BMW、新・戦略路線を拡充。アルプスロードで確かめた、スクランブラーの「素敵」。

BMW Japan - Motorrad
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シートが細身で短いため、タンクが大きく長く見える。その分、座ると自分が意外と後ろに座っているように見えるが、アップライトな分、着座位置は後輪に近い印象だ。

 2013年晩秋、日本にコンセプトナインティーをひっさげてBMWのデザイナーが乗り込んだ。R90S風の塗られたタンクや、ロケットカウル。各部に削り出しパーツを製作したのは、パフォーマンスマシンの経営者を父に持つローランド・サンズ。
 AMAロードレースでチャンピオンにも輝いた走れるビルダーとしてニューウエイブの、
ローランド・サンズ・デザイン(RSD)の代表でもある。日本にやって来たのも、彼が制作したそのコンセプトモデルで、その春、イタリア、コモ湖畔で行われたイベントでアンベールされたそのものだった。
 いかにもワンオフに見えるそのバイク、実はRSDが制作したパーツを装着、あるいはリプレイスしたもので、ベースはその後市販されるR nine Tそのもの。その種明かしがされて間もなく、世界のビルダーの手に渡ったR nine Tのカスタムプロジェクトがスタートする……。
 
 世界のカスタムシーンからリスペクトを受ける日本のビルダー、4名もその任を負い、2014年の夏にドイツで行われるモトラッドデイにはその4台が世界中に発信された。こうしてBMWはサブカルチャーに強烈なアピールをした。
 
 それまでカスタムに親和性のあるブランドは、BMWに対し「出たクギは打つ」とばかりに同様のプロジェクトを企画し、叩きにかかった。しかし、カスタム色の強いブランドですら、世間からは「ああ、BMWがやったやつね」と“見え方”をひっくり返して見せたのである。
 
 BMWは、そのR nine Tについてこう語る。「レトロなバイクを造ったのではない。新しいスタイルのバイクを造ったのだ」と。実際、シンプルなスタイルは古典的なバイクを思わせるが、前後にラジアルタイヤを履き、倒立フォークや最新の電子制御も搭載するなど、BMWらしさはしっかり内包。あえて最新の水冷ボクサーエンジンを搭載せず、空油冷の従来型式のエンジを搭載。シンプルな出で立ちに拘る。
 
 R nine Tでは、ユーザーが自宅ガレージでウインカーの交換など、カスタムを気軽に楽しめるよう細かな部分をチューニングしている。例えば電装系。BMWは2004年にモデルチェンジしたR1200GSから、シングルワイヤーシステムと呼ばれるハーネスを使用してきた。これは四輪ではすでに使われていたもので、コントロール・エリア・ネットワーク(CAN)ラインの一種となる。
 
 CANと従来型のワイヤーハーネス最大の違いはこうだ。ウインカーを作動させるのにこれまで左右それぞれのウインカーにプラスとアース線を引き、電力を供給していた。これがCANではテールランプもウインカーも並列に繋ぎ共用する。ライダーの操作を信号化し、電装品が合致した信号を受けた時、作動することでそれらを可能にしている。これにより、ハーネスは大幅にシンプルになり、軽量化された。また、通信回線としての性能が高く、電子制御同士が協調制御する現代のバイクにはとても都合がいい。
 ただし、信号化したもので全体を繋ぐだけに、アディショナルな電装品を取りつけるのが難しく、ならば、とバッテリーに直結して電装品を装着しようものなら、盗難抑止装置が働いてシステムが動かなくなる等、エラーと認識されてしまう。カスタムウインカー一つ取りつけるのも難しかったのだ。
 それらを部分的にコンベンショナルなハーネスに変えているのがR nine Tの特徴でもある。
 他にもアップタイプのサイレンサーを取りつけたり、サブフレームを取り外せるなど、切った、貼ったしなくても、かなりのスタイルチェンジをたのしめるようデザインされているのだ。

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3年目のスクランブラー。
デザインは決めうちで。

 そのR nine Tの登場から3年。この夏に発表されたR nine Tスクランブラーは、R nine Tベースにスクランブラールックに仕立てた一台だ。トライアンフ、モトグッチ、ドゥカティからも60年代のイメージを封入した新しいスクランブラーが登場している。
 スクランブラーは当時物でいえば、路面を問わないオールラウンダー。ロードバイクをベースにオフロードライディングをより楽しめるようにチューニングしたバイクだ。パワー、スピード感だけに留まらず、軽快な冒険ムードが漂う。現在、欧州四輪ブランド由来のクロスオーバーモデルとネオクラシック系の融合のようなミクスチャーがあるように、複数の有用なアプリを盛り込んだ欲張りなスタイルが好まれている今、スクランブラー人気の背景には、そんな思いがあるようにも感じている。
 
