年末年始恒例特別企画 モータージャーナリスト 西村 章が聞いた 行った年来た年MotoGP 技術者たちの2016年回顧と2017年への抱負 SUZUKI編

 ●インタビュー(各誌合同)・文・西村 章
 ●取材協力─ヤマハ発動機http://www.yamaha-motor.co.jp/mc/

 2016年シーズンのモビスター・ヤマハ MotoGPは、バレンティーノ・ロッシが年間ランキング2位、ホルヘ・ロレンソがランキング3位という結果でシーズンを終えた。このシーズンは、ECUソフトウェアがそれまでの各社自社製品から全チーム全車共通のものへとかわり、タイヤもブリヂストンに替わってミシュランが公式サプライヤーとなった。
 ECUソフトウェアに関しては、ホンダ篇やスズキ篇のインタビューにもあるとおり、両社それぞれ、使いこなすまでには相当の苦労があったようだ。また、シーズン終了段階でもけっして自家薬籠中といえる段階に達しておらず、ホンダ、スズキともに七〜八割のレベル、と話しているところも共通している。

 この点について、ではヤマハ陣営はどうだったのかというと、ヤマハ発動機MS開発部モトGPプロジェクトリーダー・津谷晃司氏は「初期の、セパンテストやフィリップアイランドテストでは比較的スムーズだったと思います」と、電子制御に関しては比較的円滑なスタートを切ることができた、と振り返る。
「シーズン中には制御のストラテジー(内容)自体は変わらないし、『こうやって使えばいいのか』とわかったことはいくつかありましたが、それでもあまり多くはありませんでした。第4戦のヘレス事後テストで試したことが加速と減速に効果があり、ル・マンで少し制御の内容はステップアップしましたが、そこから先はあまり進化をしていない、という状態だったと思います」(津谷)



ヤマハ発動機 技術本部MS開発部モトGPプロジェクロリーダー・津谷晃司氏
ヤマハ発動機 技術本部MS開発部モトGPプロジェクトリーダー・津谷晃司氏。

 ヤマハの電子制御に関しては、第16戦オーストラリアGP(この段階ですでにチャンピオンは決していた)の決勝レースを6位でゴールしたホルヘ・ロレンソとの質疑応答で「(制御は)あまりよくなっていないんだ。自分たちはシーズン序盤と同じくらいのレベルだけど、ホンダとスズキはよくなってきている。だから、ヤマハはモンメロ(第7戦カタルーニャGP)以降、誰も勝っていないけど、クラッチローは優勝争いをしているし、アレイシも表彰台争いをしている。彼らの成績が良いのは、偶然じゃないよ」と話していた言葉が印象的だった。バレンティーノ・ロッシも、この次戦のマレーシアGPで「ホンダはシーズン後半に確実に進歩してきたけど、僕たちはそうじゃなかった」と、同様のことをコメントしている。


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 選手たちが感じていたこの<伸び悩み感>は、津谷氏の前述の言葉でも説明がつく。
「さっきも言ったように、最初にシーズンがスタートしたときのレベルは悪くなかったと思っています。そのぶん、伸びしろは少なくなってしまうわけです。ル・マンで一回ステップアップしましたが、そこから最後まで、何か大きくソフトウェアの改善があったのか、何か新しいものをとりこめたのかというと、そういうことはなかったですね。他社の(ソフトウェアに関する)理解が進んできたことはもちろんひとつの要因としてありますが、そこに、シーズンを通して変わり続けてきたタイヤの要素も加わって、中盤戦や終盤では、その影響が大きく出たのが私たちだったのかもしれません」(津谷)
 この共通ECUソフトウェアだが、前年まで各社が自社で製作していたインハウスのソフトウェアと比較して、機能は大味なものになっているようだ。各社の技術者に話を聞くと、皆が口をそろえたように「PCのOSが5年前や10年前のものに戻るような感じ」という比喩で説明をする。津谷氏の場合も同様だが、「いろんなことをできなくなったことで、いろんなことをできていたんだということがわかりました」と逆説的な説明もする。
「たとえば、ウィリーコントロールもスムーズに介入できなくなっていて、今までなら手厚く介入できていたものが、粗くなっている感じですね。(失われた機能は)いっぱいあります。わかりやすいものだと、燃費も悪くなるんですよ。内製ソフトでは燃費のコントロールでも最適な制御をしていたのですが、共通ソフトではそれがずいぶんなくなってしまったので、燃費は悪くなって、だから今年(2016年)の燃料容量は1リットル増えているんです」(津谷)

 
 このように電子制御が自社製ソフトから共通ソフトに切り替わったことで<喪われた性能>を埋め合わせるためには、「制御の外の部分」が重要になってきた、と同社技術本部MS開発部長・辻幸一氏は説明する。

