Power Product Quest 知っているようで実は知らないもうひとつのホンダ。第7回 ライフクリエーション事業本部  商品企画部 部長<br />
松澤 聡さん 自由な発想でホンダらしさを追求 役に立てばOK!一番ホンダらしいとも言える、縛られない商品企画

パワープロダクツ……耕うん機とか作っている所でしょ? というぐらいの認識の人も多いと思うが、商品企画の面からみるとこんなに自由なカテゴリーもない。「人の役に立つ」を軸に技術や商品を生み出すパワープロダクツは、独自性や先進性を追求できる。

文●ノア セレン 
写真●依田 麗
●取材協力:Honda http://www.honda.co.jp/power/

いよいよ製品に

 ホンダ汎用機器改め「パワープロダクツ」について、一体どういった事業なのか、車・バイクで有名な会社が一体この分野では何をやっているのか、ホンダイズム/ホンダドリームはそこにあるのか、などを過去1年間かけてレポートしてきた。パワープロダクツの根底にあるのは「人の役に立ちたい」ということであった。スーパーカブの世界的大成功で一躍トップメーカーに躍り出たホンダの原点は、移動の自由という意味で人の役に立つこと。今でこそバイクは趣味のモノという要素が強いし、車は移動の手段だけではなくステータス的な要素も多くはなったものの、原点は「役に立つもの」「人の負担を減らすもの」。その意味ではパワープロダクツはホンダの原点を今でも実直に追求し続けている分野と言えるだろう。
 そんなパワープロダクツ部門なのだが、担当してきた筆者の興味をそそるのは事業としての枠組みよりもむしろ商品そのもの。読者に限らずバイクに興味のある人ならば、そのバイクがどのようにして売られるか、ということよりもどのような目的で作られて、どのような思想が注ぎ込まれ、いかに他のものと違うのか、そして実際に使ったら(乗ったら)どうなのか、といったことに惹かれるだろう。実際に我々ユーザーが目にするのは製品そのものなのだから、その商品について知りたいというのは自然なこと。機械好き・メカニズム好きな読者の方々にはお待たせしてしまったが、今回からはどのようにして各パワープロダクツが生み出されるのか、そしてホンダという独自性豊かな会社がいかにその社風をパワープロダクツにも反映させているのか、そんな展開をしていく予定である。



松澤 聡さん

ライフクリエーション事業本部 商品企画部 部長 松澤 聡さん
1960年生まれ。1982年、汎用部門の設計開発をおこなう朝霞東研究所(現ライフクリエーションセンター)で 乗用型耕うん機などの設計からホンダ人生をスタート。8年間設計に携わった後、アメリカに赴任し歩行型芝刈機の開発をおこない、2001年本社の商品企画部へ。2007年からはアジア、大洋州四輪営業に移り、2010年オーストラリアホンダの社長として再び海外へ。3年後に帰国、本田財団を経て2017年から現職の事業本部商品企画部に赴任。設計、営業、商品企画など各分野を経験したエキスパート。かつてはCB400スーパーボルドールも所有していた。現在は100 坪の広大な家庭菜園でホンダの小型耕うん機の“こまめ”を操る。

商品企画責任者

 各商品がどのようにして生み出されるのか。それは商品企画から始まるわけで、となると商品企画責任者にお話を聞くのがスタートラインだろう。2001年から商品企画に関わり、2017年から責任者として商品企画部門を束ねる松澤聡部長にお話しを聞くことができた。
 松澤さんは1982年にホンダに入社時からパワープロダクツへ配属され、その後二輪・四輪も短期間経験し戻ってきたパワープロダクツのエリート。耕うん機や小型トラクターの設計や、アメリカでは歩行型芝刈機に携わったりと幅広くパワープロダクツに関わり、そして企画もしてきた。ご自身でも菜園をやっていることで自らパワープロダクツを実体験として活用していることもあり、「ジャガイモの芽はもう出ましたか?」などとフレンドリーな共通話題でインタビューをスタートすることができた。



マイティ11


4WS


TX18/20
1982年ホンダに入社し、開発に携わった機種が小型トラクターや芝刈機。松澤さんが指さすRT1100(マイティ11) は、狭い日本の畑や田んぼで小回りが効くように4WS(四輪操舵)を採用。4WSはプレリュードが有名だが、実はこちらが先に採用している。上は水冷3気筒OHC直噴ディーゼルエンジンのTX18/TX20。現在のラインナップにはないが、かつてはこのような小型トラクターも生産していた。

