Hi-Compression Column

MotoGPはいらんかね

■第12戦サンマリノGP・トピックス
(2010.9.14更新)


MotoGPはいらんかね

第12戦サンマリノGPの開催地ミザノ国際サーキットは、バレンティーノ・ロッシの故郷タブーリアから僅か10kmの距離。

レースウィークには熱狂的なファンが押し寄せて、一帯はロッシカラーの黄色一色に染まる。


V・ロッシ V・ロッシ

 
観客席は黄色一色、パドック内もロッシファンで溢れかえるのだ。
 

そのロッシに関する動向で今最も注目を集めているのが、最終戦バレンシアGP終了後の事後テストで、来季移籍するドゥカティのマシンを試乗できるかどうか、というところ。

そして、この話題のカギを握る最重要人物が、ヤマハ発動機執行役員MC事業本部技術統括部長・古沢政生氏だ。


ヤマハ発動機執行役員MC事業本部技術統括部長・古沢政生氏

 
2004年、いわゆる「ビッグバン」エンジンを開発したのがこの人。
 

世界中が固唾を呑んで見守る事態の推移について、古沢氏から得られた言葉を以下に紹介しよう。

ここで述べられている内容は、現段階での彼らの正直な回答といっていいだろう。少し長めのインタビューだが、じっくりと読み解いてほしい。

    ※   ※   ※

─バレンティーノは、第10戦チェコGPの予選終盤タイムアタック中に転倒。第11戦インディアナポリスでは、前戦と同様のシチュエーションを含む計4回のクラッシュ。今、彼にいったい何が起こっているのですか?

「開幕戦後に肩のケガをした、それが一番大きな原因だと考えています。第4戦ムジェロで右脚の大ケガをして、痛みはそちらのほうが派手だったけれども、本当は肩のほうがまだ完全ではなくて、時間もかかると思います。彼曰く(肩は)まだ6割のパワーだということで、ホントに徐々にしか良くなっていない。(本調子に)戻るまでには、結構な時間がかかると思います。そして、そのためにバイクのセッティングが変わってきていて、彼本来の持ち味であるハードブレーキングができなくなっている。そのぶん、コーナリングスピードをあげて補うことになるから、どうしても転ぶ可能性は増してくるんですね。もうひとつは、自分ではけっして言わないけれども、速く乗って早く上に行きたい、という焦りのようなものもあるのかもしれません。それもたぶん、大きく影響しているでしょうね」


V・ロッシ

 
バレンティーノの一挙手一投足を捉えようと、カメラマンが蝟集する。
 

─その焦りとは、本来あるべき自分の姿とのギャップに対するプレッシャーなのか、あるいは快進撃を続けるホルヘから受けるプレッシャーなのか?

「たぶん、前者のほうだと思います。ホルヘについては、今年はたぶん、(チャンピオンシップでは)もうやられると考えているから、そこに関しては気持ちから完全に離れていると思う。とにかく自分を早くトップレベルに戻したい、そしてみんなにいいところを見せたい、というその一心だと思います。これはずいぶんプレッシャーになってると思いますね」

─そういう意味では、いつものバレンティーノではない?

「全然違いますね。ホルヘが非常に安定していて、バレンティーノがコロコロ行くので、以前の彼らとは立場がひっくり返った印象もあります。時代の変わり目とは、そういうものなのかもしれません」

─そのバレンティーノが来年はドゥカティに行く、とブルノで発表。この事実をどう捉えていますか?

「辛いけれども、受け止めざるを得ないですね。だいぶ慰留をしましたが、彼の決意は固かった。イタリアのスーパースターがイタリアのバイクに乗る、ということは、じつは皆が長いあいだ待ち望んでいたんですよ。それを我々はよく7年間も引き留めることができた、と思っています」


ロレンゾ

 
「速く走る能力」は文句ナシ。開発能力の成長が課題のJ・ロレンソ。
 

─“フルサワとバレンティーノは、年齢を越えた親友”と言われてきた。その関係は、今後どう変わっていく?

