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第104回 第11戦チェコGP 「たったひとつの冴えたやりかた」


 イギリス人が最高峰クラスで優勝するのは35年ぶり。1981年8月16日に、スウェーデンのアンダーストープでバリー・シーンが勝ったとき以来のことなのだとか。1981年といえば、日本では『ルビーの指輪』がヒットして『魔界転生』や『セーラー服と機関銃』が公開された年である。二輪の世界ではHY戦争まっさかりで、ナベサダがベルーガのTVCMに出ていた時代。
 こうやって比較材料を持ち出すと、ものすごく昔であるということが非常によくわかる。それくらいの長い時を経てカル・クラッチロー(LCRホンダ)が第11戦チェコGPの決勝レースで35年ぶりに英国に優勝をもたらしたのだから、ちょっとしたお祭り騒ぎ状態になるのもむべなるかな、である。
 チームオーナーのルーチョ・チェッキネロにしてみれば、もう気が気じゃなかったにちがいない。ピットウォールからクラッチローに「抑えろ、抑えろ」と大きなジェスチャーを送っていた姿が何度かモニターに映し出されていたが、むしろ早鐘を打つ鼓動を抑えたかったのはルーチョ自身だったのではないだろうか、とも思う。
 コースで走行をしていたクラッチローはというと、チームボスの仕草を見て、
「手をハンドルバーから離せるものなら『いいからピットに戻ってコーヒーでも飲んでなよ。皆とはタイヤ選択が違っていてペースも余裕だし、こっちのグリップは最高だから』と合図してやりたかったよ」
 と話している。
 今回の決勝日は、朝方は特に強い雨が降り続き、Moto2クラスのレースまでフルウェットで推移していたために、MotoGPの決勝スタート時刻になっても、雨こそあがっていたものの路面はしっぽりと濡れそぼっていた。選手たちは、大半がソフト側のウェットタイヤでグリッドについた。
 午前中のウォームアップセッションは雨脚が非常に強く、ほぼソフト側しか試すことができない状態だったことと、雨がこのまま降らずに路面が乾いてゆけば、序盤にソフト側のタイヤでタイムを稼いでおき、路面が乾き始めるとさっさとピットインして<フラッグトゥフラッグ>でマシンを交換するのが最適な戦略、ということからその選択になったものと思われる。あるいは、レースが始まって雨がふたたび降りはじめ、路面の水量が増えてきたときには、ソフトのほうが結果的に正解だった、となる可能性もなくはない。
 全20選手中、15名が前後ソフトの組み合わせで、前後ハードを選択したのはクラッチローとロリス・バズ(アヴィンティア・レーシング/ドゥカティ)の2名のみ。フロントーソフト/リアーハードという組み合わせで臨んだのは、バレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)とホルヘ・ロレンソ(同)、そしてティト・ラバト(エストレージャ・ガリシア 0,0 Marc VDS)の3名。クラッチローが優勝し、バズが4位で終えていることを見れば、ハード/ハードの組み合わせが正解だったことがわかる。2位はロッシで、3位にマルケスが入っており、このあたりはタイヤ選択に加えてタイヤマネージメントの巧さ等で、同じコンパウンドでもレース結果の明暗が分かれた、というべきだろう。


#76
愛娘が生まれたばかりのクラッチローはMotoGP参戦6年目の初勝利。

#29

#53
自己ベストタイの4位チェッカー。 アルゼンチン以来のトップテンフィニッシュ。
*   *   *   *   *

 2位のロッシは、優勝した6月のカタルーニャGP以来、4戦ぶりの表彰台復帰である。
「20ポイントを獲得し、ランキングでロレンソに逆転して2位に浮上した、という意味でも、意義の大きいリザルトになった」
 とレース後に話した。残りは7戦。チャンピオンシップをリードするマルケスとの差は53ポイント。この差を詰めるのは容易ではないだろう、とも言う。
「今年のマルケスは速いだけじゃなくて、いつも的確な判断をして(賢明な順位でレースを終えて)いるので、53ポイントを挽回するのはとても難しい。でも、自分たちが強いレースもあるし、最後まで諦めずにがんばるけど、すごく難しいだろうね」
 追われる側のマルケスはというと、安心できるポイント差だとは見なしていないようだ。
「2戦でゼロになりえるからね。状況をうまくコントロールするように努力するし、今年はドライでもウェットでもその中間でもうまく走れている。今回も、ドライなら自分の乗り方だとレースはきつかったかもしれないけど、いい走りをできた。でも、レースでは何があってもおかしくないので、53ポイントは良いアドバンテージだけど、充分というほどではないよね」


