伊豆

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 古いトンネルを抜けると確実に空気は変わった。

 北からの山風は吹きおろしている。しかし木立が切れて日の光がまばゆい。土の匂いがした。隧道とは「結界」なのかもしれない。違った「国」に出た印象があった。

 この「旧天城隧道」が完成したのは1902年。明治35年のことだという。文明開化から35年を経て、半島の三島と下田の街は念願の難関をクリアしたことになる。


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 行き交う峠の群像もここからさらに時間とともに大きく変わっただろう。再び舗装された国道414号へ出て河津七滝のループ橋を旋回。


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 下がる標高とともにこわばった身体が次第に緩んでくる。北上してきたバイクとこの日初めてすれ違う。これから峠に向かう人だろうか。山里には河津桜のピンクが鮮烈だった。



「海辺の風光」へ

 峠と峠の旅。ひと山を越えても、またひと山がある。伊豆半島の陸路はそんな地勢だ。隣りの集落へ、すこし先の街へ。カーヴを上り、カーブを下る。それは標高1000m級が連なる山間だけでなく、海辺では岬と岬の旅、崖の道になる。

 国道414号線から県道15号線を西に向かう。婆娑羅峠を越えて松崎の街に出た。

 半島の西南側を代表する港町。那賀川の流れをくだっていくと次第に扇状地が広がり岩科川との合流に街がある。点在するナマコ壁の旧家があたたかな日の光に映える。しかし港へ出ると西風が強かった。

 つやつや輝く駿河湾に飛ぶシロウサギ。天気晴朗なれど波高しの正午だった。


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 メットを脱ぐとペタンとなってた髪が一気にオールバックになる。強い逆風とふりかかる波頭のしぶき。しかし西風は当地に春を呼ぶ風だ。

 山間はまだ北風が吹き下ろしていても、海辺には異なる風が吹いている。オーシャンアロー、黒潮の強大なエネルギーが運んでくるような風と光。

 潮の匂いにいざなわれるように空腹を感じた。

 


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 エボダイ、アジ、キビナゴの干物、イワシのミリン漬け、ダルマイカの煮付け、桜エビのかき揚げ、アシタバの天ぷら、いか塩辛、ヒジキの煮付け。

 テーブルには、伊豆の早春の幸が並んだ。刺身がないのは店主のこだわりか。この波風では船は出ない。地産の知恵と工夫が食欲をそそる。脂ののった一夜干しがとくに旨いと思った。

 通常、個人差こそあれツーリングというのはそう腹の減るものでない。座面にまたがり緊張感と振動の継続で胃は萎縮するものだ。しかし箸が進む。なぜか。乗ってきたバイクではないか。コジツケかもしれない。

 でも、CB1100の運転は気負いなく自然体だった。イレブンなのにかさ張らず狭量でなく。乗り手に相応の手応えを感じさせながら自在に馴染んだ。初乗りなのに長く乗ってきたような感触がつかめた。


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