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西村 章

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第6戦 イギリスGP 結果良ければ、全て良し……なのか? 「ルーキールール」を巡るあれこれの葛藤

 今回は、第5戦のレポートでも予告したとおり「ルーキールール」を巡るあれやこれやについて、ちょっと考察をしてみたい。一般に「ルーキールール」と通称されるこの決まり事が発効したのは、2009年シーズンだったと記憶している。つい三年前のことだ。このルールの具体的な内容は、スポーティングレギュレーション内<エントリー>の項目で、以下のように説明されている。

“1.11.11 Riders who enter the Championship for the first time (Rookies)
must be entered by a non factory team.”

[当該選手権に初めて参加する選手(ルーキー)は、ファクトリー以外のチームから参加をしなければならない]

 このルールができあがった背景を、簡単に説明しておこう。この項目の存否について話し合われていた当時は、米国金融危機を発生源とする世界同時不況の真っ直中で、膨大な費用がかかるMotoGPのありかたを見直そうという気運が、特にレースを運営する当時者たちの側で大きくなっていた。諸経費削減に関わる対応策が次々に打ち出されたが、「ルーキールール」も、それらの動きに連動するものとして制定された。

 一般論として、選手がファクトリーとサテライトを自由に選べる場合には、彼らは必ずといっていいくらいファクトリーのシートを選択する。勝てる環境、将来性、経済的安定度等々の要因を考慮すれば、それはまあ当然のことではあるだろう。しかし、この選手の選択をサテライトチームの側から見れば、以下のような悪循環を生む要因にもなる。

 有力選手はいつもファクトリーに行ってしまう→戦力がファクトリーに偏る→サテライトチームのメディア露出が減る→スポンサー活動が難しくなる→経済的基盤が脆弱になる→レース環境の差を埋められない→ファクトリーとの戦力差がいっそう開く→勝てるチームに入りたい選手は、さらにファクトリーを志向する→戦力がもっと偏る→以下同文……。

 とまあ、こういったデフレスパイラル的状況を阻止するために、ルーキー選手は全員ファクトリー以外のチームに所属しなければいけない、という枠組みを強制的に作ってしまえば、サテライトチームは有力選手を得て多少なりとも戦力増強と運営基盤の強化を図ることができる。選手の側も、サテライトチームに所属することで最高峰の環境にじっくりと馴染んでゆくことができる。一方、ではファクトリーが損をするのかというとそんなこともなくて、このルーキールールはあくまで一年目の所属を規定するものにすぎないわけだから、選手がファクトリーと契約を交わしたり、サテライトチームに所属してファクトリースペックのマシンに乗ることを特段に禁じるものではない。だから、一年目は自陣営のサテライトチームで習熟してもらった後に、二年目からファクトリーチームに移って本腰を入れて結果を出してもらう、という二段構えで選手を確保することができる。具体的には、モンスター・ヤマハ Tech3で一年目を過ごし二年目からヤマハファクトリーへ移ったベン・スピースや、サンカルロ・ホンダ・グレシーニに所属しながらファクトリー契約でファクトリーマシンを駆っていたマルコ・シモンチェッリなどがこの例に該当する。

 で、このルーキールールにはさらにもう一段階踏み込んだ含みがあって、2009年当時には、ホンダ、ヤマハ、ドゥカティ陣営はそれぞれファクトリーとサテライトのチームがあったのだが、スズキにはサテライトチームがなく、ファクトリーチームしか存在していなかった。だから、このルールはスズキには適用しない、とされていた。つまり、2010年にMotoGPクラスにステップアップしてホンダやヤマハやドゥカティを希望する選手はサテライトチームに所属しなければならないけれども、スズキを目指すならば最初からファクトリーに所属できる、というわけで、要するに、当時すでに参戦休止の噂が囁かれていたスズキに対してインセンティブを持たせるような、そういう言外の含みもあった、というわけだ。じっさいに、アルバロ・バウティスタはMotoGP初年度からスズキファクトリーに所属し、チームが2011年末に参戦を休止するまでの2年間でトップファイブに3度入る活躍を見せている。彼らの活動を傍らから散見するかぎりでは、総じてチームと選手の士気は高かったし、マシンのポテンシャルもけっして低いものではなかったと思う。

 というように、去年まではチーム・選手・ファクトリーのそれぞれに対してそれなりの意義と効果があって「三方一両得」のような役割を果たしていたこのルーキールールだが、今年になって状況が変わり、にわかにチームと選手、そしてスポンサーの三者にとって「三方一両損」になる可能性が生じてきた。具体的には、Moto2クラスのチーム・カタルーニャ・カイシャ・レプソルに所属するマルク・マルケスが、来季のMotoGPステップアップを果たすに際し、この条文が「目の上の瘤」のような存在になってしまったのだ。

