中須賀克行の、凄み。

 
真夏の祭典「鈴鹿8時間耐久」はヤマハファクトリーチームが4連覇を飾った。昨年同様の中須賀克行、アレックス・ローズとマイケル・ファン・デル・マークのラインナップで挑み、大歓声に応え高々とトロフィーを掲げた。昨年と違ったのはヤマハブルーからYZF-R1、20周年記念カラーの赤と黒のツナギだったのと中須賀が決勝を走っていなかったことだけだ。

■文:佐藤洋美 ■写真:赤松 孝

 鈴鹿8耐から3週間後、全日本ロードレース選手権第6戦2&4が開催される栃木県ツインリンクもてぎに中須賀がいた。鈴鹿8耐、土曜日のフリー走行で転倒、右肩鎖関節脱臼で決勝をキャンセルし「手術をしたら3ケ月はかかるとの診断、だから、手術はしないことにした」と手負いの状態で全日本JSB1000参戦を決めた。
 ライダーにとって肩の怪我はやっかいだ。アクセルワーク、ブレーキング、ライディングポジションに至るまで、すべてに影響する。更に、まだ痛みがあった。安静にしていなければならず、テストもトレーニングもできていなかった。だが、心配する関係者をよそに中須賀は予選2番手を獲得してしまう。

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「まだ肩が痛いんだよ!」「ホントは、ウソなんでしょ?」……3周しか持たないと語っていた男が、優勝してしまった。

 ポールポジションはチームメイトの野左根航汰、3番手には高橋巧(Team HRC)だ。野左根は昨年のもてぎで初優勝を飾り、2勝目ももてぎ。大抜擢でMotoGPに代役参戦した日本グランプリもてぎ戦でもルーキーらしからぬ活躍で注目を集めた逸材。今季は未勝利で「中須賀さんが怪我をしている状況で、自分が勝たなければ」と勝利に燃えていた。今季、10年ぶりにホンダワークス復帰しエースライダーとなった高橋は、中須賀に肉薄しトップ争いを繰り広げるも未勝利。打倒中須賀を掲げる高橋も「この状況で勝たないわけにはいかない」と語っていた。

 決勝に向けて中須賀は近い関係者には「3周しかもたない」と漏らしていた。記者会見では勝利を狙うと宣言する野左根や高橋に「簡単には勝たせない。ぐちゃぐちゃにかき回してやる」と語っていた。もてぎ戦の周回数は通常の全日本に比べて長い、そして残暑厳しく、夏の終わりの太陽が容赦なく降り注ぐ過酷な戦いだ。更に2&4開催で、4輪走行の影響が残り、路面コンデションが荒れる。中須賀にとって、好材料はどこにも見当たらず、中須賀優勝を予想する者などいなかった。

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2番手から決勝に臨んだ。チームメイトの野佐根、ホンダの高橋とのバトルが続いた。

 中須賀は、珍しくスタートでマシンをウィリーさせ出遅れる。だが、ホールショットを奪った高橋に追いつき、トップ争いを繰り広げる。前半「焦りがあった」と出遅れた野左根が追いつき、3台の大バトルへと発展する。
「ちょっと前に出るタイミングは早かった」と言う中須賀に野左根は何度も果敢に挑み、各コーナーでポジションを入れ換えた。最終ラップの激しい攻防で中須賀は野左根を突き放して劇的優勝を飾った。

「レース前は、不安しかなかった。終盤には、もう、腕の力がはいらなかった……。でも、この腕が使えなくなってもいい、諦めないで、絶対に諦めないで走り切ろうと思った」と語った。「本当は怪我なんてしていないのでは?」と意地悪な質問をしてみた。
「怪我も、3周しかもたないと思っていたのも本当だ」
中須賀は悪戯を見つけられた子供のように笑った。

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不安だらけのもてぎのレースだった。それでも戦い、勝利する。中須賀克行という男の凄さを改めて感じる。

 続く全日本ロードレース第7戦、大分県オートポリスでも、中須賀の強さが際立った。レースウィークは豪雨、霧、雷と散々な天候となり、土曜日のレースも予選もキャンセルされた。決勝日は晴天となり残暑厳しい一日となった。中須賀は、朝に行われた短い予選でポールポジションを獲得すると決勝でも終盤スパートをかけて勝利した。肩の痛みが消えた訳ではないが「一進一退しながら回復に向かっている」という。この勝利で、ここまで全日本8勝、圧倒的な強さと速さに陰りはない。

 中須賀は、全日本最高峰クラスJSB1000で7度も王者に輝き、V5を達成したヤマハの絶対エースだ。昨年はV6を狙ったが、レギュレーションの変更でホイールサイズが16.5から17インチへと変更されたことが影響してトップを快走中に転倒が続いた。極限の走りを見せる中須賀の足を、そのコンマ5インチが浚ったのだ。だが、後半戦では見事に対応して連勝を飾り最多勝を飾るがタイトルには届かなかった。
 中須賀は失ったチャンピオンの重みをずっしりと実感することになる。

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「回復に向かっている」が、万全にはほど遠い。オートポリスでも勝利し、今シーズンのJSB1000で8勝目となった。

「勝つことが当たり前でチャンピオンであることが当然で、そこに甘えがあったのではないか」と自分を追い込んだ。
 中須賀の変化を吉川和多留監督は「顔つきもライディンも変わり進化した」と語る。その言葉は、全日本前半戦で自らのレコードタイムを塗り換える走りと7戦を消化し6勝(1戦は雨からドライへの路面変化に合わせてカワサキが勝利)を挙げた実績が物語る。7勝目となったもてぎ戦でも「腕の力が入らず、ブレーキングが思うようにできないことで、上手く回れるコーナーもあって、新たな発見があった」と語り、怪我さえ味方につけた。