「仕事が取れただけの、ただのともだちになるんじゃないでしょうか。来年はドゥカティに行くからといって、彼の態度がなんら変わっているわけではない。少し変わってほしい、もうちょっとプロフェッショナルにやってほしい、という気もしますけれども(笑)。イタリア人は友人関係と仕事の関係が混ざる場合があるようだけれども、彼は特にその傾向が強い。そこを切りわけて考えることは、どうもあまり得意ではないようですね。私も“マサオ”の顔ではなく、ヤマハとして話をする場合もありますが、ときどき混乱しているようですから」

─今、レース界で大きな興味の焦点になっているのは、最終戦バレンシア終了後のテストで、バレンティーノがドゥカティのマシンに乗ることができるのか、ということ。ヤマハは年末までの契約を盾に、ドゥカティのテストを阻止するのではないか、とも言われている。単刀直入に伺いますが、どうなのでしょう?

「今の時点では、ノーコメントです。関係のある企業やスポンサーがあまりに多く、大きな金額も関わっているので、軽々しく言うことはできない。ただ、私も顔を使い分けますけど、ひとりのファンとしては、早くリリース(解放)してあげたいな、とは思う」

─欧州では今、古沢さんが某メディアに対して『自分とバレンティーノはプロフェッショナルな関係だ』と語った、という情報がひとり歩きしている。『プロフェッショナルな関係』という言葉の意味は、個人的な感情はともかくヤマハとしては契約期限の年末まで拘束する、という意味合いにも解釈できる。

「いい噂ですね(笑)」

─実際に、噂で囁かれている言葉どおりに回答した?

「言ってますよ。インタビューでは『我々はプロフェッショナルな関係だ。友情とは全く別個のものだ』と常に回答しています」



ピット

 
ピット前はスチールカメラやテレビカメラが終始張り付きっぱなし。
 
西村 章
西村 章
スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社等にも幅広くMotoGP 関連記事を寄稿。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマ ンスライディングテクニック』等。twitterアカウントは@akyranishimura。 第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作『最後の王者』の年内刊行に向け て、現在鋭意加筆作業中。






DUCATI

 
ドゥカティの「頭脳」、車いすの天才エンジニアことF・プレツィオージ氏。
 

─では、年末まで拘束する、と解釈されることは何ら不本意ではない?

「ないですね。我々のスポンサーにとっては、これは一番いい回答だと思っています。スポンサーは、契約期間内に契約と違う行動を取られると困るわけです。彼のイメージに対してスポンサーは大きなお金を払っているわけだから。それを反故にするのは、ちょっと難しいですね。ただ、少しでもヤマハにメリットを得たいがために相手にテストをさせないのだ、と思われるのは避けたい。そういう考え方は、我々にはありません」

─整理すると、対スポンサーという立場では『プロフェッショナルな関係』なのだから年末までの契約を遵守してしかるべきだけれども、古沢個人としては早くリリースしてあげたい、ということ?

「そうですね。私自身は2004年にバレンティーノを待っていたのは、非常にエキサイティングな経験でした。そのエキサイティングな思いを、ドゥカティにもぜひ経験してほしいな、と思います(笑)」


アンブレラガールの彼女たち、来年は誰に向かって微笑みかけるのかな。
※クリックすると大きな笑顔が見られます。

─ただその一方で、ヤマハは過去に他メーカーから移籍してきたライダーを、最終戦事後テスト等で実際に年内に走らせていたという事実もある。だとすると、ヤマハのやろうとしていることはダブルスタンダードなのではないか、という批判も免れ得ないのでは?

