幻立喰・ソ

第25回「他店のソ」似って丼を磨くべし(←出典:他山の石)

 日本語は大変奥の深い言葉でございます。「おこめ券」という看板を見て興奮するのはちょっと意味が違いますが、一字違うだけで大喧嘩になったり、歴史が代わったりする、ある意味たいへん物騒でもあります。

 例えば交際16日目の男女、他人行儀から一歩前進の完全に恋は盲目状態で
「いつもそばにいるよ」
と彼に言われれば、彼女もうっとりします。が、
「いつもそば屋にいるよ」
と言われたら「私よりもソなのね……」と、さっそく小さなヒビ割れが生じます。
 そんなこんなで、すった(り)もんだ(り……まあ! りを付けるだけでいやらしいっ)した後、彼女の髪をなでながら
「君のソバージュからとてもいいかおりがする」
と言えばとろーんと上機嫌ですが、ちょっと間違えて
「君は蕎麦汁のにおいがする」
と言えば、間違いなく張り手が飛んできます。
 で、彼女とケンカしてやけ酒。場末の居酒屋で日本酒をあおりながらBGMは演歌。弟と兄の共同所有船舶の歌にしましょうか。かつて遠洋漁業にも従事したという大物演歌歌手の歌ですが、氏の名前が紀伊半島の真珠で有名なあそこではなく「蕎麦一郎」だったら、歌の合間からそば湯のにおいはしても、潮の香りがすることはなかったでしょう。ついでに赤い帽子にCマーク、5回のリーグ優勝を達成し黄金時代を築きながらも、いつもベンチの端っこで控えめに半分だけ姿を見せていたあの名将も、古い葉っぱみたいな名前ではなく「蕎麦監督」だったら……ん? 名前で采配が変わる訳ではないので、これは問題ないか。
 歌手と言えば、棒に刺した長いソーセージみたいな某有名歌手も
「そばにいてくれる〜だけでいい〜♬」
ではなく
「蕎麦を煮てくれる〜だけでいい〜♬」
と歌ったら、歴史的な大ヒットになったかどうか怪しいもの。間違いなく昭和コミック歌謡の仲間入りです。
 さらに、スターの代名詞で呼ばれるあの大御所歌手も
「空に太陽がある限り〜♬」
ではなく
「蕎麦に代用がある限り〜♬」
となると、県名や県庁所在地の駅を名付けてしまった(けれど、最近、すっかり話題に上がらなくなった……とほほな)白い粉で打った麺の歌になりそうです。ため池がたくさんある県のみなさんから「蕎麦の代用品ではない!」と、強くお叱りを受けますが、話の辻褄を合わせる便宜上のことですので、平にご容赦を。
 あめ玉みたいな女の子も
「ソバカスなんて〜気にしないわ〜♬」
じゃなく
「蕎麦カスなんて〜気にしないわ〜♬」
と歌っていたらミシガン湖畔ではなく信州の水車小屋で蕎麦粉まみれで働く、お漬け物から「こ」を引いた名前の女の子の物語みたいになってしまいそうです。

 最後はかなり関東ローカルな話なので、きょとん? な方も多いかと思われますが、自転車のベル音みたいな名前と、初代パンダの片割れみたいな名前の女性ディオが某中華料理店の軽快なコマーシャルソングの最後の台詞
「地下鉄御成門、駅の側」
が、
「地下鉄御成門の、駅蕎麦」
になると、なんのCMか解りません。

 と、一通りヨタったところで、次の話題は先日目撃した出来事です。

 某日のお昼前11時くらいでしょうか、津無理先生も何処を走っていいのか問題提起していた都内某五叉路付近にある某立喰・ソでのことです。歩道に面したカウンターだけという潔い、立ち喰いofソな某立喰・ソは壁が青一色です。青い洞窟が本当に青いのか、五色沼が本当に五色あるのかも知りませんが、青一色の壁を前に食べる立喰・ソは、夏は清清しく冷やしソの涼感が5割増、冬は寒々として温かソのありがたみも5割増すという心憎い空間演出がなされているのです。さぞや名のある空間プロデューサの仕事に違いありません。そのカウンター内の端っこで、オやっさんがソをすすっていたのです。

「立喰・ソのオがソをすすっているのは、当たり前田のあっちゃんじゃねーの?」

「前田」と聞いて『クラッカー』を連想したパブロフな貴方、「グリコ」と言えば「がっちり買いまショー」。「がんばれ」と言えば「ロボコン」、「走れ」と言えば「K100」、「どっこい」と言えばもちろん「大作」ですよね。オープニングで北海道のたぶん室蘭本線を疾走するD51が素敵でした。あの593号機は長万部機関区の所属で……すいません。話を青一色の店内に戻します。
 普通に考えれば普通かも知れませんが、これが結構普通じゃないのです。600店以上の立喰・ソを食べ歩いたこの私ですが(軽い自慢風味)、青一色の某立喰・ソで目撃したと大(ぼらふき)コラムで話題にするくらいですから、あまり見かけないのです。これが出前のソだったりしたら大衝撃さらに倍ですが、どんぶりから察すると残念ながら? 自前ソのようでした。

