パオロ・イアニエリのインタビューシリーズ第5弾!元ライダーとしての視点をもつ レプソル・ホンダ・チームのマネージャー、 アルベルト・プーチに訊く Alberto Puig

アルベルト・プーチは、ホンダのエンジンといっても過言ではない存在だ。250cc時代の数年間はヤマハやアプリリアで参戦した時期があるとはいえ、1993年以降は現役を引退するまで一貫してホンダのバイクで戦い続けたのだから。今年、プーチはレプソル・ホンダ・チームのチームマネージャーに就任した。そしていま、監督就任初年度の世界王座獲得は、目前に迫っている。

■インタビュー・文:パオロ・イアニエリ ■翻訳:西村 章
■写真:Repsol Honda Team

―チームマネージャー一年目は、どんなシーズンでしたか?

「私は、1993年からホンダと密接な関係が続いています。その間にはいろんな立場を経験してきました。ライダー、小排気量クラスのチーム監督、ライダーのマネージャー、そしてここ数年はHRCのアドバイザーを勤めてきました。おそらくここで私は骨を埋めるのでしょうね。私の仕事のアプローチは、ホンダの方法論にも非常に合致しているんですよ」



レプソル・ホンダ・チーム


レプソル・ホンダ・チーム

―レプソル・ホンダ・チームは、過去5年で4回のライダーズタイトルを獲得してきました。そして今、5回目のチャンピオンが目前に迫っています。完璧といっていいチームの指揮を執るのは、容易な仕事でしたか?

「このチームは何度もチャンピオンを獲得してきました。しかし、それは誰かただひとりの力で成し遂げたものではありません。もしそんなことを言う人がいたとすれば、何もわかっていないのです。ここ数年は、マルケスがいたこと、そして彼に優れたバイクを与えることで我々は勝利を収めてきました。卓越したバイクではなかったこともときにはありましたが、それでも高い戦闘力を発揮してきたことはまちがいありません」

―ホンダのバイクといえば、かつては曲がらないことで有名でした。大幅な変更には何年もかかるものですが、昔の曲がらなさはもはや今では見受けられません。

「そうですね。我々は、今の競技レベル、特に欧州で鎬を削り合っている現状に即応しながら、積極的に開発を進めてきました。ドゥカティは猛烈な勢いで開発してきましたし、KTMも今はその途上にあります」



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―500ccクラスのライダー出身のチームマネージャーは、あなただけですね。

「そこは私の有利なところだと思います。何が起こっているのか、ということを本当に知っているのはじつはライダーだけなのですが、私は元ライダーとして両側からの視点で見ることができます。この問題はいったいどこから来ているのか、ライダーの過失なのか、それともバイクによるものなのか。そして、その評価は果たして正しいのかどうか。私の今までの経歴は、現在の仕事をするにあたり、かなり役立っていますね」

―では、ロレンソ選手と協議を持った際には、ライダー同士として話をしたのですか?

「ええ。もしもきみがホンダと話をする気があるのなら、マネージャーたちを通じてではなく、直接話をしよう、と言いました。『単刀直入に行こう。君はライダーだ。私もかつてそうだった。我々はきみに提供できるバイクがある。きみは非常に高い資質の持ち主だ。さて、この落としどころを見つけようじゃないか』とね。ハッキリ言えば、ミーティングは、けっして長いものではありませんでしたよ」

―いい獲物を巧みに捕まえた、というわけですね。

「そうじゃないですよ。私はただ、他の人がやらなかったことをやっただけです。彼はそこにいた。私はホンダにトライしてもいいかと訊ねた。そして彼のところに行って獲得した、というわけです。私にしてみれば、他の人たちがこの方法をとろうとしなかったことのほうが不思議です」

―ホンダに提案したとき、彼らからは何と言われたんですか?

「私の判断で決定したと思っている人たちもいるようですが、そうじゃないんですよ。これはチャンスだと考えていたのは私だけではないんです。プーチ流のやり方だったわけではないし、仮に私に裁量があったとしても、ああいう方法は採らなかったでしょうね。私はいつも、日本側の人たちと正確を期すように心がけてきましたし、常に彼らに打ち明け、相談をしていましたよ」

―ロレンソ選手は、あなたとは性格が似ていると言っていました。ふたりとも、率直で明快、タフな性格だと。

「正直なところ、〈厳格〉ということの意味が私にはよくわからないんですよ。レース界で35年過ごしてきた間に、大勢の最高レベルのライダーたちと一緒に仕事をしてきましたが、私は常に、スポーツとしての視点から物事を捉えるようにしています。そうやって物事を視ることで、たくさんのことがわかるものです」

―マルケス選手とロレンソ選手のチームをどうやって運営していくのですか。

「最強の選手たちがいるチームの運営は、基本的には非常にやりやすいものです。片方が勝てなかった場合でも、もう片方が勝ってくれるわけですから。もちろん、ある程度の緊張感はあるでしょう。世界選手権であのレベルのライダーたちがいる以上、緊張感のないほうがおかしいでしょう。それがなければ、勝てませんよ」



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―アラゴンでは、ロレンソ選手が転倒の原因はマルケス選手にあると言って、早速両選手の第一ラウンドが勃発しましたね。

「率直なことをいえば、ホルヘは間違っている、というのが私の見立てです。突っ込み過ぎて、路面の汚れたところで開けてしまった。あのときはホルヘも頭に血が上っていたのでしょうが、やがてことのあらましを理解したと思います。レースアクシデントとはいえ、残念なことにケガをしてしまいましたが」

―マルケス選手のほうから電話をしたそうですね。

「この一年で、彼の卓越した人格をさらによく理解できたと私は思っています。まったく普通の若者で、スターぶったり有名人っぽくふるまったりすることがまるでない。物腰も穏やかだし、とても気さくで仕事のしやすいライダーです」

―ロレンソ選手が戦闘力を発揮するようになるには、どれくらいかかりそうですか?

