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第108回 第15戦日本GP Take Five


 世界チャンピオンを獲得する人がいろんな意味でいろいろとすごいのは当然なのだけれども、弱冠23歳で3回目のMotoGP年間総合優勝、しかも中小排気量時代と合わせて通算5度目の王座獲得、という事実を改めて目の当たりにすると、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)はやはりすごい才能の持ち主である、という感を新たにする。今年の彼が、昨年にチャンピオンを取り逃した反省をもとに<毎戦の優勝よりもシーズン全体を見据えた高い安定性>を念頭に置いて戦ってきたことはこれまでにも当コラムなどで報告してきたとおりだが、第15戦日本GPを終えた現状では全戦でポイントを獲得し、表彰台獲得11回、毎戦あたりの平均獲得ポイントは18.2。やはり突出したアベレージである。
 チャンピオン獲得後にマルケスが述べていたコメントで興味深かったのは、「今シーズンはプラクティスで何度か転倒をしたけど、そこで限界を理解して決勝レースではその限界を超えないようにした」と話していたこと。ごくふつうのコメントにも聞こえるし、そんなことを心がけるのは当たり前、ともいえるかもしれないが、簡単なようでこれがなかなか実行できることではない。そして、それが積み重なってシーズン全体の大きな差になっていくわけだ。
 今年のホンダは加速に課題を抱えていて、特にシーズン前半のマルケスはその対応に苦慮していた側面もあるようだ。現在のMotoGPでは、レギュレーションでエンジンは開幕後から封印されているため開発を進めることができず、さらに今年は共通ECUソフトが導入されたため、その制御の対応で試行錯誤を強いられた面も否めないだろう。だが、マルケス自身が何度も話しているように、サマーブレイク後の後半から加速性は大きく改善されてきたようだ。実際のマシンや制御の開発面がどんなふうに進んできたのかということについては、もし機会があればシーズン終了後に技術者の方々等に訊ねてみたい。
 また、マルケスは今年から公式タイヤサプライヤーとなったミシュランにうまく対応していった、という面も他の選手たちとの違いかもしれない。タイヤのウォームアップ性や同一スペックの品質管理などについてミシュランが今の多少の課題を抱えているのは事実だが(後述)、マルケスは特にフロントタイヤへの適応について
「モンメロ(カタルーニャGP:ロッシが優勝、マルケスは2位)あたりからうまく使えるようになってきた」
 と説明している。
「バレンティーノは昔からミシュランに乗っているので、(特性を)よく知っている。彼の後ろで良い走りをできた。次のレース(オランダGP:ミラーが優勝、マルケスは2位)は雨だったけど、フロントを理解した走りをできるようになってきた」
 のだとか。この当時のマルケスは、加速が厳しい、と常に指摘していたのが、チャンピオン争いの可能性については「正直なところ、シーズン序盤から」狙えると思っていたという。
「アルゼンチンとオースティンで連勝して、厳しい戦いになるだろうけど行ける、と思った。バレンティーノとホルヘはふつうならあまりミスをしないけど、今年は彼らのミスもあって、チャンピオンシップのアドバンテージを稼ぐことができた。夏までは厳しかったけど、夏休み後は『ここでは勝てる、ここは2位かな』と戦略を立てた。とはいえ、レースはいつもどうなるかわからないけどね」
 世界の頂点を極めるチャンピオン獲得の背景には、やはりそれだけの揺るぎない土台がある、というわけである。なるほど、なるほど。


