8耐を振り返る

 
真夏の祭典、鈴鹿8耐が終わった。悲喜こもごものラスト2分のドラマ……。
悔し涙からうれし涙へ──。しかし歓喜から落胆を味わったチームもあった。
カワサキ、ヤマハ、ホンダの3チームは、8時間の耐久レースをまるでスプリントレースのように戦った。近年稀に見る「いいレース」だったことは間違いない。

■レポート:佐藤洋美 ■写真:赤松 孝

 真夏の祭典、鈴鹿8時間耐久は、日本最大のバイクイベントだ。4年前からユーロスポーツがライブ配信を始め、欧州で記録的な視聴率を叩き出し、その人気はアジア圏にも広がり、世界的なイベントへと成長している。
 今年は66チームが参加し、64チームが予選通過。鈴鹿サーキットはプレスルームもパドックも、様々な国から集まったチーム関係者やメディアで溢れかえっていた。今年は、ヤマハ、ホンダに続き、カワサキも18年ぶりにワークスを復活させ、メーカーの威信を賭けた戦いを65000人の観客が見守った。

 鈴鹿8耐の歴史に残るハイレベルな戦いは、ピリピリとした緊張感を持って続いた。土曜日開催の最終予選となるトップ10トライアル(計時予選のトップ10チームが挑む)は雨で中止され、日曜日は晴れたが、路面コンデションが、微妙に変化しグリップが取りづらくタイムアップが難しい状況だった。だが、トップライダーたちは、驚異的なタイムを叩き出しバトルを繰り広げる。それは、ペースカーが入るアクシデント(約13分間)、終盤に雨が落ちても、最多周回(現コースにおいて)のフルドライでの218周に迫る216周(減算されている)をトップ3が記録していることでわかる。

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8時間先の勝利に向かってスタートを切った。

 
何が起きるかわからない。ラスト2分を切ったとき、魔物が現れた。

 周回遅れが絡んでも、何が起きても、そのハイペースは変わらなかった。トップ争いを繰り広げるヤマハ、ホンダ、カワサキのライダーたち、そのチームスタッフは誰ひとりとしてミスをしない完璧な戦いを貫いていた。それは、息詰まるような緊迫感となりサーキットを包んだ。何が起きるかわからない、魔物が住む鈴鹿8耐。だが今年は、トップチームの驚異的な戦いぶりに、その魔物も恐れをなし、なりを潜めていた。最後の瞬間までは……。

 ラスト2分を切り、暗闇が支配するサーキット、スタンドでは、赤、青、緑のペンライトが輝き、揺れていた。白煙を吹き周回を続けるゼッケン2(スズキ耐久チーム)のマシンがモニターに映る。雨が強くなっていた。そして、暗闇のS字で転倒するマシンが大写しになる。トップを疾走するジョナサン・レイ(カワサキ)だ。悲鳴とどよめきが、巨大なうねりとなってサーキットを駆け抜けた。ほぼ、同時に赤旗が提示される。
 チェッカーなき、鈴鹿8耐。ライダーたちは、スピードを緩め、続々とピットへと吸い込まれていった。混乱の中で、カワサキのジョナサン・レイの名前がモニターのトップから消え、ヤマハのアレックス・ローズへと変わった。

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残り1分ちょっとだった。あといくつかのコーナーをクリアすればチェッカーフラッグを受けるはずだった。

 
昨年の悔しさを晴らす、中須賀克行の今年に賭ける思い。

 2018年鈴鹿8耐を振り返ってみよう。ヤマハファクトリーは、全日本王者中須賀克行、スーパーバイク世界選手権(SBK)のマイケル・ファン・デル・マーク、アレックス・ローズで挑んだ。中須賀は土曜日に転倒、肩を痛め決勝を欠場。マイケルとアレックスのふたりが「中須賀さんが、最高のマシンを仕上げ、テストをしてくれた。だから、走るのはふたりだけど、僕たちは3人で戦ったのだ」と3人で表彰台に登りヤマハ4連覇を達成した。
 ヤマハの連覇を止めるべくホンダはワークスを復活させ全日本の高橋巧、モトGPの中上貴晶、SBKのパトリック・ジェイコブセンで挑んだ。不安定な天候の中、8耐を知り尽くす高橋が連続走行で、前半戦を走行し、後半戦をパトリックと中上が走り2位となり、悔しさを抱えることになる。
 カワサキは、やっとSBKの王者、ジョナサン・レイを呼び寄せ、SBKのレオン・ハスラムと全日本の渡辺一馬で参戦。レースをリードするも、突然の雨の中、スリックを履くレイが転倒という悲劇を生み3位となった。この直後に、カワサキはワークス復活に向けて動き出している。

