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ホンダモーターサイクルジャパン
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荒井 大
株式会社 本田技術研究所 二輪R&Dセンター 第3開発室第2ブロック 主任研究員
VFR1200Fに搭載したDCTの開発にたずさわり、現在ではDCTにまつわる全体を見る駆動系エンジニア。
横川幸生
株式会社 本田技術研究所 二輪R&Dセンター 第3開発室 第2ブロック 研究員
NC700シリーズなどニューミッドシリーズに搭載したDCT周りの開発を手がけたエンジニア。
高橋考作
株式会社 本田技術研究所 二輪R&Dセンター HGA-K 第1ブロック
熊本の研究所で駆動系開発をする。NC750シリーズ、そしてアフリカツインに搭載するDCTを担当。若手エンジニアの1人。

 
アダプティブクラッチ制御とは?

■前回、NCに搭載した変速マップ自動切り替え、という仕組みについて教えていただきました。ほかにも、進化の過程で搭載したり、盛り込んだ技術を聞かせて下さい。

荒井──
 マイナーモデルチェンジや、新機種投入があっても、実はDCT搭載モデルのカタログスペックで自慢できるものってないんです。何もしていない、のではなく、カタログを飾るにはやっていることが地味すぎて(笑)。ただ、地味ながら多くの改良を加えています。
 例えば、ハンドルスイッチにあるシフトボタンを押してから、ミッションが反応するまでの時間をどうすれば気持ち良いのか。5ミリセック(千分の五秒)、10ミリセック(百分の1秒)というところを詰めて応答性向上を追求し、シフトのスムーズさも向上させています。

■例えばどのモデルでしょうか?

荒井──
 初期型VFR1200Fでは、コーナーの手前でシフトダウンボタンをタンタンタンと3回素早く押した時、そのうち2回、2速しか落ちないことがあります。それをどうしたら3回反応できるようになるのか。細かく反応時間を詰めて行くような作業です。
 DCTだからこそ素早いシフトを試したくなる、と実は思っていまして「この機械は僕の操作にどれだけ反応してくれるんだ」とライダーは挑戦してきます。ですから、反応してくれないと「反応が悪い、反応をしてくれない」という印象になります。イメージ的にはF1、あるいはゲームです。MT車ではそこまで速くシフトダウンしない私自身も、DCTに乗るとそんなイメージになります。
 期待には応えたい。イヤーモデル時に少しでも速く、と煮詰めています。地味な進化とは、こうしたコトを重ねています。
 
横川──
 また、NCでは左手で操作するシフトのアップ、ダウン、またニュートラルからドライブへ、ドライブからニュートラルへ、というシフト操作ができるシフトペダルスイッチをオプションで用意しました。
 
荒井──
 MTから乗り換えたばかりだと、今まで左足で行っていた操作を、直感的に左手に置き換えることが難しい、という声に応えて造ったのがこのシフトペダルです。これは左手で操作することを、左足で操作することに置き換えたものなのです。あたかもMT車のシフトペダルのような操作感を出すことに実は苦労しました。また、この疑似チェンジペダルとも言えるキットを取りつける場所もスペース的に「何処につけるの」という苦労がありました。
 
横川──
 それでも、開発チームの中には「一度も使わなかった」という声もあったり。逆に、それはDモードのままライダーの意のままに走れたから使わなくなる、という部分の裏返しでもあり、DCTを開発する我々の目指すところでもあるので、嬉しい反応ではあるのですが(笑)
 
高橋──
 応答性の細かな進化についてですが、例えばDモードで走行中、ライダーが加速をしようとします。アクセルを開けた時、自動でシフトダウンすることをキックダウンと呼んでいます。そのキックダウン制御を乗り手の意思通りにしたい。意思との僅かなズレは、ライダーに「遅いな」と感じさせるストレスになります。テストライダーがそう感じた部分のデータロガーを見ながら「ここかなぁ」と目星を付け、その部分を10ミリセック(0.01秒)、20ミリセック(0.02秒)というレベルで、DCTの二つのクラッチパックが掴む、離す、という作動時間を詰めてみます。
 実はシフト時間の短縮だけを考えればもっと詰めることも可能です。しかしあくまでシフトショックを感じない滑らかなつながりの範囲で意志通りにどこまで素早く無駄な時間を削るのか、を追求しています。

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■しかし、遅い、充分、速すぎ、は、人によって感性がまちまち。どうやってベストを引き出しているのでしょうか?

