BMW Motorrad
 
神宮外苑、銀杏並木にて。

 気合いが入っている。それも相当に。もちろん、創業90周年ということは解る。でもただ事ではない。それぐらい強い意志を感じるのだ。

 2013年11月29日、並木が色づく神宮外苑でBMWは一つのカンファレンスを行った。90周年を記念したモデル、コンセプト90(ナインティ)が日本でもお披露目されたのだ。BMWモトラッド・デザインのとりまとめ役的ポジションであり、このモデルのデザイナーでもある、オラ・ステネガルドさんがわざわざ来日した。このカンファレンスで、「コンセプト90は、BMWが培ってきた歴史を封入し、造り上げた」という主旨の説明がなされた。が、どう見てもこれは高度な狙いを持ったカスタムバイクだ。

 このコンセプト90は、イタリアの風光明媚なコモ湖のほとりで行われたクラシックカーの祭典、コンコルソ・デ・エレガンサ・ビラ・デ・エステの会場で、2013年5月24日の夕刻にアンベールされた。

 実はコンセプト90は、BMW創業90周年だけでなく、R90S(1973年発表)の40周年を記念して製作されたモデルである。

 R90Sは、BMWとしては異端とも言われるほどアバンギャルドなボディカラー“デイトナ・オレンジ”や、ハンドルマウントのカウルを装備したスピード感溢れる外観、扱いやすさ重視のビングの負圧キャブに替えて、レスポンス重視のデロルトキャブを装着するなど、それまでのBMWと比べると“お行儀が悪い”ことでお馴染みだ。世界を席巻していたニホン車へのカウンターパンチを食らわせた一台として歴史に名を残し、今なおR90Sは根強い人気を持っている。

 ボカシ塗装をしたデイトナ・オレンジとシルバーグレーの2トーン。そのスタイルへのオマージュとしたカフェスタイルがコンセプト90の特徴でもあり、その下に空油冷ボクサーを積み、フロントエンドにはオーリンズのハイスペックな倒立フォークを備えている。また、ボディのあちこちをセンスに溢れた削り出しのパーツで彩っているのも大きな特徴である。

 このコンセプト90は、2005年の創業以来、カスタムカルチャーの震源地の一つとして名をとどろかせるローランド・サンズ・デザイン(RSD http://www.rolandsands.com/ )がBMWとコラボして手掛けたと言うではないか。余談だが、ローランド・サンズはカスタムパーツメーカーとして知られる『パフォーマンスマシン』の創業者を父に持ち、5歳の時からバイクの魅力にとりつかれ、1998年には、AMAのロードレースで250㏄クラスのチャンピオンにもなった人だ。

 繊細で力強いパーツを使ったパッケージは以前から高い評価を受けている。

 やはり実物の持つインパクトは凄い。正直東京モーターショーにも姿を現したその市販バージョン、R nineTとは似ても似つかぬもの、と思っていた。

 プレゼンテーションを行ったオラさんは、スキンヘッドにあごひげを蓄え、クラシックなデザインのレザージャケットと濃い色のデニム姿。深々とロールアップした裾から覗くのはコンバースらしきスニーカー。長いウォレットチェーンがヒップポケットまで伸びるという典型的なホットロッダーファッションの人である。

 その風体は“今日だけ特別に”という感がなく、オレの生き方ですから、というオーラがにじみ出ている。

 その週末、パシフィコ横浜で行われる横浜ホットロッドカスタムショーにこのコンセプト90を展示するのも、世界のホットロッダー達に注目されるそのショーをタップリと楽しむため、とも思えた。

 それだけではない。週末のショーが終わると、「ここを回りたい」という長いリストを持って来ていた。すべてを回ることは出来ず、それでも時間の関係で抽出された都内近郊のカスタムショップで濃密な時間を過ごしたという。彼の日本のカスタムシーンへの知識と情報量は驚くほどだというし、まるで童心に帰ったようにその全てを楽しんでいたと聞く。今、日本発信のカスタムシーンに強い関心を持っているのだ、と。これはオラさんだけではなく、シーンに敏感なヨーロッパやアメリカのライダー達から“もっともきている”のが“日本”なのだという。

 
 
途中下車のつもりが、
近未来の本題を目の当たりにする。

 実は今回の取材行の本題はS1000Rという新機種の試乗取材だった(試乗インプレッション記事はコチラ→BMW S1000R インプレッション)。そのローンチが行われる地中海の島・マヨルカに向かう途中、BMWの二輪工場があるベルリンに寄り、「90周年記念モデルであるR nineTのラインオフ式典を見て下さい」という途中下車の旅の予定だった。

 成田からパリ・シャルル・ド・ゴール空港でのトランジットを経て、ベルリンへ。12月初旬とはいえ、日中の気温は5度以下と寒い。それでも現地に暮らす人に聞くと、数日前までもっと寒く、あなたたちはラッキーだ、と言われたほどだ。

