(2011.9.21更新)
「あらゆる調査結果が安全だと示しているようなので、日本へ行く」というバレンティーノ・ロッシのことばで日本GPを巡る参戦忌避問題がようやく片付いたかと思ったら、まさかこのように奇妙な方向へ事態が転がりはじめるとは、神ならぬ身の我々の、いったい誰に予測できただろう。
今回の第14戦アラゴンGPでは、例によって様々な出来事が同時並行的にあちらこちらで発生した。上記のロッシ発言で選手たちの来日拒否騒ぎはひとまず落着した一方、ドゥカティがニューシャシーを投入して開発の迷走にさらなる拍車をかけたり、エンジンの使用基数レギュレーション導入以来初めてのペナルティ適用と今後の想定外の事態への対応や、あるいはスズキの高パフォーマンスと来季体制の微妙なバランスがどうなるのかといった憶測等々、様々な話題は探せばいくらでも転がっているのだが、そういったことどもはひとまずすべて脇に追いやることにして、今回は冒頭で触れた日本GP前の珍奇な動きに触れることにしてみたい。
選手たちは日本へ来る。これは間違いない。だが、じつは、ことここに及んで、イタリア取材陣がどうやらほとんど全員、テレビも新聞も雑誌も、現状では来日を見合わせそうな雲行きなのだ。この話を聞いたときは、嘆息するとかやりきれなさに気が滅入るという真面目な感情よりもむしろ、できの悪いコントを眺めているときに思わず失笑が漏れてしまうような、そんな気分になった。彼らのものの考え方が、日本人の自分とはある面で大きく隔たっていることは、今までに何度も経験している。僕はイタリアのメディアでも仕事をさせてもらっている関係上、イタリア人との友人づきあいもあるし、思考や価値観の大きな落差を思い知ったことも一度や二度ではない。とはいえ、今、目の前で起こりつつある出来事の不可解さは、理解不能度でいえばこれまでで一、二を争う「びっくり体験」かもしれない。
だが、彼らのジャーナリストとしての姿勢を糺すことはやめておきたいと思う。おそらく、取材というものに対する考え方がどこかで根本的に違っているのだろう。僕は、取材の際に「怪我と弁当は自分持ち」になることは当然だと考えている。自著でもすでに公表しているので御存知の方もいるかもしれないが、僕は膠原病に罹患している。毎日朝晩鎮痛剤を飲み、免疫抑制剤も2種類服用し、8週間に一度の割合で生物学的製剤の点滴治療を受けられるスケジュールで帰国しながら現場通いを続けているのは、「怪我と弁当は自分持ち」だと思うからだ。自分なりに、合併症や感染症が発生しないように最大限の注意をしているつもりだけれども、とはいえ日本を離れている最中に病態が悪化するかもしれないという覚悟も少しくらいは持っている。もちろん、そのような事態になって見知らぬ人々に迷惑をかけるようなことがないよう努力をしているつもりでも、明らかに他人の手を煩わせるくらいの病状に陥ることが明白であるならば、その際にはこの仕事に見切りをつけなければならないだろう。
とはいえ、これはあくまで自分個人の考え方だから、それを誰であれ他人に押しつけるつもりもないし、共感や同情を期待しているわけでもない。「我々の報道対象はあくまでスポーツであり、命を賭して何かを行うのは別の問題だ」と主張する人がいるならば、その考え方にも一定の理解を示したいとは思う(共感はしないけれども)。だが、今回のイタリア取材陣のように、選手たちがじっさいに現場へ赴く段になって自分たちだけ取材を拒否するならば、これまで彼らが縷々主張してきた危険評価の検証と報告という役割を果たせない以上、メディアとしての道義やジャーナリズムの行為の正当性はいったいどうやって担保するつもりなのか、などというしち面倒くさい議論は別としても、自分たちだけしっぽを巻いて「敵前逃亡」してしまっては選手たちへの「筋目」や「義理」が通らないことになりはしないだろうか、という<侠気>レベルでも釈然としないものも感じる……、とまあ、そういったことをモロモロ考え合わせると、今回の一連の経緯からは「珍騒動」という言葉しか浮かんでこないわけだ。
彼らが今年の日本GPに行かない、行きたくない、とする理由を、膝を交えてじっくり聞いてもみたのだが、その主張は理解も納得もできなかった。議論していても埒が明かないし、空回りする言葉のやりとりを続けてもしようがないので、来日しない彼らのかわりにこちらから原稿を送る段取りなどを淡々と打ち合わせた。といいつつその一方で今の自分の正直な本心を言えば、日本GPまではまだ時間があるのだし、この期間に彼らの決定がもう一度覆って、イタリア取材陣がいつものように大挙して賑やかにツインリンクもてぎへやってくる、という結論に至ってくれれば、こちらとしても穏やかな気持ちになれるのだけれども。
ところで、他国の第15戦日本GP取材体制はどうなのかというと、同じラテン文化のスペインの場合は多少の人数減少はありそうなものの、基本的な取材陣容に大きな変化はないようだ。また、イギリスについては、BBCで仕事をする友人が夏前から「そりゃ日本へ行くに決まってるさ」と述べていたことからもわかるとおり、まったくいつもどおり、といってもいい状況に見える。
と、そんなことも時折りちらちら頭の隅で考えながらアラゴンGPの決勝レースが終わった日曜日の深夜、プレスルームに居残って仕事を続けた。時間の経過とともに人数もまばらになり、自分もそろそろ撤収準備に取りかかろうかと思いながら原稿を書いていると、机の前にふと人影がさした。PCから目を上げると、超ベテランジャーナリストのマイケル・スコットが立っていた。「じゃあな。次はもてぎで」いつもと同じような挨拶でいかつい顔にわずかな笑みを浮かべると、スコットは巨躯を翻してプレスルームから出て行った。