ホンダらしさ

 パワープロダクツの製品群は発電機、耕うん機、除雪機、そして汎用エンジンなどを中心としている。発電機や除雪機、耕うん機、汎用エンジンについてはずっと以前から存在するものであり、そこがホンダの強みと言ってもパワープロダクツに精通していない我々からしてみれば目新しさのようなものは感じにくい。例えば新しいCBが出たとなれば、一体どんなスペックなのか、どんな乗り味なのか、他のCBに対してどんな目的で作られどんな味付けとしたのか、と興味が尽きないが、新型の除雪機と言われても、その目的は基本的には昔から変わらず「雪をどかす」ものであるからして、ワクワク感が見えないというか、どうにもぼやけていないだろうか。 こういった「汎用機器」の企画とは、実は大変に難しいのではないだろうか。
「商品企画は大まかに3種類です。研究所が新しい技術を開発して、これを活かそうとアプローチしてくること、既存機種のモデルチェンジ、そして他社製品に対抗した新製品です。いずれの経緯で生み出されるものも他社の後追いのようなことはあり得ません。常にホンダとしての新提案を盛り込んでいっていますし、『他がやっていないものをやる』という気持ちは確かにあります」
 例をあげよう。雪をどかすという目的で作られモデルチェンジを繰り返す除雪機だが、ホンダは「ハイブリッド」除雪機というものを作った。除雪機にハイブリッド? と思いそうだが、動力そのものがハイブリッドなのではなく除雪作業はこれまで通りにエンジンを動力とするが、前に進むという機能は電動化し独立させたのだ。これにより進んでいく速さの調整が容易になり、さらなる除雪作業の負担軽減、簡易化が進んだ。もう一つはインバーター発電機。交流で発電された電気を一度直流に直してから再び交流として出力するため「質のいい電気」とされPCなどにも使える発電機となった。電気の質が注目されがちだが、実はこの仕組みとすることでエンジン回転数を変えることが可能になり、電力が必要な時は回転を上げ、使用量が少ないときは下げることができるようになった。これにより発電機のボディは小さくすることができたし、必要に応じて2基を連結して使うなども可能に。これは発電機界においては革新的な技術なのだが、ホンダが他社に先駆けて展開したパイオニア的商品なのである。



HSM1590i


GENE21シリーズ

2005年に登場した世界初のハイブリッド除雪機 HSM1590i。ホンダの除雪機は扱いやすさに定評がありシェア No.1を誇るが、走行と除雪の動力を分離することによりより扱いやすく、効率的な除雪が可能になった。昨年モデルチェンしたHSM1590i は傾斜を自動検知し、オーガといわれる除雪部の調整や速度制御を自動化するなどさらに進化。

1998年に発売された「きれいな電気」の正弦波出力を実現したインバーター発電機GENE21シリーズ。正弦波の電気を供給するだけではなく、オルタネーターの小型化や出力に合わせた省エネ運転が可能なった革新的な発電機でもある。また、2台をつないで出力をアップする並列運転も可能にするなど、使い勝手も向上している。

発想の幅広さ

 違う味付けにすることで新たな興味を掘り起こすことがしやすいバイクに対して、パワープロダクツはあくまで「仕事機械」。仕事を達成しなければ意味のないものだ。しかしパワープロダクツの歴史はすでに長く、様々な仕事をすでにこなしてくれている。ユーザーは細かな仕様での使いやすさや使いにくさは感じていたとしても、仕事をこなしてくれて人間の負担を減らしてくれるという意味では大抵満足しているだろう。そんなところにどうやって新しい価値をつけた商品を投入していくのか、大変に難しそうだ。しかし、ユーザーが思いつかないようなことを提案するのが商品企画だ。例えば現在、新幹線で大阪まで行くのには3時間。これを不便に思うことは少ないはずだが、もしリニアモーターカーが実現すればこの所要時間は1時間ほどになる。東京・大阪間が1時間というのが当たり前になった時、新幹線の3時間は途端にとても遅く感じることになり、不便になる。パワープロダクツも同様だろう。楕円ピストンだとか、ライドバイワイヤーとパワーモードだとか、そういったわかりやすいアピールポイントがなかったとしても、「次世代の当たり前」を作っていくことで過去のものを過去のものにしていくのだと思う。松澤さんはお蔵入りになった一つのアイディアについて話してくれた。それはなんと、ゴミ処理マシンだった。