 ベルリンの町は東西ドイツが統一されて新しくなったという。それでも東京の湾岸エリアのように近未来的でどこか肩に力が入ったような造りはなく、ヨーロッパ的街並に溶け込みながら何処か新しいという印象だった。

 ベルリン工場はベルリンの西部シュパンダウ地区にあり1969年、『/5シリーズ』(R50/5 R60/5 R75/5が発表されたのと同時にミュンヘンから二輪の生産を移管された)の生産から本格的に二輪生産を開始した工場だ。2012年にはここから10万台を越すBMWが世界に送られたという。1900人ほどが働くこの工場では、一日600台を生産するキャパシティがあるという。

 エンジン工場、マシンセンター、ペイント工場、アッセンブリーライン、梱包と一貫して工場内でこなしているのがベルリン工場だ。その生産はオンデマンドで、オーダーをとり、ミュンヘンの本社で生産計画を練り、そしてここベルリンで生産、という流れになるのだそうだ。

 BMWバイク生産の本丸にやってきた。バスでゲートをくぐると、敷地の中に伸びるファクトリーはどことなく歴史を感じさせる建物に見えた。建屋の中は素晴らしくクリーンで近代的。ここでR nineTのラインオフセレモニーが始まる。

ベルリン工場でのカンファレンスは工場長の挨拶から始まった。工場内の一部、梱包エリアへ移動するスペースを使って行われたこのイベントには世界から多くのプレスが詰めかけた。 「歴史があるBMWだからこのデザインは生まれたが、我々の造ったものはレトロなものではない。新しい楽しみ方を、スタイルを提示するものだ」シャラーBMWモトラッド社長が熱のこもった言葉で90周年とR nineTのことを語る。

 それにしても世界各地からプレスが訪れ、カンファレンスの冒頭こそベルリン工場長であるマルク・ジールマンさんがMCを務めたが、次に演台で熱弁を振るったのは、BMWモトラッドの社長、ステファン・シャラーさんだ。この頃になると、いろいろなコトに気がついてくる。コンセプト90を日本に持ち込み、そして世界のジャーナリストをベルリンに集め、工場見学をさせつつ、R nineT情報をアウトプットする。予算のかけ方がただ事ではない、と。

 そしてシャラーさんの熱い演説を聴き、演台にR nineTの開発チームのメンバーが招き入れられた。そして、演台の上にある大きなボタンを押すと、完成車が運ばれるエレベーター三基のドアが開き、そこから3台のR nineTが登場する、というショーアップされた演出に盛り上がる。

R nineTの開発、ベルリン工場での生産プロジェクトをまとめた人など幾つもの手が生産ラインからこの部屋に完成車を運ぶエレベーターのスイッチを押す。 エレベーター前はこの日だけ特別な光りの演出が成されている。その中に登場したR nineT。

 その後、工場ツアーをした我々は様々なクオリティコントロールがあって生産される事を知る。そしてR nineTが採用するアルミタンクの製造工程では、溶接はロボットが自動でするものの、15ピース近いパーツを治具に並べる細かい作業を、工場でも腕利きの職人が当たっている、と説明された。こうしたバイクを造り続けるのに技術の蓄積と伝承についてもBMWは真剣に取り組んでいるのが解った。R nineTの工場生産でのプロダクトリーダーに話を聞いたところ、「タンク部門の人は、言うなればワールドカップのスター選手だ」と例えていた。これがどれくらいの熟練工かは想像ができた。

 工場での予定を終え、夕食の時間から夜遅くまで様々な事を、R nineTに携わったデザイナー氏と話すことができた。彼も日本の今を聞きたがり、そして今後このセグメントにもBMWが積極的に関わって行くことを隠そうともしなかった。

 さらにこのR nineTの造りが、「ガレージと簡単なツールでスタイルを変えることが簡単にでき、思い通りのカスタムアップを楽しめるように工夫した」と話してくれた。それは工場見学のあと、ランチタイムと前後して彼らがワークショップで実演した通り、細かな部分にまで及んでいる。

 例えばBMWが使う電装ハーネスに自動車と同様のCAN-BUSラインを使うのだが、それだとガレージレベルで電装パーツ(ウインカーやヘッドライトなど)を思い立った時に市販パーツを買ってカスタムするのが難しい。そうした部分にも、カスタムへの親和性を持たせるようにしたことがその一例だろう

 そして驚いたのは、ワンオフに見えていたコンセプト90が、実はR nineTのフレーム、タンクを使い、造られた物だというではないか。つまり、コンセプト90は、ショー用バイクではなく、あれこそがR nineTをベースにしたカスタムバイクだったのだ。R nineTを買い、RSDがリリースするに違いない外装パーツを取りつければ、完成する一つのカスタムサンプルということになる。

