行った年来た年MotoGP 技術者たちの2015年回顧と2016年への抱負 Honda編・後編

 ホンダ編の後編はHRC開発室長・国分信一氏にご登場を願う。MotoGPクラスの2016年レギュレーションに関する話題とホンダ陣営のシーズン展望に加え、ファクトリーマシンが参戦するMoto3クラスについても話を訊いた。技術者ならではの視点と平易な比喩で語られるあれやこれやの話を、では早速どうぞ。


 ●インタビュー・文・西村 章
 ●撮影ー松川 忍
 ●取材協力─Honda http://www.honda.co.jp/motor/

―今(2016年1月上旬)は一番大変な時期ですか?

「タイヤとソフトウェアの制御が異なるので、それを自分たちの手の内に入れるために、かなり例年よりも作業が増えていて、結構大変ですね」

―過去数年と比べると、準備作業は開発側にかなりの負荷がかかってるんですか?

「かかりますね。制御については、今までなら自分たちがやっていたものに対して、今度は与えられたモノをいかに理解するか、ということですから。タイヤが変わることについては、ブリヂストンのワンメイク時代はそのタイヤをいかに理解して、そのタイヤをどうやって使えば自分たちのマシンの持ち味を出せるのか、ということが重要でした。ミシュランになっても、その考えかたは同じですが、ブリヂストンとミシュランはまったくキャラクターが違うので、今までのことが通用しない。このふたつの大きな変化点のなかに通常の開発を入れ込まなくてはならないので、そういう意味では例年になく、二倍、三倍どころじゃない忙しさですね。だから、仕事は増えてますよ」

―ハードウェア的にも大きく変わるのですか?

「変えていかなきゃいけないでしょうね、合わせていくためには」

―ただ、見た目で大きく変わるようなことはない?

「そういうことはないですね。外から見てわかるのはタイヤの銘柄が変わってサイズが16.5インチから17インチになったことくらいで、ソフトウェアは見えませんから、外から見た変化点は少ないですね」



ホンダ・レーシング 開発室室長 国分信一氏
ホンダ・レーシング 開発室 室長 国分信一氏

―ワンメイク時代はタイヤの特性をいかに引き出すかが勝負の分かれ目だと言われています。タイヤブランドが変わると、まずその特性を理解し、次にその理解した特性を引き出す、という二段階のステップになると思うのですが、特性に対する理解はすでに終えているのですか。

「理解はしました。ただ、ライダーにとっては長年乗り慣れた感覚と違うので、それをどうやって自分たちのものにするか、がこれからの課題です。違うことはわかっていても、それをこう使えばうまく行くんじゃないか、というところにはまだ到達していない。そこをうまく見つけたメーカーやライダーが、一歩先に行くんでしょうね」

―それを見つけるのはいつごろを想定しているんですか。

「開幕戦では遅いですね。セパンはミシュランの走行回数が多いので、2月の最初のテストからある程度行けるように準備をしています。そこで遅れてしまうと厳しいでしょうね」

―ということは、セパンテストのタイムや内容は、例年以上にシーズン全体の指標になる、ということ?

「なるでしょうね」

―特にレースディスタンスでは、タイヤももちろん、制御が左右する部分も大きいと思います。共通ECUソフトは今シーズンの開発を進めていくうえで、かなり不自由を強いられるものなのですか?

「セッティングしていく過程で、現場が不自由ですよね。いつものようにまたヘンな喩えになりますけど、今までなら痒いところを教えてくれればそこに近いところを掻いてあげられるくらいセッティングを細かくできたんですよ。それが共通ソフトでは、なかなかそこに到達できない。自分たちのソフトウェアだとすぐに理解できて『ここをこうしよう、あそこをああしよう』とできるけど、共通ソフトの場合だと、痒いこと自体はわかるんだけど、なかなかその場所へたどり着けない。よくあるじゃないですか『そこじゃないんだよ、もうちょっと右、もうちょっと左』という、それがセッティングで発生しているのが今の状態なんですね。全然、技術的な説明になっていませんけど(笑)」



国分氏

―去年までオープンクラスで共通ソフトを使用していたことは、その「痒い場所」を探り当てる参考になっているのですか。

「もちろん参考にはなっています。とはいっても、ファクトリーをやっているときにオープンを同じ比率ではできない、という現実的な問題がありました。ただし、大枠はわかっていてゼロからのスタートではない、というのも事実ですけどね」

―以前に国分さんは「いろんな要素を一度に変えるとどこまで戻っていいのかわからなくなる、だから変えるときは一歩一歩ステップを踏んでいかなければならない」と言っていましたが、ECUソフトウェアとタイヤが変わる2016年は、そういう意味では去年よりわかりにくくなるのですか?

