Hondaコレクションホール収蔵車両走行確認テスト「闘うDNA」二輪編その5

無敵の6年連続チャンピオンなどWGP500クラスで他車を圧倒 NS500 NSR500
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 1979年WGPへの復帰に際し、ホンダはあえて4ストロークを選び、長円ピストン8バルブのV4エンジンをモノコックボディに搭載したNR500を新規開発し参戦した。革新的な技術を満載したホンダらしいNR500であったが、新技術ゆえの試行錯誤も多く、実戦において結果を出すことは容易ではなかった。
 開発陣とレース現場の奮闘により、次々に改良が加えられ道筋は見え始めたのだが、WGPで1勝を上げるのには相当の時間と経験が必要であった。
「レースは走る実験室」とは言え、勝てない技術には意味はあっても意義がないこともまた事実で、勝てるニューマシンが求められた。その回答としてNRで得たノウハウと、散々苦労した点を逆手にとった発想の転換を取り入れたホンダ初の2ストWGPマシンNS500が製作された。
 前1、後2気筒という独自の112度V型3気筒は、我が道を行くホンダ的なエンジンであったものの、4ストメーカーのイメージが強かったホンダが2ストで参戦するということにアレルギー的反応も強かった。
 ニューフェイス、フレディ・スペンサーとNS500は1982年第1戦アルゼンチンGPでデビュー。初戦から絶対王者的な存在キングケニーことケニー・ロバーツと大接戦を見せた。結果はマイナートラブルで3位になったものの第7戦ベルギーで初勝利を飾り、NS500が勝てるマシンであることを証明した。
 1983年は開幕から3連勝と好スタートを切り、キングケニーとの接戦を征して参戦2年目で早くもチャンピオンを獲得、世界の頂点へと返り咲いた。

 1984年はさらなるパワーアップのため新開発90度V4エンジンをアルミセミモノコックフレームに搭載し、燃料タンクをエンジン下に配置するなど、いい意味でも悪い意味でもホンダのクセが強く出た革新作、NSR500が投入され、イタリア、フランス、ユーゴで3勝を挙げた。しかし、安定的な速さのエディ・ローソンとYZR500にチャンピオンを奪われてしまった。
 1985年モデルでは、90度V4エンジンは踏襲されたものの整備性などの問題もあり、アルミフレームやタンク位置などのレイアウトは一般的な配置となった。この年スペンサーは、250ccクラスとのダブルエントリーを行ない、RS250RWで7勝を、NSR500でも7勝を挙げ250と500のダブルタイトルという偉業を成し遂げた。
 1986年は、スペンサーの欠場(手首の故障)もありヤマハのローソンがチャンピオンとなる。

 20年ぶりに日本GPが開催された1987年、NSR500はVバンクをNSと同じ112度に改め、後方2気筒は後方排気となり、排気デバイスATACはRCバルブへと進化、前年から加わったワイン・ガードナーが7勝に全戦ポイント獲得という安定した速さを見せてチャンピオンを奪取した。
 1988年は、ニューフレームを投入したが結果が出せず、ヤマハのローソンがチャンピオンとなった。
 1989年はそのローソンがホンダに移籍しチャンピオンとなった。ローソンが「NSRは確かに速いが、空を飛ぶ感覚だ」と語ったように、市販のレーサーレプリカが最強世代といわれる1980年代後半、有り余るパワーが操縦性を上回ることで弊害が大きくなり、パワー重視から総合的な速さへと発想の転換期を迎えていく。

 その回答の一つとして、エンジンレイアウトはそのままに180°ごとに2気筒が同爆する、いわゆるビッグバンエンジンが開発された。ガードナーが「トラクターのようなエンジン」と表現したこのエンジンは、それまでの90°等爆に比べ、感覚的には遅いと感じられたが、扱いやすくなったパワー特性により実際のタイムは短縮していた。
 1989年にホンダ入りしたマイケル・ドゥーハンは、1990~93年はレイニー、シュワンツに僅差で破れタイトルを逃したが、1992年から実戦投入されたビッグバンエンジンのNSR500で闘い、1994年からは破竹の3連覇、1997年からはドゥーハンの希望もあり、180°等爆エンジン(通称スクリーマーエンジン)が投入され、15戦12勝のぶっちぎりで優勝。逃した3戦もNSR500が1位であり、NSR500は全戦全勝という快挙も成し遂げた。1998年もドゥーハンとNSRが連覇、翌年王者ドゥーハンはケガで欠場するも、アレックス・クリビーレが優勝しNSR500の連勝は続いた。