#93

#93
「今年亡くなった祖母も喜んでくれていると思う」ええ孫や。

*   *   *   *   *

 マルケスの日本GPチャンピオン獲得の引き金になったのは、ロレンソとロッシの転倒だが、それらの出来事にもやはり、その結果に至るだけの事情がある。
「シーズン後半はホンダがだいぶ良くなってきた。リカバーするためには攻めないといけない。するとミスも誘発しやすい」
 とロッシは説明している。ロッシは7周目のヘアピンで、フロントを切れこませて転倒した。
「ふつうなら転倒する前になんらかのフィーリングがあるけど、今回は何もなかった。攻めてはいたけれども、その周にマルケスを捕まえようとして限界で走っていたわけでもない。前の周と同じペースだった」
 ちなみに、ロッシもロレンソもフロントタイヤの選択はミディアムコンパウンド。
「ソフトコンパウンドは、自分にはリスキーだった。ソフトだときっと完走できなかったと思う。いや、じっさいに最後まで走らなかったんだけどね」
 と苦笑を漏らした。
 一方のロレンソは、
「今回のレースウィークはブレーキングが今ひとつだったので、フロントにミディアムを選んだ。ソフトはコーナー進入が柔らかすぎて安定しなかった。でも、ストレートの減速でソフトは安定していたしエッジグリップも良かった。前回のアラゴンではタイヤ選択がうまく行ったけど、今回はフロントの選択が裏目に出た」
 ロレンソは20周目のV字コーナーで転倒し、その段階でトップを走っていたマルケスは、チェッカーフラッグを受ければ2016年チャンピオンが確定することになった。
「あのコーナーでは前の周回よりも30センチ手前でスロットルを早く開けて、エッジのコントロールを喪い、それでフロントから転倒してしまった」
 話す口ぶりや表情からも、痛恨の念は覆いようがない。次戦以降は、ロッシvsロレンソの熾烈な年間ランキング2位争いが注目の的になるだろう。


#99

#99
今年4戦目のノーポイントレース。 ランク2位のロッシまで14点差。

*   *   *   *   *

 この両選手が転倒したこともあり、アンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)が2位、マーヴェリック・ヴィニャーレス(チーム・エクスター・スズキ)が3位表彰台を獲得した。両名とも
「心から祝福したい。チャンピオンシップを完璧にコントロールしていた。今年のタイトルは過去2回よりも意義が大きいと思う」(ドヴィツィオーゾ)
「とてもクレバーなシーズンの戦い方だった。落ち着いて、たとえばミザノのように4位で賢明に終えたレースもあり、勝つに相応しい走りだったと思う。心から祝福したい」(ヴィニャーレス)
 と、ともに王者へのエールを贈った。
 そのヴィニャーレスの0.6秒背後で4位のチェッカーを受け、惜しくも表彰台を逃したのが、チームメイトのアレイシ・エスパルガロ。
 今回の兄エスパルガロは金曜の走り出しから好調で、土曜の予選でもPPから0.5秒差の6番手。
「フロントローを狙っていたけど、最後のラップで思ったほど走れなかった。でも2列目スタートは悪くないし、レースペースも中古タイヤで確認してうまく走れている」
 と良好な手応えを述べていたので、「じゃあ、明日は表彰台争いをできそう?」と訊ねてみた。兄は「いやあ、それはどうだろう」と笑いながら
「厳しいだろうね、トップスリーが速いし、ここはブレーキングにキツいコースでブレーキが過熱すると減速しにくくなるので、序盤からペースを作れるように攻めていくよ。最初の10周でどこまでいけるかが勝負だけど、中古タイヤでかなり良いペースで走れているのでがんばりたい」
 と抱負を述べた。決勝レースは土曜に彼が話していたとおりの展開になり、惜しくも僅差で表彰台を逃したものの今季ベストリザルト。レース直後に、悔しさと納得の気持ちの天秤について訊ねてみると
「満足してるし、残念だし、両方だね」
 との答えが返ってきた。
「集中してうまくスタートを決めることができたし、ヤマハ勢と完璧に同じタイムでは追えなかったけど、バレンティーノとホルヘにしっかりとついていくこともできた。フロントのフィーリングが良く、バイクも今シーズンで一番良く走っていた。後半はスピンが少し大きくなってしまったので、マッピングをもう少し早く変えるべきだったかもしれない。とはいえ、レース序盤から上位で走れたし、ここまで攻めることができたのは今年初めてなので、残り3戦もこの調子で表彰台を狙うよ」


