I want this! You want this!! We want this!!! Honda CRF250 RALLY となら“夢”が見られる

Honda

毎年がタンタンの冒険のような展開。それがダカールラリーだ。

 CRF250 RALLYが大阪モーターサイクルショーでワールドプレミアを迎えた。それに先だってHondaがソースを発表した直後から世界は大きな反応を示した。それは造り手が想像したとおり(あるいはそれ以上の)手応えだったはずだ。まだ売るとは一言も断定してないが、このバイクが放った期待感たるや相当なもの。
 CRF250 RALLYは2013年からHondaがワークス参戦を再開したダカールラリーマシン、CRF450 RALLYのレプリカモデルだ。タイ工場から世界に向けて出荷されているCRF250Lをベースにした、という点も情報の火炎伝播速度を上げた理由の一つかもしれない。
 一目でダカールラリーイメージが伝わってくる外観にこそ源泉があるのではないだろうか。



CRF250 RALLY

CRF250 RALLY

CRF250 RALLY
大阪モーターサイクルショーでベールを脱いだCRF250 RALLY。その模様はこちらから。

 まずはダカールラリーを少々紐解こう。
 場所はパリ、その象徴でもあるエッフェル塔をセーヌ川をはさんで望む場所にトロカデロ広場がある。そこに多くのバイク、クルマ、トラックが集結した。その数182台。
 1978年12月26日の事である。
 1万キロの道のり、3週間という時間の先にあるセネガルのダカールを目指し、
 まさに今走り出さんとしていた。フランスを南下し、地中海を渡る。その海は文化と時空間の国境線だった。寒々しい景色の山脈を越えるとそこはサハラ砂漠。褐色の砂と対峙しながらラリーは進む。
 このラリー“パリ・ダカールラリー”の創始者であるティエリー・サビーヌはこう言っている。

「冒険の扉がある。
扉の向こうにはあらゆる危険と困難が待ち受けている。
望むなら連れて行こう。
だが、扉を開けるのは、君だ」

 だからこのラリーは、ある者には旅であり、冒険であり、レースだった。目的に向かって移動をする特別な毎日、それを暮らすのだ。なるほど冒険である。1988年、1992年、かく言う僕も冒険の扉を開けた一人だ。そして2015年、ホンダの優勝を目撃すべく23年ぶりにダカールの現場へ取材者として参加した。
 毎年ダカールは数多くの物語を生んだ。まるでエルジェことジョルジュ・レミによる『タンタンの冒険』をリアルに体験するような意外性がそこにある。


Paris・Dakar
ラリーのスタートを控えた1986年12月暮れ、2連覇に向けベルサイユ宮殿前のパルクフェルメにたたずむTEAM HRCのNXR750。1987年の1月1日にスタートしたラリーでシリル・ヌブーは自身5度目となる勝利をゼッケン95のNXR750でおさめる。天候不順なパリ。屋外のパルクフェルメに備え、ワークスマシンの多くは透明のボディーカバーで存在をアピール。

Paris・Dakar

Paris・Dakar
ずらりと並んだファクトリーチームのサポートカミオン。一番左、小柄なウニモグがTEAM HRCのサポートカミオン。当時、サポートは参加したエントラントから受ける、というのを基本としていたダカールラリーでは、ルート上でサポートをするため、メカニックが走らせるクイックアシスタンスカー、そしてより大きなパーツを載せたサポートカミオンを用意するチームも多かった。ビバーグへの物資運搬のカミオンは3軸の大型(写真では右の3台)だった。 1987年のラリーにしても古典の部類にはいるラリー偽装をしたプライベーターのXR。大きなタンク、分厚いシート、補強したサブフレーム、明るいハロゲンのドライビングランプなど1982年にヌブーが勝利した時のHondaのマシンを思わせる出で立ち。タンクのペイントは当時のトレンドだった。

世界を巡るストリートスタイルダカールレプリカ、登場(か?)のニュース。

 そんなラリーだ。ダカールに挑む人の事を知ると、様々な形で心が刺激を受ける。挑戦すること、移動すること、旅すること、そんな太い幹から別れた枝葉は、郷愁や友人、家族、恋人、仲間、想い出、人生等々に思いを巡らせる発火点となった。
 それは僕達がバイクを走らせるエモーショナルで不可思議な動機と似ている。近所のカフェに走る時も、遠出をする時も根底にある心の共鳴のような部分。それがあれば走り続けられる理由のようなものだ。まるで一枚の写真や思いでの音楽が発火点になるのと同じように。

