2018年5月25日

KAWASAKI ESTRELLA試乗 『オートバイの世界が持っている魅力は一元的ではない ということを改めて教えてくれる』

■試乗&文:濱矢文夫 ■撮影:依田 麗
■協力:カワサキモータースジャパン http://www.kawasaki-motors.com/

 
凪いだ海面をボートがスーッと滑るように街の中を走る。急くようにダッシュして走るのが野暮に感じる心地よさ。性能を競ったりするのとは無縁だ。あらためてオートバイの楽しさはパワーや速さだけでは語ることが出来ないというのを思い知らされる。
エストレヤで走っていると、いつも通る都心の混雑した道も、いつもとは少し違う趣が加わったみたいだ。目を吊り上げて乗る必要がない、なんとも開放的で、リラックスした気持ちになれるゆったりとした世界。それだから、通常よりちょっと増した幸せに包まれ、誰よりも早く目的地に着きたいという世俗的な思いが薄れていく。普段の道行きが、旅の中に入っているような雰囲気。

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空冷単気筒エンジンは、スタイルにあったテイストを持っている。

 直立した空冷4ストロークSOHC単気筒249ccエンジンは、お世辞にもパワフルとは言えないけれど、低中回転のトルクがあって、常時4速、すいていればトップ5速の低目の回転数のままギアを変更することなく、スムーズに走れてしまう。細かで難しい操作はいらない。ハンドルを掴んで、右手をひねり行き先に前輪を向けるだけ。
 
 そのままスロットルを開けたら、現代のオートバイからはなかなか聞けなくなったアナログ的な歯切れのよい音と、強すぎないが確実にある鼓動と共に、ゆるやかに速度を増す。高回転域はドラマチックとは言い難いけれど回すとそれなりの加速で、クルマの流れをリードできる実力はある。けれど、そういう気にならないんだ。本当に。
 
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長寿モデルだった理由は、この排気量クラスでは他に似たものがない独自性があったから。

 
 もし、これがスポーティーな匂いをさせる見た目だったら、ちょっと残念に思うかもしれない。しかし、エストレヤはスポーツバイクではないからね。60年代にあった名車、カワサキメグロSGを彷彿とさせるクラシックスタイル。金属のパーツが多く、そのディテールにもこだわっている。金属が本物で、樹脂が偽物なんていう考えはこれぽっちもないけれど、金属がこのオートバイのスタイルに説得力を与えているのは確かだ。古い時代を知らない若い世代でも、どこか懐かしいと感じさせる。今、流行っているネオレトロとも明らかに違う。
 
 ファイナルエディションはもっとその趣向を凝らした特別仕様になっている。70年代のカワサキにあったロードスター、650RSを思い出させるカラーグラフィックと、今までのエストレヤにありそうでなかった伝統的な“Kawasaki”の文字が入った燃料タンクや、縦のタックロールシートなど、これまでのエストレヤよりクラシック風味をもっとまぶしたテイスト。サイドスタンドにもたれかかり置かれている車両を、ちょっと離れたところから眺めると分かるが、どんな景色にも溶け込んでよく似合う。
 
 エストレヤとは、スペイン語で“星”という意味(だから燃料タンクに星のエンブレムが入っていたこともある)。1992年に誕生してから細かい変更は受けてきたけれど、基本のレイアウトは大きな変更がなく、2017年のファイナエディションまで続いた長寿モデルだ(詳しくはエストレヤ大全を参照。その理由は乗って体験すると分かる。車検もなく維持するのが楽で手に入れやすい250ccクラスにおいて他に類のない存在であったから。
 
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そして、味のある存在感だけでなく、乗りやすく運転するのが楽しいと感じる充実感。

 跨ると際立つスリムさを実感する。単気筒エンジンを搭載したシンプルなフレームを採用しているメリットだ。735mmという低いシートは、身長170cmで短足の私でも膝に余裕があるほど足着きがいい。だから色々事情があって一旦オートバイから降りたけれど、また戻ってきたいというリターンライダーや、足着き性が気になってしょうがない小柄なライダーでも、怖がらずにライディングできる絶妙なサイズ。フロント18インチ、リア17インチに細いタイヤを履いたハンドリングは、自然な動きで高い安定感。その扱いやすい空冷単気筒エンジンの特性と相まって乗りやすくて、どんなライダーにもオススメできる。
 

エストレヤには「温故知新」という言葉がぴったりくる。

 個人的にはスポーツライディングが大好きだが、正反対とは言わないけれど方向性がまるで違うこの乗り味をつまらないとは感じることがない。それはルックスと、エンジンや車体の味付けのバランスがとてもいいからに違いない。高い速度や強い加減速ができなくても、オートバイを操っている充実感がちゃんとある。乗っていると、周りに並んでいるクルマやオートバイを気にせず、エストレヤとふたりだけで対話しているような気になっていく。
 
 ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェは「足下を掘れ、そこに泉あり」と言った。昔のことをもう一度考え直すと、新しい事が手に入るという。エストレヤは25年以上昔に誕生した大きな話題になるような最新モデルではないけれど、このファイナルエディションに触れ、一緒に走って、新しい魅力を知れた。まだ苦労せずに車両を手に入れられることから、オートバイライフを彩ってくれる相棒として見つめ直す良い機会だと思う。
 
(試乗・文:濱矢文夫)
 
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フロントワイヤースポークホイールのリムサイズは18×1.85。それに装着されるタイヤサイズは90/90-18M/C 51Pと細い。フロントブレーキはシングルディスクで、Φ300mmローターに、TOKICO製片押しの2ポッドキャリパーの組み合わせ。ステーまでクロームメッキされたスチールのフェンダーが周りの景色を写し込む。正立型フロントフォークのインナーチューブ径は39mm。


 
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エストレヤと250TRに使われた、この空冷4ストロークSOHC単気筒エンジンは新設計だった。ボア・ストローク=66.0mm × 73.0mmというロングストローク。初期モデルはキャブレターだったが、2007年のモデルチェンジでフューエルインジェクションが採用された。そのインジェクションのユニットにはクロームメッキの化粧カバーを装着し、クラシックなテイストを大事にしている。フレームはスチールパイプを使ったセミダブルクレードル。


 
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リアはフロントより外径が小さく、リム幅がやや太い17×2.15。装着タイヤは110/90-17M/C 60P。銘柄はBRIDGESTONEのバイアスタイヤ、ACCOLADEでチューブ入り。リアブレーキはドラム式。前進だけでなく後進の時でも効くリーディングトレーリング。クロームメッキされたヒートガード付キャブトンマフラーがカスタマイズ感を醸し出す。コンベンショナルな2本リアショックはプリロードを調整できる。ドライブスプロケット15丁、ドリブンスプロケット40丁。


 
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ファイナルエディションに与えられた燃料タンク(容量13L)のカラーグラフィックは70年代にあったカワサキ650RS、いわゆる“ダブサン”を思い出させる。「Kawasaki」立体エンブレムもファイナルエディション専用。ヘッドライトボディもタンクやサイドカバーと同色に塗られている。燃料タンク上部には「FINAL EDITION」という文字も入っている。ニーグリップ部分の凹みのお陰で足のフィット感は良い。


 
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ファイナルエディションだけの縦タックロール表皮を採用した特別デザインのシート。白いパイピングと、筆記体のESTRELLAロゴが、これまでのエストレヤとは違う雰囲気にしている。クロームメッキされたスチールフェンダーに取り付けられたテールランプは650RSやマッハシリーズを彷彿とさせる形状。丸いウインカーも古いカワサキ車を思い出させる。左右に2個ずつ、合計4個の荷掛フックを標準装備しているのはカワサキのアイデンティティでもある。シート高は735mmと低く、さらに細身なので、各世代の平均的身長付近のライダーならば、余裕で両足裏まで届く。


 
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クロームメッキリングで小さなLCD画面を持つがクラシカルなアナログメーターデザイン。横から見ると縦の幅が昔のアナログメーターほどなく薄い。ハンドルグリップは兄貴分のW800と同じ滑り止め凹凸のないデザイン。左側には赤いハザードランプスイッチがある。ブレーキレバーだけでなく、クラッチレバーも調節できるようになっているのは大いに評価したい。指の短い人も嬉しい装備だ。


 
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ヘッドライトステーがフォーククランプ式ではなく60年代から70年代に多く使われた、フォークにかぶせるタイプなのも、クラシックなディテールに一役買っている。


 
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●ESTRELLA Final Edition(2BK-BJ250A) 主要諸元
全長×全幅×全高:2075×755×1055mm、ホイールベース:1410mm、シート高:735mm、キャスター:27°、トレール:96mm、ボア×ストローク:66.0×73.0mm、最高出力:13.0kW〔18ps〕/7,500rpm、最大トルク:18N・m〔1.8kg-m〕/5,500rpm 、クラッチ:湿式多版、常時嚙合式5段リターン、タイヤ(前×後):90/90-18M/C 51P × 140/110/90-17M/C 60P、車両重量:161㎏、燃料タンク容量:13L
メーカー希望小売価格(消費税8%込み):575,640円(本体価格533,000円/消費税42,640円)


 


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