「新聞を読んでいたら、ゴミ問題の深刻さについての記事が目に留まりました。日本のゴミ処理施設がそう遠くない未来にキャパシティーを越えてしまうという記事です。では各家庭でゴミを処理できるようにできないだろうかと思い、そういった商品を企画したことがあります。各家庭のベランダなどでゴミを処理できるように、無臭無煙燃焼などを研究しました。結局実用化にはこぎつけられなかった企画でしたが、これはホンダが得意とするエンジン技術などとは全く無縁ですから面白いチャレンジでした。こんなことができるのもパワープロダクツの特徴でしょう」
 なるほど、言われてみればホンダが持っている技術とは全く無関係の分野なのだが、人の役に立つこと、そして革新的でホンダらしい着想があるとなれば開発にGOが出る。車やバイクよりも発想が広がり、ノビノビと色んな事にチャレンジできる環境というわけだ。
「車やバイクはあくまで車やバイクですよね。様々な仕様がありますしそれはそれで面白いですが、突き詰めてしまえば基本構造は同じなわけです。一方でパワープロダクツは『役に立つ』という目的さえしっかりしていれば何でもアリなのです。世の中の問題を見つけ出して、何とか解決できないかな、と商品企画に結び付けるわけです」



松澤 聡さん

新提案

 インバーター発電機のように、今ホンダパワープロダクツが「他社に先駆けて」進めている分野が、 建設機械用動力源の電動化だ。現在世界中で使われているホンダの名機、GXエンジンに代わる電動パワーユニット「eGX」を国際建設機械の見本市「bauma 2019」にて公開したばかりだ。
「電動化は避けて通れない道です。家庭レベルでも、やはり電動は良いですよ。だってリコイルスターターを引っ張ってエンジンをかけることから解放されるんですから! さらにはガソリンを入れたり、キャブの調整をしたりといった『エンジンという機械との付き合い』をしなくていいわけです。私はそういうのはわりと好きで機械とうまく付き合える方ですが(笑)、そうではない人にとって電動はメリットが多いでしょう。他社も電動化は進めていますが、ホンダはどうせ電動化するならば一番厳しいところからしていこうということで、性能だけでなく信頼性など最高レベルが求められる建設現場用に向けてeGXを企画しました」
 このeGXはこれまでのGXエンジンを搭載している機械にそのままスワップできる構造となっており、既存の建設機械を電動化していくことができるというもの。これまでエンジンを搭載していた機械では、屋内での作業や夜間の作業、または溝の中で排気ガスが溜まってしまうような場での作業などで気を使わなければいけないこともあったが、電動化によりこれは解消されるというわけだ。これまでは「そういうもの」と思ってエンジン機器を使ってきた現場も、電動化で新たな作業環境が開けることだろう。まさに新幹線とリニアモーターカーの話である。



eGX


eGX
ドイツで開催された国際建設機械の見本市、bauma 2019で世界初公開された電動パワーユニットeGX(左は一体型、右はセパレート型で共にプロトタイプ)。グッドデザイン賞 ロングライフデザイン賞を受賞した汎用エンジンのスタンダードであるGXエンジンの電動版で、従来のGXエンジンと換装のできる互換性も考慮された次世代の汎用パワーソース。環境性能はもちろんだが、取り扱いもより簡単になり労働環境の改善にも貢献する。

リファイン

 一方で、既に存在ししかも性能も良い製品を更に見直すという作業もある。例えばメインカットで松澤さんと共に写っている歩行型芝刈機だ。これはHRX217という機種で「バリアブルマルチングシステム(VMS)」という独自の機能がついている。これは刈った芝を芝刈機後方に備え付けている袋に回収していく割合を任意に選択できるという機能である。
「ホンダは技術を突き詰める所がありましてね、芝刈機ならばいかに取りこぼしなく芝を集めて袋に回収するかに力を注いでいたわけです。これが大変に優秀でして、袋がすぐに一杯になっちゃう (笑)。刈った芝は見事に回収されるのですが、袋の中身をすぐに空けなきゃいけないわけです。そこである時、そもそも全部回収する必要ってあるのか? という所に立ち返ったんですね。刈った芝を全部回収するのではなく、集草量とマルチング(細かく刈った芝を地面に戻す)の割合を選択できると、お客様のニーズに応じて刈り芝の廃棄回数を軽減できるのでは、と」
 以前に紹介したロボット芝刈機「ミーモ」の発想である。刈り芝の廃棄作業は重労働だから、この作業軽減は画期的だ。
「ところが昼夜問わず刈ってくれるミーモと違って、歩行型芝刈機はあくまで人が操作するものであり、芝を刈るタイミングも人間の都合です。ということは刈る時の芝の長さや状態も様々なわけで、じゃあどれだけの量を袋に回収して、どれだけの量を土に返すのか、選択できたらいいじゃないか、という発想から生まれたのがこのVMSです。ホンダらしい独自性もあって良いじゃないか! と。このアイディアは私がアメリカにいた時に原石を作ったんですけどね、その後日本で商品企画として関わったので、こうして実現しているのを見るのは嬉しいものです」
 こうして「芝刈機」という以前からあるものに新たな価値をつけていくのもパワープロダクツ商品企画の一つなのある。



