Hi-Compression Column

motogpはいらんかね

西村 章
西村 章
スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞した最新著『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

あらかじめ裏切られた者たちへ

(2011.7.20更新)

今回の第9戦ドイツGP編は、前回予告したとおり、日本GP開催に関する選手たちの忌避感と関係各方面の動きなどについて、現在の状況をまとめてみたいと思う。選手たちが「日本GPが行われるツインリンクもてぎへ行きたくない」と、あくまで個々の印象として忌避感を表明しはじめた時期の概要は、6月8日に共同通信で配信された拙記事をご参照いただきたい。その後、第8戦イタリアGPの際に、MotoGPクラスに参戦するほぼ全選手の総意として一気に動きが具体化しはじめた背景については、Sportivaにまとめている。あるいは、日本GP開催に関する僕個人の考えは、イタリアのバイク週刊誌「MotoSprint」第22号(5/31発売)の連載コラムで、いち日本人の立場から意見を述べた。これはイタリアの読者に向けたイタリア語の記事ではあるものの、自分の基本的な考えは今でも変わっていない。iPad用アプリとして一冊丸ごと250円で購入できるので、興味のある方はどうぞ。

さて、イタリアGPで発表する予定だった日本GP開催可否を延期する直接の原因になった、選手たちの署名入り請願書だが、これは、DORNAのCEOカルメロ・エスペレータに対して、ツインリンクもてぎ周辺の放射線レベルが充分に安全であることのさらなる確認を要求する内容だった。選手たちの真意は「日本に行きたくない」というものであったとしても、文言上は穏やかな表現にとどまっている。理由は、規約違反としてDORNAに法的手段を講じる言質を取らせないよう、弁護士を介して慎重な表現になったためだといわれている。

ドイツGP金曜夕刻に行われたセーフティコミッションでも、日本GPの諾否は大きな議題になった。今回は、カレル・アブラハムを除くMotoGP全選手とDORNAからエスペレータCEOが出席していた。

その場でエスペレータCEOは、DORNAが選手を訴えることはない、と明言したという。DORNAが契約を結んでいるのはあくまで選手の所属するチームであり、選手たち個々人とは直接の契約関係にはないからだ。これを知った選手たちは、DORNAに訴えられることがない以上、「日本に行きたくない」という意志をさらにハッキリと打ち出そう、という方向へ話を進めていった。DORNAが調査を依頼している機関の報告は、第11戦のUSGP時に第一報が、そして8月の第12戦チェコGPで最終報告を受けてDORNAとFIMは日本GP開催可否を決定する、という段取りになっている。だが、その調査内容が報告される前に、「日本には行かない」意志表示をしよう、という総意(青山博一を除く)が選手たちの間で形成されていった。が、具体的にどのような方法で、いつ、表明するかという詳細までは、この日は決まらなかったという。いずれにせよ、「調査結果の如何にかかわらず、日本には行かない」という方向で選手たちが意見の一致を見たのは事実のようで、その情報は、耳の早い取材陣の間にも伝わっていった。

そして、土曜午後のフロントロー記者会見の場で、彼らの企図に関する事実確認の質問が発せられた、というわけだ。この会見でのやりとりは、MotoGP公式サイトで一部始終を視聴できる。

その場で選手たちが言明した内容、質疑応答で明らかになった事柄は、おおむね以下の項目にまとめることができるだろう。

1. ホルヘ・ロレンソは第三者機関による調査が云々されるはるか以前から、すでに日本に行かないという意志を固めていた。ケーシー・ストーナーは比較的最近になって、調査結果にかかわらず日本に行かないと決断した。ダニ・ペドロサは「ほとんどの選手が乗り気でないのは事実。状況はまだはっきりとわからない」と返答するにとどまっており、自分自身の日本GP参戦意志については具体的な言及をしていない。
2. 契約関係に基づくペナルティに関して、ストーナーは自分たちに何らかの処罰が下されることはないと考えているが、仮にペナルティの可能性があったとしても、翻意するつもりはない、ということ。
3. 要するに今の日本(少なくともツインリンクもてぎ周辺)は、少なくともストーナーとロレンソの両選手にとっては、もしそれが自分の母国でも帰りたくないと思うくらい、とても近寄る気になれない状況だと理解している、ということ。

