トライアル世界選手権 ROUND01 日本GP開幕目前特別企画 藤波貴久 もてぎ見参! 直前緊急インタビュー 「かっこいい! と振り向かせたい!」

世界トライアルの魅力は、見てみなければ解らない。そして一度でも見てしまったら。
尋常ではない。あり得ない。エンジン付きの二輪がこんなことをする。こんなことができる人間がいる。MotoGPとはまた違う燃え方をする。目頭が熱くなる。涙がでる。握り拳に力が入る。
応援の声を出すべきか、静かにいるべきか。迷う。
それでも、声がついて出る。乗れ、越えろ、立て、立っててくれ。
日本の現役第一人者にして立役者。
FUJI GAS(GAS=スペイン語で全開!)こと、藤波貴久さんの近況と今年の抱負を伺った。

●インタビュー・文-阿部正人 ●取材協力-Honda http://www.honda.co.jp/

 1995年に全日本トライアル選手権でチャンピオンを獲得。1996年より世界へ。今年は18年目になる。シリーズ戦参戦者のなかで最多出場ではなかろうか。

 世界チャンピオン1回(日本人初)ランキング2位7回、3位5回、トライアルのトップランカーであり続ける。昨2012年度は2位争いでもつれて、点数に開きのない5位に甘んじたが、今季は巻き返しにかかる。


変容してきたバランスの体格

 1980年1月13日 三重県四日市生まれ。公称、身長170センチ、体重64キロ、血液型AB。しかし実際には、上半身、とりわけ上腕部のたたずまいが、逞しく、太い。

 以前、この公称時代の藤波さんにお会いしたことがある。シャープな線が強調された器械体操の選手を思わせたが、今回は、どこか格闘家の雰囲気さえ感じ受ける。

 現在の体重は70キロだそうだ。

「最近の競技スタイルにあわせて筋力トレーニングに重点を置いています。マシンを上に持ち上げる力を高めたい。腕力や背筋力の向上を意識しています」

 重と軽のバランスが必要とされるトライアル。筋力にはその持続性も求められる。パワーは必要であっても、持続のために抑制を効かせる軽み。ふたつを備えたシルエットと言えるだろうか。



藤波選手


藤波選手
競技中はぴったりとしたジャージなので意外と気付かないのだが、ごらんのように勝負服を脱ぐとすごいんです。

「あとは瞬発力です。状況に即座に対応する野性の勘みたいなものでしょうか。勘を養うためには日頃の鍛錬や節制。それら集積をイザという時に発揮できるよう心がけています」

 さらに最近は、モトクロスに惹かれてCRF450Rでラフロードを積極的に攻めているそうだ。

「どちらかと言えばエンデューロです。トライアルとは違い相手が見える競技というのが面白いんです。自分との勝負であるトライアルの対局にあるような、抜きつ抜かれつの駆け引きに熱くなっています。向こうでは有名な某選手とも走っているんですよ。エンデューロレースに出てみたい」

「モトクロスはトライアルのための鍛錬とかではなく、ただただ楽しんでます。バイクが大好き。バイクのない生活なんて考えられない。ほんとに好きで好きでたまらないんです」と藤波さん。好きはジャンルの幅を超えて。逞しくなったボディはその証左かもしれない。

 同席したHonda広報のMさんが笑いながら差し出したフリップボードを手に「まさにこれ、これですよ、これなんです!」とオールクリーン(減点0)を決めた直後の表情。



藤波選手


プレゼント
100%やらせではありません。まさに「バイクが好きだ!」そのもの、こちら側の人なのです。そんな藤波選手が「バイクが好きだ」缶バッチにサインをしてくれました。ステッカー2枚とセットにして5名様にプレゼント。欲しい貴方は、info@mr-bike.jpまで、賞品の送付先とお名前、藤波選手への応援メッセージを添えてご応募ください。2013年5月10日締切。応募多数の場合は抽選とさせていただきます。

30代という世代を迎えて

「30歳といえば、もっと体力や気力の低下するものだと思ってました。ところが、なってみればまったく感じない。テクニックは明らかに伸びたと実感できますし、肉体的にもまだまだいける。いまのスポーツの理学にのっとっていけば、これからの選手生命はもっと伸びていくのではないでしょうか。ただひとつ。ケガの直りだけはちょっぴり遅くなったかなあと(笑)」

 むきだしの太い腕に、擦り剝傷がある。本番はさておき、日頃の訓練にいろんなトライをしてるのかもしれない。擦過傷はむしろ男の勲章だと語っているような藤波さんの腕。


息子として、父として、のバイク

 食べ物は和食にこだわる。大好物は納豆。カレーライス好きはファンの間でも知られているところ。

「むこうでは生の納豆が食べられないため、フリーズドドライを食べています。いろんな工夫がされて便利な時代になりましたね」

 日頃の食事はすべて奥さんの手作り。

「ゴボウなどの根菜も好物なのですが、これは日本でないと食べられませんね。向こうにゴボウはないんです。残念」と笑う。

 家族は、奥さん、小学3年生の長女を頭に、次女、長男の5人家族。ヨーロッパを中心とした選手生活のため、一家でバルセロナに暮らしている。

「1歳半になった息子がオモチャのバイクで岩に見立てたソファに前輪をかけてなんとかよじ上ろうとするんです。妻は、やめてぇーと言ってますけどね(笑)。ぼくとしては嬉しいし、父親を実感する瞬間ですね」