「すでにわかりにくくなっていますよ。たとえば、タイヤがスライドするとして、『さて、これはどこから来ているんだ。タイヤか? 制御か? それともちょっと手を入れたエンジンか?』というふうにはなりますよね。だから、ふたつの大きな変更があるのは結構厳しいんですよ。ただし、それはどのメーカーも事情は一緒で、そういう意味ではイコールコンディションだから、できるだけ理解をして対応していくしかないですね。自分たちが開発を進める際に自分たちで散らかすことはあまり意味がないのですが、今回はレギュレーションの変更ですから、それを踏まえてあまり散らからないように、と心がけています。だから、今まで以上に分析が重要になってきます」

―先ほどは、現場が大変という話でしたが、バックエンドの開発側も大変ということですね。

「そうなんです。スライドの例で説明を続けると、自分たちではタイヤを変えることはできないわけだから、ではエンジンで行くか制御で対応するか。でも、制御ではなかなか痒いところに手が届かなくて答えを出しにくい。ということで、じゃあそのなかでエンジンをどうやっていじるんだ、と。そこに混沌とした状況が生まれるわけです(笑)。そこをどうやってマネージメントするかが、難しいんですよ」

―そのような厳しい制約条件が増えると、かえってエンジニア魂に火がつく、というようなことにはならないのですか?


国分氏

「もちろん燃えますよ。誰よりも早くミシュランを理解し、誰よりも早く制御を理解してやろう、と思うし、逆に言えばそれがないと勝てませんから。開発云々以前に、これは勝負だから勝たなきゃいけない。そういう意味では、皆のモチベーションは高いですよ。
 制御やタイヤの自分たちがコントロールできない領域は、既に決められたことなので、それに対して不平をいっても始まらない。そんな時間があるのならしっかりとモノにする努力を続ける、ということです」

―共通ECUソフトウェアで制御できる内容は、自社製ソフトと比較すると数年分過去に戻るような部分があるんですか?

「制御がない時代は、ライダーが全部コントロールしなければなりませんでした。制御が出てきて、ライダーの集中する場所が変わっていったのですが、それが共通ソフトになって、ライダーのやる領域が増えている、というのがエンジニア的な立場からの表現になります。たとえば今までなら、『あのコーナーはスロットルを開けたままの状態で行きたいけど、馬力は出さないでほしい』という難しい要求でも(自社製の制御で)コントロールしていましたが、今はそのまま(馬力が)出てしまうので、ライダーが自分でコントロールする領域が増える、ということです」

―ということは、2ストローク時代ほどではないにしても、ライダー同士の生身の戦いの要素が大きくなっていくということですか。

「そういう方向になっているのは事実ですね。ライダーの差が出る一方で、マシンの差、特性差も出ますよね。でも、今までのようにトップグループと後方集団がものすごく離れることもなくなると思います。全員が同じ制御を使ってタイヤもイコールになるので、予選だけ特別に速いような選手はたぶんいなくなるでしょうね。そういう意味ではもう少し僅差になると思います」

―800cc時代以降、レースで勝っているのはどの陣営もファクトリーばかりで、サテライト勢は一勝もしていません。2016年はファクトリーとサテライトの差ももっと接近することになりそうですか?

「Hondaは方針として、サテライトにもファクトリーと同じモノを供給していくので、サテライトでも勝てないマシンじゃないし、その意味ではファクトリーとの差はないんですよ。たまたまファクトリーしか勝ってない結果になっていますけれども。カル・クラッチローはHondaで2年目のシーズンなので、チャンスは出てくると思います。ジャック・ミラーも今年は2年目ですが、彼はまだ若くて……」


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―2015年はかなり苦労をしていましたね。

「あのミック・ドゥーハンだってチャンピオンを獲るまでにはだいぶ時間を要しましたから、そういう意味では長い目で見てあげないと、少し可哀想じゃないかとは思いますね」

―ティト・ラバト選手はどうですか?

「ファクトリー制御のMotoGP時代を知らない状態でMoto2からステップアップしてくるので、彼にはその部分での先入観がない。さらに、他の選手たちはブリヂストンとミシュランの差にまず違和感をおぼえるところが、彼の場合はそれもないので、2016年のバイクにも素直に順応し、理解できると思います」

―Moto3についても伺いたいのですが、チャンピオン争いは最終戦までもつれ込みましたが、マシンそのものは順調でしたか?

「順調でしたよ(笑)」

―まさか最終戦までチャンピオン争いを引っ張るとは予測していなかったのでは?

