2019年7月16日

外国車試乗祭 ── Vol.6 Ducati Multistrada 1260S 「ブッ飛ばす歓び」 ビッグアドベンチャーにもアドレナリンを!

■文:ノア セレン ■撮影:富樫秀明
■協力:ドゥカティジャパン http://www.ducati.co.jp/

 
ここ10~15年ほどで、海外での盛り上がりに引っ張られるように国内外メーカーが積極的に展開・進化させてきたビッグアドベンチャーモデル群。究極のツアラーとしての余裕の排気量や各種最新の電子制御を投入するなど、今や各メーカーにとってのフラッグシップと言えるカテゴリーだろう。そんな中ドゥカティは「4バイクスinワン」、一つのバイクに4つのバイク(性格)が入っている、と掲げた「ムルチストラーダ」の進化を重ねてきた。最新は排気量を拡大させた1260である。

 
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ムルチストラーダ群

 世界的な流れになっているビッグアドベンチャーというカテゴリー。アドベンチャーの台頭はかつて各社がしのぎを削ったスーパースポーツの性能が現実的な公道環境の範囲を超えてきてしまっていることや、それらバイクを購入できる層が歳を重ね、前傾の強くスパルタンな性格に対応できなくなってきたことへの反動にも思える。堂々としていて、スーパースポーツとも遜色ない様々な最新技術が投入され、速くてカッコ良くてステータスがある。それでいて乗りやすく、様々な使い方にも対応してくれるのだからアドベンチャーへのシフトは自然なこととも思える。
 そんな中でムルチストラーダは当初空冷で登場し、その後水冷化すると共に排気量も少しずつ大きくなり、同時に様々な最新技術が投入されると共にバリエーションモデルも増やしていった。水冷になってからは1200、1250、1260と進化。初期から守ってきた前後17インチだけでなく、エンデューロと呼ばれるフロント19インチ仕様を追加したり、アメリカのパイクスピークヒルクライムレースでの成功を記念した特別仕様「パイクスピーク」を展開したりもしている。さらに近年はもう少しベーシックなラインで950も展開。こちらは937ccエンジンを搭載し、フロントは19インチのキャストホイールとしているのが特徴だ。
 現在のラインナップは、この950とそれに電子制御サスなどが付いた950S、今回紹介する1260S、そして高級サスペンションなどを備える特別仕様のパイクスピーク、オフロードマインドを強めたエンデューロの5車種である。
 
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車体は大きいがシート面はえぐられておりイメージするよりは足着きは良いだろう。またドゥカティではシートの高さよりも、片方の足の裏からもう片方の足の裏までの距離を重視するシート設定であり、数値的な高さよりも足が素直に下に下ろせるかなど、そういったエルゴノミクスも大切にしている。エンジンのスリムさも手伝うため、800mmという数値に惑わされることなくまずは跨ってみて欲しい(ライダー185cm)。なおライディングポジションはいたってナチュラルで長距離でも疲れにくく、スタンディングも考慮されているようで立ち上がった時のホールド性も良い。


 

 
ドゥカティは変わった

 ドゥカティのイメージは、実はいつの時代のドゥカティに接したかで大きく変わると感じている。クラシックとも呼べる昔のドゥカティならばもはやエンスーの領域で、それはそれで深い世界だ。しかし15年ぐらい前に初めてドゥカティに接した人にとっては「手強い」イメージが残っているのではないかと思う。その頃のドゥカティは様々な大きな進化をしていた時期のようで、日常的に使う低回転域からやたらとスパルタンなモデルも存在したし、非常に元気な高回転域と引き換えに3000回転以下はガクガクしてしまって使いにくい、なんていうモデルも確かに存在した。もしもあなたがその頃のドゥカティのイメージを持っている人ならば、それは綺麗サッパリ忘れていただいて大丈夫だと伝えたい。今のドゥカティは扱いやすいのだ。
 和太鼓を連打するような、スタッカートの効いた一つ一つの爆発が直に感じられることが多く、また国産車に比べると排気音やメカニカルノイズも盛大なため、確かに身構えてしまうことも多いドゥカティだが、その中身はかなりフレンドリーになっており実用領域での苦労は大幅に減った。中でも長距離を走ることが前提のムルチストラーダにおいては、かつて手強いイメージを持っている人にとっては夢のような進化を果たしているのである。
 