#46

#93
ランキング2位に浮上 今季、表彰台を逃したのは2戦のみ。

*   *   *   *   *

 ロッシにランキングを逆転されて三番手に落ちたロレンソは、いろいろとまずい展開になって17位でフィニッシュ。ポイント獲得はゼロ。
 ロッシ同様にフロント−ソフト/リア−ハードの組み合わせでレースをスタートしたロレンソは、序盤からペースを上げることができずに一気に後方へ沈み、16周目にピットインしてマシンを交換。レース後に彼が話したところでは、この段階でフロントのトレッドが一部剥離していたらしい。前後スリックでコースインしたものの、路面はとてもドライ用のタイヤで走れるほどの状態ではなく、即座に戻ってふたたびマシンを交換し、ウェットタイヤでコースイン。その後は優勝したクラッチローに比肩するタイムで周回したのだが、残り5周ではときすでに遅し。アッセンやザクセンリンクのウェットでダメダメだったときと違い、今回は運に恵まれなかったレース、というべきかもしれない。
「ドビもイアンノーネもマーヴェリックも、苦労していた。セットアップの問題かもしれないけど、タイヤの個体差であたりはずれがあるのかもしれない。今回の結果を今後に活かしてほしいし、公式サプライヤーとして公平なタイヤ供給をできるよう、このようなことはもうないようにしてほしい。摩耗による劣化はともかく、破片がとぶのはもう勘弁してほしいね」
 ドヴィツィオーゾも、似たような症状を訴えている。レース序盤はトップ争いをしていたところから急激に順位を落とし、レース半ばにもならない段階でピットへ戻った。このときすでに、タイヤに異常を感じていたという。
「最初に問題が出たのは僕だったけど、他にも同じ問題を抱えていた選手がいた。タイヤが剥離するのは危ないよ。自分の場合は、フロントに負荷をかける乗り方なので、その影響も大きいのだとは思うけれども……」
 ちなみに、ミシュランのニコラ・グベールはソフト側のコンパウンドについて「水量の大きいときに性能を発揮するタイヤ」だと説明をしている。ドヴィツィオーゾの言葉をふたたび借りると、
「レースがどういう展開になるかは、誰にもわからなかったと思う。ザクセンリンクでは、すぐに路面が乾いていった。ここは乾きは遅いけど、水はけはとても速った。だから、皆がフラッグトゥフラッグになると判断したのだと思う」
 


