MBHCC E-1
第112回 セパンテスト Look Up (To See What's Coming Down)

 2017年最初のプレシーズンテストでトップタイムを記録したのは、大型移籍で注目を集めるマーヴェリック・ヴィニャーレス(モビスター・ヤマハ MotoGP)だった。初日3番手、二日目2番手、最終日には1分59秒368のトップタイム、と貫禄すら感じさせるような詰めかたで、日々の走行後コメントも、言葉の端々に落ち着きと自信がにじみ出ていた。三日目はレースを想定したロングランに出たとたんに雨がぱらついてきてピットへ戻ったため、レース周回こそこなせなかったものの、中古タイヤでのシミュレーションは上々のようで、安定して誰よりも高い水準のラップタイムを連発していた。まだプレシーズンテストを一回行っただけとはいえ、チャンピオン争いの可能性について訊ねてみた際の「うん、できると思うよ」と素直に笑顔で述べた様子から見ても、今年は間違いなく優勝候補の一角を占めることはまちがいなさそうだ。


#25

#25

 チームメイトのバレンティーノ・ロッシは、初日こそ朝から頭痛に悩まされていたとかで、ピットレーンから眺めていても疲労がはっきりと顔に出ていたが、二日目からは体調を戻したようで、着々と作業を進めていった。この日は、今年から禁止されたウィングレットの代わりに整流効果でダウンフォースを稼ぐ目的と推定されるサイドカウルを装着。このカウルに関する印象を訊ねられた際に、ロッシは「あー、それについては話しちゃいけないって言われてるんだよ」と笑いながらも「じっさいのところ、そんなに違いがあるわけじゃないんだけど、悪くないので明日もこの方向で行くと思う」と話し、ヴィニャーレスとともに、最終日まで積極的にこのカウルを使用し続けた。三日目を終えて、最終的にロッシは、ヴィニャーレスから0.221秒差の6番手タイムでテストを締めくくった。
 それにしても、ああいうサイドカウルを思いつくヤマハ技術陣の発想には感心した。2016年のシーズンレビューを津谷氏と辻氏に伺った際、共通ECUソフトウェアでは内製ソフトならできていたきめ細かい制御をできなくなったために、ウィリーしないバイク作りの方法が、ウィングレットという形で「制御の<外>」に出ていった、という旨の説明を伺ったのだが、そのウィングがルールで禁止されたことにより、今度は「カウルの<あいだ>」に入り込んでゆく、というその見事な発想の転換は、鳥頭の我々からすれば、まさにコロンブスの卵である。
 ウィングを使えなくなることで、「(ウィリー制御は)厳しくなりますね……」と困惑したような顔つきだったようにも見えたのだが、その裏側では、こういうアイディアの部品テストを着々と進めていたというわけである。優れた技術者は、表情を自由自在に操る役者の才能も持っているのかもしれない、とちょっと思った。


#46

#46

*   *   *   *   *

 総合2番手タイムはドゥカティから移籍してきたアンドレア・イアンノーネ(チーム・スズキ・エクスター)。テスト二日目にトップタイムを記録した際には、スズキからヤマハへ移籍したヴィニャーレスが「良いセットアップを作ってお土産で置いてきたんだよ」とジョークを述べたが、それを受けてイアンノーネは「もちろんマーヴェリックはすごくいい仕事をしたと思うけど、それは日本人スタッフががんばってくれたからでもある。スタッフたちががんばらないと、自分の実力は発揮できないからね」とエンジニアたちの努力をフォローする気遣いも見せた。また、車体の改善に良い手応えを得たとも言い、「冬の間に日本でがんばってくれたおかげ」と話した。気の優しい繊細な側面があることは知っていたけれども、細かい心くばりもする人なんだな、というのはちょっと意外な発見ではあった。
 で、三日目は「タイムアタックよりもレースペースに集中した」とのことで、最終日のラップタイムの更新はならなかったものの、三日間の総合順位は上記の順位で、ヴィニャーレスとは0.084秒差。
 今回のテストを終えて、今後に向けた改良点を訊ねてみたところ、
「高速コーナーは完璧だったけど、低速コーナーでフロントに少し振動があった。次のテストに向けて、その部分を良くしていきたい。制御もさらに改善の余地がある。総じて、ポテンシャルの高いパッケージだと思う」
 と、好感触を強調して締めくくった。ドゥカティ時代からフロントを切れ込ませて転倒することが再々あったので、そこの部分の解決は、今シーズンの活躍の大きな鍵を握るかもしれない。