 今年の鈴鹿8耐──。ヤマハは、マイケルがSBKで本番のひと月前に転倒、手首と肋骨を骨折、の情報で始まるが、ヤマハはマイケル参戦の方向で調整を進めていた。マイケルとアレックスで走った昨年のポジションをベースにテストを重ねる。第3ライダーで、長身のマイケルは窮屈なポジションで戦い、その力を示すことが難しかったが、昨年の難しい路面での確実な速さが戦力になることを示した。中須賀も昨年の感謝もあり、それを受け入れている。吉川和多留監督は「この戦いでヤマハの絆が深まった」と語る。マイケルを投入するかしないかはレースウィークに決めるとしながらも、マイケル寄りのポジションでテストするヤマハの懐の深さは他を圧倒していた。
 そのテストには野左根航汰を加えている。吉川監督は「野左根にも決勝を走るつもりでテストしてもらった」と昨年以上に野左根へのウエイトを置き、マイケルの代役も視野に入れ万全のテストを重ねていた。事前テスト最終日は雨だったが、その雨の中で、ヤマハ陣営はピットワークの練習を重ねていた。ライダーもスタッフも雨に濡れながら、繰り返される練習に5連覇に向かうヤマハのおごらない挑戦者の姿を見た。

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ヤマハは昨年と同じ中須賀克行、マイケル・ファン・デル・マーク、アレックス・ローズの3人で挑んだ。スターティング・ライダーは昨年悔しい思いをした中須賀克行だった。

 
ワークス復活2年目、ホンダは勝たなければならない!

 ホンダは、高橋巧が鈴鹿2&4予選で脅威の2分3秒台を記録し、レコード更新。全日本開幕戦では中須賀に敗れるも、その後は4連勝と絶好調だった。事前テストでもほぼトップタイムを記録している。そして、願い続けていた清成龍一と組めることになった。高橋は「この流れを生かしたい、生かさなければ」とテストに邁進する。宇川徹監督が「マシンに関しては、アベレージも燃費も納得できるレベルまで来ているが、巧が納得しない」と頭を抱えるほどだった。高橋は「納得なんてありえない。納得したら、そこで終わりだ」と誰よりも貪欲にテストに挑んでいた。

 清成は念願のSBKに復帰したが、思うような走りが出来ずにケガが続いていた。それでも「このチャンスをくれた巧とホンダに報いるためにも勝利に貢献したい」と語っていた。そしてオーディションで選ばれたホンダのモトGPテストライダーのステファン・ブラドルは、7月の事前テストの最終日をキャンセルして帰国。お騒がせぶりは変らずで心配されたが、本番には現われ「父親が交通事故にあったが、今は元気」と初めての8耐に挑んだ。ワークス復活2年目「勝たなければならない」という至上命令が下るホンダ陣営が、ピットワークの練習を始めると、海外チームスタッフも見学に群がり、優勝候補ナンバー1の注目度だった。

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(写真左)ホンダは、エースの高橋巧、そしてSBKを走る清成龍一、オーディションを勝ち抜いたステファン・ブラドル。(写真右)常に勝つことが求められるホンダを率いる宇川徹監督。

 
「力を発揮すれば、きっと勝てる。勝ちに来た」と、カワサキのギム・ロダ監督。

 カワサキは、レイがテストに参加したのは6月上旬の1度だけだった。6月下旬のメーカーテストにはハスラムとSBKのトプラック・ラズガットグルが加わりテストしたが、最終テストとなった7月の事前テストにはレース日と重なっていたため現われなかった。それでも、ワークスチームとなり、スタッフは通常の45名程度から60名へと増え、カワサキの威信を賭けた戦いであることを伝えていた。監督はSBK監督のギム・ロダが務めた。ギムは「ふたりは、モトGPライダーにだって負けないすごいライダーだ。だから、力を発揮すれば、きっと勝てる。勝ちに来た」と絶大なる信頼と自信をのぞかせた。助監督には藤原克昭が加わり、ライダーのケアの他にSBKチームと、サポートに入っている全日本のチームグリーンのスタッフたちをつなげ円滑にチームが動くために奮闘していた。

