2018年2月14日

アジアロード選手権(ARRC)『アジアが、熱い!』

■取材・レポート:佐藤洋美 ■写真:ARRC、佐藤洋美

 タイを中心に、インドネシア、インド、オーストラリアそして日本を転戦するアジアロード選手権(ARRC)が、今年も全6戦で行われる。かつては藤原克明や清成龍一、高橋裕紀などトップライダーが参戦しチャンピオン争いをしていた。そんな中、最高クラスのSS600は、モータースポーツへの人気が高まるアジアから世界の舞台へと羽ばたく若手ライダーの登竜門として、激しいバトルが繰り広げられている。昨年12月にタイで行われた最終戦は、今年を占う大熱戦となった。

 アジアロードレース選手権(ARRC)の最終戦が2017年12月2~3日、“微笑の国”タイで開催されました。タイの東北部にあるブリラムにあるチャン・インターナショナル・サーキットが決戦の舞台。バンコックから飛行機で約1時間、車で6~7時間のその場所には、遺跡やスパの観光名所もあります。
 サーキットは、立派なサッカースタジアムの横に建設されました。町興しの一環として進められ、それに伴い道路事情も改善されたそうです。数年前までは悪路で、バンコックからのドライブは10時間以上かかったといいます。スタジアムとサーキットの間には、近代的なレストランやカフェ、タイらしい露店があり、レースウィーク中は関係者やファンで賑わっていて、都会的な佇まいにちょっと驚いてしまいました。2018年シーズンはロードレース世界選手権の開催も決まり、開発がさらに進むことになりそうです。
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バンコクの街中にはバイクが溢れている。ジェットやフルフェイスのヘルメットをきちんと被っているライダーも多い。


 
 ARRCが日本で開催されるようになったのは、2011年全日本併催となった大分県のオートポリスで、その後、三重県鈴鹿サーキットで単独開催されるようになりました。アジアでの二輪販売が好調という背景を受け、日本人ライダーが続々と参戦し、メカニックなどのレース関係者も増え、アジアのレースの底上げとレベルアップに貢献するようになりました。
 少し過去を振り返ってみましょう。2011年には長年海外レースを戦っていたカワサキの藤原克昭がアジア参戦を表明し、見事タイトルを獲得。2012年にはイギリス・スーパーバイク選手権で3度も栄冠に輝いた清成龍一をホンダが投入しチャンピオンとなり、14年にはMotoGPライダーだった玉田誠(ホンダ)が参戦。そして15年にはMotoGPの経験もある高橋裕紀(ホンダ)がチャンピオンとなります。17年はロードレース世界選手権で活躍の実績ある小山知良(ホンダ)がタイトルに迫りますが、トラブル発生でチャンピオンを逃しました。このように多くのトップライダーたちが、その栄冠に挑んで来たのです。
 
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2011年のチャンピオン、カワサキの藤原克明。今はチーム・アドバイザーとして若手ライダーの指導をしている。


 
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ARRCのSS600には2014年に参戦した玉田誠は、「AP Honda Racing Thailand」でアドバイザーを務めている。


 
 そして2017年の最終戦を迎えました。第5戦(1戦2レース制)を終え、チャンピオン争いは激化していました。ランキングは2014年と16年のチャンピオン、ザクワン・ザイディ(マレーシア・ホンダ)が138ポイント(P)でトップ。初タイトルに挑む伊藤勇樹(ヤマハ)、羽田太河(ホンダ)が同ポイントの134P。SS600参戦6年目となるヤマハの次世代を担う伊藤は、14年にザイディと1P差でタイトルを逃した苦い経験を払拭するための戦いに挑みます。
 羽田は、アジアを拠点に速さを磨いてきた異色のライダーです。SS600参戦3年目で「プレッシャーなし、思いっきり行く」と笑顔。4位にはアズラン・シャー・カマルザマン(マレーシア・カワサキ)が、トップから10P差の128Pで付けています。アズランは13年のチャンピオンに輝き、そこからMoto2参戦し16年ARRCに復帰したアジアでは最も有名なライダーです。
 チーム・アドバイザーである藤原は「ARRCでの10P差は、“無い”に等しい。逆転のチャンスは必ずある」と語っていました。
 伊藤をサポートするのは、元スズキワークスの伊藤巧、そして羽田の監督は元ホンダワークスライダーの手島雄介。ザクワンは清成や高橋のチームメイトとして過ごし、日本人から多くを学んだライダーです。
 