 
エンジンを軸に、熟成に熟成を重ねる

 新型のムルチストラーダ1260では何が変わったのか。エンジンが新設計され、シャシーも新しくなり、スイングアームも伸ばされ、キャスターは寝かされ、電子制御はさらに進められ…… と多岐にわたる進化をしているのだが、スポーツバイクと違って数値的に何かが向上すれば大きなトピックになるのとは違い、アドベンチャーは基本性能の底上げが求められるためなかなか難しい。よっていかに新しいトピックがあろうとも、重視すべき路線は「熟成」であろう。いったいどうすれば前のモデルを上回る「良さ」が得られるのか。その難題にムルチストラーダは、さらに扱いやすくなったエンジンを軸にしっかりと応えていると感じる。
 テスタストレッタDVTエンジンは新たに 1262ccとなったが、ツインでこの排気量で果たして実用的に使えるのだろうかという心配もあるだろう。ドゥカティらしくショートストロークでドッカドカとパワーを投げつけてくるイメージがあるかもしれないが、よく考えてみればライバルも皆似たような排気量のツインである。むしろ難しさはその中にドゥカティらしさを入れることだろう。しかしエンジンをかけた時点でドゥカティらしさは、それはもう全身で感じられるからこそ、大丈夫かな? などと心配になってしまうのだ。
 ところがこれが大丈夫なのだ。一昔前にみられた、噛みつくようなスロットルレスポンスもなければ、アイドリング+αの領域でスコンとエンストしてしまいそうなトルクが細いゾーンもない。低回転域から何のストレスもなくスイッとクラッチを繋げることができ、大きな車体が動き出す。少し前の「手強いドゥカティ」というイメージを持っている人にとっては拍子抜けするほど「良いヤツ!」なのである。
 
 先代の1250も良いヤツだったが、1260化ではこの「良いヤツ感」がさらに向上したと感じる。ライバルも同じ方向に進化しているとも感じるが、今まで以上に極低回転域の粘りが向上しているのはムルチも同様。可変カムタイミング機構のDVTも効いているのだろうが、それに加え排気量の増大や更なる電子制御の進化など複合的なもののおかげだろう。極低速Uターン時など回転数が2000回転ほどまで落ち込むような場面でも、昔のドゥカティのようにスコン! とエンストすることなく、またその領域でもクラッチを切らずにまたタカタカッと加速しなおすことができてしまうのだ。そのフレキシビリティはまるで4気筒かのようで、頑なにV(L)ツインで勝負してきたドゥカティが、パフォーマンスだけでなくこういった扱いやすさの領域で大きな進化をしてきたと感じる。これまでドゥカティを敬遠していた人にこそ、「今のドゥカティは違うんですよ!」と伝えたくなる。
 
 一方で高回転領域は変わらず、というか、変わっているのかもしれないがそもそも150馬力以上もあるためその違いは感じられない程、とにかく速い。この領域での違いを感じるには高速道路でも役不足。せっかく前後17インチなのだからサーキット走行でもして、はじめて感じられる進化なのかもしれない。しかし扱いやすい低回転域を与えられつつも怒涛の高回転域を維持しているのはさすがドゥカティと言えるだろう。常用域の扱いやすさに気をよくして「エイッ!」とアクセルを開けようものなら、巨体が前方に投げ出されるようでフロントが浮いてくる。そんな時にもウイリーコントロールやトラクションコントロールが備わっているため「ウワッ! ビックリした! 速ぇえ!!」とはなっても「危ないっ」というようなことが起きないのが素晴らしい。
 ドゥカティらしいスポーティなパフォーマンスはそのままに(というか本当は進化しているのだろうけれど)、日常領域やツーリングで使う領域においては接しやすくなった1260エンジン。ドゥカティファンにも、そうでない人にも勧められる名機だ。
 