高橋──
 加速のためにスロットルを開けた瞬間の応答性改善だったので、ライダーがどの領域を速くして欲しい、というのは解っていました。具体的な応答性の速さに関しては、設定は確かに好き嫌いがある部分だと思います。
 例えば、NC700からNC750にモデルチェンジしたとき、排気量が大きくなり、エンジンのトルク特性が太くなりました。だから、その場合は、キックダウンするより、エンジンの鼓動感を加速とともに味わうようなシフトスケジュールにしています。このように、それぞれの機種、どの領域での加速なのか。バイクの特性への合わせ込みもしています。
 発進フィーリングの改善にも取り組みました。DCTを“オートマ”と認識された皆さんにとって、イメージするのはスクーターの発進です。よりDCTらしい発進を追求しています。つまり、CVTよりもMTに近いイメージ。
 例えばMT車でゆっくりと、アイドリング回転数、あるいはそれに近い低回転でクラッチを繋ぎ発進する時、ツインエンジンならば、ドコドコドコドコ、と走り出すイメージがあると思います。DCTでも、それにより近いフィーリングを出して行こうと。上手なライダーがMT車で発進するようにつめてゆくと、オートマ、というよりMT車的な感性が上がってきます。そんな感じで発進フィーリングの改善をしていきました。

■クラッチ、シフトチェンジをロボット化するDCT。DCTが目指したスポーツバイクのミッションとしての機能、性能を見つめると、ある意味、MTフィーリングをより濃く出す、ということなのですね……!

高橋──
 発進のフィーリング同様、シフトダウンのフィーリングも探求しています。VFR1200Fですが、シフトダウンをすると、スロットルを開けてブリッピングをする制御を入れています。ですが、当初、「ふっと抜けるようなタイムラグがある」との声がありました。
 クルマのMT車でヒール&トゥをしてシフトダウンしたとき、途中の空吹かしが“ブン”と大きすぎて、クラッチを繋いだ瞬間に回転があってないと、ヘタな感じがしますよね。シフトダウン制御でも同じで、それでは気持ち良くなりません。
 フィーリングを良くしたい。応答性を上げ、時間を詰め、ブリッピング感の演出もしてより気持ち良さも引き出す。あたかも自分がベストな操作をしたような気分とともに走れる演出、でしょうか。

■自分のコトは棚に上げて、ついつい機械には辛口になりますね。機械と気持ちの合わせ込みってムズカシイですね……。他にもありますか?

高橋──
 アダプティブクラッチ制御です。これはアクセルのオン、オフ時のギクシャク感を低減しています。単純に説明をすると半クラッチを使って僅かに駆動力を逃がしている、というものです。VFR1200F/XとNM-04に最初に搭載しました。
 実はこのアダプティブクラッチ、アフリカツインにも搭載したことで評価されたのですが、前の2車はともにスタイル、存在感ともキャラクターが立っているので、アダプティブクラッチ制御、という部分が車両の評価に及んでいないのかな、と、寂しい思いをした部分です(笑)。
 駆動伝達をスムーズにするアダプティブクラッチ制御ですが、オフロード走行を視野に入れたとき、もっとアクセルに対してダイレクト感が欲しい、という声があり、アフリカツインでは“Gスイッチ”を搭載しています。このGスイッチですが、入れると何が変わるのか、というと、単純にアダプティブクラッチ制御がキャンセルされることで、アクセルレスポンスに対する挙動のダイレクトさを出しています。また、Gスイッチを使っている時は、オフロードで使用頻度の高い2~3速の守備範囲を広げるシフトプログラムとすることも特徴です。
 また、アフリカツイン、新型NC750S/Xには登降坂制御というものを採用しています。車速とアクセル開度からセンシングして、坂を上る、下る、を推測し、登りでは不要なシフトアップをしない、下りではライダーがエンジンブレーキを欲しいと思うタイミングでシフトダウンをする、というような制御です。

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■VFR1200Fとの組み合わせで登場したDCTですが、アフリカツインまでの道筋がよく解りました。今後の方向性はどのようになって行くのでしょうか。

横川──
 狙い、目標は、ユーザーの感性、ライダーがやりたいこと、ユーザーがやりたいことに全てDCTが応答すること。人馬一体、やりたいように、を具現化することだと思います。それこそ脳と機械が直結したような動きをどう造るのか、になると思います。
 
