Hondaコレクションホール収蔵車両走行確認テスト「闘うDNA」二輪編その3

RVF/RC45
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 RCBからRS1000と続いた伝統の並列4気筒の耐久レーサーは、1984年から世界耐久、TT-F1の排気量が750ccとなるレギュレーションの変更を見越した試作的な要素の強い初のV4耐久レーサーRS850Rへと代わり、1983年に投入される。この戦略は見事に的中し以後V4レーサーは、RS750Rを経てRVF750へと進化する。1987年には当時としては驚異的な性能と価格で大きな話題となり、今でも人気の高い市販限定車のVFR750R(RC30)も登場し、ホンダV4は世界選手権、鈴鹿8耐などTT-F1クラスで快進撃を続けた。
 改造範囲の広いTT-F1から、市販車ベースで改造範囲の狭いスーパーバイクにレギュレーションが変更となった1994年1月、RC30の進化バージョンとして登場した市販モデルがRVF/RC45であった。500台限定200万円で発売されたこのモデルもちろん公道も走ることができるが、レースを大前提として開発されており、チタン合金やマグネシウムなどの高価だが軽量な素材やカムギアトレイン、PGM-FIなどワークスレーサーRVFのノウハウが惜しみなく投入された。
 RVF/RC45ベースのスーパーバイクレーサーは、鈴鹿8時間耐久レースや、全日本スーパーバイクなどで大活躍をした。日本人にとってなじみ深い真夏の祭典、鈴鹿8耐では初登場の1994年以降、2気筒のVTR1000SPWが投入される2000年まで、4台のワークス勢がすべて転倒してしまった1996年以外はRVF/RC45が首位を独占。1990年代後半は、ホンダV4の750ccレーサーの完成型とも言えるRVF/RC45の黄金時代を築き上げた。


RVF750

RVF750

RVF750

RVF750

RVF750

RVF750
RS750は、1985年にアルミツインチューブフレーム、点火順序変更、4-2-1マフラーなど大幅に改良されRVF750となり、ボルドール24時間や鈴鹿8耐で優勝するなどの活躍を見せた。1986年にリアがプロアーム、1988年にはベースエンジンがVFR750FからVFR750R(RC30)系へ進化し、さらに戦闘力がアップした。1991年のこのマシンはスプリント化が進んでいた8耐専用に作られたスペシャルで、外観上は前年モデルからフロント倒立フォークとなった程度だが、細部は徹底して煮詰められた。前年はリタイアで涙を呑んだガードナーとドゥーハンのWGPコンビが再び走らせ、見事雪辱を果たした。
RVF/RC45
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RVF/RC45


RVF/RC45

RVF/RC45


RVF/RC45

RVF/RC45


RVF750

RVF750
年々スプリントレース化が進む鈴鹿8耐は1994年、従来のTT-F1からより改造範囲の狭いスーパーバイクへとレギュレーションが変更され、スターティンググリッドも前日のスペシャルステージのタイムによって決まるという新ルールが採用された。この変更に合わせ新たにベースマシンとなったのは、同年1月に500台限定で発売されたホモロゲーションマシンRVF(RC45)。カムギアトレーンのV型4気筒DOHC4バルブ749ccエンジンは、PGM-FIを採用。フレームは薄型のアルミ・ツインチューブのダイヤモンド形式。フロントφ41mm倒立、リアはアルミプロアーム。各部パーツにはチタン合金やマグネシウムが多数使われるなど、ワークスRVF750で培ったテクノロジーを盛り込んだ公道版RVF750といえる内容と姿であった。8耐デビューとなった1994年第17回大会で、ダグ・ポーレン/アーロン・スライト組(Team HRC #11)が見事初勝利を飾った。新ルール2年目となる1995年の第18回大会では、優勝車のラップ数が212周を記録する白熱した激しいバトルが展開され、そんな激戦の8耐を征したのが、今回走行したアーロン・スライト/岡田忠之組がライディングしたゼッケン11・Team HRCのRVF。このマシンは1994年12月に期間限定で販売された1995年モデルのRVF(RC45)がベースで、前年に続き安定した速さで見事に8耐連覇を達成した。ちなみに岡田は8耐初勝利、アーロン・スライトは8耐史上初となる三連覇(1993〜1995年)も達成というおまけまでついた。