 これ、凄すぎないか! 思わず心の中で叫んだ。

工場内の特設スペース、バイカーバーにおいて展開されたR nineTのカスタムワークショップ。そこでどれだけカスタムに親和性があるかを語ったのがデザイナーのローランド・ストッカーさん。 細部にまで神経を使ってデザインした、という言葉通り、あちこちがカスタムパーツを付けたような仕上がりになっている。
2本出しのノーマルマフラーに対し、ローランドさんが持つS字のエキパイを手に入れれば、「一人乗り仕様でアップマフラーにもできます」と語る。もちろん、スタンダードのエキパイとの組み合わせで、このアクラポビッチのスリップオンは2本マフラーに取って代わることもできる。
リアサブフレームは3ピースのパーツとして、最終的にタンデムステップなどを取り払い、マフラーステーを付け替えればこのようなスタイルにも……。限られた工具でここまでできるR nineT。そしてここまで出来る人は、テールランプ類の移植も簡単に思い付くはずです、と。ガレージライフの提案と、気分や走る目的次第でトランスフォーム出来るバイクを強調した。
開発リーダーのローランド・ストッカーさん。R nineTのプロジェクトをまとめつつ、今後への方向性も多いに語ってくれた。ご自身もカスタムカーなどが大好きな一人。レトロではなく、新しいバイクライフ、カスタマイズする楽しさを加味したのがBMWとして新しい。もちろん、旅力は標準装備だ。 ベルリン工場でR nineTの生産プロダクトリーダーを務めるバックマンさん。アルミタンクほか、ディテールパーツの繊細さなどこのバイクをオンデマンドで流す上で苦労があったに違いない。技術の伝承、という意味でもこのバイクが果たす意味は少なくないようだ。 会場にはR nineTのカスタムプロジェクトも手がけるドイツのカスタムショップ、アーバンモーター(http://en.urban-motor.de/home/ )の人達もゲストとして招かれていた。また、ビンテージモデルをカスタムしたライダー達も花を添えていた。

 今、BMWにはGSファミリーという大黒柱がある。そのGSが誕生した1980年、33年後のBMWがGS中心に回っている、と想像した人は居なかったはずだ。僕もそうだ。変わり者が乗るもの、というカテゴリーだった。確かに使い勝手は良いし、何でも出来るし、オンもオフも楽しめる。でもそれだけではない、心を掴む世界観がGSには存在した。イギリスの俳優、チャーリー・ブアマンとユアン・マクレガーが残したドキュメンタリー、『ロングウエイラウンド』や『ロングウエイダウン』もその象徴だろう。

 しかし、今のGSファンも歳を重ね、10年後は今ほどは“冒険の旅”をしなくなるだろう。その時BMWに乗っているライダーは「きっとR nineTのようなBMWをベースに自宅で思い思いのカスタムを楽しみ、ファッションにも気を遣った生活を送る人達へとシフトし、そのバイクを使った別のカタチの旅を楽しむに違いない」とBMWは踏んでいる──僕はそう思っている。

 80年代、BMWといえば、R100RSなどのスポーツツアラーであり、ドイツのアウトバーンを故郷にした弾丸ツアラーこそBMWの礎と疑わなかった。1992年のR1100RS、2001年に登場するR1150RSに引き継がれた。その後、2004年に登場したR1200STへとそのDNA的な部分は引き継がれたが、ついにRSの名は途絶える。ゆっくりだが、確実に変わったのだ。

 おそらく、バイクに乗る人の新陳代謝に合わせ、プロダクトも変化する。BMWがそうした10年後に向かって強く歩き出す意志を表したプロダクトこそ、このR nineTではないのか。

 緩やかにだがきっと何かが変わる。その分岐点を見せられた、という印象でこの取材から戻ったのである。

←ここからBMWの新しい提案が始まる。私見ながらこのベクトルのモデルをBMWは今後も力を入れてリリースしてきそうな「何かが始まる」感をたっぷりと感じた。
→R nineTに合わせ、フレーム番号を打刻したアルミのプレートを採用する。これはBMWがかつてボクサーツインのオールドモデルに採用していたものの復刻調のもの。細部に宿る魂、というような意気を感じる。
■R nineT 主要諸元
●エンジン:空油冷4ストローク水平対向2気筒DOHC4バルブ●ボア×ストローク:101×73mm●総排気量:1,170cm3●圧縮比:12.0●最高出力:81kW(110PS)/7,550rpm●最大トルク:119N・m/6,000rpm●燃料タンク容量:18リットル●燃料供給装置:電子制御式燃料噴射●変速機:常時噛合式6段リターン●フレーム:4セクションフレーム(ダイヤモンド)
●全長×全幅×全高:2,220×890×1,265mm●軸距離:1,476mm●シート高:785mm●最低地上高:-mm●重量:222kg●サスペンション:前φ46mm倒立式テレスコピック、後EVOパラレバー(片持ち式スイングアーム)●ブレーキ:前φ320mm油圧式ダブルディスク、後φ265mm油圧式シングルディスク●タイヤ:前120/70ZR17、後180/55ZR17


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