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意外と小さいと感じる車体

 アドベンチャーモデル達はどれも大きいことは事実だ。いくら「乗りやすい」とか「意外と素直」とか言っても、「デカくて重い」という事実は隠せない。しかも重心が高いため、走り出すまでは実重量以上に重く感じることもあるだろう。
 そんな中でムルチは比較的コンパクトというか、跨った感じは小さ目の方だと思う。大きなカラス天狗のような顔つきには一瞬ひるんでしまうが、跨るとフロントがライバルのような19インチではなく17インチということもあって意外と低く感じる。ハンドルもワイドだが高さそのものはそれほど高くなく、車体の前半部がライバルに比べると比較的地面に近いような印象がある。さらにVツインエンジンを採用しているためエンジン幅が小さく、跨ぎ部分が細いため一体感は高い方だ。全体的に地面に近いような印象は走らせる自信につながるし、扱いやすさも向上したエンジンと共にムルチの大きな魅力の一つに思う。
 
 ちなみに、フロント19インチの「エンデューロ」は車高も高くタンクも巨大でスタンダードなフロント17インチのSに比べると非常に大きく感じる。跨ぎが細いことなどは共通なはずだが、アップなハンドルやフロント19インチ&伸ばされたサスペンショントラベルで車高も高くなっていることで「デカさ」は実寸法以上だ。また950もフロントは19インチ。意外にも1260Sが最もコンパクトに感じられるのだ。
 

 
「4bikes in 1」

 スポーツ、ツーリング、街乗り、オフロードという4つの異なるシチュエーションをこなす、と謳うムルチストラーダの4bikes in1コンセプト。電子制御によりこの4つのモード(名前はアーバン・エンデューロなどだが)がメーター上で選べ、それぞれのモードによってエンジン特性だけでなくABSやトラコンなどの設定が自動的に変更され、さらには電子制御サスもそのシチュエーションに合わせて変化するのだからまさに4つの別々のバイクが一つにまとめられていると言えるだろう。
 
 実はJAIAの試乗会後にしばらく乗り込む機会があったためこれらモードもしっかり試せたのだが、スポーツは本当に弾け飛ぶようなスパルタンでパワフルな特性をもち、アドベンチャーカテゴリーであることを忘れさせる速さを持っている。プレミアムなスポーツネイキッド(しかもポジションが楽な)といった感じで、公道ワインディングでの無敵感は非常に高く、サーキットでも楽しめてしまいそうだ。
 ツーリングシーンにおいてはもう少しアクセルレスポンスが穏やかなツーリングモードを使うことが多かったが、一方で街乗りモードはあまり使う場面が見当たらなかった。それぞれのモードはその中で個別に設定が自由に変更できるため、アーバン(街乗り)モードの枠は独自に超スパルタンな設定にするとか、逆の極オフロードの設定にするとか、オリジナルの設定を作っても面白いかもしれない。そして純正で用意されているオフロードモードだが、こんな巨体をオフロードで本当に走らせられるのだろうか? という疑問をひっくり返してくれるオフロード性能を発揮するのだ。
 それ以外のモードでは大きな車体を安全に走らせるための各種制御が入るのだが、そのままオフロードに乗り入れるとABSやトラコンが効きすぎて、安全ではあるものの積極的に飛ばしていくと「曲げにくい・止まりにくい」と感じる場面も出てくる。しかしオフロード(エンデューロ)モードにするとアクセルでリアを積極的に振り出すことができ、オフ車のように振り回せるようになる。それでいて最後の最後ではABSやトラコンが助けてくれるため、オットット! と突然さっきまで忘れさせられていたムルチのサイズや重さを感じさせられる場面において転倒を免れるのだ。
 もちろん、オフロード専用車のようにはいかないが、それでもこの巨体でこれほどオフロードが楽しめるのは驚異的だ。しかもフロント19インチの「エンデューロ」や950ではなく17インチの1260Sでも十分に不整地を楽しめてしまう。北海道などで出くわすことのある、延々と続く砂利ダードなどは「やり過ごす」だけでなく「積極的に楽しむ」ことができるだろう。
 