彼らの見解をどう捉えるかはとりあえず措くとしても、まずはあの会見の場で自らの意志を明確に表明したストーナーとロレンソ両選手の、その覚悟に対しては素直に敬意を表したい。特にこれまで何かと取り繕った物言いで言明を回避してきたストーナーは、かなり腹を括って第一声を発した様子が窺えた。それだけに、正直な態度表明は立派だったと思う。ただし、「あなたは行くの?」と選手から逆に尋ね返された質問者が「金があるならもちろん行きますよ」と返答した際、「じゃあ、お金をあげるよ」と茶化して笑いを取る彼らの行為は、その茶化される対象である当事国に住む者として不愉快であったことも付け加えておく。

さて、彼らの発言内容だが、まず、上記の項目1.と3.について。調査結果が「日本GPは危険」という内容であるならば、レース中止は当然ながらやむを得ないだろう。ただ、「レース開催には問題がない」という調査結果が出る場合には、科学的根拠と専門的な見解が提示される。それらの資料を一切受け入れず拒否するということはつまり、客観よりも主観を、科学よりも先入観と思いこみを優先すると宣言しているに等しい行為で、何であれ聞く耳を持たない、持つ意志がない、という態度は、残念ながら、頑迷と評されてもしかたないように思える。「自分たちの好感度を上げるような、もう少し悧巧な(≒小狡い)意思表示方法もあるだろうに……」とも思うが、そんなふうに小細工を弄するのではなく、ストレートに思ったことを口にしてしまうあたりが、彼らの素直な性格を反映している、ともいえるかもしれない。

項目3.は、「日本の国旗をマシンやツナギに貼ることと、かたくなに日本行きを拒否する行為に矛盾はないのか」という僕の投げた問いへの彼らの回答から読み取れることだ。「矛盾するとは思わない」と彼らが返すのは(その理由を自分の言葉で縷々と説明してくれる行為には感謝するものの)当然のことだし、その意味ではこの質問は予定調和なのだが、彼らが回答してゆくなかで、その言葉から上記のポイントが浮かび上がってきたことは重要だと思う。

そして、今後の動静を大きく左右する鍵を握るであろうと思われるのが、項目2.に関連する事項だ。この部分については、見解や利害の違いから幾通りもの立場が複雑に入り組んでいる。

DORNAと選手たちは、上段でも触れたとおり直接の雇用関係にない。だから、選手が日本GPへの参加を拒否したとしても、エスペレータCEOが言うとおり、DORNAが選手に対して法的手段を講じることはないだろう。ただし、選手たちは、自分が所属する各チームもしくはファクトリーチームを運営する企業と契約を結んでいる。また、これらチーム側はIRTA(International Roadracing Teams Association)という組織に所属しており、IRTAはレースを運営していくうえでDORNAやFIMと密接な関係にある。IRTAは現在、モンスターヤマハ・テック3のチームオーナー、エルベ・ポンシャラルがスポークスマンを務めている。そのポンシャラルは、「ロードレースへの日本の貢献ははかりしれない。このようなときにこそ、我々は日本を支えなければならないのに、選手たちの行動は誠意を欠いているとしか思えない」と話し、今回の彼らの行動に不快感を表明した。チームは、レースというビジネスを行うことでスポンサーや関係各企業などへの責任を完遂する必要があるのと同時に、興業へ参戦することがチーム側のファンに対する責務である、ともいえる。