RVF

RVF/RC45

RVF/RC45

RVF/RC45
ゼッケン33番ホリプロホンダwithHARTは1997年の鈴鹿8耐優勝車。ライダーは伊藤真一/宇川 徹ペアで、フルタイムの8耐(1982年に日本人ペアが優勝しているが、台風の影響で6時間に短縮開催)では初の日本人ペアの優勝となった。排気量749cc、最高出力160ps/14500rpm以上、車両重量160kg以上。

RVF/RC45

RVF/RC45

RVF/RC45

RVF/RC45
全日本スーパーバイクモデルは、前年チャンピオン、ゼッケン1番の伊藤真一、ラッキーストライクホンダ仕様。連覇が期待され開幕戦は優勝で幸先よいスタートを切ったが、第2戦3位、第3戦リタイア、第4戦33位、第5戦1位、第6戦6位、第7戦2位、第8戦4位、第9戦4位、最終戦6位と不本意な成績で終わり、翌年からは2気筒のVTRにスイッチし、有終の美を飾ることはできなかった。
VTR1000SPW
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VTR1000SPW


VTR1000SPW

VTR1000SPW


VTR1000SPW

VTR1000SPW


VTR1000SPW

VTR1000SPW
1978年第1回鈴鹿8耐に出場したRCB以来、ホンダワークスは直列、V型と形を変えながらも4気筒エンジンで戦い続けた。1997〜1999年はRVFが三連覇を成し遂げていたのだが、現状に満足することなく新たなるチャレンジを模索すべく、2000年にホンダワークスとしては8耐初の2気筒マシンVTR1000SPWを実戦投入した。当時のSBKレギュレーションでは4気筒車は750cc、対して2気筒は1000ccまでという排気量のアドバンテージを生かし、162kgという軽量コンパクトな車体に、RVFを大きく上回る180ps以上を発生するハイパワーエンジンを組み合わせたニューマシンは、市販バージョンVTR1000SP-1の企画段階から、HRCと朝霞研究所(現2輪R&Dセンター)が共同開発するという初の試みで開発された。デビュー戦となったル・マン24時間耐久レースで見事初勝利を飾り、鈴鹿8耐ではホモロゲーションマシンとして市販されたVTR1000SP-1ベースのスーパーバイク仕様が投入された。市販車ベースとはいえ、少しでもファジーな走りをすれば狙ったラインには行けず、ライダーが積極的に速く走らせなければならなという、スプリントレース並みのシビアなセッティングが施されていた。8耐デビューの2000年第23回大会はこの宇川 徹/加藤大治郎組(#4)のVTRが全車を周回遅れにして215周という新記録で見事優勝、翌2001年はバレンティーノ・ロッシ/コーリン・エドワーズ/鎌田 学組(チームキャビンホンダ#11)、2002年はワークス2台(チームキャビンホンダ#11・#33)と桜井ホンダ(#71)のVTR1000SPWが1〜3位と表彰台を独占、VTRの最終年となった2003年第26回大会は、ホンダワークス勢が全滅するも再びチーム桜井ホンダ♯71の生見友希雄/鎌田 学組が優勝し、参戦した3年間、まさに無敵の強さをみせた。
CBR1000RRW
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CBR1000RRW


CBR1000RRW

CBR1000RRW


CBR1000RRW

CBR1000RRW


CBR1000RRW

CBR1000RRW
事前の走行予定車リストにはなかったが、サプライズとして登場したのは2004年8耐仕様セブンスターホンダのCBR1000RRW。SBKのレギュレーション変更(4気筒車は750から1000ccに拡大)にあわせ、MotoGPで大活躍のRC211Vのテクノロジーとイメージをふんだんに盛り込み、2004年デビューした直4エンジンを搭載した市販モデルCBR1000RRがベース。新たに製作された4気筒DOHC4バルブエンジンは998cc。V4エンジン並みにコンパクトとなり、ストック状態でも最高出力172ps/11250rpm、最大トルク11.7kg-m/8500rpm(フルパワー輸出仕様)というハイスペック。RC211Vを思わせるセンターアップマフラーも大きな特徴で、まさにレースに勝つためのマシンで、SBK仕様のCBR1000RRWは、5月の鈴鹿300kmレースでデビューウインを飾った。直4エンジンのホンダワークス8耐マシンとしては、1982年のRS1000以来なんと22年ぶりで、当然ホンダファンの期待も高く、先々代のRVF750、先代のVTR1000SPWという常勝レーサー以上の戦闘力と結果が求められた。8耐デビューとなった2004年第27回大会は、序盤から転倒が相次ぎ、12周目にペースカーが入る波乱の展開となったが、終わってみれば宇川 徹/井筒仁康組(セブンスターホンダ#7)のCBR1000RRWが優勝。3位〜7位をCBR1000RR勢が独占するという、ポテンシャルの高さを見せつけた。