 昨年にも今季のステップアップを模索していたマルケスは、2013年にMotoGPへ昇格することが確実視されている。では、どこに所属するのかということが最大の焦点になるわけだが、125cc時代からエネルギー企業のレプソルと密接な関係にある彼の収まりどころが、究極的にはホンダファクトリーのレプソル・ホンダであろうことは、いまさら誰かが指摘するまでもないだろう。じっさいに、彼がホンダファクトリーの名に恥じない高い資質を備えていることもまた、誰の目にも明らかだ。

第6戦 イギリスG
明日はどっちだ、なんちて。

 ところが、ルーキールールが存在する以上、彼がファクトリーのレプソル・ホンダへ所属することはできない。あるいは、既存のホンダ陣営サテライトチームのサンカルロ・ホンダ・グレシーニやLCRホンダのいずれかを選択するとしても、それはそれで厄介な問題が生じる。グレシーニはカストロールをスポンサーに擁し、LCRの場合にはelfがスポンサーについている。マルケスを預かるということはレプソルがついてくるということであり、それはすなわちグレシーニとLCRにとっては、なんとも頭の痛い二者択一を迫られる……、というよりも事実上、自分たちを長年支えてくれた燃油系スポンサーとの関係を終了しなければならない事態に陥るわけだ。HRCにしてみれば、(ダニ・ペドロサの契約更改を前提とすれば)、マルケスを獲得してスポンサーが同国企業のレプソル、となれば夢のフルスペインパッケージが実現するわけだが、現状ではルーキールールのためにその実現を阻まれてしまう。グレシーニとLCRはルーキールールのもとで選手を受け入れれば、チームとスポンサーの関係に罅を生じる。あるいはドラスティックな解決として、マルケスが現在のチームでそのままMotoGPクラスへ持ち上がった場合には、このような問題は生じないのだけれども、おそらくサテライトの新チームを増やしてまでも事態の解決を図るような余力は、さすがのホンダにとっても厳しいのかもしれない。為替市場で超円高ユーロ安が続くこの状態では、現状の環境を与件としたうえで解決を図らざるをえないのもむべなるかな、というところか。

 とまあ、そういうわけで現在のところは、三方一両損どころか[HRC、選手、チーム、スポンサー]の四方一両損、のような状態になっているわけだ。あるいは『友は風の彼方に』のチョウ・ユンファ的状況というか『レザボア・ドッグス』的状況というか、三すくみ四すくみでそれぞれ銃を突きつけながら「さあどうするどうする」というかんじね。

 しかし、このルールがなくなってしまえば皆が銃を突きつけあうこともなく問題が一気に雲散霧消して全員がハッピーになれるわけで、さらには条文成立当初の目的のひとつであったスズキもすでにパドックにはいないわけだから、「この際もうこのルールにはなくなってもらったほうがいいんじゃね??」というのが関係各方面のおそらく基本的な考え方で、だからこそこの条文を見直すようにシーズン当初から働きかけてきたのだろう。ところがこの要求に対してDORNAの側は、「いや、ルールはルールですから」と頑としてつっぱね、要求に応じてこなかった、といわれている。

 それが、ここにきていきなり柔軟な姿勢を見せ始めたようだ。当初はあれだけこだわるふしを見せていたのに、前戦カタルーニャGPの段階ですでに、一部の耳の早い者たちのあいだでは「ルーキールールの廃棄はおそらく決定的」と囁かれていた。ここでさらにひとつ登場する要素が、来季以降のテクニカルレギュレーション変更である。詳細は省くけれども、DORNA側は推進したくても参戦企業側がなかなか受け入れようとしなかった事項をテーブルの上に持ち出してきて、「じゃあ、そういうことならルーキールール廃止は受け入れるけど、そのかわりにテクニカルレギュレーション変更のこの項目は呑んでよね」という、ある種の駆け引き、いわゆる政治的なギブアンドテイクが行われたのであろう、とも類推できる。「ルーキールール」撤廃との交換条件になったものが、レブリミットの受け入れなのか、あるいは選手1名につき1台(≒人員等削減)なのか、これらの内容にカーボンディスク廃止案も連携しているのかどうか。そのあたりについては推測の域を出るものではないが、来季以降の技術的詳細に関する詰めの協議が行われるらしい第7戦アッセンあたりで、おそらく詳細があきらかになってくるだろう。

 ……と、ここまでが前置き。ふう。長いな。あまりに長くなってしまったので、以下の本論は手短に行きます。
 2010年に発効した「ルーキールール」がおそらく近々に廃止されることは選手とチームやスポンサーに利便性が高く、運営者にとっても駆け引きの材料として利用できたことにより、今回の一連の出来事は、総じてステークホルダー全員がハッピーな結論を得ることになりそうだ。

 レースを観戦する側としても、能力の高い選手が最高の環境で実力を存分に発揮できる場面を目の当たりにできるわけだから、ファンも今回のルーキールール廃止からは恩恵を受けるというか、それなりに効用が高まる、といえなくもないだろう。じっさい、ホンダファクトリーマシンに乗るマルケスがどれだけの走りを披露するのか、ものすごく見てみたいしね。

