MBHCC E-1
 西村 章

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スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第16戦 マレーシアGP「セパン発KLIA_Ekspres」

 今回も話題にこと欠かないレースウィークだった。いろんな人々がいろんな階層でいろんな方向に右往左往する週末になったが、その最たるものとして誰もがまず想起するのは、やはり決勝日のレース進行だろう。
 Moto3クラスは規定どおりの周回数で終了したが、表彰式は豪雨になり、雨の様子見でMoto2のスタートが遅延。時間を遅らせてレースが始まったものの、雨が激しさを増して15周成立後に赤旗中断。MotoGPも当初の予定より約15分遅れでスタートした後、やはり雨脚が強くなって赤旗中断になった。Moto2クラスの決勝は19周予定の15周目中断で、全体の2/3を消化していたためにルール上も問題なくレースが成立した(15/19≒0.789)。しかし、MotoGPクラスの場合、20周予定の13周では2/3に達していない(13/20=0.65)。したがって、雨が収まれば再開する前提で事態が進行し、トップを走っていた選手たちもパルクフェルメ(表彰台獲得選手がバイクを停める場所)ではなくピットボックスへ戻って推移を見守ることになった。
「てっきりこれでレースは終わりだと思ったのに、チームのガレージに誘導されたので少し混乱した」とは中断時に先頭を走っていたダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)の弁。
 じっさい、ペドロサの話すとおり、とても再開できそうな様子ではなく、雨はさらに激しくなって雷もかすかに轟く状態。時刻も5時を過ぎて周囲はどんどん暗くなり、結局、中断時の順位でレースが成立することになった。安全性を考えれば当然の措置であり、賢明な判断だったと思う。結局、優勝はペドロサ、2位にホルヘ・ロレンソ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)。そして3位に前戦日本GPで復帰したケーシー・ストーナー(レプソル・ホンダ)。
 ペドロサは、今回が自身にとってのウェットレース初勝利。雨に弱い、と言われ続け、自身もその克服を課題としてきただけに、この勝利は格別にうれしかった様子。チャンピオンシップポイントはラスト2戦を残してロレンソ330、ペドロサ307、と23点差だが、彼らふたりの熾烈なチャンピオン争いについて、現王者のストーナーは
「ダニもホルヘも非常に高いレベルで争っている。とにかく彼らふたりには敬意を払う。最後は<なるべくしてなる>結果になるのだろうし、最高の走りをした者が勝つのだろうね」
 と、レース後に語っている。

セパン セパン セパン
パドックゲート入り口の大看板。皆がニューヒーローの誕生を期待していた。 レースに先だつ木曜には、故マルコ・シモンチェッリの追悼式典も行われた。 パドックのプレハブオフィスは、スコールの雨宿り場所としても大人気?
ダニ・ペドロサ ホルヘ・ロレンゾ ストーナー
後半戦6戦中5勝の猛追。今までにない強さを発揮して追い上げている。 確実に2位を取り続け、着々と王座奪還への地固めを行っている。 今回の雨のレースでは、万が一の危険回避で棄権も考えたとか。

