2018年2月21日

第60回 海外編第7章 Guy Martin

第60回 海外編第7章 Guy Martin

第60回 海外編第7章 Guy Martin

 
マン島での最初の一夜が明けた。時刻は早朝6時。
完全に寝不足である。理由は明白だ。昨夜は一緒にホームステイしている何人かで深夜の3時くらいまで話し込んでいた。頭ではわかっていたのだ。まだ明るいからといっても実際には夜の10時を過ぎているのだからいい加減に寝なければならないと。なんせ日本を出てからまともに眠れていないのだから。
しかし、体に染みついた感覚というのはいかんともしがたい。外がまだ明るい状態では眠気はまったくやってこない。自分が今、マン島にいる事に対する軽い興奮状態であったというのもある。それに加えて同じ状態の何人かで酒を呑みながら語らっていたものだから気が付きゃ夜中の3時というわけだ。

顔を洗って外に出てみる。晴れ間は見えるが寝ている間に雨が降ったのか路面が濡れている。気温は日本と比べるとずいぶんと低い。風が吹くと寒いくらいだ。
軽く近所をジョギングしてみる事にした。さすがに早朝だけあって人の姿はない。
そんな中で一軒の家の扉が開き女性が出てくるのが見えた。その女性は怪訝そうな顔をしてオレの方をじっと見ている。
まぁそりゃそうだ。
早朝に自分ちの前の道を見慣れない東洋人が走っていたら怪しむわな。
だがオレからすれば・・・その女性のレインボーカラーに染められた頭の方がよっぽど怪しい。まさかあの頭で仕事にでも行くのだろうか?何もかもが日本のそれと一致しない異国ゆえに有り得るかもな。

30分ほど走って家に戻った頃には頭も体も完全に覚醒していた。
実際はあのレインボーヘッドを見たところですでにシャキッとしていたのだけど。
先日、スーパーで買ったレトルトのパスタを朝食に食べた。たぶん・・・・・いや、間違いなくミートソースだと思うのだが。実に味が薄い。
こっちの食文化は基本的に薄味なのだろうか。それとも日本の食べ物が美味すぎるのか。

朝食後、支度を済ませ外に出た。これからコースの下見である。
レース開始は昼頃なのだが10時には道が封鎖される。その前に観戦場所を決めて移動しておかないとその後はレース終了まで動けなくなる。取りあえず車に乗れるだけの人数で乗り込みレースが行われるコースに出た。昨日は周囲に目が行き、あまり気にならなかったがよく見ると思っていた以上に道が狭い。オレが地元で走っている峠道の方が広いくらいだ。まず路肩というものがほとんどない。センターラインが細い。(日本の半分くらいの幅)

さらに路面状態は実によろしくない。あちこちに段差がある。
ひどい所ではモトクロスコースの小さい山くらいの段差がある。しかもその段差の先は右コーナーだし。
コースは一周60キロ。ライダー達はそれを20分足らずで走る。トップクラスの平均速度は211キロ。トップスピードはもちろん300オーバー。やはり・・・だいぶ狂ってますな。このイカレっぷりは実際にコースを見てみないと実感できないかもしれない。

ライダーたちが300オーバーで駆け抜けるサルビー・ストレートを抜けた先のマウンテンコースの入り口にはバリケードが設置されていた。どうやら霧のため通行止めになっているようだ。
取りあえずここまでのコースでそれぞれ観戦場所を決めてその希望地へ送ってもらった。

