再録 「あのFが20年ぶりにフルモデルチェンジ!」 

 登場以来20年間フルモデルチェンジすることなく販売され続け、しかも現在も順調に売れている。そんな商品あるのだろうか? あるんだなこれが。ホンダ“こまめ”だ。名前くらいは聞いたことがあると思うが、1980年の登場以来、排気量アップ以外は一切モデルチェンジが行われていない。それでもトップクラスのシェアで突っ走る汎用部門の小さな巨人(ごめん、手垢のついた言い回しで)だ。メイトやバーディをヤマハのカブ、スズキのカブと言う人がたくさんいるように、他社の小型耕うん機はぜんぶ「こまめ」と言われちゃうくらいダントツぶっちぎり状態であるという。そのこまめが、2001年1月24日初のフルモデルチェンジを行った。これは大ニュースである。本誌特捜班(一人)はさっそく独占取材を敢行した。さすがに農機新聞、農経しんぽう、農村ニュース等の農機の業界紙はその詳細をすでに伝えていた……が、二輪誌ではたぶん独占だろう。

 まずは少々お堅いお話を。昨今専業農家は減少傾向にある。農機市場でみれば昭和35年に1600万人だったものが、平成11年には約半分にまで減少している。しかし、こまめのような小型耕うん機の出荷台数は平成7年に約6万台だったものが11年には約7万台と増加傾向にあるという。つまり家庭菜園、兼業農家等での需要は増加しているということだ。

 20年ぶりのフルモデルチェンジで、プロジェクトリーダーの大役を担ったのは徳田達哉氏。1958年生まれで入社は1982年。トラクター、芝刈機、モンパル等の設計等を手がけた汎用一筋の汎用職人である。まずは徳田LPLに技術的な改良面を語っていただいた。

「先代のF210よりさらに低燃費、低騒音、低排出ガスかつメンテナンス性、操作性の向上を目指しました。エンジンは新設計のOHV、最も厳しいと言われるカリフォルニアのCARB規制値を楽々クリアしています。旧型は0.9リットルで約1.6時間だったところを、0.7リットルで2.1時間の作業が可能となり、燃費は約30パーセントアップしています。大形エアクリーナー、フルカバードボディ、ミッションケースによる効果的な遮音と、大型マフラーの採用等により80デシベルという低騒音も実現し、ヨーロッパでの騒音規制を軽くクリアしています。リコイルスターターの引き加重も30パーセント軽くなり、お年寄りや女性の方でも楽にエンジンをかけられるようにしました。細かいところでは、エアクリーナーの耐久性が約3倍に向上しています。やはり土埃の多いところで使うものですから。キャブレターの脱着時間も約4分とF210に比べて約半分になりました」

 なるほど。地球にも優しい大変革ですね。しかしキャブの脱着時間の短縮というのは? キャブのトラブルが多いってことでしょうか。簡単にこしたことはないんでしょうけれど。

「いえ、トラブルがあるということではありません。冬の間、農機はあまり使わないのです。しまう前にガソリンを全部抜けばいいのですが、なかなかそこまで気がつかない方も多いのです。ですから春先になるとキャブレターの分解清掃依頼が販売店に多数入るのです。1台数分の差ですが、10台で数十分、100台なら数百分の差になりますから」

 なるほど。販売店にも優しい。

「リコイルスターター部のカバーも、ねじ3本で簡単に取り外せるようにしました。スターターのロープはそんなに切れるものではないんですが、交換が必要な場合もありますから。他にも、クラッチシューの材質変更で荷重が30パーセント減となりました。ストローク量は旧型がよく出来ていたのでそのままです」

 まさに整備性の向上ですね。そのクラッチですが、バイクの場合は握ると切れるのに、こまめは握るとつながるんですね。

「ええ、何かあったときは“放せば止まる”という安全第一設計です」

 重量は2kgの軽量化ですか?

「やろうと思えばもっと軽く出来るのですが、耕うん機はある程度の自重がなければ仕事ができないんです。旧型はバランスがよかったのですが、今回は低重心化と爪の改良によって軽量化が可能になりました。爪の形状は左右のブレを減少させるよう、コンピュータによる計算を元にいくつも試作しました。それから、アタッチメント類はF210と互換性がありますから、イエロー培土器(畝を立てるアタッチメント)などはそのまま使用していただけます」

 デザインを担当したのは伊東 潤氏。徳田さんと同い年の1958年生まれ。小型船外機からHRCのトラック、さらにロボットのP2、P3まで幅広いデザインを手がけてきた。

「汎用機では久しぶりにたくさんアイディアスケッチを描きました。先代の良さを引き継いで、親しみやすさが一目で解り、作物を傷めにくい形状です。手道具に近いとっつきやすさが、こまめの特徴でもあります」

 耕うん機のデザインに掟のようなものはありますか?

「機能性を優先したデザインは当たり前ですが、それ以外に左右対称のデザインにすることが重要です。非対称だと畑で作業するときに直進性が悪くなってしまいます。それから、作業中は無意識に前傾になりますからそのあたりも考慮しないと、なんだかバランスがよくないなあということになります」


F220
こまめF220(2001)
●エンジン型式:空冷4サイクル単気筒OHV2バルブ●総排気量:57cc●最大出力:1.5KW[2.0ps]/4800rpm●●全長×全幅×全高:1115×585×975mm●重量:27kg●燃料タンク容量:0.7L●耕幅:545mm●発売当時価格:94,800円(税抜)※諸元はF220J


F220
こまめF200(1980)
●エンジン型式:空冷4サイクル単気筒サイドバルブ●総排気量:76cc●最大出力:2ps/4000rpm●全長×全幅×全高:1060×585×960mm●重量:25.5kg●燃料タンク容量:0.85L●耕幅:520mm●発売当時価格:78,000円

モデルチェンジしたF220(上)と初代F200(下)の、あくまでイメージショット。あくまで勝手なイメージですから。

F220
ハンドルを折りたためばこんなにコンパクトに。「床の間に飾っても違和感はありませんね」なんて冗談で言ったら、床の間に飾る汎用エンジンも企画したとか(残念ながら企画倒れ)。

 フルカバーにした理由は?