 
素敵な選択肢

 ビッグアドベンチャーは今や各社から出ており、それぞれに特徴や魅力がある。そんな中でムルチ1260Sの魅力はオンロードやワインディング、高速道路におけるハイパフォーマンスに割合が多く充てられていると感じる。フロント17インチということもあり、アドベンチャーの中ではオンロード寄り、と言えるだろう。最高速も、これだけのサイズ・前面投影面積では到達するのが難しい、250キロを超えていくようなポテンシャルを持っており、「速さ」という意味では一つ抜き出ていると思う。それもまたドゥカティらしさだろう。
 それでいて今回の進化ではさらに扱いやすく、フレンドリーになり日常領域で接しやすくなった。そして日進月歩の電子制御技術のおかげでオフロードの性能も有しているわけだ。より多くの場面でアドレナリンラッシュを感じられるアドベンチャーモデル、それがムルチストラーダである。
 
 一口にアドベンチャーと言っても様々な選択肢がある。どれも大きく、重く、速く、最新であり、フラッグシップであり、カッコ良いのだから、あまりこのカテゴリーに接したことのない人が乱暴に言ってしまえば「似たようなもの」かもしれない。しかしその中でムルチストラーダにはドゥカティというメーカーが発する明確な個性があり、素敵な選択肢に思える。ちなみに筆者はビッグアドベンチャーの中ではムルチが贔屓である。だからこそ勝手に自分の趣味を言うが、個人的なベストムルチはやはり、パイクスピークだ。電子制御サスはないが、その代わり高級オーリンズのフィードバックは秀逸。絶品エンジンと共に夢のような一体感を楽しめるのである。
 
(試乗・文:ノア セレン)
 
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他のアドベンチャーと違う特徴はフロント17インチの採用だろう。初期モデルから前後17インチを採用してきたムルチストラーダは比較的ロード向けのモデルと言えそうだ。このおかげで路面に近いような安心感があり、またタイヤの選択肢も豊富となる。17インチでありながらオフロードにおける走破性も高いのが素晴らしい。


 
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テスタストレッタDVTエンジンは伝統のLツインで、なんと158馬力も発生する。近年はどんどん扱いやすくなってきたが、今回の1262cc化ではさらに極低回転域の制御が進み、アイドリングに近い領域まで回転数が落ち込んでもガクガクしたりはせずまた加速しなおすことができてしまうほどフレキシブルだ。


 
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フルLEDのライトは、特にハイビームで非常に明るい。さらにコーナリングライトも搭載しているため、バンク角を検知すると進行方向を照らしてくれ夜道も安心だ。ハンドルガードに配置されたウインカーは被視認性が高く好印象だが、ミラーはスピードが増すと少し像がブレてしまう印象があった。


 
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カラー液晶メーターは昼間はこの白地で、暗くなると反転して黒地となりいつでも見やすい。各種電子制御の設定などは比較的わかりやすく、説明書を読まずとも細かい設定まですることが可能だった。キーは最近の車のようなキーレスだが、燃料タンクを開けるにはカギが必要。左フロントフォークの上部には電子制御サスの配線が見える。


 
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手動にてワンタッチで上下させることが可能なスクリーンは特筆すべき機能。世の中には複雑なラチェット方式や、電動スクリーンなども存在するが、スクリーン裏のレバーを握ってスッと上に引き上げられるこの機構は本当にシンプルで素晴らしく機能的。推奨はできないが、走りながらでも全くストレスフリーに、瞬時に調整できてしまう。高い位置に設定しておけば胴体への防風性・防雨性はかなり高い。


 
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サスペンションには「スカイフック」と呼ばれるドゥカティの電子制御が搭載され、それぞれのモードによって特性が自動的に変わるだけでなく、走っている路面に合わせてアクティブに微調整を繰り返してくれる。また手元で簡単に一人乗り・二人乗り・+荷物などの設定ができ、プリロードを変更できる。スポーティに走りたい時などは一人乗り+荷物などの設定にすればリアの車高が上がり、ハンドリングにキレが出るのがすぐにわかる。今回のモデルチェンジではスイングアームが延長されたのもトピックだ。


 



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