ふつーのおとーさんのバイクライフ シーズン2 第24回

「まだ夢見足りないから・2」

 季節は巡り大学の卒業式も終え、4月からの就職まであと2週間に迫った頃、僕は九州へ1週間のツーリングに出掛けた。学生最後の最後にロングランに出掛けたかったから。
 フェリーに乗り遅れ、え~い高速で九州までいっちまえ、と深夜の東名に乗ったのが思えば失敗の始まりだったかもしれない。
 3月の半ば、それでなくともまだまだバイクには厳しい季節だというのに、しかも雨まで降ってきた。浜名湖あたりでもうガマン出来ずあえなくダウンしてサービスエリアで朝まで震えてた。今でもSAのありがたさをつくづく感じるのはこの時の経験からに違いない。
 2日目はなんとか雨も止んだので名神を抜け中国道で一気に山口県まで到達した。駅前のビジネスホテルに泊まり、街歩きをしているとやっと旅に出て来たんだと感じる。僕はこの異邦人みたいな感覚がとても好きだ。
 僕を知っている人なんて誰もいないのにこんなに多くの人が暮らしているなんて、と当り前の事になんだか感動してしまう。

 僕のRZは手に入れてから3年が過ぎ4万kmを超えていたけれど、ずっと好調を維持していた。今にしてみれば、チャンバーとバックステップとコンチハンに換えただけなのに、なんだか自分のバイクが最高にカッコ良いみたいな気になっていたっけ。
 毎年何台もの新型車が発表され信じられないスピードで性能が向上しても、僕はずっとRZと一緒に過ごすつもりだった。

 
 3日目の朝、今日こそ九州上陸だと思いつつ、ずっと高速道路ばかりでつまらなかったからだろう、秋吉台に向かう県道で僕は飛ばした。結果、コーナーを速度超過で曲がり切れず、自爆事故を起こしてしまった。
 幸い身体は打撲程度で大事には至らなかったものの、RZは全損で修理不可能だった。
 親切に対応してくれた地元のバイク屋さんにRZの処置をお願いし、僕は新幹線で東京に戻る事になった。
 ずっと乗り続けるはずだったRZと唐突に別れるという事態を僕はうまく受け入れられなかった。さっきまでずっと相棒でいるはずだったRZを山口県で置いて別れるなんて。
 RZと別れる時、僕はキーを抜いて持ち帰った。
 ローカル線の駅までバイク屋さんに送ってもらい新幹線に乗り込む時、僕はVTの彼女に電話をした。 
 事故を起した事よりも、RZを失ってしまった寂しさを誰かに話したかったからだと思う。
 彼女は、僕の無謀な運転を叱った後、RZ残念だったね、と言ってくれた。
 僕の気持ちを分かってくれる人がいる事に感謝し、そして少し現実を受け止める事ができた。もうRZとは別れるのだと。

 夜8時、東京駅に到着すると、新幹線改札口にVTの彼女がいた。
 何時に到着すると告げた訳でもないのに何故か彼女はそこにいた。
 「良く分かったね」と僕が言うと「運が良かったね」とだけ彼女は答えた。
 今と違い30年近く昔は、こんな風な偶然によって逢えたり逢えなかったりしていたのだ。

 
 一緒にご飯を食べながら、「そうだ」「これを受け取って欲しいんだ」と言って僕は彼女にRZのキーを渡した。1984年に開催されたロサンゼルスオリンピックのキーホルダーに付けられたRZのキー。
 「なんで?」という顔の彼女に僕は「事故ったバイクのキーってお守りになるって言うからさ」と言った。
 「幸い身体は何ともなかったけどさ、事故を起すって結構辛い事だよ。だからキミにはこうなって欲しくないと思ってさ。」
 僕がそう続けると、彼女は「本当にアナタって成長していないのね。」「いい? バイクが全損で命落とさなかったなんてただの偶然なんだからね。」「もし近くに人がいたら人身事故になるんだからね。」「自分だけ辛いとか言ってんじゃないわよ、アンタの事心配している人の方がよっぽど辛いわよ。」
 と、まるでマシンガンの様に叱り続けた。

