災い転じて福となれ!<br />
ホンダの熊本製作所が9月13日に全面復旧

今春、CRF1000Lアフリカツインの生産工程を取材させていただいたホンダの日本国内唯一の二輪生産拠点である熊本製作所。その直後に発生した熊本地震による被害は、けして小さなものではなかった。操業を停止して5ヶ月後の9月13日、ついに全面復旧となった。早期復旧を目指しながらも熊本製作所の将来も見据えたプロジェクトも発足。この地震を契機として、新しい熊本製作所が起動した。


●写真─Honda・依田 麗
●取材協力-本田技研工業http://www.honda.co.jp/motor/・熊本製作所

 2016年4月14日に発生した平成28年熊本地震。最初の地震も大きかったが、ここまで被害が広がると思わなかった人も少なくないだろう。続いて16日に発生した地震は14日の震度6(後に前震と呼ばれることになる)を上回る震度7の激震となり、追い打ちをかけるかのごとく震度6クラスの余震も連続して発生した。前震、本震、余震という大きな地震の連続により、被害は拡大の一途をたどってしまった。

 震源地に近い熊本県大津町で操業するホンダの熊本製作所も大きな被害を受けた。幸いにして人的被害や、耐震補強工事を完了していた建物本体への直接的な被害はほぼ皆無に近かったが、最も被害の大きかった完成車工場では固定金具の破損による高所配管の落下やゆがみ、機械室の固定ブラケット破損による機器の転倒、1600人収容の第二食堂では天井や壁の破損、落下など、非構造体に大きな被害を被ってしまった。
 復旧しようにも余震の多発によって工場内に入れないような状況が続き、操業は停止。5月に現地入りした八郷社長もそんな状況を見て「これは大変なことになった。半年は再開できないのではないか」と当初は思ったそうだ。
 そんな状況下であったが、ホンダからは熊本県に5千万円の義捐金をはじめとして、食料、水、簡易テント、ブルーシート、発電機やアクティ(40台)、タクト、ジョルノ、ダンクなど原付スクーター計80台などを各市町村などに早急に提供、熊本製作所でもフィットネスルームを避難所として開放したり、独身寮跡地を仮設住宅用地として無償提供したりと、自らも被災している立場でありながら、復旧復興支援活動も行なわれた。

 5月23日、8月末を目標とした早期の復旧はもちろん、この震災を熊本製作所の永続的な発展のための転換期と捉え、将来を見据えたさらなる競争力強化を目的とした復旧・進化プロジェクトが発足した。このプロジェクト活動の下、組織の枠を越えた議論などにより、「誰がやる」ではなく「誰と一緒にいつまでにやる」という意識も高まり、また多くの支援物資や励まし、応援のメッセージ、そしてなによりも一日も早い操業開始を望む地元からの熱い願いもあって、早くも5月6日から一部の稼働が開始された。比較的被害の少なかった汎用工場の耕うん機とエンジンラインが5月13日から再稼働したのを皮切りに、5月29日にはコージェネ・インバーターラインとモンパルラインも続いた。5月31日には完成組み立て工場の完成車検査ベンチが復旧し、アフリカツインの検査を実施して震災後復興第一号車を送り出している。以後、6月6日にCELLゾーン(手作業による少量組立ライン。RC213V-Sなどを生産)でアフリカツインなどの組立てを一部再開、6月13日にCOMライン(125cc以下の小排気量を生産)、8月22日にFUNライン(250cc以上の中大排気量車を生産)、そして9月4日にはMULTIライン(原付からバギーや三輪車、大型スクーターなど文字通りマルチに生産)が次々に復旧し、二輪生産部門はほぼ全面復旧を果たした。そして地震発生から5ヶ月経過した9月13日、四輪エンジン部品工場も生産を再開、ついに震災前のレベルに戻る全面復旧が叶ったのである。

 ただ単に再開したのではなく、生産量の多いモデルに合わせ効率化のためライン長を変更したり、耐震補強なども合わせて行われている。この地震による大まかな被害額は、操業停止による販売減が119億円、復旧費用が132億円の計251億円。震災前の計画から逆算してみた全体的な大まかな減産台数は17万5千台にもなるという。
 この種の災害が起こるとまず「移転はしないのか」という質問が寄せられるが、四輪のエンジン部品生産の一部は鈴鹿工場で移管生産が行われたが、それ以外の移転などはまったく考えもしなかったという。これも熊本製作所がこの地で操業を開始して40年、その間に地元大津町と熊本県と熊本製作所が、いかに強い信頼関係を築いたのかということの証でもある。8月27日に行われた熊本製作所の夏祭りには約1万人が訪れ、早期復興も願って打ち上げられた花火を笑顔で鑑賞したそうだ。今回の地震は、改めてその絆の強さを再認識させてくれたとも言えようか。
 今後は復旧・進化プロジェクトが掲げたクラフトマンシップを最大限に発揮した「量より質への転換」により、さらなる高品質な製品が熊本製作所から生み出されていくことだろう。


熊本製作所
阿蘇山の麓、熊本県菊池郡大津町で1976年に操業を開始した熊本製作所(写真は震災前)。総敷地面積は166万2946平方メートル。熊本空港を離陸すると眼下にその広大な姿を見ることが出来る。震災直前に取材したアフリカツイン生産の模様はこちらで。


八郷社長

再開までに際し、地元の協力や支援に感謝し、今回の地震により「企業は、やはり、地元の皆さまと共にある」ということを学んだと語ったホンダの八郷社長。 こちらの動画が見られない方、大きな画面で見たい方はYOU TUBEのWEBサイトで直接ご覧下さい。


熊本製作所所長


二輪事業本部長の青山真二氏、二輪事業本部二輪DEB統括責任者の鈴木哲夫氏も出席
熊本製作所所長の島原俊幸氏からは復興に至るプロセスや、将来に向けての姿勢が語られた。「熊本を二輪の聖地に」の実現のため熊本県、大津町とより強力なタッグを組みながら、ホンダブランドの二輪車を発信していくそうだ。 ホンダの八郷隆弘社長を始め、二輪事業本部長の青山真二氏、二輪事業本部二輪DEB統括責任者の鈴木哲夫氏も出席。熊本製作所の再開がいかに重要な出来事なのか分かろうというもの。


熊本県知事の蒲島郁夫氏


大津町町長の入家 勲氏
熊本県知事の蒲島郁夫氏(左)と大津町町長の家入 勲氏(右)も来賓として挨拶。復興への協力の謝辞とともに、熊本製作所と地元がいかに強い絆で結ばれているかを語った。


COMライン


COMライン
6月13日に再稼働した125cc以下を生産するCOMライン。この日はタクトがラインを流れていた。各部の組立てはもちろんだが、特に外装パーツに傷が付かないよう慎重に作業をしているそうだ。


FUNライン


FUNライン
8月22日に復旧した250cc以上の中大排気量車を生産するFUNラインでは待望のニューモデル、CRF1000Lアフリカツインを生産。ちなみに9月現在で、まだ納車出来ていない車輌は全車あわせて約6100台。一日も早く納車出来るよう頑張っています!