 トライアルをはじめたきっかけは、自転車を含めてすべて「父」の存在だった。二輪に入れあげる父が貴久さんに自転車を与えたのが二歳の時。

「補助輪をとったほうが上手く乗れるようになったと物心ついた時に言われました」

 世界のFUJI GASのはじまりである。以来、自転車、バイクと、数々の選手権を制してきた藤波さんだが、10歳の時に父とこういう計画をたてた。年齢と年次によって、どのように上り詰めていくか。

 未来予想図のようなものだ。

「ただ、ダラダラとやっていても仕方がない。父が目標をたててやっていこうと表のようなものを作ったのです。最初はこんなこと無理だ、夢語りだと子供心にも思ってましたが全日本を獲った15歳の時。ようし、イケるぞ。できるんではないかと。世界チャンピオンこそ4年遅れましたが(笑)。そこ以外は達成もしくはそれ以上の結果を出せた。物事にはこういった目標値を持って挑むことが大切なんだと父に教えられました」

 現在、父・由隆さんは、次なる後継者の育成に腐心しているという。藤波さんの姉の息子、13歳になるお孫さんのトライアルである。叔父である藤波さんも現車を送るなどのサポートをしているそうだ。



計画表
計画を立てることはある意味誰でもできるが、実行することは大変。しかも計画表どおりに進めるには、計り知れない努力と精神力が必要であることは言うまでもない。

 
 瞳を輝かせる藤波さん。

「父はとにかくバイクが好きでした。ぼくも大好きになってしまった。バイクの好き度というのでしょうかね。その好き度では父を越えた気がしているんですが、バイクを導く力というのでしょうか。指導力、教える情熱という点では、まだまだ父にはかないません。自分が父親になって、つくづく感じていることです。ああ、ぼくが息子にここまでできるだろうかと想うことがありますね」


好調な自分を感じる時

 トライアル競技は、決められた時間内にセクションと呼ばれる課題をこなしながらラウンドをする。セクションの形体は、巨岩や丸太などで人工的に設えられた障害物、自然の地勢を活かした山肌の急勾配や崖など多様。それぞれ信じがたいような「難所」がこれでもかとたたみ掛ける。

 採点は減点法。足付き一回につき1点減点。5点減点でそのセクションは失格。転倒やエンストも当然失格。その技量もさることながら、自己で挑む、失敗しないためにどうするのかという精神面が大きく関わってくる。ひとつの失敗をあとに引きずらない頭の切り替えも重要と言われている。

「緊張感は必要、しかし張りつめ過ぎはもっとだめ。まわりの期待を感じることで適度なプレッシャーを背負いながらリラックスもしている。この共存を実感できた時に、いまの自身の好調を感じるような気がしますね」


ライバル感。若くて強いトニーボウ選手について

 トニーボウ選手はスペインの人。1986年生まれで藤波さんの6歳下だが、2007年から2012年まで6年連続チャンピオンという偉業を成し遂げている。

「口惜しいですが正直に、テクニックもメンタル面もすべて彼が上です。若いからまだまだ伸びる可能性も感じられて怖いですね(笑)でも、必ずつけ入るスキがあると見ています」

 その「つけ入るスキ」のひとつに、今年採用されることになったノンストップルールがある。

 これはセクション内の各々の課題の間で踏みとどまってはいけない。つまりスタンディングしながらの間をおくと失格となるルール。次の課題に挑む前に、息を整えたりや進路体制の準備が出来なくなる次第であり、トライアル発祥の英国ではこれが本筋という意見も多いようだ。

「ここで筋力の持続や瞬発力が大切になってきます。次から次へと矢継ぎ早に課題をこなさなくてはならない。一瞬でも留まってしまっては負け。じつはここに、自分の勝機があるように感じているのですが」


↑ちなみにFIMが制作した動画からルールの詳細を見てとれる。藤波さんも出演。

 というのは、藤波さんがチャンピオンを獲得した2004年。このノンストップルールが使われていた。「間」を置いてはいけない連続競技こそ、藤波さんの得意な展開が推察されるからだ。

 ファンの間で語られるオールクリーン(減点0)が大連チャンする『FUJIGAS ラッシュ!!!』

「相手を次第に追い詰めることができてテクニック面が崩れれば、優位な試合運びに持っていける。今年は日本(もてぎ)での開幕戦ですし、賭ける気持ちはひとしお。日本戦はつねに特別なものであり、ぜひ見に来ていただきたいです」

 止まっていてはいけないという極めて微妙なテクニックの裁定がどう試合を動かすか。トライアル競技の見所をより奥深いものにするかもしれない今年のようだ。


まだまだ心身ともに向上中の源流とは?

「妻によく言われます。毎日バイクに乗っているのに、また乗るの? 乗ります(笑)バイクにはジャンルごとに違う趣きや喜びがある。まったく飽きません。好きで好きで仕方ない。筋トレや練習も好きだからやってます。こんな好きなこと、誰かに教えずにいられません。だんだん父には近づいてはきましたかね(笑)」

 齢33歳にして二輪歴31年。魅せられたバイクの素晴らしさをたくさんの人に、自身のこころと技で伝えたいと藤波さん。もてぎ登場を直前に、ここぞ本音を決めてくれた。

「かっこいい! と振り向かせたい!」

 見る者は息すらつけず。一挙手一頭足を噛み締めるように見守るのみ。競技者とオーディエンスが一体となって地上が熱くなっていく。頂点を極めた男たちの世界トライアルが、今年も新緑の里山にやってくる。



藤波選手


藤波選手


藤波選手


藤波選手
昨年の日本GPの模様。今年のコースも「おもしろそう」だそうだ。ぜひ自分の目で見てほしい。4月27日(土)〜28日(日)にツインリンクもてぎで開催される日本GPの詳細はHondaのWCT特設コンテンツで。