 そんな気分屋のバイク乗りにとってHondaはこれまで幾度も導火線に火を点けてきた。1982年にXL250R PARIS-DAKAR、1983年にはXL125R PARIS-DAKAR、XLV750、1985年にはXL600R ファラオ、1987年にはトランザルプ、そして1988年にはアフリカツインを投入してきた。
 もちろん、パリダカルックのバイクがイコール競技性を持っているワケではないが、実戦で活躍したモデルも少なくないし、それ以上のスケール感で世界旅に乗り手を連れ出したバイク達でもある。
 今、ダカールラリーは南米大陸を舞台に行われている。2009年からのことだ。時を同じくして2輪のレギュレーションが変更され、ラリーバイクの排気量は450㏄以下となっている。モトクロッサーやエンデューロバイクと同じ排気量でかつてのような1000㏄、マルチシリンダーというバイクでの参加は出来ない。距離は1万キロ以下、日程は2週間程度とかつてよりは短くなった。夢と憧れ、その具現化の間にある深い谷の存在は当時と同様だが、誰でも渡れる橋は今も架かっているし、自分の意思でその橋を渡るのは自由だ。そしてその先に冒険の旅が待っているのも変わらない。創始者、ティエリー・サビーヌの言葉どおり。冒険の扉は目には見えないが、いつも目の前でノックされるのを待っている。

 大阪モーターサイクルショーでワールドプレミアされたCRF250 RALLYは現在のダカールを戦うTEAM HRCのCRF450 RALLYのスタイルを再現した一台だ。ライダーを疲弊させずに前進させるための快適性、意のままに走るための性能追求、夜も明けぬ時間から走り出すライダーを勇気づける明るいヘッドライト、ルートブックホルダーやトリップメーターがしつらえられる場所にはナビゲーションが搭載されている。一目でそのスピリットが伝わってくるしつらえだ。もし市販されたとしたら、250クラスという枠を飛び越えた一台が生まれる事になる。
 Hondaはラリーに参戦するライダーのための市販ラリーレーサーの開発もワークス活動と同軸で進めている。他メーカーからも市販ラリーレーサーが300万円前後で市販されている。ラリーのルールで参加は市販車であることという条件であり、夢のラリーへの参加をしたいという人にそれが現実的なツールでもあるからだ。



1982年 XL250R PARIS-DAKAR
1982年 XL250R PARIS-DAKAR


1982年 XL125R PARIS-DAKAR
1983年 XL125R PARIS-DAKAR


1983年 XLV750R
1983年 XLV750R


1985年 XL600R Pharaoh
1985年 XL600R Pharaoh


1987年 TRANSALP600V
1987年 TRANSALP 600V


1988年 Africa Twin
1988年 Africa Twin

 このCRF250 RALLYはむしろその前段にあり、ラリー競技への挑戦、という終着点を意識したものではない。近所でも地球規模でイメージトリップをするためのバイクだ。南米時代のダカールをオマージュしストリートに主眼を置いたダカールレプリカは世界初ではないだろうか。


CRF250 RALLY

CRF250 RALLY
2013年にダカールに復帰し、勝利を目指してマシン造りをするTEAM HRC。3年目の挑戦となる2015 年仕様はシャーシ剛性の見直しやエンジン特性の最適化、そしてスロットルバイワイアーを軸とした様々な制御技術を用いた正に走る実験室でもある。 砂丘でテストライドをするホアン・バレダ。CRF450 RALLYはよりパワフルで乗りやすくラリーを 戦えるマシンになったと評価をしている。

CRF250 RALLY

CRF250 RALLY
TEAM HRCで3年目となるエルダー・ロドリゲス。クレバーな走りを見せる。どんな路面でも速く確実に走れるよう進化を続けている。同時に空力面を考慮したデザインを採用し最高速域、ライダーの快適性、冷却効率の向上など様々なアップデイトが成されている。 2015年のダカールラリーで優勝争いの末2位に入ったTEAM HRCのパウロ・ゴンサルベス。168cmと小柄ながら走りはパワフル。扱いやすく進化するCRF450 RALLYの実力を引出ながら走り続けた。