[戦うDNA その2 二輪編-2|その3 二輪編-3|その4 二輪編-4]

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Hondaコレクションホール収蔵車両走行確認テスト「闘うDNA」

二輪編-1・ホンダミュージックが世界を征す]
●1959年 RC142(#8 125cc)
●1966年 RC116(#1 50cc)
●1965年 4RC146(#4 125cc)
●1966年 RC149(#117 125cc)
●1966年 RC164(#1 250cc)
●1966年 RC166(#7 250cc)
●1967年 RC174(#3 350cc)
●1968年 RC181(#2 500cc)

二輪編-2・トリコロールはここから始まった]
●1972年 CB750(#15)
●1975年 CB500R(#83)
●1976年 RCB(#5)
●1980年 RS125RW-T(#20)

二輪編-3・V4〜V2の黄金時代から、再び直4へ]
●1991年 RVF750(#11 OKI HONDA RT・8耐仕様)
●1995年 RVF750(#11 Team HRC・8耐仕様)
●1997年 RVF/RC45(#33 ホリプロホンダwith HART・8耐仕様)
●1999年 RVF/RC45 (#1 ラッキーストライクホンダ・全日本スーパーバイク仕様)
●2000年 VTR1000SPW(#11 チームキャビンホンダ・8耐仕様)
●2004年 CBR1000RRW(#7 セブンスターホンダ7・8耐仕様)

二輪編-4・7度の世界タイトルを獲得したワークスレーサー]
●1993年 NSR250(#18 岡田忠之仕様)
●1997年 NSR250(#1 マックス・ビアッジ仕様)
●1999年 NSR250(#4 宇川徹仕様)
●2001年 NSR250(#74 加藤大治郎仕様)
●2003年 RS125RW(#3 ダニ・ペドロサ仕様)

二輪編-5・無敵の6年連続チャンピオンなどWGP500クラスで他車を圧倒]
●1984年 NS500(#1 フレディー・スペンサー仕様)
●1984年 NSR500(#1 フレディー・スペンサー仕様)
●1985年 NSR500(#4 フレディー・スペンサー仕様)
●1988年 NSR500(#1 ワイン・ガードナー仕様)
●1997年 NSR500(#1 マイケル・ドゥーハン仕様)
●1999年 NSR500(#3 アレックス・クリビーレ仕様)
●2002年 NSR500(#74 加藤大治郎仕様)

二輪編-6・MotoGP元年をロッシとのコンビで圧勝した新世代の5気筒レーサー]
●2002年 RC211V(#46 バレンティーノ・ロッシ仕様)


四輪編-1・F1創生期 無謀とも思えた挑戦で2勝の快挙]
●1965年 RA272(#11)
●1967年 RA300(#14)
●1968年 RA301(#5)

四輪編-2・F1第二参戦期 エンジンサプライヤーとしての挑戦]
●1986年 ウィリアムズFW11(#5)
●1988年 ロータス100T(#2)
●1988年 マクラーレンMP4/4(#12)
●1989年 マクラーレンMP4/5(#2)
●1990年 マクラーレンMP4/6(#2)

四輪編-3・GTカー創成期 自動車メーカとしての名声を高めたマイクロ・スポーツの活躍]
●1966年 S800GT-1仕様(#25)
●1968年 S800マーシャル仕様

四輪編-4・ツーリング&GTカーの時代 市販車の高いポテンシャルをサーキットでも証明]
●1983年 ヤマトCIVIC(#1)
●1987年 モチュールCIVIC(#16)
●1993年 JACCS CIVIC(#14)
●1998年 ギャザズ CIVIC(#77)
●1995年 NSXルマン(#84)
●2000年 カストロール無限NSX(#16)

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