#41

#25
狙うは今季初表彰台。 現在ランキング4位。2位も射程内。

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 さて、というわけで、公式タイヤサプライヤーのミシュランである。冒頭でも軽く触れたとおり、同じスペックでもタイヤ性能にばらつきがあることや、あるいはウォームアップ性能、作動温度域などについて、今年は供給初年度ということもあって、選手たちからさまざまな指摘や要求が上がっている。タイヤやブレーキは「良くて当たり前」と見なされる側面があるので、性能が良くても褒められることはあまりなくて、少しでも課題があれば、どうしてもそこが大きく注目されることになりがちだ。とはいえ、ミシュランも現状の彼らの改善点に関しては認識しているようだ。前回のアラゴンGPに続き、日本GPでも金曜と土曜にジャーナリスト数名でテクニカル・ディレクターのニコラ・グベールとの囲み取材を実施した。グベールによると、選手たちから打ち上がっている上記の各事柄についてはミシュラン側も充分に認識しているとのことで、
「そういうコメントがあることは承知している。これらの事項については、解決すべく対応している。今年は一年目なので、すべてのサーキットで様々な発見がある。この経験を活かして、来年はさらに良いタイヤを供給できると思う」
 と話した。特に今回のレースウィークは、金曜にダニ・ペドロサが転倒して鎖骨を骨折し、ユージン・ラバティも頭部を強打。土曜朝にはロレンソが大転倒を喫するという出来事があった。
 

 これらの転倒に関してグベールは
「これら三つの転倒はすべて、一発タイムを狙った際のアウトラップで発生している。タイヤが充分に温まっていなかったためで、タイヤの温まりが遅いという見方もできるだろうし、選手がウォームアップに充分に注意していなかった、という見方もあるかもしれない。もちろん、我々は今のウォームアップ性が充分だとは思っていないけれども」
 と説明。ツインリンクもてぎでは、ミシュランはGPライダーによるテストを実施していなかったように記憶していたので、それとの関連性があるのかどうか、と訊ねてみた。


ミシュラン

「実際のところ、我々はテストライダーでたくさんテストをしている。ただ、彼らからはウォームアップ性に関する指摘はなかった。もちろん、彼らは走り出しから全開で走っていたわけではなく、そこまでリスクを賭けるようなテストをしてはいるわけでもない。だから、来年のレースでもてぎに戻ってきたときには、ウォームアップ性はもっと向上していると思う」
 ということである。
 さて、次の第16戦の舞台フィリップアイランドでは数年ぶりにプレシーズンテストを実施しているが、ハイスピードのコース特性に加えて、天候などの外部条件が不安定で、さらに摩耗に厳しい路面状態などもあってブリヂストン時代からタイヤに非常に苛酷なコース、という面でも有名なサーキットだ。ミシュランにとってもチャレンジングなコースだという。昨年の決勝レースでは四つ巴の激しいバトルになったが、さて、今年は果たしてどんな戦いになるでしょうか。ではまた、来週。


#21

#73
今年は11位チェッカー。 ペドロサの負傷で急遽参戦。

#76

#もてぎ
〈実質的な3位〉は全観客が証人だ。 ではまた来年お会いしましょう。

 



■2016年 第15戦 日本GP ツインリンクもてぎ

9月25日 

順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA


2 #04 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI


3 #25 Maverick Viñales Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


4 #41 Aleix Espargaro Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


5 #35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda HONDA


6 #44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech3 YAMAHA


7 #19 Alvaro BAUTISTA Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


8 #9 Danilo PETRUCCI OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


9 #45 Scott REDDING OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


10 #6 Stefan Bradl Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


11 #21 Katsuyuki NAKASUGA Yamalube Yamaha Factory Racing YAMAHA


12 #68 Yonny Hernandez Aspar Team MotoGP DUCATI


13 #38 Bradley SMITHl Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA


14 #53 Tito RABAT Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


15 #73 Hiroshi AOYAMA Repsol Honda Team HONDA


16 #76 Loris BAZ Avintia Racing DUCATI


17 #8 Hector Barbera Avintia Racing DUCATI


18 #7 Mike JONES Avintia Racing DUCATI


Not Classified #99 Jorge Lorenzo Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


Not Classified #46 Valentino Rossi Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


Not Classified #43 Jack MILLER Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


Not Classified #50 Eugene LAVERTY Pull & Bear Aspar Team DUCATI


※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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