「ダニー・ケントはアラゴンで2位に入っていれば、もてぎでチャンピオンを決めることができる状態だったんです。だから、我々Hondaにとっていいシナリオになっているなあ、と思っていました。そのアラゴンで転倒してから彼自身も緊張しはじめたようで、さらにイギリス人たちから『バリー・シーン以来のチャンピオン』と大きな期待がかかり、浮き足だってしまったのだと思います。ダニー本人は結構平気だと言っていましたけれどもね。
もてぎの決勝でも、スタートしたらどんどん遅れてくるので、さすがに我々も『これはマシンが壊れたな……』と思っていたら途中からペースがあがってきたので『あれ? どうなってるんだ』というようなこともありました。終盤戦はKTMが追い上げて、オリベイラ選手も良い走りをしていたので、外から見ている分には面白かったでしょうね」

―2015年はダニー・ケント選手も良かったし、バスティアニーニ選手とアントネッリ選手もいい走りをしていました。

「そうですね。バスティアニーニはグレシーニで、アントネッリはオンゲッタ・リヴァコルド。彼らは同じチームに残るので、2016年も期待できそうです」

―あと、クアルタラッロ選手はどうでしたか。

「ポテンシャルのあるライダーで、オースティンでも表彰台に上がっていたので、勝てるチャンスはありました。ただ、若いわりに焦っている印象がありましたね。『今年、チャンピオンを獲らなきゃいけない』と本人が自分に言い聞かせているようなところがあって、慣れていないコースでも攻略する前から速く走ろうとする傾向が何戦かありました。気負いが前面に出過ぎていた……といってもまだ16歳ですからね。その年齢でメンタルをバッチリ管理できているほうが、むしろ空恐ろしいですよ(笑)」


2-1 ティト・ラバト

3-25 ダニー・ケント

3-23 アントネッリ

3-25 ダニー・ケント

3-20 クアルタラッロ

―2015年は12名の選手がNSF250RWで参戦しました。そのなかで、AキットやBキットのような区別はあったのですか?

「ないですよ。皆、同じです」

―では、そこは2016年も全員が同じ仕様ですか?

「同じですね」


国分氏

―Moto3でよく指摘される問題に、Moto2よりも高い費用がかかる、ということがあります。コストダウンは可能なのですか?

「もちろんそれは考えていて、KTMと一緒に議論をしています。私自身もKTMのエンジニアたちとミーティングをしているのですが、エンジニア同士で話をしてみると、ヨーロッパでバイクを作るのと日本で作るのとでは、意外とお金のかかるところが違っていたりするんですよ。とはいえ、我々も彼らも安くしたい気持ちはあるので、今後もその方向で議論をしていきます」

―金のかかるところがホンダとKTMで違うというのは、製作原価ですか。

「ものづくりの部分ですよね。加工技術であったり人件費であったり物流であったり、という。素材によっては我々がヨーロッパから持ってこなければいけなくて高くなるものもあれば、逆に我々は安くできても彼らが高くなるものもあります。ただ、安くしたいという考え方では、両社とも共通しています」

―では、2016年のホンダ勢Moto3で、活躍を期待できそうな選手は誰になりますか?

「バスティアニーニとアントネッリ、それとホルヘ・ナバロの3名ですね。3人ともまだ少し波があって、それを安定させなければならないのが課題ですが、去年の後半からかなり落ち着いてきたので、今年はきっと頑張ってくれるでしょう」

―日本人の尾野弘樹選手は、何が課題だと思いますか?

「彼は、ああ見えてアグレッシブなライダーなんですよ。人当たりはすごくソフトじゃないですか。でも、じつはその中にいるのは全然違うキャラクターで、ものすごいファイターなんです。だから、もう少し落ち着いて冷静に行こう、という話をしています。そこかな、彼の課題は」


#3-76 おのきゅん

ホルヘ・ナバロ

―たしかに、攻めすぎて転ぶことが何度かありました。

「去年のもてぎも、そうでしたよね。あそこでじっくり様子を見ていれば良かったのですが、つい攻めすぎて転倒してしまいました。そういうところが修正されていけば彼は速さもあるし、体型はMoto3に非常にあっているので、上位を狙えると思います。
さきほど名前を挙げた外国人選手3名は、2015年のチームにそのまま残るので、人間関係も構築できていますが、尾野君はチームが変わるので、そういう意味では半ステップ遅れる要素はあります。ただ、移籍先がチームアジアなので、テストのときにそこをうまくリカバーできれば、2016年は期待をできると思いますよ」



国分氏
インタビューに答えていただきましたみなさま、どうもありがとうございました。今シーズンの熱い闘い期待しています。また年末年始によろしくお願いします!

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