 ただし、その一方で、このような場当たり的な規則改変に対しては妙に釈然としない思いも残る。この違和感の原因はどこにあるのだろう、と、ここ数週間ずっと考えていて、いまだに整理がついていない部分も残るのだけれども、おそらくはこういうことだ。現行制度上で規則に抵触する個別事例を抵触させないことにするために、便宜上規則を改変してしまうのは、本来の「法の規制・法の支配」に対する理念や法執行の機序からすれば本末転倒の事態であり、自分が感じている釈然としない気持ちは、この恣意的な意志決定や運用に対する違和感、ということなのだろうと思う。「ルールに抵触する? それならルールを変えちゃえ」というのであれば、ルールが備えているべき抑止力はまったく意味を持たなくなる(というか、そもそも抑止力に意味を持たせなくするための一連の経緯なのだから、この指摘はただの同語反復なのだけど)。

 もちろん法やルールというものは絶対不可侵かつ無謬なのものではなく、そこで定める内容が対象とする世界の実態と著しくそぐわなくなった場合には、被規制者に対していつまでも盲目的な遵法行為を強制するのではなく、むしろ法やルールのあり方を再検討していくことが健全な「法やルールの支配と運用」につながると思うのだが、そうはいってもその再検討行為は個別の便宜や利便を図るためのものであってはならない、とも思う。

 今回の事例についていえば、何度も繰り返しているように、もちろんマルケスがレプソルホンダでRC213Vを駆り、どれほどの実力を発揮するのか、ということにはおおいに興味があるし、その姿を早く見てみたいとも思う……のだけれども、上記の理由からルールの執行手続きという面では違和感も残る、というのが現在の正直な心境でしょうか。

「グランプリのルールなんてそういうもんなんだよ」とか「べつに今に始まったことじゃあるまいに」とか「結果的に面白くなるからいいじゃん」とかいった、世間知を装った思考停止や無責任な結果追認は、少なくとも健全なグランプリ運営に資することがないと思う。

 それにしても、なんだか今回はこのルーキールール廃止とマルケスのレプソルホンダ入りをまるでもう既成事実のように語っておりますが、じっさいにはまだなんの公式発表もなされていませんので為念。おそらく次の第7戦アッセンあたりで、何らかの動きがあるかもしれないけど。

 というわけで、今回はいつもより倍近くの増量になってしまった。いいんだかわるいんだか。ごめんなさい。次回からはもっとコンパクトにまとめます。 

第6戦イギリスGP 第6戦イギリスGP 第6戦イギリスGP
ヤマハとの2年契約更改。第6戦優勝。完璧。 ロレンソと35ポイント差。次の三連戦が鍵。 契約更新の状況は!? やきもきします。
第6戦イギリスGP 第6戦イギリスGP
フリー走行で左手人差し指を負傷するものの、決勝は8位と健闘。
第6戦イギリスGP
トリビュートソング『Rise Again』を発表したThe Raindbandのヴォーカル、
マーティン・フィニガン。
見るからに寒いことがよくわかると思います、はい。

■第6戦 イギリスGP
6月17日 シルバーストン・サーキット 曇時々晴
順位 No. ライダー チーム名 車両
1 #99 ホルヘ・ロレンソ ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
2 #1 ケーシー・ストーナー レプソル・ホンダ・チーム HONDA
3 #26 ダニ・ペドロサ レプソル・ホンダ・チーム HONDA
4 #19 アルバロ・バウティスタ ホンダ・グレッシーニ HONDA
5 #11 ベン・スピース ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
6 #35 カル・クラッチロー ヤマハ・テック3 YAMAHA
7 #69 ニッキー・ヘイデン ドゥカティ・チーム DUCATI
8 #6 ステファン・ブラドル LCRホンダ HONDA
9 #46 バレンティーノ・ロッシ ドゥカティ・チーム DUCATI
10 #8 エクトル・バルベラ プラマック・レーシングチーム DUCATI
11 #41 アレックス・エスパロガロ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
12 #14 ランディ・デ・ピュニエ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
13 #51 ミケーレ・ピロ ホンダ・グレッシーニ FTR(CRT)
14 #77 ジェームス・エリソン ポール・バード・レーシング ART(CRT)
15 #68 ヨニー・エルナンデス BQR BQR-FTR(CRT)
16 #5 コーリン・エドワーズ フォワードレーシング SUTER(CRT)
17 #9 ダニロ・ペトルッチ イオダ・レーシングプロジェクト IODA(CRT)
18 #22 イバン・シルバ BQR BQR-FTR(CRT)
19 #4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ ヤマハ・テック3 YAMAHA
20 #54 マティア・パシーニ スピード・マスター ART(CRT)
第2戦スペインGP
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

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