 R nine Tとの差異として、サスペンションが、倒立フォークから正立フォークになったこと、燃料タンクの素材がアルミから鉄製へ、前後のホイールはスポークからキャストへ、とより求めやすいプライスタグを実現するよう造られたという。
 
 また大径のフロントタイヤを履くのも特徴だ。そのサイズは120/70R19。後輪は170/60R17。R nine Tが履く180/55R17よりワンサイズ細い。このタイヤは、水冷ボクサーを搭載するR1200GSシリーズと同じサイズ。試乗車が履いていたブランドはメッツラー・ツアランス・ネクストで、これもGSがOEMするタイヤだ。
 
 このスクランブラー、フロント125mm、リア140mmというサスペンションストロークを持つ。タイヤサイズはGS同様ながら、オフ性能までは積極的に入れ込んではない。ストロークを伸ばし、オフカスタムはビルダーさん、よろしくね、なのか、それとも今後に期待、なのか。とにかく素材として送り出された部分もあるのだろう。
 実際、試乗会の会場となった場所にはGS用ブロックタイヤでもあるメッツラー・KAROO3を履いたカスタムモデルが置かれていて、GSサイズだけにそうしたマッチョなムードをすぐに手に入れやすいのだ。
 
 BMWモトラッドのデザイン部からエドガー・ハインリッヒさんほか、開発にたずさわったエンジニアがスクランブラーのデザイン、機能を説明した後、いよいよ試乗となる。

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ドイツ~オーストリア。
極上アルプスルートを行く。

 今回会場となったのはドイツ、ミュンヘンから南に30分程の距離にあるタウフキルヒェン。ここから一般道を中心に南下し、オーストリアのヒンターリスへ。そこから折り返し、ガルミッシュ・パルテンキルヒェンへ、というルートだ。前半は町と町を繋ぐ道を行き、オーストリアへと入ると、道は「麗しの山岳路」へと変わって行くという。
 
 スクランブラーに跨がる。説明通り、アップライトなポジションだ。アッパーブラケットのハンドルクランプもライダー側に引かれ、そこに大きなベンドを施したハンドルバーが装着されている。シートはコンパクト、薄手のものが備わる。ステップはやや後退したものでスクランブラー独自のライポジを形成する。
 フロントフォークの幅と綺麗に合わせたヘッドライトケースは、クラシックさを思わせるが意匠とボディー同様、マットグレーになっているところが新しい。カッコ良いのだ。
 そして、左側に2本出しになったサイレンサーはスパトラ(スーパートラップ)風で80年代風味も入れてきているのか、と思わず唸る。スクランブラーなのにスポークホイールじゃないのかよ、と思うなかれ。キャストホイールをこれほどフツーに履きこなすのは、クラシカルなデザインに寄りかかっていない証拠だろう。
 
 上物としてはシートが細身で短いため、タンクが大きく長く見える。その分、座ると自分が意外と後ろに座っているように見えるが、アップライトな分、着座位置は後輪に近い印象だ。セットバックされたハンドルバーもあり、ジェットヘルを被った視界にはシリンダーヘッドがバッチリはいる。これも狙いなのだろう。
 
 走り出す。低速ではややステアリングダンパーが強めな印象だ。フロントの19インチタイヤが、ごろんと向きを変えるセルフステア感を少し抑えているのかもしれない。
 市街地の荒れた部分ではややフロントサスがゴツゴツした印象もあったが、2日目にはすっかり薄れたので、道の状況、350kmを走った試乗の間にサス、ステアリングダンパーの馴染みが進んだのかもしれない。
 
 搭載される空油冷ボクサーエンジンは、最新の水冷ボクサーとは様々な部分が異なる。新型が湿式多板クラッチを使うのに対し、こちらは乾式単板。ミッションも別体だ。以前のモデルらしい音もなくニュートラルから1速に入る感触が健在。このスクランブラーからユーロ4適合になった空油冷ボクサーは、騒音、排出ガスともさらに厳格化された規制となったにも関わらず、トルクとパンチは健在。それでいてアクセルの開け始めの部分など、マイルドな特性となって扱いやすい。例のスパトラ風サイレンサーがライダーの耳元へと届ける迫力のある乾いた音はなかなか。気分良く走り出す。
 