#99

#04
ドライでは速かったのだが……。 序盤は速かったのだが……。

*   *   *   *   *

 ドゥカティファクトリーは2台とも似たような症状でともに順位を落としたが、ヤマハファクトリーの2台は2位と17位、と非常に対照的な結果になった。ホンダファクトリーも、マルケスが3位表彰台を獲得したのに対してダニ・ペドロサは12位。やはりタイヤが明暗を分けたのか、というと、こちらは両選手ともソフト/ソフトの組み合わせである。決勝では何に苦しんだのか、レース後の彼に訊ねてみた。
「フロントのフィーリングが得られなかった。がんばって攻めたけど、ブレーキのたびにフロントがロックして攻められず、苦労した」
 今回のタイヤ選択は、やはりフラッグトゥフラッグを想定していたからなのか、と重ねて訊くと、一瞬だけ考えるふうを見せたあと、
「まあ、そうだけど、他の選手は前後ソフトで速く走っていたわけだから。タイヤ選択に関しては、カルとバレンティーノが正解だったのかもしれない。彼らは序盤にグリップを得られず苦戦したけど、やがてどんどんタイムを上げていったからハードの選択が結果的に正解だったのだろうけど、それはレースだから。それよりも、セッティングでブレーキに自信を持って入っていけなかったのが自分の敗因。どのコンパウンドを使ったということよりも、どうやってタイヤをマネージするか、という問題だったのだと思う」
 チームメイトの言葉と比較すると、少し切ない説明を聞いてしまった感がある。
 切ないと言えば、チーム・スズキ・エクスターのアレイシ・エスパルガロも悔しい結果になってしまった。レース前には先週のレッドブルリンクで負傷した指の状態が不安視もされたが、ウィークが始まってみると、痛みを訴えながらも対応はできているようで、土曜の予選では僅差でフロントローを逃し、2列目4番グリッドスタート。
「調子がいいときにかぎって、レースはいつも雨なんだよねえ」と土曜の夕刻にボヤいていたが、決勝は朝から気象予報どおりの篠突く雨。レースは序盤でトップグループを追走し、13周目には6番手を走行していたと思ったら、翌周に突然リタイア。いきなりマシントラブルが発生したのだという。
「マルクの後ろについて、ラクに走れていたんだ。壊れるまではね。路面は少しずつ乾いてきていたけど、フラッグトゥフラッグにはならなさそうだったので、タイヤに気をつけながら走っていた。最後の8周は走れなかったけど、タイヤを見てみたらまだまだフレッシュな状態だったよ。マルクとファイトするせっかくのチャンスをなくしてしまった。でも、怒ってないよ、むしろがっかりしてる」
 このようなエンジントラブルは、今シーズンも昨年も、経験しなかったのだとか。
「いきなり異音が大きくなってパワーがなくなって、火が出てきたから、マシンを停めて降りるほかなかった。去年初めのテスト段階ではエンジンに問題が出たことはあったけど、昨シーズンはパーフェクトだったし今シーズンもパーフェクトだった。でもレースだから、そういうこともあるさ。次のレースまでには指の状態もよくなっていると思うし、最終戦のバレンシアまでには表彰台争いをしたいので、まず次のシルバーストーンでがんばるよ」
 はい。健闘を期待しています。


#26

#41
今季はいろいろと噛み合わない。 速さは発揮したのだけれども。

*   *   *   *   *

 最後に今回の観客動員数を記しておくと、金曜−2万8427人、土曜−7万1212人、日曜−8万2066人(雨天)、で総計は18万11705人。車で3時間少々の隣国で先週にレースが開催されたばかりで、それがある程度の客の食い合いになったことは否めないだろうし、さらに決勝日早朝からの車軸を流すような雨が当日の出足に影響したであろうとはいえ、それでもこれだけの観客が集まるのだから、たいしたものである。
 では、次戦のシルバーストーンでふたたびお目にかかりましょう。


#26

#41
日曜の朝は猛烈な雨。 8月といえばブルノ。ブルノといえば8月。

#26

#41
今回がDONRAのレース運営400戦目。 今回はこの人もパドックに登場。

 



■2016年 第11戦 チェコGP ブルノサーキット

8月21日 

順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda HONDA


2 #46 Valentino Rossi Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


3 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA


4 #76 Loris BAZ Avintia Racing DUCATI


5 #8 Hector Barbera Avintia Racing DUCATI


6 #50 Eugene LAVERTY Aspar Team MotoGP DUCATI


7 #9 Danilo PETRUCCI OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


8 #29 Andrea Iannone Ducati Team DUCATI


9 #25 Maverick Viñales Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


10 #53 Tito RABAT Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


11 #68 Yonny Hernandez Aspar Team MotoGP DUCATI


12 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA


13 #44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech3 YAMAHA


14 #6 Stefan Bradl Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


15 #45 Scott Redding OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


16 #19 Alvaro BAUTISTA Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


17 #99 Jorge Lorenzo Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


Not Classified #04 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI


Not Classified #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA


Not Classified #41 Aleix Espargaro Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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