(2011.6.29更新)
第7戦オランダ。オランダといえばダッチウェザーである。数十分ごとにコロコロと表情を変えるその様子は、いくら言葉を尽くしても現地でその様子を体験しないことにはなかなか実感できないのではないかと思う。それくらい、一般的日本人の想像を超える気象変化が、ここではごく当たり前に起こるのだ。雷が鳴って雨が降ったかと思うと1時間後にはすっきりと晴れ渡り、強い陽射しが照りつけるまま今度は霧吹きでふいたような粒の細かい雨が降り始め、あっという間にその雨も上がって、おや虹が出たなと空を見上げると、西の端から黒い雲が……、というふうに一日が推移する。
特に今回はレースウィークを通じて気温が低かったこともあって、チームと選手はえらいことになっておりました。とはいえ、寒いとは言っても、前戦のイギリス・シルバーストーンほど極悪な寒さではなかったのだけれども、ドライならドライ、ウェットならウェットですっきり統一してもらわないと、チームとしてもバイクのセッティングや戦略の立てようがない。しかし、そういう突然の路面状況変化も含めた複雑なコンディションにどう対応するか、というのが、このオランダGPの勘所でもあるわけだ。
それにしても、このアッセンではそんな条件下でのレースを現在に至るまでかれこれ90年ほども続けてきたのだから、たいしたものだ(ダッチTTの開始は1925年。MotoGPでは1949年の初年度から連続して開催されている唯一の会場である)。日本でたとえれば、甲子園の高校野球のような伝統と格式のあるスポーツなわけで、今年も不安定な天候をものともせずに決勝日には9万2150人、3日間総計で13万人超の観客がレース見物に詰めかけた。
バイクや自動車でやってくる人々が多いのは他の欧州諸国と同じだけれども、自転車で会場まで来る人々が多いのも、ここの特徴である。なかには近所に住んでいる人たちもいるのだろうが、キャンパーや自家用車に自転車を積んで来る人々も多い。
さらに感心するのは、この悪天候にもめげずテントを張ってレースウィークを過ごす人々だ。僕自身も、過去には北海道野宿ツーリングをした際に台風に見舞われた経験もあるので、風雨のなかテントで夜を過ごすのが結構苛酷な体験であることは知っているつもりである。アッセンを訪れる観戦客の場合は、似たような境遇の人々が周囲にたくさんいるとはいえ、それでも肉体的にはかなり辛いもんがあるのではないか……、なんていう雑談をプレスルームで話していると、とある経験豊富なフォトグラファーが「彼らにとってはこれが当たり前だから、むしろいい天気のキャンプのほうが想像できないんじゃないか」と発言。たしかに、言われてみればそのとおりかもしれない。じっさい、呆れるくらい大勢の人々がこの悪天候のなか平気でテントを張り、キャンパーの庇の下でテーブルを広げて、平然とビールを飲んで談笑していたりするわけだ。
だが、この大勢の観戦客の数は、何十年もこの世界を知っている超ベテラン関係者に言わせると「ずいぶん数が減ったなあ」と感じるそうである。以前、その人が保存している1950年代だか60年代だかのオランダGPの新聞記事を見せてもらったことがあるのだが、「え゛!?」というくらいコース沿い(しかも、観客とコースはロープで隔てているだけだったりする)はびっしりと人人人人人人、で埋めつくされていた。写真からでも「ざわ、ざわ……」(←福本伸行風に)という雰囲気が伝わってくるほどだ。
そういう伝統と格式に支えられたレースなわけだから、このTTサーキットアッセンが「ロードレースの大聖堂」という言葉で表現され、選手たちからも独特の敬意を払われるのは、当然すぎるくらい当然の話である。
今年のレースでは、ベン・スピース(ヤマハ・ファクトリー)がMotoGP初優勝を達成した。器の大きさと将来性を期待されながら、なかなか結果を出せずに苦しんでいただけに、伝統のサーキットで挙げた今回の勝利は、本当に格別だったようだ。
「今日は今までのレースキャリアの中でも最高の勝利。子供の頃に憧れのヒーローたちが戦いを繰り広げていたその場所で今度は自分が優勝するのは、本当に格別な気持ち。この価値を実感できるまでには、まだもう少し時間がかかるかもしれない」と、いつもより少し頬を上気させて語る様子にも、彼の喜びがよくあらわれていた。
次戦はイタリアGP、戦いの舞台はムジェロサーキット。いうまでもなく、バレンティーノ・ロッシとドゥカティの地元である。イタリアGPを見据えて、今回のレースでデスモセディチGP11.1という<新車 >を持ち込んだ彼らの本気が、トスカーナの山中でいったいどんなふうに炸裂するのか。これまたすごい戦いになることは論を待たないのであります。