 2000年は、Vスペックエンジンという高回転型となりニューフレームに搭載したニューモデルを500ccクラスにデビューしたバレンティーノ・ロッシに託した。デビューイヤーは2位であったが、翌2001年の開幕戦鈴鹿で優勝。これはホンダのGP通算500勝となった。この年は16戦11勝という強さで再び栄冠をもたらした。
 そして2002年はレギュレーションの変更によって500cc2スト最後の年となり、4ストマシンとの混走となった。本命のRC211Vとは別にNSR500の有終の美を飾るべく、最終ワークスモデルが加藤大治郎らに託されたが、初年度から高い完成度の4ストマシンに対抗することはできず、NSR500史上初の無勝利という結果に終わってしまった。


熟成されたNS500の最終型 NS500 1984


NS500


NS500

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NS500

NS500

NS500

NS500
NRの熟成と同時に開発が進められたホンダ初の2ストWGPマシンNS500。エンジンは水冷112度のV型3気筒496.9cc(62.5×54mm)と変更ないが、最終型では初期型と比較すると最高出力は127ps以上/11000rpmにアップ、乾燥重量は113kgまで引き下げられている。1984年はすでにNSR500が投入されていたが、熟成が進んだ実績あるNS500も参戦し、フレディ・スペンサーが5、9戦で優勝している。

初代は革新的メカ満載 NSR500 1984


NSR500 1984


NSR500 1984

NSR500 1984

NSR500 1984
NS500のフルモデルチェンジ版ともいえるNSR500。初代モデルは数々の革新的なメカニズムであったが、整備性などが問題となりこのモデル限りとなった。これはイタリアGPでフレディ・スペンサーが優勝した仕様。

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サーキットを席巻したロスマンズ NSR500 1985


NSR500 1985


NSR500 1985

NSR500 1985

NSR500 1985

NSR500 1985

NSR500 1995

NSR500 1995
野心作の初代から、タンク位置やチャンバーの取り回しがオーソドックスなレイアウトに変更された2代目となる1985モデルは、新開発のアルミ目の字断面ウルトラライトフレームを採用し、ハイパワーなエンジンと相まって戦闘力を格段に高めた。ロスマンズカラーを纏ったNSRはフレディ・スペンサーとのコンビで、出走した全11戦中7勝を挙げる圧倒的な強さを見せ、NSR500の名を不動のもとした。

フレームを一新したハチハチ NSR500 1988


NSR500 1988


NSR500 1988

NSR500 1988

NSR500 1988

NSR500 1988

NSR500 1998

NSR500 1998
前年のチャンピオン、ワイン・ガードナーの#1マシン。1988年型は増強されるパワーに対してバランスが悪くなっていた車体回りを一新すべくニューフレームが投入されたが予想した結果が出せず、チャンピオンはヤマハに奪われてしまった。

王者はあえて以前の仕様を要求した NSR500 1997


NSR500 1997


NSR500 1997

NSR500 1997

NSR500 1997

NSR500 1997

NSR500 1997

NSR500 1997
1992年から同爆のビッグバンエンジンとなり、1994年から無敵の快進撃を続けるドゥーハンとNSR500だったが、1997年モデルではドゥーハンの要望もあり、あえて不等爆発のニューエンジンが投入され、見事ドゥーハンがチャンピオンを獲得した。それは「マシンではなく腕だ」と言わんばかりの快進撃だった。

