、報道させていた。それにのってしまうマスコミもマスコミだ。警察内部で行われた明らかな犯罪行為は「ごめんなさい」だけで、済ませられるような問題じゃない。善良な第三者を犯人に仕立て上げた取り調べの実態、手口等をすべて白日の下にさらさなければ、同じ犯罪がまた繰り返される。

 警察の謝罪をもって、いかにも今回の事件は決着を見たかのように報道してしまったマスコミの責任も大きい。日頃、警察に取材の便宜を図ってもらっているからとはいえ、まるでとてつもなく巨大な鬼の首を取ったかのように警察の謝罪を取り上げ、遠隔操作ウイルスの危険性の話題などに一般市民の目をそらさせようとするなど、まっとうな報道機関としての存在価値を疑う。警察と癒着している、とされてもしかたないだろう。

 とにかく今回の事件でも、警察は自分たちが犯罪行為を犯したのだと思っていない。露ほどにも思っていないから今後も密室での取り調べを存続させようと、ああだこうだ理由をつけて取り調べの透明化に抵抗するだろう。

 ちなみに日本も、1998年に国連の国際人権規約委員会から取り調べの透明化が勧告されているのだという。それから実に10年も経った2008年、検察庁はやっと録画による記録を始めた。が、それすらまだテスト段階でしかないという。警察などは、そんな勧告どこ吹く風で、相変わらず密室状態での取り調べを行っている。わずかに裁判員裁判の対象となるであろう殺人や強盗傷害事件などの中でも、特に容疑者が否認する可能性の高い事件のみ録音、録画による記録を取るようにし始めたという。

 うがった見方をすれば、実は自分たちのやっていることの違法性を重々承知しているから、録画等による取り調べの透明化に頑強に抵抗しているのだ、と勘ぐられても仕方ない。

 同じ事は、再三書いている白バイへのドライブレコーダー等による取締りの全録画化が一向に推進されないのも、実際の取締りの現場の実態が関係していないだろうか。明らかに違法な取締りも行われていることを自覚しているからこそ、取締りの透明化など問題外なのかもしれない。検挙の件数による成績付けや一部にノルマが存在する以上、違法な状態でも取締りの実績を上げるしかない。「法をキッチリ守っていたら捕まえることなど出来やしない」だ。

 7月30日、いわき市小名浜の県道で、白バイと乗用車が衝突し、不幸にも白バイ隊員の方が亡くなった。警察発表によれば現場は片側2車線の直線道路で、乗用車が中央分離帯の切れ目から右折を開始したところに対向車線を直進してきた交通取締中の白バイが衝突。右直事故だ。「白バイのサイレンが1回鳴りエンジンを吹かす音が聞こえた直後に衝突音がした」という住民の証言が何を表しているのか? 事故原因を調査中だ。白バイにドライブレコーダーが搭載されていれば、事故の発生状況が詳細に記録されていたはずのケース。白バイ隊員の方々の安全や名誉を守るためにも、ドライブレコーダーの導入は急務では。

 こちらはちょっと旧聞になるが、2011年12月8日、神奈川県の横浜市神奈川区で白バイ同士が追突事故を起こし2台とも転倒。一人が軽傷を負っている。2台で交通取締中、速度違反容疑車両を発見、1台が速度測定のため追尾しようと加速、その後減速した際に後続の白バイが追突したのだという。こちらは両警官が証言出来る状態だったので特に問題にはならなかっただろうが、ドライブレコーダーを搭載していたらぜひとも映像を公開してもらいたかったケースだ。追尾ポジションに入るまでの急加速中は赤色警告灯をつけない白バイは多い。

 2011年9月1日の神奈川県横浜市保土ヶ谷区のケースは、国道16号という幹線道路でスピード違反容疑車を追跡中の白バイと対向車線から右折してきた乗用車が衝突。白バイ隊員は左膝骨折の重傷を負った。通常のバイクの速度ですら、速度を見誤られての右直事故が起こりやすいが、白バイの速度がいったいどれくらい出ていたのか、ドライブレコーダーの記録が有れば簡単に判明する事例だ。

 2011年7月8日、神奈川県相模原市中央区のケースでは、事故を起こしたのは整備不良のバイクに乗った16歳の少年で、白バイに追跡され交差点で転倒、歩道の鉄柱に頭をぶつけ意識不明の重体に。白バイ隊員によれば約2キロにわたって逃走したあげくの事故だったという。2キロも逃げたバイクの少年がなぜ交差点で転倒してしまったのか、白バイにドライブレコーダーが装着されていれば詳細が分かった可能性は高い。

 2009年9月8日、神奈川県川崎市高津区では、交通違反取締りを受けたバイクのライダーが白バイ隊員を肘打ちしたりバイクを体当たりさせるなどしたとして逮捕された。約1.6キロ逃げた所で両者が接触、転倒した。「スピード違反の取締りから逃げたのは確かだが、わざとあたったわけではない」と容疑者。白バイ隊員の安全のためにもドライブレコーダーが必要だろう。

「嘘は泥棒の始まり」を警察が率先してやっていることを白日の下にさらしてしまった遠隔操作ウイルス事件。こうも簡単に過去の話題にしてしまって良いのだろうか。恥の文化を捨て去ってしまったことから、規範意識が希薄となってしまった今の日本人には、ドライブレコーダーであったり、取り調べの透明化であったり、第三者による検証が確実に出来るようにすることは、もはや必要不可欠だろう。

(小宮山幸雄)


小宮山幸雄小宮山幸雄

“雪ヶ谷時代”からMr.BIKEにかかわってきた団塊ライダー。本人いわく「ただ、だらだらとやって来ただけ…」。エンジンが付く乗り物なら、クルマ、バイクから軽飛行機、モーターボートとなんでも、の乗り物好き。「霞ヶ関」じゃない本物!?の「日本の埋蔵金」サイトを主宰する同姓同名人物は“閼伽の本人”。 


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