じっさいに、チーム側に取材をしてみると、彼らは日本企業系・非日本企業系にかかわらず、DORNAとFIMの調査報告結果に問題がないのであれば日本GPへ行くのは当然、という立場を表明していることがわかる。そして、彼らは選手と契約を締結する当事者である以上、日本GPが開催される場合に所属選手が参戦を拒否するならば、契約に基づいて何らかのペナルティを課すことも考慮しているようだ。それが、全18戦中1戦分の報酬カットになるのか、あるいは契約不履行で何らかの法的手段に出るつもりなのか、具体的な対応はチームによって様々だろうし現在は未定のようだが、いずれにせよ何らかの対応措置を取るつもりでいることは間違いなさそうだ。そして、そのような事態を回避するために、まずは選手と話し合いたい、というのが総じてチーム側の姿勢といっていいだろう。

そして、チームとメーカー、選手たちの様々な思惑と駆け引きが水面下で始まると、「ほとんどの選手が日本にいかないということで一致している」というストーナーやロレンソの認識は、足もとから崩れていく可能性がある。金銭、あるいは生活そのものが俎上に上がるであろう交渉では、打算や保身、あるいは政治的な意図から意見や立場を変える事態が生じる可能性は容易に想像できる。じっさいに、先般のフロントロー記者会見で意見を表明した3選手以外の複数選手の言葉や動向を聞いてみると、かならずしも完全に意思統一ができているとはいえないような側面も感じる。

あくまで立場を変えない選手、翻意する選手、日本GPを行いたいチームや関係者の事情、それぞれの立場には、それぞれに斟酌すべき理由がある。善悪や理非の問題のような単純な二元論に収斂できない事態に発展する、といってもいいだろう。ただ、一枚岩に見えた結束が様々な事情から崩れていく風景は、できれば目の当たりにしたくないとも思う。現在の彼らの主張それ自体には賛同できないが、たとえその主張内容が短慮で意思表示プロセスが拙速であったとしても、批判や誤解や攻撃を承知で自らの思うところを明解にした志と姿勢は好もしいと思うからだ。

繰り返すが、調査報告の結果を待たずに「日本に行かない」と言い続けるストーナーやロレンソたちは、頑迷にすぎると僕は思う。ただ、調査報告を受けたうえで、それでも自分の判断と照らし合わせて行かないという結論に至るのならば、それは(賛同するかどうかはともかくとして)尊重すべき一個の意見だろう。そしてその場合に、ペナルティを甘受するという彼らの覚悟に対しては敬意を払うべきだろうが、彼らにペナルティを与えることが果たして妥当かどうかということはまた、別の問題だ。

概して、選手とチーム、選手とメーカー、という関係では、選手のほうが不利な立場になることが多い。日本GPの一件で彼らが主張する内容の正当性は措くとしても、今回の事例から導き出せるであろうひとつの結論がある。今後、チームやメーカーと互角に交渉する立場を確保したいのであれば、選手たちは団体交渉権を行使できる組織の結成を検討してもいいだろう、ということだ。選手会という名称でも何でもいいのだが、労使関係の比喩で言うならば、要は労働組合のような組織だ。現在は、セーフティコミッションがある程度その代替的な役割を果たしているが、あれはあくまでも安全性を議論する場だ。選手たちの諸権利確保や労使交渉、救済活動などの窓口的組織を作ることは、一考の価値があると思うのだが、どうだろうか。もちろん、その組織を結成するに際しては、労働者性の定義や各種権利範囲の定義など、準拠するに足る国際法が果たして存在するのか、といった根本的な疑問もある。だが、ILO(国際労働機関)の存在は、参照ポイントとして有効だろうし、そこに相談できる方法や手段があるのならば、彼らの心強い支えにもなるだろう。そして、そのような組織が現実のものになれば、たとえばごく当然のように発生するシーズン途中の<不当解雇>は、少なくとも大幅に減少するにちがいない。権利団体の確立に伴う関係性の単純化と明解化が望ましいのか、あるいは、利害対立や一致を曖昧にさせながらも清濁を併せ呑む現在の状態のままがいいのか。判断するのは、もちろん彼ら当事者だ。