 その中須賀は大きな目標として掲げていた鈴鹿8耐決勝を走れなかった。鈴鹿8耐マシンの開発を担い、セッティングを導き出し、これまで3連覇を飾って来た。その中心にいるのは中須賀だった。中須賀が転倒する土曜日のフリー走行のアウトラップまで、ヤマハファクトリーの8耐は盤石だった。10年ぶりに復活したホンダ・ワークスや、スーパーバイク世界選手権史上初の3連覇を飾ったジョナサン・レイを呼び寄せたカワサキに比べても総合力ではヤマハが抜きんでた。
 耐久においてアウトラップの速さはトップライダーの必須条件だ。そこに秀でている中須賀は、注意を払いながらコースへと出た。だが、目の前にペースの遅い集団がいて、更にギア抜けでペースダウンしたマシンに中須賀はぶつかってしまう。右肩を強打したが、自力でピットに戻り、また、コースインしたが、タイムは上がらずに、再びピットに戻った。

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鈴鹿8耐は、残念ながら中須賀克行(中央)は予選での負傷で走れなかった。アレックス・ローズ(右)とマイケル・ファン・デル・マーク(左)で挑み、見事4連覇を達成した。

 吉川監督と病院に向かい診察を受ける。ドクターストップだ。
「中須賀は意地でも走るというのはわかっていた。だが、今季、全日本タイトルに賭けている思いを分かっているだけに無理はさせたくなかった。中須賀を失っても8耐はなんとかなる。なんとかしてみせる」
 吉川監督は、中須賀にはチームオーダーとして決勝への走行を諦めてもらうことにした。アレックス・ローズとマイケル・ファン・デル・マークに伝えると「僕たちはチームだ、中須賀の分も頑張るのは当然だ」と受け止め、ふたりで戦う鈴鹿8耐を覚悟してくれたという。

 中須賀は言う。
「ふたりの8耐が体力的にも精神的にもたいへんなことがわかるから、1時間だけでも走れたらと願ったが、最終判断はチームに任せた。ファン・デル・マークは、ふたりで戦うことが決まると慰めに来てくれた。俺たちはチームだって……。ローズもサポートを頼むと頼りにしてくれた」
 中須賀はふたりのために必要な飲み物を冷やし、ローズから頼まれた天気のチェックをして吉川監督をフォローし続け一緒に戦い続けた。

 台風の影響で開催が危ぶまれるほどの波乱の鈴鹿8耐はスタート前に大粒の雨が落ち、天候が回復、更に雨が落ち、3度もセーフティカーが入り、荒れに荒れた。スタートライダーを初めて務めたファン・デル・マークは「緊張したしドキドキした」と初々しいコメントを残したが、難しい路面コンディションの中での力走、レイとの大バトルは、今季の8耐の見せ場となり堂々の走りでヤマハを勝利へと導いた。ローズは路面コンデションを見て「俺に任せろ」とコースに飛び出し首位を疾走して2番手との差を広げた。ライダーとチームの阿吽の呼吸を到る所で示し、吉川監督の采配が光る戦いぶりで4連覇を達成するのだ。

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勝利の瞬間を、大切な仲間であるファン・デル・マークと一緒に迎えた。

「もともと、ファン・デル・マークもローズも速いライダーだが、これまでマイケルは見せ場がなかった。今回の8耐で覚醒したと思う。自分が走れなかったことは残念だけど、ふたりの評価が上がったことは素直に嬉しい。ふたりは自分より10歳くらい年下で、俺は、あんまり英語を話せないのに、すごく慕ってくれる。頼りにしてくれる。チームワークの良さはどこのチームにも負けない。ふたりが勝ってくれ、ヤマハの総合力のすごさを示してくれたことが嬉しかった」
 そう言うが、しかし、中須賀は一緒に表彰台に登ることを拒んだ。
 それでも、ローズもファン・デル・マークも中須賀と一緒に表彰台に立つことを当然だと引っ張り上げている。吉川監督は「中須賀がマシンを仕上げ、あいつが作ったチームだ。中須賀がいない表彰台など考えられない」と中須賀の背中を押した。レース前に「一緒に表彰台の真ん中に立とう」と言うと「そんな恥ずかしいことはできない」と言っていた中須賀に「表彰台に上げて恥ずかしい思いをさせてやる」との約束を果たしたのだ。

「ローズもファン・デル・マークも、中須賀がいたから勝てたと嬉しいことを言ってくれたが、ヤマハが勝ってくれた喜びと自分が走れなかった悔しさが、ずっと、残っていた。でも、やっと、吹っ切れそうだ。このチームは俺が作り上げてきたチームだ。それは自分の誇りでもある。だから、みんなの言葉を素直に受け入れて、5連覇を目指せばいいと思えるようになった。鈴鹿8耐は終わったが、まだ、シーズンは終わってない」

 全日本ロードは残り2戦、10月開催のMotoGPもてぎ大会にはワイルドカードで参戦が決まっている。MotoGP開発ライダーでもある中須賀の挑戦は続く。自分を磨き続け進化する中須賀は、ヤマハの絶対エースの座を獲得し、最多勝45、タイトル獲得数7、各コースのレコード樹立と自らの記録を塗り替えながら、海外に目を向けるライダーが多い中で、日本にも、目指すものがあるのだと日本最速ライダーとしての生きざまを確立した。その走りは凄みを持って見るものを引き込む力に満ちている。

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◆中須賀克行参戦スケジュール

●全日本ロードレース選手権
9月30日 全日本ロードレース選手権第8戦 岡山県 岡山国際
11月4日 全日本ロードレース選手権第9戦 三重県 鈴鹿サーキット
●MotoGP
10月21日 MotoGP第16戦 栃木県 ツインリンクもてぎ



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