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トップとは4ポイント差。チャンピオンを狙える位置にいたヤマハの伊藤勇樹。


 
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ARRCの開幕戦で初優勝した羽田太河(ホンダ)も、4ポイント差でチャンピオン争い。


 
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アジアのライダーでは最も有名なアズラン・シャー・カマルザマン(マレーシア・カワサキ)。2017年のスズカ8耐にも来日。ライディングすることはなかったが、チームとしては2位だった。


 
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芳賀健輔監督、アドバイザーには宗和孝宏、そしてライダー芳賀紀行の「K-max Racing」もフル参戦を果たした。彼らの戦いぶりはコチラ→http://www.mr-bike.jp/?p=138588


 
 タイの12月は乾季で、朝夕は気温が下がり過ごしやすいのですが、昼間の陽射しは南国そのものでジリジリと肌を焼きます。
 練習走行そして予選が開始されるとロードレース世界選手権(WGP)で活躍していた宇井陽一がアドバイザーを務めるタイヤマハが、新型マシンを持ち込み、その調子がすこぶる良く、タイトル争いに絡んではいませんが上位を占めます。カワサキも地元チャンピオンが速く、タイトルを争うライダーたちは、微妙なポジションを争っています。
 その争いの中で、ザイディが接触転倒してしまい、続く走行をキャンセル。更に羽田も「攻めすぎた」と転倒。タイトル争いは緊張感を増していきます。予選ポールポジションはアピワット・ウォタラポン(ヤマハ・タイ)が獲得し、アズランが4番手、伊藤が7番手、ザクワンが8番手、羽田が10番手。

 12月2日に行われたレース1、カマルザマンがスタートダッシュしトップ争いの5台を引っ張ります。それを追うセカンド集団に伊藤、デチャ・クラサイト(ヤマハ・タイ)、芳賀紀行(ヤマハ)、羽田、ハジ・アハマッド・ユディスティラ(カワサキ・インドネシア)、さらにザクワンが激しいポジション争いを演じます。終盤に伊藤が転倒。優勝はウォタラポンで上位5台の中4人がタイ人。カマルザマンが5位。セカンドグループでは、カマルザマンのチームメイト、ユディスティラが7位に入り、羽田9位、ザイディが10位でチェッカー。ザイディはランクトップですが、羽田が2位となり、その差は3P、3位にカマルザマンが浮上し、トップから5P。4位の伊藤はトップから10P差という大混戦。
 

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最終戦を制したのは、圧倒的な走りを見せたヤマハ・タイのアピワット・ウォタラポンだった。ヤマハ・タイにはアドバイザーとして宇井陽一がいる。


 
 12月3日のレース1、ザイディはランクトップを守ろうと、そして羽田、カマルザマン、伊藤らは逆転だけを信じて、それぞれのグリッドに着きました。4人の静かな闘志が、最終決戦を緊張感で包んでいました。ブリラムの空は晴れ渡り、レースウィーク一番の青空が広がっていました。眩しい陽射しは、光と影を色濃く映し出します。
 カマルザマンが好ダッシュしますが、ウォタラポンの速さに届くものはなくダブルウィン。2位にチャランポン・ポラマイ(ヤマハ・タイ)が入ります。カマルザマンは3番手争いを繰り広げ、ユディスティラ、羽田、ザイディらが5台で6番手争いを繰り広げます。最終ラップ、カマルザマンは3位を奪いチェッカー。注目の争いはザイディが7位、羽田、8位、伊藤は9位でコントロールラインを通過。この瞬間、カマルザマンのチャンピオンが決まるのです。カマルザマンが155P、ザイディが153Pで2位。カマルザマンが4位だったなら、ザイディが2年連続、3回目のタイトル獲得でした。すさまじい逆転劇にカワサキスタッフの喜びが爆発します。カマルザマンは涙を抑えることができません。カワサキにとっては2011年以来のタイトル奪回です。羽田はランク3位、伊藤は4位となりシーズンを終えました。日本期待のふたりはタイトル争いを経験したことで、強さを身につけたように思います。
 
