パオロ・イアニエリのインタビューシリーズ第7弾 「僕は、幸せだよ」世界GP全18シーズンの総決算、現役最後のレースを目前に控えたダニ・ペドロサが語る

マレーシアGPは、ダニ・ペドロサにとって文字どおり〈最終戦直前〉のレースになった。現在33歳のペドロサは、これまで18年間世界選手権に参戦してきたなかで、125ccクラスでチャンピオンを獲得(2003年)した翌年から250ccクラスで連覇(2004、2005年)を果たし、三度の世界王座に就いた。現在までの総勝利数は54。ここまでずっとホンダのマシンで参戦し続けてきた彼は、次戦バレンシアGPで現役生活に終止符を打つ。現役活動最終年の今年は、しかし、ペドロサにとってけっして容易なシーズンではなかった。1勝も挙げていないのは125ccクラスデビューイヤーと同様だが、今季の最高位は5位が4回(フランス、カタルーニャ、アラゴン、マレーシア)。最終戦を前に表彰台ゼロという状況は、彼のグランプリキャリアを通じて今シーズンが初めてである。

■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ ■翻訳:西村 章
■写真:Honda/Repsol Honda Team

―最終戦が目前に迫ってきました。やはり寂しさを感じますか。

「いろんな気持ちが渦巻いている。レースは僕のすべてで、子供の頃からの夢だった。今の複雑な心境は、ちょっと言葉では説明できないね。もう少し時間が経てば、この感情を自分でも咀嚼できるようになると思うんだけど」

―次戦の最終戦で優勝しなければ、あなたのここまでのレース人生で、125ccのデビューイヤーを除けば唯一優勝のないシーズンということになります。

「今シーズンはちょっと勝手が違う年で、いつもの自分のパフォーマンスをなかなか発揮できないでいる。バイクとタイヤのいいフィーリングを全然得られないんだ。競技レベルは年々向上して皆が接近したところで争っているから、レースはしっかりと戦略を練らなければならないし、そんななかで勝とうと思ったら相当にレベルの高いパッケージが必要になる。今年は僕本来のパフォーマンスを発揮できずにずっと苦戦が続いていて、毎戦、集団の中に埋もれてしまっている。いつも後方からのスタートばかりが続くと、レースもどうしても厳しいものになってしまうんだ……」



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―引退を発表してから、メンタルな部分での変化はありましたか?

「僕はいつだって、勝利を目指してベストを尽くしているよ。レースは参戦することに意義があるんじゃない。勝ちたいんだ」

―あなたはこれまで54勝を挙げています。子供時代のヒーローだったミック・ドゥーハンと同じ勝利数ですね。

「そんなにたくさんのレースに勝てたなんて、ウソみたいだよね」

―あなたのライディングフォームは、数ある選手のなかでも最も美しい乗り方のひとつだと思います。MotoGPでタイトルを獲得できなかったことは、あなたの生涯最大の悔恨になるでしょうか。

「自分ではいつも100パーセントの力でがんばってきた。でも、いろんな理由や事情があってタイトルを獲得できなかった。2012年や2013年みたいに、運がなかった年もある。チャンピオンにはなれなかったけど、精神的には落ち着いているよ。素晴らしい思い出がたくさんあるからね。コースサイドで僕の走りを観察していたチームスタッフが、僕がピットに戻ってきたときに、『誰よりもバイクの乗り方が美しい。一番優雅にバイクに乗るライダーだ』と言ってくれたこともあるよ」


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―あなたはいつも強靱な精神力を発揮してきましたね。何度も怪我をしては、必ずそこから立ち上がってきました。

「そうだね。僕はいつも、いろんな負傷と戦ってこなければならなかった。腕もケガしたし、肩もやった……。バイクに乗るのが辛いことも何度もあったよ」

―自分で最も印象に残っているレースは何ですか?

「それは何度も訊かれる質問だけど、難しい質問だよね。幸いにも、僕は何度も素晴らしいレースをしてきた。250ccの初勝利、2004年のウェルコムは本当にいいレースだったと思う」



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―ライバルに対する最大の敬意の表し方は何だと思いますか?

「このレベルになると、言葉でいちいち表現しなくても表情や態度から相手の敬意は充分わかると思う」

―あなたは現役時代を通じて、ずっとホンダに誠意を見せてきましたね。

「今時では珍しいよね。でも、僕にとってはそれがもっとも自然で、しかも理にかなっていることなんだ」



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―かつてのマネージャー、アルベルト・プーチ氏がレプソル・ホンダ・チームのマネージャーに就任したことで、あなたのチーム内での居場所がなくなってしまったのでしょうか?

「それについては、答えようがないな。内部でどんな議論があったのかは知らない。でも、チームのマネージメントが変わったことで、将来に対する方針が変わったのかもしれないね」

―あなたは、ストーナーやマルケスという歴史に残るライダーたちのチームメイトでもありました。

「一筋縄ではいかない状況だった。ああいう強力なチームメイトがいるというのは、微妙なものだよ。彼らと同じバイクに乗ることは、自分の力を示すチャンスでもあるんだけどね。昔なら、ルール上ではエンジンも制御も別仕様のバイクでよかったけど、今ではどんどん平準化されているから、それだけに状況はどんどん厄介になってくる。僕の場合だと、マルクの好みに合わせなければならなかったので、ポジティブな面もあるけど、ネガティブな面もあった。僕のほうが彼よりも繊細なぶん、難しく感じることもあったんだ」



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―2019年は、あなたのシートにロレンソ選手が座ります。彼は苦労すると思いますか?

「それは僕にはわからないことだね」

―ヤマハとの移籍の話し合いは、なぜうまくいかなかったのでしょう。あなたがM1を駆る姿を見たかったファンはたくさんいますし、きっと速さを発揮するだろうとも期待されていました。

「かなりいろいろと考えたんだ。僕はファクトリーチームではなかっただろうし、自分がマシン開発に影響を与える立場でもなかっただろう。でも、それを差し置いても、いろんなことが変わっていったんだ」

―そしてあなたはKTMを選択しました。

「僕はもうおそらくレースをしない。僕に課せられるのは、強くなることを手伝うという仕事だからね。彼らはMotoGPでの経験はまだ多くないけど、進んでいくべき方向はできるかぎり早く見つけることができると思うよ」

―レースのない人生を想像できますか?

「アドレナリンはあまり出なくなるだろうね。やってみたいことはたくさんあるけど、具体的な計画はまだ何もないんだ」

―今までの現役生活では、ケガや苦戦、そして数々の勝利など、いろんなことがありました。どんなレース人生でしたか?

「思っていた以上のことを達成できた。最初の頃は、家族がすごく支えてくれて、125と250cc時代はとてもいい成績を残すことができた。MotoGPに昇格してからは、僕は数々の偉大なライバルたちと戦うために、タイヤや、自分の体格とバイクの落差、といういろんな不利を克服してこなければならなかった。僕がこのカテゴリーで戦うのはどれほど大変なことなのか、なかなか理解をしてもらえなかったけど、自分自身でも本当によくやったと思う。だから、最後にこのひと言で締めくくりたい。僕は、幸せだよ」



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【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。

[第六回 マルク・マルケス インタビュー1]
[第七回 ダニ・ペドロサ インタビュー]
[第八回 バレンティーノ・ロッシ インタビュー2]