#29

#29

*   *   *   *   *

 総合3番手タイムは、2016年チャンピオンのマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)。今回のテストではチームメイトのダニ・ペドロサとともに制御か何かに課題を抱えていたようで、両選手ともにその部分の問題を大きく指摘していた。テスト二日目までは両選手ともライバル陣営に比して苦戦傾向だったのだが、最終的には帳尻を合わせてマルケスはトップから0.138秒、ペドロサは0.210秒差でテストを終えた。
「自分たちのあるべきレベルまではまだ届いていない。ステップバイステップで進まなければならないけれども、今日安定して走れたことは非常に意義が大きい」(マルケス)
「今日はいっぱい走ることができたので、マシンに対する自分のコメントもさらに正確なものにできた。出足は少し問題含みでいろいろと課題もあったけれども、フィーリングも改善してきたので良いテストになったと思う」(ペドロサ)
 両選手とも、今回のテストでは昨年末の事後テストで使用したものと、そこからさらに少しキャラクターの違うエンジンを比較検討したようだ。制御などの問題が発生したために、どちらか片方に仕様を絞り込むところまでは進まなかった模様だが、マルケス曰く「去年は上位陣からだいぶ離れていたので苦労したけど、今年はどこに問題があるのかはすでにわかっている。でも、2015年はセパンテストで好調だったにもかかわらず、開幕後に苦戦した。だから、他のコースでしっかりとテストすることが重要」と話した。いずれにせよ、HRCは次のフィリップアイランドテストに向けて、かなり忙しい作業になりそうだ。
 ところで、ホンダの2017年エンジンは、昨年のシーズン中テストから<ビッグバン>という表現が各メディアなどで用いられてきたが、HRC開発室長の国分氏が「我々の定義では、いわゆる<ビッグバン>ではないですよ」と明かしていることは、昨年末のインタビューで紹介したとおりだ。じっさい、マルケスもペドロサも、あるいは他のホンダ陣営ライダーたちも、今年のエンジンについて話す際には<ビッグバン>という用語は使っていない。では、いったいどういう表現を用いるのが妥当なのか(というか、そもそも情報が公開されないかぎり内部機構はわからないし、説明してもらったとしても、鳥頭レベルの機械工学知識ではまったく理解もできないのですが)、まだちょっとよくわからないけれども、いずれにせよ、適切な用語は何らかのところに収束してゆくのでありましょう。


#93

#26

*   *   *   *   *

 そして、今年最大の注目のひとつである、ホルヘ・ロレンソの加入したドゥカティ・ファクトリーチームだが、今回のテストでの陣営最速選手はアンドレア・ドヴィツィオーゾ。三日間通して非常に充実したテストになったことは、初日に2番手タイムで走り出し、三日目は3番手で総合4番手タイム、ヴィニャーレスから0.185秒差という数字にも明らかだ。
「今回は、プランどおりに仕事をできた。ポジティブな部分とネガティブな部分をしっかりと評価できた。旋回性のフィーリングも向上していて、ここまで戦闘力が高そうだとは期待してなかった。とはいっても、これはまだ最初のテストだし、つぎのフィリップアイランドはコース特性が全然違うので、そこでも高い水準で走ることが重要だね」
 ドゥカティに関しては、エキパイの取り回しをオフセットしてリアカウルに設けられた謎の〈箱〉が様々な推測を呼んでいるが、それに関して訊ねられた際のドヴィツィオーゾは
「うーん……、それは聞く相手を間違ってるねえ」と煙に巻いてはぐらかすのみ。その正体については諸説あるようだが、じつは意外とただの張りぼての<情報攪乱装置>だったりすると皆が拍子抜けして面白いなあ、とも思うのだが、でも、生き馬の目を抜くようなMotoGPでそのような悠長なことなどやっていられないだろうから、きっと何かしらやってないわけはないのでしょうね。