CRF250 RALLY

CRF250 RALLY
砂丘の中を行くTEAM HRCのジェレミアス・イスラエル。冒険ラリーらしい場面をゆく。その舞台をサハラからアタカマ砂漠に移しても自然の厳しさ、美しさは不変。最高のアドベンチャーフィールドだ。 CRF450 RALLYを駆り2015年のダカールラリーで歴代女性ライダー最上位記録を塗り替えたライア・サンツ。トライアル世界選手権で長期に渡り女王の地位を続けた彼女だが、CRFの乗りやすさにも助けられ偉大な記録を打ち立てた。

細部に見える思い入れ。本物志向が嬉しい。

 発表されたCRF250 RALLYを見るとそのデザインの中にダカールを戦うワークスマシン、CRF450 RALLYを思わせるディテールが散見される。透明なスクリーンを成形したマスク、その中にアシンメトリーで並ぶ二つのライト、ワークスマシンのようなバックスキンのシート、ワイドステップ、オフロードでのタフネスを上げたペダル類、ナックルガードが付いたハンドルバーもテーパードタイプ、赤いアルマイトで統一した各部のショートパーツもくすぐられる。また、エアクリーナーボックスの導入孔の穴、クーラントタンクだろうか、目視しやすい場所にあるそれは、ワークスマシンに採用された半透明のタンクを、目視一発で燃料残量を確認できるようにつけられた目盛りを思わせる。そんな小ネタで所有感をくすぐる戦略だ。CRF250Lをベースとしているならその乗りやすさは保証されたようなものだし、高速道路、一般道、ワインディングまで走り甲斐ある乗り味が想像できる。遠出がもっと楽しくなりそうだ。

 FacebookでCRF250 RALLYクラブのようなグループがいくつも結成され、峠、浜辺、高原などアイコニックな土地での集いが巻き起こるのではないだろうか。それも世界中で……。これは一つの始まりかもしれない。そんな予感があるバイクなのである。売る前から盛り上がるが、様々な化学変化が起こりそうな一台だけに、市販を熱望したい。ショーモデルだけに留めるのはもったいない。きっとここから心の旅、TRUE ADVENTUREが始まるまずだ。


CRF250 RALLY

CRF250 RALLY
CRF450 RALLYの歴史はCRF450Xをベースとしたキットバイク思考から始まった。その意味ではCRF250Lをベースにしたこのモデルは2015年のワークスマシンの匂いをプンプンさせているが、ホンダにおけるダカール新時代の史実に見事にマッチ。リアタンクを持つラリーマシンよりリア周りはスッキリしている点もストリートユースを想定するとクリーンな印象だ。

CRF250 RALLY

CRF250 RALLY
タンク周りをじっくり見る。ラジエターシュラウドからアンダーガードまで連なるフォルムがファクトリーマシンを彷彿とさせる。 2本出しの無限エクゾースト。ラリーバイクはマフラーはアンダーガード内を通り右側一本出しだが、CRF250 RALLYではリアタンクが無い分のバランス感とワイルドさ、スピード感をこのマフラーで表現しているのだろう。カッコ良い!

CRF250 RALLY

CRF250 RALLY
左右のステップ、ペダル類のパーツを上質にしたCRF250 RALLY。こうした細部に拘りは排気量を問わずどんどん封入してほしい。 バックスキンのシート表皮もラリーバイクらしいディテールを表現したもの。2015年のCRF450 RALLYではライダーそれぞれの名前が入る拘りようだった。CRF250 RALLYのシートはロングライディングも快適そうだ。

CRF250 RALLY

CRF250 RALLY
速度計の上にナビゲーションを備えたライダーズビュー。ラリー用マシンではナビの位置にコマ図を見るマップホルダーが装着されるが、ストリート用マシンではナビに置き替えられている。視認性も抜群だろう。 ハンドルバーも現代のオフロードバイクらしくファットバーを装着。クランプの太さがCRF250Lとは異なるがここもレプリカらしいディテールとして見逃せない部分。

CRF250 RALLY

CRF250 RALLY
局面とエッジ。CRF450 RALLYでも見応えのあるディテール。おお!と思わせるのは前部にある金属メッシュ風のディテール。これは2014年のラリーで体験した苦い経験から加えられたもの。2015年のダカールに向けた思い入れがここにも再現されている。 LEDライトの採用もこのクラスに是非投入して欲しい部分。遠くから来てもそのシルエットが解る前に「CRF250 RALLYだ!」と話題になるはず。現場、ダカールでもLEDライトのバイクは少数派で、CRF450 RALLYのトレードマークでもあるのだから。

[大阪モーターサイクルショーのページへ]
[CRF250 RALLYをキャッチのページへ]