オレはこの日はメイン会場で観戦する事に。
来た時のコースを逆に戻ってメイン会場で降ろしてもらった。家を出てからコースの半分くらいを往復した事になるのだが・・・妙な違和感を感じる。
日本を出てからというもの違和感だらけなのだがそういうのとはちょっと違う。
そうだ。ここまでダグラスをはじめとするいくつかの島の街中を走った。しかし、イギリス国旗であるユニオンジャックを一度も見ていない。会場内にも見当たらない。
かわりにトリスケル(三脚巴)と呼ばれる島のシンボルが描かれた旗をやたらに見かけた。
建物の壁に彫り込まれたものもあったし、車のナンバーにも描かれている。
マン島はイギリス領だと思っていたが、もしかして違うのか? そういえばイギリス国内で使える内容でレンタルしたWiFiのルーターがここでは全く機能しない。
調べてみるとマン島は複数の国の間で統治権が移動するという複雑な歴史を持っている。
そして最終的にはイギリス王室が買い取ったという事になっている。
自治権を持ったイギリスの王室属領で特別領域として扱われているらしい。
イギリスにあってイギリスでない島。それはそれでなんか・・・カッコイイ。

会場内はすでに多くの人でごった返していた。
ひとまずはコーラを買って一服だ。と、その時。オレの前を一台のチャリンコが走り過ぎた。
乗っているやつはこの肌寒い中、短パンである。オレの目はその乗り手の足元に釘付けになった。ふくらはぎに彫り込まれたピストンのタトゥー。今回、オレが最も会いたかったTTライダー。ガイ・マーチンだ。
タバコの火をもみ消し、すぐさま後を追う。だが・・・・何を一生懸命漕いでいるのかわからんがあまりに速すぎる。この人混みの中を立ち漕ぎのままスイスイ抜けて走り去っていく。やはりマン島を走る奴らの動体視力は尋常ではない。コイツはチャリンコでも容赦なく全開なのか。彼の姿はあっけなくオレの視界から消えた。なんというニアミス。まぁ仕方がない。またチャンスはあるだろう。

気が付くとオレは各チームのブースが軒を連ねる所にいた。せっかくなので見て回る事に。
これからレースを走るマシンたちがそれぞれのテント内で出走の時を待っている。
その中でひときわ人だかりの多いブースがあった。日本を出て初めて見る日本語の表記。
チーム無限
メカニックがせわしなく整備しているマシンはZeroクラス出走の電動バイク。
見た目はなんかビミョ~な感じである。メインスポンサーは、なるほどそうなるかぁのmaxell。そう遠くない未来のバイクの姿がコレかと思うとちょっと複雑な気持ちになってしまったよ。

無限

 
会場内を一通り見て回りコース沿いに出てみた。時刻は11時になろうとしていたがまだ道は閉鎖されていない。
どうやらマウンテンコースの霧の影響でスタートが遅れるらしい。
コース沿いに並ぶピットにはマシンが持ち込まれいつでも走れる体制ができていた。
その中でガイ・マーチンのピットを見つけた。
誰もいない。マシンもない。アイツ、あのままチャリンコでどっか行っちまったんじゃねぇのか?

ガイ・マーチンのピット

 
ピット周辺で写真を撮っていると道の封鎖が始まった。
そこから少し行ったところの観戦ポイントではすでに人がいっぱいだった。オレはその中にあったわずかな隙間に割り込ませてもらった。
確かにこれは早めにポイントを決めて場所をとっておかないとこのクソデカイ奴らの後ろからだと何も見えない。単独で行動するよりもグループで観戦した方がよさそうだ。
そんな事を考えていたら不意に周囲が慌ただしくなってきた。
スタート地点から順番にボードが用意されマシンが続々とグリッドにつく。

レース

 
この日、最初のレースはスーパースポーツクラスだ。
緊張が高まる中、マシンのエキゾーストが響き渡る。
スタートの時は近い。ついにオレの目の前で世界一危険なレースと言われるマン島TTが始まろうとしていた。


HERO‘S 大神 龍
年齢不詳・職業フリーライター

見た目と異なり性格は温厚で性質はその名の通りオオカミ気質。群れるのは嫌いだが集うのが大好きなバイク乗り。時折、かかってこい!と人を挑発するも本当にかかってこられたら非常に困るといった矛盾した一面を持つ。おまけに自分の評価は自分がするものではないなどとえらそうな事を言いながら他人からの評価にまったく興味を示さないひねくれ者。愛車はエイプ100、エイプ250、エイプ750?。


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