荒井──
 駆動系にとって「印象に残らない」こと、実はそれが一番のホメ言葉だと思っています。例えばMTでも駆動系は印象の悪い時しか記憶に残らない。クラッチが重い、チェンジが固い、ギアの入りが悪い、ノイズがうるさい、など、そういう悪い印象として記憶される。
 本当によい駆動系は意識の中から消えていく。そして加速がよい、ハンドリングが良い、など、オートバイを走らせることに集中するライダーの邪魔をしない。それを実現するために我々駆動系エンジニアは頑張るんだ、と思っているんです。
 なので、アフリカツインのDCTを試乗したあと「Dモードだけで走りが楽しめた」とか「マニュアルシフトしたいと思わなかった」という言葉は、ライダーの感性に、DCTが寄り添えるように造った部分が評価されたんだな、と受け止めています。
 たぶん、二輪の自動化が目指す道はライダーの意識を越えること、ではなく、ライダーの意識に100%寄り添えること、だと考えています。

■駆動系技術者としての夢、を聞かせて下さい。今後、どのようなモデルにDCTを搭載していきたいですか?

荒井──
 モトクロッサーに積んでみたいと思います。アフリカツインを試乗した方達から、オフでDCTがこれだけ有効だとは驚いた、という声を沢山頂いています。我々の予感通りアフリカツインで多くの人にDCTの良さが伝わった。
 ならば、モトクロッサーでも試してみたい。モトクロッサーこそ、小型軽量化が要求されますし、ライダーの邪魔になるような搭載方法は採用できない。エンジン回転数も高い。非常に技術レベルは高く難しいと思いますが、だからこそトライをしてみたいんですね。
 昔、HFTを使ったモトクロッサーで全日本タイトルを獲ったことがあります。アフリカツインで頂く声の中にも、シフトとクラッチをDCTに任せたら、ラインを読む、アクセルを開ける、コーナリングする、というオートバイの楽しさに集中ができた、という声があるので、モトクロッサーのような世界ではどうなのか、と。
 
横川──
 私はスーパースポーツにトライしてみたいと思います。技術的な要素としてはモトクロッサー同様、高回転、小型軽量化が求められるので、ハードルは高いと思いますが、それをクリアした先に、より小型軽量な小排気量車への転用という道が見えるように思います。1000㏄スーパーバイク系に搭載できたら、どんな世界になるのか……!
 
高橋──
 私もスーパースポーツです。自分のバイクが250の直四なのですが、そうした小排気量スポーツでも可能性があるのでは、と考えています。
 実体験としては、ニューミッドシリーズにインテグラというモデルがありますが、あのバイク、左手でリアブレーキ操作ができます。スクーターと同じですね。自分は、実はフットブレーキよりも左手ブレーキのほうが細かな操作がしやすいと感じています。クラッチ操作の必要がないDCTを搭載することでそれが可能になるのなら、それは大きな可能性ではないか、と思っています。
 シフトアップ、ダウンを任せて走りに集中する。モトクロッサー同様、更なる小型軽量化は必要ですし、バンク角が深いスーパースポーツでは張り出しの部分も詰めないといけない。そうした技術的ハードルが高い分、やり甲斐が有るでしょうね。
 
荒井──
 DCT? 二輪にオートマなんて要らないよ、という声があったと思います。今回、アフリカツインの登場で、雑誌ではオフロードでDCTが凄く良い、という記事が出て、DCTへの見方に変化が出てきていると感じています。“ラク”なのではなく、“楽しい”と。
 そうした流れで、モトクロスやレースなどの世界でDCTが活躍すれば、さらに加速するだろうと思います。だからこそ、難しい技術領域に挑戦してみたいと思います。
 
横川──
 昔、エンジン始動方式はキックが当たり前でした。そこにセルモーターがついた。そして、ブレーキのABSも上級機種への搭載からはじまり、今や多くのモデルに搭載されるよう普及しました。
 同じようにDCTの割合も増やしていきたい。MTにはMTの操る楽しさがあり、DCTがそれ全部に取って代わるとは思いません。DCTは燃費にもメリットがあるので、長所を活かし、その数を増やしたい。
 
荒井──
 実はこのDCTを搭載するために今まで以上に他の技術領域との連携を取る必要が出てきました。MTよりもその点で濃密になります。まずはMT車でパッケージの良さを引きだし、その上でDCT搭載車としての良さを探求しないと完成車としての魅力が出てこない。MT車造りにも今まで以上に細かな視点がDCT開発をしたおかげでできた。その意味で、DCTの開発は枠を越えてよりよい製品作りに進む視点を多く蓄積することができるものだと考えています。
 

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