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昨年もその速さを見せつけたカワサキは、現在SBKのランキング1位のジョナサン・レイ、同僚のレオン・ハスラム、そしてトルコ人ライダーのトプラック・ラズガットグル。チームの助監督には藤原克昭が加わった。

 また、世界耐久選手権(EWC)の最終戦でもある鈴鹿8耐では、そのチャンピオン争いも見どころだった。ランキングトップのカワサキフランス、2位にスズキ耐久チーム(サート)。カワサキフランスはル・マンやボルドール24時間耐久で幾度も勝つ名門チームだが、フル参戦しないためタイトルは獲得したことがなく、タイトル獲得のために海を渡った。
 2位のサートは過去15回もタイトルを獲得している王者。このチームのドミニク・メイランドは、72歳の名物監督で、EWCでは誰よりも有名だ。このドミニクの引退が、ここ鈴鹿だった。この偉大な監督のセレモニーが開会式で行われていた。クルーは、なんとしてもタイトルを獲得してメリアンを送り出そうとしていた。

 レースウィークに入り、マイケルに「ケガの具合は?」と聞くと「なんのこと?」と笑顔を見せるくらいに回復していて、中須賀、アレックスと遜色のないタイムを記録する。ホンダの清成は、体調が悪く、テストも予選もあまり走らず心配された。この時点で宇川監督は「巧とブラドルで行く」ことを決断している。カワサキも、トプラックを走らせるかどうかを検討していたが藤原助監督は「最終調整が赤旗ばかりで出来ず、リスクを考え、ジョニーとハスラムで」としていた。

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ホンダのスタートライダーは、今季のJSB1000で絶好調の高橋巧。今回も速さを見せつけた。

 
ホンダ、ヤマハ、カワサキ──ワークス同士が火花を散らす。

 決勝は、中須賀、高橋、レオンがスタートライダーを務めた。第2ライダーにアレックス、ステファン、ジョナサン。第3ライダーの戦いは、マイケル、高橋、レオン。4時間目には中須賀、ステファン、レイとなる。
 ヤマハは、3人のルーティンを確実に守りハイレベルで周回を重ねて行く。ホンダは、高橋へのウエイトが重く、燃費の良さもあり、高橋が多くの周回を重ねることになる。トップでステファンにバトンを渡すが、ステファンは約10秒差のビハインドを付けられ2番手で高橋に交代、それを高橋が挽回して首位に立つ。レイとレオンは同周回をこなしながらきっちりとライダー交代を重ねて行く。レオンは、左手にクラックが入るケガを負っていた。さらにお腹を壊し、スティント後半には「タイムが落ちてしまった」と語っていた。レオンが2番手に下がるとレイが挽回するという戦いが続いた。

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SBKではシーズン序盤の不調がウソのような走りで現在ランキング1位のジョナサン・レイ。鈴鹿でも圧倒するライディングを見せた。

 後半の戦いで、レイと高橋が同じルーティンとなると、2分7秒台という驚異的なタイムを叩き出しトップ争いを繰り広げるのだ。そして、最後のライダー交代、ホンダのピットにはステファンがスタンバイしている。高橋は首位を守りピットに滑り込んだ。宇川監督が駆け寄り、耳元で「行けるか」と聞くと、高橋はうなずき、軽く数回ジャンプしてマシンにまたがり、連続走行へと飛び出して行った。背中に背負った給水タンクはすでに空だった。脱水症状に、酷使した身体が、悲鳴を上げ始める。足がつり、思うようなライディングが出来なかった。苦痛の中で、懸命な走行を続ける高橋を、ライダー交代を終えたレイ、アレックスが抜いて行った。

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昨年8耐は走ることなく表彰台に上り悔しい思いをした中須賀克行。

 
そしてラストの周回にドラマは起こった。そしてチェッカーフラッグのない幕切れ。

 レース終盤にゼッケン2のマフラーから火が見えた。ピットに入るが、マシンを確認すると、コース復帰する。このままの順位ならば、EWC逆転チャンピオンでドミニク監督を送り出すことが出来る。この思いが、名門チームとして名高いサートの判断を狂わせてしまったのではないだろうか。ピットインした時には、火は消えていた。だが、白煙を拭いてオイルをまき散らしてしまう。雨も強くなり、転倒車が出て、レイも転倒という事態へとつながった。赤旗中断、チェッカーフラッグが降られない幕切れだった。