「ひとくちに制御といっても、ウィリー制御やトラクションコントロール、エンジンブレーキなどいろいろありますが、その中だけで収まってくれるわけじゃない。極端なことを言えば、2015年は自分たちのソフトでウィリー制御をきれいにできていました。けれども、2016年に共通ソフトで走るとものすごくウィリーします、となった場合、我々は制御でも一所懸命に対応しますけれども、ウィリーをしないような車体作りもするじゃないですか。エンジンの扱いやすさでいえば、トラクションコントロールがうまく効かないのならスムーズなパワーデリバリーにしましょうとか、ウィリーするのならウィリーしない車体に、スリップするのならスリップしない車体作りをしなければならない。そういうことですよ」



ヤマハ発動機 技術本部MS開発部長・辻幸一氏
ヤマハ発動機 技術本部MS開発部長・辻幸一氏。

 そして、<制御の外へでてゆく>機能のなかでも大きく顕在化していったもののひとつが、シーズンを通して大きな話題になった「あの」機能なのだ、とか。
「一番わかりやすいのは、ウィングだと思います。ウィリーコントロールの介入が雑になるのであれば、介入させないような車体作りをしよう、という考え方ですね。そのひとつがウィング。車両でウィリー限界を上げておけば、トルクを落とす必要がないわけですから」(津谷)
 電子制御でカバーしきれない部分をマシンで補おうとしても、レギュレーション上、エンジンはシーズン中にバージョンアップできないため、基本的には車体で対応をすることになる。ところが、車体性能はミシュランタイヤにも最適化させなければならない。しかも、今年から公式サプライヤーとなったミシュランタイヤは、第2戦アルゼンチンGPでタイヤトラブルが発生したこと等により、安全性重視の方向に振り戻し、そこからふたたび性能向上を図ってきた、という経緯がある。
 タイヤ性能を存分に引き出す車体作りの難しさについて、津谷氏は以下のように説明する。
「車体のセッティングは、去年と全然違います。アップデートは、ホルヘがフレームとスイングアームを1回ずつ。シーズン序盤から数えると、それぞれ二種類を使用しました。バレンティーノもいくつか試しましたが、どちらも一長一短ということで、開幕仕様からはほとんど変えなかったですね。
 シーズンを推移しながらタイヤが変わっていく中で、予測をし、解析をしながら車体開発を進めてゆきました。ミシュランタイヤの大まかな傾向や特性は、シーズン中盤頃にだいたい理解できるようになりました」


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 チャンピオンシップの帰趨は、意外な形で決着した。年間総合優勝の可能性を残していたロッシとロレンソが第15戦日本GPでともに転倒を喫し、最終的にロッシは3年連続のランキング2位、前年度王者のロレンソは3位で終えた。最終戦のバレンシアGPでは、9年のシーズンを過ごしたヤマハ最後のレースとなったロレンソが優勝し、有終の美を飾った。

 この一年の戦いを終え、チャンピオンを逃した理由について、津谷氏と辻氏はそれぞれ次のように総括する。
「ひとつは、転倒による取りこぼしやノーポイントレースが、それぞれ4戦も出たことです。バレンティーノに関しては、シーズン序盤のメカニカルトラブルなどが、彼を焦らせてしまう原因になったかもしれません。そのために、中盤戦以降に少しずつポイント差が開いてゆきました。ホルヘに関して言えば、ご存じのとおり、ウェットとダンプ(生乾き)のコンディションで苦戦を強いられました。私たちもそこをなんとかしてあげることがなかなできなくて、しかもそういう難しいコンディションのレースが中盤で続いたために、引き離されてしまいました」(津谷)


津谷、辻本氏

「結果がすべてですからね。勝った陣営がマシン・レース運営含めて優れていた、それ以外の何ものでもないですよ。表面上は何もないように見えていても、一年間の長いシーズンでは、じつはいろいろなことがあると思うんです。そのいろいろなことが表だって出てしまうか出ないのかが、組織力やチーム力の差、ということなのでしょう。終わってしまえば結果論だけれども、運もたしかに実力のひとつだと私は思うし、そういったいろんなことが表だって結果に影響したかどうかで、2016年の組織力・チーム力の差が出てしまった、ということだと思います」(辻)

 捲土重来を期する彼らの2017年ライダーラインナップは、この2月に38歳を迎えるバレンティーノ・ロッシと、22歳の誕生日を迎えたばかりのマーヴェリック・ヴィニャーレス。1月19日には、スペイン・マドリーで新体制のチーム発表会を行った。そしていよいよ1月30日から、マレーシアのセパンサーキットで、公式プレシーズンテストが始まる。慌ただしく苛酷なシーズンが、ふたたび幕を開ける。


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今シーズンも現地取材ならではの“生きた情報”で読ませる、西村さんの現地直送レポート「MotoGPはいらんかね」をお楽しみに。

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