最後に、話を今回の日本GP問題に戻すと、選手とチーム・メーカーは、見解の相違に関して話し合いを適宜行いはじめているようだが、その一点については意見を異にしているものの、けっしてぎくしゃくした関係に発展したり一触即発の緊張感が張り詰めているわけではない。少なくとも、毎戦のレースを戦っていくうえでは、いずれも従来どおりの結束にゆるぎはないように見える。次のUSGPも、全チームとも最大限の総合力を発揮してレースを戦ってゆくだろう。


■第9戦ドイツGP

7月17日決勝
ザクセンリンクサーキット 曇り
●優勝 ダニ・ペドロサ HONDA
●2位 ホルヘ・ロレンソ YAMAHA
●3位 ケーシー・ストーナー HONDA
●4位 アンドレア・ドヴィツィオーゾ HONDA
●5位 ベン・スピース YAMAHA
●6位 マルコ・シモンチェッリ HONDA
●7位 アルバロ・バウティスタ SUZUKI
●8位 ニッキー・ヘイデン DUCATI
●9位 バレンティーノ・ロッシ DUCATI
●10位 コーリン・エドワーズ YAMAHA
●11位 ヘクト・バルベラ DUCATI
●12位 カレル・アブラハム DUCATI
●13位 ランディ・デ・ビュニエ DUCATI
●14位 カル・クラッチロー YAMAHA
●15位 青山博一  HONDA
●16位 トニ・エリアス HONDA
●17位 シルバン・ギュントリー DUCATI

※小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞した西村 章さんの「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)好評発売中。西村さんへの発刊記念インタビューも掲載中。

■第1戦で全17人のMotoGPライダーが寄せてくれた「頑張れニッポンのエール」
↓写真をクリックすると違う写真がみられたり、大きなサイズになったりします。
ザクセンリンクサーキットの旧コントロールタワー。今回は3日間で23万0133人
の観客を動員した
ザクセンリンクサーキットの旧コントロールタワー。今回は3日間で23万0133人の観客を動員した。

鎖骨骨折から復帰2戦目で優勝。しかも、トップグループの争いから最後に勝負をかける「攻め」の展開。完全復活だ
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さすが王者。しぶとい走りで最終ラップ最終コーナーに逆転し、2位。ポイントでも4点詰めて、シーズンは佳境へ
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最終ラップ、守りを意識する過剰にインベタなラインが、最終コーナー出口の逆転を許す展開に。それでもランキング首位を堅持
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途中で先頭集団から離れたものの、4位争いを制してチャンピオン争いに踏みとどまる
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こちらも最終ラップ最終コーナーを制して逆転5位。SBK時代から見せてきた勝負強さはやはり本物
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4位集団で争うものの、最後の最後にオーバーテイクを許してしまい6位フィニッシュ。アグレッシブなバトルは遠慮した?
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ドゥカティワークス2台との激戦を抑えきって大奮闘。今年のマシンは、よく寝ているしよく走っている高水準の仕上がり
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マシンのセットアップ、そして開発で迷走状態の続くドゥカティ勢では、最上位でフィニッシュ
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乾坤一擲で投入したGP11.1は筆舌に尽くしがたい大苦戦。次戦では既存仕様のGP11と相互比較をすることに
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目立たないながら、MotoGPへしっかり順応しつつある様子。ドゥカティ勢でトップタイムを出すことも
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前半9戦中5戦で転倒。昨年前半の高水準な走りとはまるで対照的な苦しいシーズンが続く
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胸椎の負傷を抱えながら、苦しいレースが続く。次のラグナセカも初体験コース。がんばれ、ヒロシ!!
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そういえばそんなチームがありましたね。2009年の出来事でした
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がんばろう日本、がんばる日本、そして一刻も早く、がんばったよな日本、という日が来ますように
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