「いい質問ですね。なんともいえません。今ではもはや忘れられているかもしれませんが、彼が最初にドゥカティに移籍した当初は、驚くほど遅かったですよね。しかし、あるときからいきなり猛烈な勢いで勝ちはじめるようになりました。忍耐強く取り組めるかどうかにかかっているでしょうね」

―ロレンソ選手は、ヤマハからドゥカティへの乗り換えはカテゴリーが変わるくらいの変化で、できればそういう思いはもうしたくない、と言っていました。

「大きな変化に直面することになると思います。ドゥカティについてよい面と悪い面の両方をあらためて実感するでしょうし、ホンダのマシンについてもポジティブな面とネガティブな面を発見することになるでしょう。きっと一筋縄ではいかないと思いますね」

―マルケス選手は状況をうまくコントロールできるだろう、と言っていますが。

「マルクはそういう駆け引きは気にしませんから。我が道を往く、で自分の為すべきことを為す選手です。強靱な友情に支えられた彼のチームは、プロフェッショナルとして献身的に働いてくれます。その結束がマルクにさらに強い安心感を与えます。彼を打ち倒すのは、並大抵のことではないでしょうね」



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―ロレンソ選手の高い評価能力も、ホンダに利するところが多そうですね。

「マルクとホルヘのライディングスタイルは、非常に異なっています。マルクは自分の乗り方を変えることはないでしょうが、ホルヘは自分に必要なモノをリクエストしながら乗り方を変えていこうとするでしょう。ホンダとしてはもちろん、彼に最適なバイクを提供していくつもりです」

―マルケス選手の活躍で、今年のチャンピオンシップ獲得はもう目前ですね。ドゥカティ陣営は、ロレンソ選手とドヴィツィオーゾ選手が互いにポイントを取り合ってつぶし合うことになってしまいましたが、2019年はこのチーム状況が逆転する可能性もあるのでは?

「どのチームにも、それぞれの手法があります。ホンダは常に強力なライダーを揃えて戦ってきました。ローソンとガードナー、ドゥーハンとクリビーレ、等々。我々の2019年のラインナップに対して、疑問を呈する人がいる理由がよくわかりませんね。もしドゥカティが強力なライダーとトップレベルではないライダーの組み合わせだというのなら、ペトルッチ選手を指してそう言っているのかもしれませんが、私は彼の成長を非常に好ましく思っていますし、彼の人柄もとても良いと思います。いずれにせよ、それは彼らの決めたことですから」




―あなたがHRCのチームマネージャーに就任したとき、これでペドロサ選手のHRC時代は終わりだな、という見方が多かったようです。

「私の当初の予定は、その決定を引き延ばす、ということでした。私としては、契約更改のためにもダニがトップスリーにつけた状態でモンメロ(カタルーニャGP)入りをしてほしかったのです。あれは私の決めたことではなく、会社の意志決定です」



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―ケイシー・ストーナー氏がテストライダーとして復帰するという話もあるようですが。

「私は、ケイシーとは非常にいい関係です。私が彼をヨーロッパのレースへ連れてきて、私の家に住んでいたんですよ。非常に尊敬できる人物ですね。彼がここにいるときに何があったのかは知りませんが、今でもバイクにポンと乗せればいきなりものすごい速さを発揮するでしょうね。現在はテストライダーとしてブラドルがいますが、将来に関してはオープンですよ。ケイシーのような人物に対してもね」

―ヤマハはシーズン中にエンジン開発を進めたいという意向を持っているようです。

「それを議論するのは私の役務ではないですね。とはいえ、ヤマハのバイクは皆が言うほどひどいとは私には思えません。いつもバイクのせいにするのは、あまり妥当なことだとは思えないのですよ。たとえば2016年のホンダはあまりうまく行っていませんでしたが、マルクはチャンピオンを獲得しました。バイクの能力をさらに引き出すのは、いつだって可能なのです」

―ドゥカティは最強のバイクだと思いますか?

「最もバランスの取れたバイク、だと言っておきましょう。しかし、今は最もバランスが取れていない、ともいえますね。どの部分が、ということは、ご想像にお任せします」


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【パオロ・イアニエリ(Paolo Ianieri)】
国際アイスホッケー連盟(IIHF)やイタリア公共放送局RAI勤務を経て、2000年から同国の日刊スポーツ新聞La Gazzetta dello Sportのモータースポーツ担当記者。MotoGPをはじめ、ダカールラリーやF1にも造詣が深い。

[第四回 ホルヘ・ロレンソ インタビュー]
[第五回 アルベルト・プーチインタビュー1]
[第六回 マルク・マルケス インタビュー1]