「そうかもしれませんね。私はバレンティーノ以前のライダーをほとんど知らないけれども、バレンティーノほどの価値はなかったのかもしれません。私は何も知らずにMotoGPの活動を始めましたから、ホンダから移籍してくる2003年の暮れにテストを許さないと言われても、何の違和感もなかったし、こちらからテストをさせてくれと言ったおぼえもありません。ホンダに対して腹立たしい思いをしたこともない。一般論としては、せっかく武器を手に入れたのなら早くから仕込んだほうがいい、とは思う。ただ、傲慢になる必要はないけれども、べつにそれができなかったからといってたじろいでしまうような、我々はそんな弱っちい立場ではない、という自負もあります」

─欧州、とくにイタリア人ファンの気持ちは、『そんな堅苦しいことを言わずに、乗せてやれよ』という声が、8〜9割だと思う。上記の理由でバレンティーノを拘束してテストをさせないとなると、量産車の販売台数へも悪影響があるのでは?

「それは考えてなかった(笑)。でも、ありうることですね。いずれにせよ、バレンシアまではまだ時間があるので、全体を考えて決めればいいことだと思います。バレンティーノの場合には、ハンパではないカネが絡んでいるので、今はまだなんとも言い難いですね。いずれにせよ、少なくとも相手に有利な要素を与えたくないために拘束する、ということはありません」


V・ロッシ V・ロッシ

 
パーソナルカラーの黄色い46も、来年ははたして赤く染まるのか??
 

─では、その決定を発表するのはいつ頃になりそう?

「そうですね……、もてぎのあとくらいにはできるのではないでしょうか。とはいえ、たくさんの人や企業が関わっていて状況を見ないとなんとも言えないので、そこはちょっとなんとも言い難いですね」

─バレンティーノが去る来2011年、ヤマハワークスはホルヘ・ロレンソとベン・スピースの二台体制になる。『ホルヘは速く走る能力は高いけれども開発はまだまだ』と常々おっしゃっているが、速く走る能力に加えてマシンを作りあげる抽んでた能力を兼ね備えたバレンティーノが欠ける穴は、やはり大きい?

「これが2004年だと、勝つことはまず不可能だったでしょう。でも、今はどこのバイクもほぼ同程度のレベルで戦っているので、ライダーの開発能力については今現在はさほど重要視されない。バレンティーノの言う、『ヤマハに対して、自分が貢献できる仕事はもうほとんどない』というのはそういう意味です。勝負はおそらく、新しいカテゴリーになる2012年でしょう」

─ホルヘとベンの評価能力は、それぞれの経験量と蓄積に依存するのだろうけれども、それについてはどう考えている?

「バレンティーノと比べると、彼のレベルに並べる人はいないですよ。そういう意味では、ディスアドバンテージ(不利)になると思います」


ベン・スピース

 
すでにその才能の片鱗を見せはじめているB・スピース。大器早成!?
 

─2012年からは厳しい戦いになる、ということ?

「だと思います。とくにシーズンの序盤数戦は、セッティングがまとまらなくて苦労するかもしれない。でも最後にモノを言うのは、ライダーがどれほど走る能力が優れているか、そしてそれをどれだけバイクがサポートできるか、ということです。だから、たぶん勝ってくれると思います。走る能力は、ホルヘは非常に高い資質を備えているけれども、ベンも負けないくらい高いものを持っていますから」

−今年度いっぱいで一線を退くということだが、上記のような予測ならば、古沢さんは2012年まで必要とされるのでは?

「いや、バレンティーノと同じ見解ですが、『僕がいなくてもヤマハはやっていける』でしょう。むしろ、バレンティーノは私にヤマハに残ってほしくない、私がヤマハに残ることはできれば避けてほしいんじゃないでしょうか。彼としては、できるだけ相手に塩を送りたくない。ドゥカティに有利になるようにものごとを進めたいでしょうから。一時期は冗談で『ドゥカティに一緒に来ないか』とよく誘われましたけどもね」

−心が動いたことは?

「ないですよ(笑)」



古沢政生氏

 
第14戦日本GP後、MotoGP界を激震が襲う、のだろうか……? 
 

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