 「いい?どうせ言ったってキミはバイク止めないだろうけど、まずしばらく何でコケたのかよくよく研究しなさい。次に乗るのはよ~く自分のミスを反省してからだからね。」
 「あとご両親に心配掛けた事をちゃんと謝っておくのよ。バイク乗っているムスコなんて一番心配なんだから」
 とまあ、一方的にまくし立てた。
 そしてそれでも彼女はRZのキーを大切そうにカバンにしまった。
 卒業後、彼女は2年で会社勤めから飛び出し、アメリカに留学してしまったので、僕との音信も途絶えてしまった。

 そしてそれから15年も過ぎたその晩、僕達は駅でばったりと再会した訳だ。

 留学先で就職し、5年程前に日本に戻ってきたこと。留学した時にバイクは止めてしまったこと。その代わり、今はマニュアルミッションのクルマに乗り続けていること。等々いろいろな話をした。
 「今乗っているのはねぇ、マツダロードスターのテンロクのマニュアル、あれホント楽しいよ~」
 「ええ? 今でも峠まで走りに行くの?」と聞くと「行くわよ、早朝とか。カフェでモーニングとかランチとかして帰って来るの。」

 
 なんだか全然変わらないみたいだった。

「アナタは今何乗ってるの?」と問われ、古いCB750Fに苦労しながら乗っている旨を答えると、可笑しそうに「昔も、もしRZから乗り換えるとしたらCB750Fに乗りたいって言ってたわね」「なんだか全然変わらないね」と言われてしまった。

 そう、変わらないんだよ。バイクに関しては何も変わらない。昨日より気持ち良く上手に走りたい。たったそれだけなのにもうずっと続いている。多分これからも走り続けるのだろう。

 終電車の時間が近づく頃、彼女が思い出したように、「そうだ再会の記念にいいものをあげる」とカバンの中をごそごそと探し出した。
 「あったあった。これ。」と出して来たのはキーホルダーに付いた何かのキーだった。
 「バイクのキーかな?」僕が尋ねると、「このキーホルダーにも見覚えはないかしら」と彼女は言った。
 良く見るとロサンゼルスオリンピックのマスコットの鷲が聖火を掲げている図柄のキーホルダーだった。そうするとキーはRZ? あの時お守りにと渡したキーをまだ持っていたんだ?

 「良かったらこれ持って行って。あなたがこれからもずっとバイクに乗って行くのなら、あなたが持っていた方がいいと思うから。」
 「よくもまあこんなのずっと持っていたねえ」と言うと「とってもご利益があったわよ。アメリカでもずっと守られてる気がしたもの」「だからずっと手放せなかった。でもやっと今日ホントの持ち主に渡せるわね」

「ずっと持っていてくれたのは嬉しいけど、返してもらっちゃっていいのかな?」と戸惑っていると、「あなたはまだ夢見足りてないみたいだから」と言われた。

 「夢見足りない」だって?
 そうかな? そうかも知れないな。
 僕はまだバイクに対して夢見足りないでいるんだ。じゃあありがたく、夢見足りるまでこのお守りに守ってもらおうかな。
 そう考えて、キーを再び返してもらった。
 そして、じゃあ終電の時間だから、と別れた。 もう10年近く前の出来事だ。


Betty
※写真はイメージです。

 あれから10年経った今も僕はバイクに乗り続けている。
 多分まだ夢見足りないからなんだと思う。


タカヤスチハル
タカヤスチハル
「もう30年以上バイクに乗ってます」と威張れるくらいず~っと乗り続けているのにちっともうまくならないへたれライダー。ふつーのお父さんは逆境にも負けず、ささやかなバイク生活を営んでいます、が…… 

[第24回|第25回|第26回]
[フツーのお父さんのバイクライフバックナンバー目次へ]
[バックナンバー目次へ]