時代に取り残された最終型 NSR500 20027


NSR500 2002


NSR500 2002

NSR500 2002

NSR500 2002

NSR500 2002

NSR500 2002

NSR500 2002
4ストのMotoGPマシンとの混走となったNSR500最後の2002年。NSR500に有終の美をという配慮もあって、最終モデルが加藤大治郎、アレックス・バロスらに託され、第3戦スペインGPで加藤が、第7戦オランダGPでバロスが2位に入賞するも優勝には届かず、残念ながら勝利という結果を残すことはできなかった。

[戦うDNA その4 二輪編-4|その5 二輪編-5|その6 二輪編-6]
[四輪編]

Hondaコレクションホール収蔵車両走行確認テスト「闘うDNA」

二輪編-1・ホンダミュージックが世界を征す]
●1959年 RC142(#8 125cc)
●1966年 RC116(#1 50cc)
●1965年 4RC146(#4 125cc)
●1966年 RC149(#117 125cc)
●1966年 RC164(#1 250cc)
●1966年 RC166(#7 250cc)
●1967年 RC174(#3 350cc)
●1968年 RC181(#2 500cc)

二輪編-2・トリコロールはここから始まった]
●1972年 CB750(#15)
●1975年 CB500R(#83)
●1976年 RCB(#5)
●1980年 RS125RW-T(#20)

二輪編-3・V4〜V2の黄金時代から、再び直4へ]
●1991年 RVF750(#11 OKI HONDA RT・8耐仕様)
●1995年 RVF750(#11 Team HRC・8耐仕様)
●1997年 RVF/RC45(#33 ホリプロホンダwith HART・8耐仕様)
●1999年 RVF/RC45 (#1 ラッキーストライクホンダ・全日本スーパーバイク仕様)
●2000年 VTR1000SPW(#11 チームキャビンホンダ・8耐仕様)
●2004年 CBR1000RRW(#7 セブンスターホンダ7・8耐仕様)

二輪編-4・7度の世界タイトルを獲得したワークスレーサー]
●1993年 NSR250(#18 岡田忠之仕様)
●1997年 NSR250(#1 マックス・ビアッジ仕様)
●1999年 NSR250(#4 宇川徹仕様)
●2001年 NSR250(#74 加藤大治郎仕様)
●2003年 RS125RW(#3 ダニ・ペドロサ仕様)

二輪編-5・無敵の6年連続チャンピオンなどWGP500クラスで他車を圧倒]
●1984年 NS500(#1 フレディー・スペンサー仕様)
●1984年 NSR500(#1 フレディー・スペンサー仕様)
●1985年 NSR500(#4 フレディー・スペンサー仕様)
●1988年 NSR500(#1 ワイン・ガードナー仕様)
●1997年 NSR500(#1 マイケル・ドゥーハン仕様)
●1999年 NSR500(#3 アレックス・クリビーレ仕様)
●2002年 NSR500(#74 加藤大治郎仕様)

二輪編-6・MotoGP元年をロッシとのコンビで圧勝した新世代の5気筒レーサー]
●2002年 RC211V(#46 バレンティーノ・ロッシ仕様)


四輪編-1・F1創生期 無謀とも思えた挑戦で2勝の快挙]
●1965年 RA272(#11)
●1967年 RA300(#14)
●1968年 RA301(#5)

四輪編-2・F1第二参戦期 エンジンサプライヤーとしての挑戦]
●1986年 ウィリアムズFW11(#5)
●1988年 ロータス100T(#2)
●1988年 マクラーレンMP4/4(#12)
●1989年 マクラーレンMP4/5(#2)
●1990年 マクラーレンMP4/6(#2)

四輪編-3・GTカー創成期 自動車メーカとしての名声を高めたマイクロ・スポーツの活躍]
●1966年 S800GT-1仕様(#25)
●1968年 S800マーシャル仕様

四輪編-4・ツーリング&GTカーの時代 市販車の高いポテンシャルをサーキットでも証明]
●1983年 ヤマトCIVIC(#1)
●1987年 モチュールCIVIC(#16)
●1993年 JACCS CIVIC(#14)
●1998年 ギャザズ CIVIC(#77)
●1995年 NSXルマン(#84)
●2000年 カストロール無限NSX(#16)

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