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2017年シーズンのチャンピオンは、アズラン・シャー・カマルザマン(マレーシア・カワサキ)。カワサキに2011年以来のチャンピオンをもたらした。


 
 この大会はダンロップタイヤのワンメークで行われているのですが、担当者の小林氏は「アジアのレベルは急激に上がっている。ここで走るトップライダーたちは、鈴鹿8時間耐久でも、通用するライダーたちだよ」と教えてくれました。激しくぶつかり合い、決して、お行儀のいいレースはしていないけど、その中で磨かれる闘志と日本から学ぶ姿勢は貪欲で、これからのレースシーンを沸かしてくれるライダーたちが、続々と生まれそうな熱さを感じます。それを支える日本人の力も大きいと感じた大会でもありました。

 アジアに出かけて行く日本チームも出現、17年には手島雄介率いる「RAMA Honda by NTS T.Pro Ten10」、芳賀健輔監督、アドバイザーには宗和孝宏、ライダー芳賀紀行の「K-max Racing」が戦いを挑みました。チームを支える伊藤、宇井、藤原に加え、玉田は「AP Honda Racing Thailand」でアドバイザーを務めています。モリワキエンジニアリングとコラボしてタイ人を派遣してメカニックを育てています。アジアの急激なモーターリゼーションの進化は、メカニック不足を生んでいるようで、玉田は「交通安全のためにもメカニックが必要」と、ライダーを育てているだけでなく、スタッフの育成にも乗り出しているのです。スズキアジアンチャレンジという入門クラスをプロデュースしているのは加賀山就臣で、アジアライダーの底上げに一役かっています。
 

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手島雄介はRAMA Honda by NTS T.Pro Ten10」を率いてARRCに参戦した。


 
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加賀山就臣もスズキアジアンチャレンジという入門クラスをプロデュースし、アジアの若いライダー育成に取り組んでいる。


 
 日本で開催される全日本選手権は、その憧れを裏切らない大会であってほしいと強く思ったブリラムの戦いでした。
 2018年シーズンは、3月2日(金)~4日(日)にタイのチャン・インターナショナル・サーキットから始まります。そして6月1日(金)~3日(日)には第3戦が三重県鈴鹿サーキットで開催されます。ぜひ、熱いアジアの風を感じに来てほしい。
 
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■アジアロードレース選手権

 アジアロードレース選手権は、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)に承認されたレースで、アジア諸国を転戦する。年間6戦開催され、1戦2レース制、最上位クラスに位置するスーパースポーツ600cc(SS600)は、4ストローク2気筒600~750cc、3気筒500~675㏄、4気筒400~600ccのエンジンを搭載した市販車ベースのマシンで競われ、熱戦が繰り広げられている。タイヤは市販タイヤからスリックタイヤへと変わり、難しいライディングを求められるように変化。この他、AP250、アンダーボーン、アジアンチャレンジが開催されている。

●2018年カレンダー

事前テスト 2月27日(火)~28日(水) チャン・インターナショナル・サーキット (タイ)
Round.1  3月2日(金)~4日(日)  チャン・インターナショナル・サーキット (タイ)
Round.2  4月19日(木)~22日(日) ベンド・モータースポーツ・パーク (オーストラリア)
Round.3  6月1日(金)~3日(日)  鈴鹿サーキット (日本)
Round.4  8月3日(金)~5日(日)  マドラス・モーター・レース・トラック (インド)
Round.5  10月12日(金)~14日(日)セントゥール・インターナショナル・サーキット (インドネシア)
Round.6  11月30日(金)~12月2日(日)チャン・インターナショナル・サーキット (タイ)