「初心者、女性、高齢者にもとっつきやすくするためには、機械らしさを前面に出さないほうがいいし、そのほうが安心感も出る。それにフルカバードにすることによって低騒音にも貢献しますから」

 でも、オイルの注入口はむきだしですね。

「キャブ、エアクリーナーボックスまでのフルカバーも試作したのですが、販売店さんに見せたら『これではメンテがやりにくい』と言われました。オイル注入口もそうですが、機能性、整備性とデザインの両立には苦労しました」

 フルモデルチェンジなのに価格据え置きですが、このあたりも苦労があったのでは?

「やはり機能部品以外にしわ寄せがきます。だから『フルカバーなんて意味ないんじゃないの?』なんて言い出す人もいたりして。デザインも機能なんです。と説得しましたが、どこをはしょってどこを活かすかが腕の見せ所です。スーパーカブやシビックもそうだったようですが、先代が偉大なほど2代目は大変なんです」


エンジン

マフラー
OHVのヘッドも誇らしげな新たに開発されたOHVのGXV57Tエンジン。土埃の多いところでの使用を考慮し、エアクリーナーの耐久性は従来の3倍となった。 エンジン音は旧型の85.5dbから80dbに軽減。わかりやすく言えば旧型は19m、新型は10m離れたところで同一の音量ということ。

デザイン
何パターンも描かれたこまめのデザイン案。汎用機のデザインは実用性、機能性との兼ね合い、せめぎあいで変化していった様子がわかる。

 このような苦心の末に生まれた二代目のこまめ、さっそく試耕してみよう。と、その前にちょっと自己紹介というか、軽い自慢話を。実は私、生まれて初めてひとりで動かした内燃機関が耕うん機。小学校4年でした。上死点から上手にロープをかけないとケッチンくらうクソ重たいリコイルスターターも難なく一発始動、鋭角の曲がり角もオーバーハングですいすい曲がり、畝立ても鼻歌交じりの片手でという、村一番の神童(農)でした。
 というわけなので、まずはホンダ広報部I女史に試していただこう。ちなみに彼女はこれが嬉し恥ずかし初体験。
「不安は初めだけですぐに慣れます。コツをつかんでしまえばどんどん楽しくなってきます。これならエクササイズ感覚で家庭菜園が楽しめそうです。こまめにも二輪、四輪の技術が活かされていると思うと、弊社はまことに奥の深さと広さのある会社だと思い知らされました。改めてホンダはすごい!」
 広報マンの鏡のようなコメントありがとうございました。


I女史の初体験
I女史、あっという間に初体験完了。

 まずはエンジン始動。キルスイッチをオン。リコイルスターターは拍子抜けする軽さ。まるでコマ回し。これなら神童でなくとも楽々簡単始動。右側のスロットルレバーでややエンジンの回転を上げ左側のクラッチを握れば、タタタタタッと軽快かつたのもしくツメが回転する。ほとんど振動もなく、左右のブレもない。ハンドルに軽く手を添えれば耕しながら進んでいく。それは身体が耕うん機の一部になっている神童の私だから。ということではなく、I女史も簡単に会得したコツは、前に進みたい時はハンドルを上げるようにして、深く耕したい時は逆に下げるようにするだけ。あとは視線を遠くに。するとあら不思議。こまめくんはあなたのきゅうり、とまと、なすががまま。自在に操れることでしょう。
 こまめで耕した土はすごくきめが細かくやわらかくなる。
「クワだとここまできめ細かく出来ません。こうして空気を混ぜてやると土がよくなるんです。知り合いの畑をこまめで耕したら、大豊作になりました」と伊藤さん。
 耕すということは、ただ土を掘り返すということではないのです。今時のキッズたちは農作物がどのようにして作られるのかを知る機会も少ないことだし、学校の教材としてもこまめは有効ではないかと思う。内燃機関の勉強にもなるし。文部科学大臣殿いかがですか?
 お役所仕事は時間がかかりそうなので、ここはひとつお父さん、お子様のお誕生日プレゼントにいかがですか。畑がない? お役所が斡旋する市民農園や、郊外に足を伸ばせば貸し農園もあります。ノウハウはホンダのウエッブサイトに出ていますし。

 ああ、楽しかった。お世話になりましたと帰ろうとしたその時、I女史がぱっと手を上げて徳田さんに質問しました。
「今回のモデルチェンジの意義はどこにありますか?」
 ん? そんな肝心なことすでに聞いて……いませんでした……。
「F210は現在でも商品としては何の問題もないのです。ないのですが、騒音、排出ガスといった環境対応が必要だったのです。環境性能の向上です。環境問題のトップランナーとして、ホンダは汎用部門でも取り組んでいくということです。さらにこれからの高齢化社会にも対応出来なくてはいけません。そのためにも、もっととっつきやすく手軽に簡単に扱えるこまめにしたということです」
 ちいさなこまめといえど、環境問題は避けて通れない。厳しくなる環境規制に余裕の対応で、高齢化社会も見越したモデルチェンジだったのですね。
 さて、3代目こまめが登場する頃、どんな世の中になっているのでしょう。
 


開発スタッフ
新型こまめを開発スタッフのみなさん。写真向かって右から商品企画 香川 信さん、デザイン 伊藤 潤さん、テスト 永岡政敏さん、プロジェクトリーダー 徳田達哉さん、商品企画 牧田 実さん。

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