「おまえが行った時間に喰っていなかっただけ」
「普通、お客さんから見えるところで食わない」
「立喰・ソの人だからソという思考が凡庸で差別的」

 なるほど、御説尤も3連発。しかし、力説するのはそこではなく(話の都合上)、自らの立喰・ソのソを食べたことあるんだろうか? と疑いたくなるほどのびっくり立喰・ソが存在していることです。
 味覚は十人十色ですから、本人は最高に美味しいと絶賛しているのかもしれません。いや、そういう立喰・ソが、幻立喰・ソになっていないことの方が多いくらいですから、びっくりした私の味覚が一般から大きく逸脱している……と、そうではないと断言しておきます(これも話の都合上)。「最近味が落ちたよね」という噂話は、古今東西、枚挙に暇がありません。噂はあくまで噂ですが、そんな噂どおり「おいしい→びっくり→幻立喰・ソ」と転落道を突き進んでしまったであろう某幻立喰・ソと某幻立喰・ソもちゃんと? あったんです。いくら幻立喰・ソとは言え、悪い方の話は気が引けるので、今回の店名は匿名にしておきます。

 その立喰・ソはDとJといいました。DとJといえば、避けて通れないのがホンダのスクーターDJ ・1。黒い丸坊主の外人さんが軽快な身のこなしで「ディージェ、ディージェ」とやっていたTVCMが印象に強く残っています。どうでもいい人にはまったくどうでもいいことですが、バイク誌などでDJ1とかDJ-1と表記されているケースもあります。しかし正式には・(なかぐろ)が入ります。DJという名称は、最初期のカタログに「Dドルフィン Jジャンプライン」「〜イルカの躍的なジャンプを思わせるDolphin Jumpライン〜」と書かれています。が、絶大な人気を誇っていたヤマハJOGに対する「打倒JOG」の頭文字じゃない? という説もありました。当時の情勢からすれば真実味がありますが、真相は藪の中。

DJ・1 DJ・1R DJ・1RR
左からDJ・1(1985年9月カラー追加モデル)、アカギがイメージキャラクターのパワーアップしたDJ・1R(後期型)、そしてDJ・1RRです。あえてメジャーではない雑誌などであまり紹介されたことがないであろうカラーをチョイスしてみました。

「打倒JOG」を成就できたかどうかは定かではないのですが、グラフィックが代わった限定車や、フロント10インチにチャンバー風マフラーのR、Dioの6.8psエンジンを搭載してフロントテレスコになったRRなど、次々にバリエーションモデルが登場した`80年代中盤の人気車でした。

 そんなDJ ・1シリーズで忘れてはならないのが語り継がれない伝説のDJ ・1L。ボアを3mm拡大し56ccにしたのですが、二人乗りは出来ない中途半端な迷G2スクーターでした。これは、当時の原付一種を取り巻く社会情勢の大きなうねりの中、低コストで切り抜けるために生まれた苦肉の対抗策で……というような話は、G2連邦ピンキー大統領か、マニアックバイク博士濱矢フミヲ教授の領域です。私のようなド素人が踏み込むと高速警備艇に拿捕抑留される恐れがありますので、ぼろが出ないうちにやめておきます。

DJ・1L
DJ・1L。ぱっと見た目はほとんどDJ・1と変わりません。手っ取り早く二段階右折、法定速度30km/hから逃れるという狙い所は間違っていなかったと思うんですが「だったらDJ・1じゃなくて、90とか125でいいじゃん」とユーザーは思っちゃいました。

 そうそう、ピンキー大統領ですが、ピンク色の「PINKY」だと思っていたら、小指の意の「PINKIE」だそうです。DJ ・1のなかぐろ共々この機会に憶えておいてください。なお大統領の息子が小指級なのかどうかは最高国家機密で、真相を暴こうとした多くのジャーナリストが行方不明になっているようなので深く追及しない方が身のためです。

 本題のDとJです。Dは数字の5に3を足して2を引いて4を足して5を引いた数字に、おじいちゃんが「カーッ、っぺ」と吐くあれ+だ、みたいな某駅ホームで営業している(たぶん今もあるはず)同名店ではなく、同駅のガード脇にあった方です。ガード下にまでただようダシの香りに誘われる人々は、誘蛾灯に集まる蛾状態で常に混んでいました。蛾と言えば、蝶と蛾の違いって知ってます? 実は学術的に決定的違いはないそうです。と、某FMの番組で言ってました。この番組のMC斉藤リサちゃんのしゃべりが、知的でキュートでちょっとセクシーで、その声が聞きたくて朝5時起きするようになりました。だから色々な意味でへろへろになっています。サイン入りのステッカーください! ではなく、Dの末期は助っ人外人店員さんが多く、この助っ人達がよくしゃべるしゃべる。そう言えばシャベルとスコップの違いも先ほどの番組で……は、おいといて「いらっしゃいませ」も「ありがとうございました」ももちろんなし。食券を渡しても、ソを出すときもずーっとしゃべりっぱなしでした。たまたまその日がおしゃべりデーだったのかもしれませんが、そのあたりからびっくり化していったと記憶しています。でも誤解しないでください。外人さんだからどうということではありません。最近行ったトレジャー町風な駅近の某立喰・ソは、美形アジア系二人組が回していたのですが、ゆで具合といい天ぷらの揚げ具合といい、接客態度といいまったく無駄も隙もない超A級ですし、惜しまれながら幻立喰・ソとなった品川の常磐軒も末期は怪しげな日本語で対応してくれるファニーな外人さんがいましたが味は変わりませんでしたから。