HRX127
2004年に北米で発売された歩行型芝刈機HRX217(日本では2005年に同仕様のHRX537を発売) には、刈った芝生をすべてバッグに収納するのではなく、細かく裁断して集草量を調整できるVMS モード(Variable Mulching System)を装備。ワンクラス上の歩行型芝刈機で、いわば憧れの一台。松澤さんがアメリカ駐在時代に VMSのアイデアを思いついたところで本社の商品企画部へ戻り、製品化に奔走した思い出の一台でもあるそうだ。

根回し

 こうして聞いていると、商品の企画は車やバイクよりも楽しそうにすら思えてくる。世の中の役に、人の役に立つのならば、何でも良いのだ。さらにそこにホンダらしい独自性を入れることを是とする社風なのだから、アイディアマンにとっては夢のような仕事だろう。
「いやいや、テレビドラマじゃないですからね(笑)。『よし! これで行こう!』なんていう簡単でカッコいいもんじゃないです。商品企画というのは根回しですから(笑)。発想や着眼点は良くても、じゃあそれをどこで、どのぐらいの期間で、どれだけの量を、いくらで作ることができて、どれだけ売れて、どれだけ儲けを出せるのか、そこまでしっかりと枠組みを作るのが商品企画の仕事です。時には揉み手をしながらなんとか形にすることもあるんです(笑)」
 バイクをメインで見ている我々からすると、商品企画なんて花形の楽しい仕事に思えるが、商品を実現するまでは当然様々な難しさがあるわけだ。
「事業ですからちゃんと収益をあげなければいけない。事業の存続ができなくなると現場でホンダパワープロダクツを使ってくださっているお客様にご迷惑をおかけすることになります。一方で商売っ気ばかりでもつまらないわけで、高い志もしっかりと持っていたいものです。ここら辺の高いバランスが大切ですね!」
 事業としての安定と、本田宗一郎がよく語っていた「夢」、松澤さんの言う「高い志」がそれぞれ注入されていくパワープロダクツ。 今期は各製品にフォーカスしてお届けしていく予定だ。



ミーモ


キャブレター回り
ロボット芝刈機ミーモは、ホンダ初の自動運転を達成した市販製品。一般的にはなじみが少ないかもしれないが、RT1100の4WSといい全自動運転といい、実はパワープロダクツには革新的な製品も多い。 目につかない部分だが、操作時にケガをしないようにキャブレター周りなど滑らかに処理することなどに気を配るのもホンダのこだわりのひとつ。商品の企画はもちろん、コスト算出、各部署の手配など、立ち上げから発売まで多岐に渡るそうだ。
GXエンジンがグッドデザイン賞 ロングライフデザイン賞を受賞


GXエンジン

Gマークでおなじみのグッドデザイン賞。一見汎用製品とは無縁に思うかもしれないが、2018年のグッドデザイン賞のロングライフデザイン賞をGXエンジンが受賞した。ロングライフデザイン賞とは、長い間幅広い支持を受け続けるようなデザインを持った10年以上継続的に供給され、将来も供給され続けると思われるものが受賞の対象となる。ホンダのGXエンジンは1983年に登場。世界初の傾斜シリンダーによってOHV機構を採用した画期的な汎用エンジンで、GXエンジンの登場により傾斜シリンダー+OHVはその後汎用エンジンのスタンダードとなった。世界150ヶ国以上に供給され、シリーズの全累計生産台数は6500万台を超える、いわば汎用エンジン界のスーパーカブ的存在。デザインはもちろん、世界中の幅広い分野で活躍している点や、時代に合わせた環境性能やエコ対応により、今後も末永く活躍するであろうことも高く評価された。


[第6回 ホンダパワープロダクツジャパン社長 齋藤雅人さん|第7回|]