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レース終盤に入っても上位3台による、まるでスプリントレースのようなバトルは続いた。

 前日に行われた鈴鹿4時間耐久も雨で赤旗中断されていたが、前周でリザルトが決定、転倒したライダーも表彰台に登っていた。赤旗の場合、前の周回リザルトが適用される。転倒してしまったが、カワサキの優勝だと思っていた人が多かったように思う。だが、モニターが切り替わり、ヤマハの優勝が表示される。ピットでは、ヤマハ陣営が喜びに包まれていた。表彰式が行われ、ヤマハ5連覇達成のお祝いムードがサーキットを包む。
 藤原助監督は「レイの転倒でピットは騒然となっていた。海外スタッフは泣き叫んでいた。そこに戻って来たレイも泣いてすまないと謝り、落胆する王者の姿を見て、誰も何も言えなかった」と言う。

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ジョナサン・レイ転倒! ヤマハの歓喜と、カワサキの落胆……だが。

 
悔し涙がうれし涙に変わった。観客のいない表彰台で、カワサキは勝利の歓びに浸った。

 抗議申請には、時間的制約があるため、カワサキ陣営は規則書を引っ張り出し抗議に向かった。FIMの規則では、赤旗後、5分以内にピットに戻らなければならない。
レイは戻れず失格だと判断したと言う。たが、EWCの規則書には、その文言がなかった。カワサキの抗議が認められ、カワサキ優勝となる。その知らせを聞き、カワサキスタッフは、今度はうれし泣きの涙を流し、ホテルに戻ったライダーを呼びに走った。
 記者会見を終え、藤原助監督は鈴鹿サーキットに掛け合って表彰台に登る許可を得る。鈴鹿のスタッフはジャンパンを2本持って来てくれた。カワサキスタッフ全員が、表彰台に登り、観客のいない鈴鹿で、歴史に残る激闘に勝利した喜びに浸った。時刻は11時に近かった。チェッカーもなく、観客もいなかったが、速い者が勝つ、というレースの正義が守られたことに、誰もが安堵していたように思う。正式リザルトは翌日の月曜日、車検後に出された。1番上にカワサキの名が記されていた。
 そしてEWCチャンピオンにはカワサキフランスが初の栄冠を得た。

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カワサキの優勝。勝利の歓びに浸ったのは11時を過ぎていた。観客のいないサーキットで勝利の美酒に酔う。(写真提供:カワサキ)

 レイは「こんなハイペースの戦いになるとは思わなかった。常に前を追いかける姿勢を続け、筋肉がつり、クタクタ」だと最後は、笑顔を見せた。藤原克昭助監督は「悔しくて泣いて、嬉しくて泣いた。SBKスタッフ、全日本スタッフ、みんなが力を合わせた結果、このチームの一員でいられたことに感謝する」と語った。
 吉川監督は「3人にとってのベストを選択した。そのことに悔いはないが、レイや巧(高橋)と互角に戦える中須賀に我慢をさせてしまった」と語り、中須賀は「ライダーもチームも100%の力を出し、現状のベストを出せた。ヤマハは、まだ伸びしろがある。だから、来年につなげたい」と語った。
 宇川監督は「巧頼みの戦いに、今年もなってしまった。申し訳ない。勝てなかったのはチームの責任だ」と言い、高橋は「こんな攻めた8耐はなかった。それで、負けたのだから、受け止めるしかない。本当に悔しい。でも、やり切ったとも思う。これ以上ないくらいに挑んだ。そして今、SBKで戦いたいという思いが強くなっている」と前を向いていた。

 スポーツにはルールがある。その規則に従い戦うものだ。だから、ルールを司る者は、真摯にそれと向き合う必要がある。参加者は、その判定によって、喜怒哀楽のすべてを味わうのだ。最高のレースを見せてくれたライダー、チーム、支えてくれたオフィシャル、応援してくれたファン、すべての人が、右往左往し、一緒に喜びを共有できなかったことは、残念の一言で片づけることは出来ないという苦い思いが残る。
 だが、願わくば素晴らしいレースを、ホンダ、ヤマハ、カワサキが、三様の戦いで見せ、最大限の力を発揮してくれたことを、忘れずにいてほしい。