D店 D店
ガード脇のDと、ちくわ天そば(390円)。細め麺は茹で過ぎの上、明らかに茹ですぎでぶつぶつ。つゆはしょうゆのお湯割りでびっくり。(2003年2月撮影)

 もう一方のJですが、フリー(が)ヒルな某オシャレ私鉄の駅近くのこちらも人通りが多い一等地にありました。24時間営業だからかやや割高な価格設定でしたが、生そば+ダシの効いたおつゆ+サクサク天ぷらのファンは多く、いつ行っても必ずお客さんがいました。店内に貼り紙があった一番人気、貝柱とエビのかき揚げはいつも売り切れでした。

 こちらもいつの頃からか、天ぷらの揚げ方が雑になり、そばも茹で過多、薫り高いおつゆはしょうゆのお湯割りへと明らかなびっくり化が進んでいったのです。原因はわかりませんが、いつの間にか違う業種のお店になってしまいました。

J店 J店
Jのゲソとたまねぎのかき揚げそば(410円)。生そばは茹ですぎ、つゆも薄い。天ぷらもべたべた……昔はびっくりするほどおいしかったのに……なぜかおいなりさんがひとつ付いてきました。別れの稲荷だったのでしょうか?(2003年2月撮影)

 とは言え、このDとJが幻立喰・ソになった理由が、「おいしい→びっくり→衰退」かどうかの真相を調査したわけではなく、別の大人の事情で幻立喰・ソ化したのかもしれません。あくまでいいかげんな推測に推測と推測と推測を重ね合わせた推測の4乗なので、もし間違って関係者の方が読んでいたとしても、真に受けないでください。まあ、これは今回に限ったことではなく、毎度のことですから。
 DやJのように人生の最期に「昔はあんなじゃなかったのに」と言われないよう、今から一人でひっそり静かに暮らしていこう。他店の丼(盗品ではありません)を眺めながらそう思う、今日この頃です。


■立喰・ソNEWS

●幻一直線、絶滅危惧種の自販・ソは立喰・ソの仲間か?

 常連読者さんからいただいた情報を基に懐かしの「自販・ソ」と対面してきました。これを厳密に立喰・ソの部類に入れるのかですが、全ソ連でも未だ結論が出ていません。「いざとなったら立って喰えばいい」が私の座右の銘ですから、問題ないでしょうということでご紹介させていただきます。
 しかし、まだあったんですねえ、オートスナック。コンビニができる前は、国道沿いなどにあったのですが、ドライブインと共に今やすっかり死語です。動いているんだか壊れているんだか、そもそも動いていても本当に喰えるんだかの不安感はまったくない、きちんと手入れが行き届いている店内と自販・ソに安堵しながらお金を入れると、レトロなデジタル(ニキシー管というその昔、名鉄パノラマカーの先頭に付いていた速度計みたいなやつ)に25秒と表示が出ました。ちなみに中学生の頃、バス停横にあったのはこんなおしゃれなデジタル表示ではなく、四角いランプがエレベーターの表示みたいに上から順番に下りてくるやつでした。
 待つこと25秒くらいで、下の出口からすーっと容器が出てきました。雰囲気としては中におばあちゃんが入っていて、そっと手で押し出すような、そんな感じです。ちょっと妖気な雰囲気で容器が出てくるみたいな。
 さて、肝心の味ですが、まったく期待していなかったのに結構おいしいんです。びっくり級某店や超びっくり級某店や超弩級びっくり級某店より、安くておいしいことは間違いありません。天ぷらもちゃんと具が入っていましたし。
 食べ終えて、さらに写真を撮りまくっていたら軽トラのおっちゃんが「よく写真撮ってる人がいるけど、なにが珍しいんだっぺ?」と、これまた涙ものグーテンバーガーを当たり前に4つほど買っていました。
 ネットで「そば自販機」で検索してみたら、鋭く深く研究されている諸兄がいらっしゃいました。全国数十ヶ所に残っているとのことですが、すでに本体の生産は終了し、補修部品もないので故障=幻自販・ソに直結しているそうです。平成に生き残った昭和自販・ソに残された時間は、残念ながらそう多くなさそうです。

自販ソ 自販ソ
うどんもそばも280円。一般的な立喰・ソより安めです。人件費がいらないから当たり前のような気もしますが、品質管理のためこまめに巡回しなきゃならないようなので、結構手間暇かかります。(2012年5月撮影)

バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在500店以上を制覇したものの、データ化されていないのでたいして役に立たない。そば好きから、立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


[第24回|第25回|第26回][バックナンバー目次へ]