#04

謎の箱

 さて、ロレンソである。初日はトップから1.669秒差の17番手に沈んだものの、二日目は「ブレーキを遅らせて(コーナーに)深く入っていけるようになった」と述べて1.032秒差の8番手。三日目は9番手タイムながらトップから0.398秒、と大きな進捗を見せた。
「最初は(順応に)もっと時間がかかると思ったけど、今日、一気に前進できた」理由は、ドゥカティのテストライダー、ミケーレ・ピッロの存在が大きい、と話した。
「ミケーレにコースサイドで走りを分析してもらった。彼は長いあいだドゥカティに乗っているけれども、もともとはぼくと同じようなコーナーリング重視のライダーだったので、バイクに習熟してゆく方法をとてもよく理解している。彼のアドバイスが役立って、コース上での走りにすごく活かすことができた」
 ロッシは、ヤマハからドゥカティへ移籍したロレンソに対して「きっと開幕までに合わせてくるはず」と警戒していたが、今回のテストを見る限り、その危惧が的中する可能性は高そうだ。


#99

#99

*   *   *   *   *

 最後に、今シーズンから参戦を開始するKTMについても少し触れておこう。パッケージ全体の戦闘力という点では、ホンダ、ヤマハ、ドゥカティ、スズキとのギャップは大きく、今回のテストでのベストタイムは、ブラッドリー・スミスとポル・エスパルガロがともにトップから1.970秒差。初年度なので埋めがたい差があるのも当然とはいえ、フレームやスイングアームなどの大もの部品を続々と案別を投入して精力的な取り組みを続けていた。
 マシンの挙動はまだかなり大きく、ポル曰く「かなりくたびれる。去年まで乗り慣れたバイクとだいぶ違うので、肉体的にはかなりキツい」のだとか。しかし、両選手とも意気軒昂でポジティブな様子なので、三日間のテストを終えてKTMのポテンシャルをどう感じているのか、スミスに訊ねてみた。
「シーズンで最も長いコースのひとつで2秒差だから、悪くないと思う。歴史をひもといてみても、参戦直後にこれだけ走れていたメーカーはなかったと思う。その意味では上々だし、ここはストレートも長いので車体面でもエンジン面でも良いテストになった。エンジン・車体ともに改善点は多いけど、今の最優先事項は信頼性なので、まずはそこに重点を置いてたくさん走り込むようにしている」


#38

#44

*   *   *   *   *

 というわけで、今シーズンも見どころ満載で波瀾万丈の一年になりそうであります。では、また。


 



■2017年 MotoGPエントリー

No. ライダー チーム 車両

#04 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI


#5 Johann Zarco Monster Yamaha Tech3 YAMAHA


  #8 Hector Barbera Avintia Racing DUCATI


  #9 Danilo Petrucci OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


  #17 Karel Abraham Pull & Bear Aspar Team DUCATI


  #19 Alvaro Bautista Pull & Bear Aspar Team DUCATI


  #22 Sam Lowes Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


  #25 Maverick Viñales Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


  #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA


#29 Andrea Iannone Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


#35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda HONDA


#38 Bradley Smith Red Bull KTM Factory Racing KTM


#41 Aleix Espargaro Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


#42 Alex Rins Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


#43 Jack Miller Marc VDS Racing Team HONDA


#44 Pol Espargaro Red Bull KTM Factory Racing KTM


#45 Scott Redding OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


#46 Valentino Rossi Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


#53 Tito RABAT EG 0,0 Marc VDS HONDA


#76 Loris BAZ Avintia Racing DUCATI


#93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA


#94 Jonas Folger Monster Yamaha Tech3 YAMAHA


#99 Jorge Lorenzo Ducati Team DUCATI


※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

[第111回|第112回|]
[MotoGPはいらんかねバックナンバー目次へ]
[バックナンバー目次へ]