 60km/hで6速を受け入れるフレキシブルさもボクサーエンジンの魅力だ。そのまま何処でも走れるようなエンジンだ。加減速をアクセル中心にして走る。オープンロードが楽しい。アクセル一定のままクルージングしながら旋回に入ると、少しだけアンダーを感じたが、少しアクセルを戻し、その間に必要な分、バイクを寝かせてしまう。その時、自然に付く前輪の舵角を軸にアクセルを合わせて行く。そこで生まれる旋回力を利用して行く。
 これだ。この乗り方だと、オーストリアに入ってから現れた深いカーブでもスイスイ駆け抜ける。ワイドなハンドルバーに伸ばした両腕や、シート、ステップから解りやすいフィードバックがくる。
 
 前輪のφ320mmのダブルディスクと4ピストンキャリパーを組み合わせるブレーキは、尖った制動力を持たないが扱いやすく、17インチになれた人でも安心して舗装路で扱えるブレーキだ。19インチながら、120幅のフロントタイヤの接地感も旋回時、ブレーキング時ともに潤沢。安心感がある。その点でスクランブラーの総合点は高い。途中、雷雨にも遭ったが、濡れた路面でも怖さは皆無。BMWらしい。
 
 そうした部分も含め、乗り味として、油冷時代のR1150R、R1200Rにも似ているな、と思った。つまり、舗装路での走りもかなりのものなのだ。

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ロングでは少々お尻も痛くなるが……。

 ドイツの一般道は市街地から出ると、多くの場所で100km/h制限となる。1200㏄のバイクとしては楽勝だし、カウルを一切持たないスクランブラーのアップライトなポジションだと、このあたりの速度が実に快適。途中、アウトバーンも走ったが、やはりそれ以上の速度になると、上半身がしんどくなる。
 連続高速走行が頻繁なら雰囲気のあるゼッケンプレート風メーターバイザー等を付ければ良いのかもしれない。
 
 初日、150km、2日目200kmと走った中、小ぶりなシートは尻に痛みが走るまで他のBMWよりも短時間になるが、全体としてこのスクランブラーと走ったアルプスルートは本当に楽しかった。国内での価格などはまだこれから、というところだが、R nine TとR1200Rの中間ぐらいになるのでは、と個人的に予想している。
 シンプルに見えても、専用パーツが多いR nine Tやスクランブラー。満足度の高いディテールが魅力でもあるだけに、実際に物をみて見ると納得してもらえるのでは、と思う。またこれでBMWがこのセグメントを刺激しそうだ。
 
(試乗・文:松井 勉)
 

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マット調のライトケースリング、ライトケースもマット調塗装だ。今風のカスタムテイストがそのままカタチになったスタイル。ストーンガードもオプションで用意される。 単眼、指針式のメーター。下側にはLCDモニターを備え、左スイッチボックスにあるINFOスイッチから様々な情報を表示させることができる。表示面積、文字サイズなどとても見やすい。 ファットバースタイルのハンドルバー。グリップに伝わる振動は少なく、走行中のミラーもクリア。シンプルなスクランブラーらしいスタイルのコクピット。
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形状デザインはR nine Tと共通。R nine Tではアルミタンクとして軽量化と造り手のクラフトマンシップの継承を目的としたが、スクランブラーでは鉄製となった。シームの形状など細かな部分まで拘っているのが解る。 コンパクトなシングルシートのスクランブラー。二人乗り用のダブルシートも用意される。 スクランブラーのディテールとして外せないアップマウントのマフラー。2本出しとしたサイレンサーの意匠は、カスタムテイストに溢れたもの。遊び心が嬉しい。リアホイールはオプションのスポーク仕様。
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正立フォークとブーツを合わせたフロントエンド。そのストロークは125mm。リアのショックユニットにはリモコン式のイニシャルプリロード調整を持つ。(写真のリアのスポークホイールはオプション) スクランブラーのストックホイールは星形スポークのキャストホイール。こてこてのスクランブラースタイルではないので、キャストホイールを見事に履きこなす。
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