 ※        ※        ※ 

 右往左往の混乱といえば、Moto3のマーベリック・ビニャーレス(ブルセンス・アヴィンティア)がチームから離脱した一件は、まさに青天の霹靂で、パドックじゅうが目を丸くした。いったいなにがどうしてこういうことになったのか、現状でわかる範囲の話を整理してみよう。
 事態が公に発覚したのは金曜日の午前。Moto3のFP1にビニャーレスがサーキットに来ていないことが判明。どうやら前日にチームと決裂したらしい、という話で、その理由は
1. チームは充分な戦闘力を持ったマシンを用意できない。明らかにマシンが遅いし、自分たちの望むような水準に仕上げてくれない。
2. 他のチームから自分にオファーがあったことを隠して、チームは自分と来年からの2年契約を締結した。
3. こんな<二流チーム>とは金輪際いっしょに仕事をできない。
 と言い捨てて、金曜夜のフライトでビニャーレスは父親とともにスペインへ引き揚げてしまった。
 ブルセンス・アヴィンティアの母体は、バルセロナ郊外にワークショップを構えるBQR(By Queroseno Racing)で、GPパドックの中では古参チームのひとつだ。今季のビニャーレスはこのチームで5勝を含む7表彰台を獲得している。出場拒否時点でのランキングは2位。たしかにレースによってはメカニックの不手際でぐだぐだになることもあったけれども、とはいえ、ここまでいっしょに戦って結果を残してきたスタッフたちに対して「二流」呼ばわりはないだろう、という気はする。
 また、他のチームからのオファーを隠されていたという件だが、これはちょっと事情が込みいっている。ビニャーレスのマネージャーを務めるリカルド・ジョヴェという人物が、チーム運営にも携わっているため、「自分を手元に置いておきたいために、よそから来た条件のいいオファーをナイショにしていたんだ。ずるいじゃないか」というのが選手父子の言い分だ。たしかに一筋縄ではいかない人物らしく、スペイン人選手の間でも毀誉褒貶があるようだ。
 ところで、ここで言及されている他からのオファー、とはチーム・アスパルを率いるホルヘ・マルチネスと、KTMのトップチームを運営するアキ・アヨであるらしい。ビニャーレスとジョヴェ双方を知るスペイン人ジャーナリストによると、ビニャーレス父は、マルチネスとジョヴェを交え、またアヨとジョヴェを交え、ツインリンクもてぎでそれぞれミーティングの場を持っており、じっさい彼はこの内容について当事者たちに取材をした、という。つまり、ビニャーレス側がこれらのオファーを知らなかったわけがない、というのだ。ビニャーレス(息子)が何も知らされていなかったのなら、それはあくまで親子間の問題、ということになる。ということから推測すれば、オファー云々やチーム力の話は表面上のもので、彼らが衝突している本当の理由はおそらく別のところにあるのかもしれない。
 土曜の夜にはジョヴェが記者会見を開き、他チームからの交渉を隠したことなどない、彼らはアスパルとアヨからのオファーを知っていたはずだ、と弁明。また、次戦フィリップアイランドで復帰する気があれば自分たちは門戸を開いて待っている、とも述べた。
 このチーム自身が吝嗇な面のある所帯で、マネージャーも癖のある人物であるらしいために、真っ向から主張が相反する双方のいずれが正しいのかは、現状ではなんともいいようがない。レースを運営するDORNAのCEO、カルメロ・エスペレータも両者の仲裁に入ろうとしたようだが、選手側が聞く耳を持たずにとっとと帰国してしまったため、匙を投げ気味、というのが実情のようだ。今後の推移については、固唾を呑んで見守る気にもあまりならない一件だが、このような諍いが原因で将来の芽を摘んでしまう結果になるのなら、もったいない話だなあとは思う。

ブルセンス・アヴィンティア
どないすんねんおまえら。どないなっとんねん。

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 あと、今回特筆しておくべき事項では、Moto3クラスとMoto2クラスでの地元マレーシア人選手の大活躍も挙げておきたい。とくにMoto3クラスでは、ファーミことズルファーミ・カイルディンがマレーシア人選手初のPPを獲得し、決勝レースでも熾烈なトップ争いを展開。最後は惜しくも僅差で優勝を逃したものの2位フィニッシュで、マレーシア人初の表彰台を獲得した。
「最終ラップは自分がレースをリードしていたけれども、バックストレート手前のコーナーでサンドロにパスされてしまった。最終コーナーで逆転を狙ったけれども、バンプに乗って転倒しそうになったので、順位確保に頭を切り換えた。でも、2位に入れたのはとてもハッピーだよ」
 レース後、大勢の地元メディアに囲まれる様子も微笑ましく、やッパリホームGPはこうじゃないとな、と思わせる好ましい雰囲気だった。
 ちなみに、Moto3で優勝したサンドロ・コルテーゼは2012年のチャンピオンを獲得。次戦オーストラリアGPでは、Moto2クラスでランキング2位のポル・エスパルガロが優勝してもマルク・マルケスが14位以上でフィニッシュすればチャンピオンが決定する。MotoGPクラスのチャンピオン決定条件は複雑で、しかもできれば最終戦までもつれ込んでほしいので、ゲンかつぎではないけれども、ここでは計算をしないことにしておきます。
 というわけで今週末は第17戦のオーストラリアGP。寒いぞ、きっと。

moto3 サンドロ ファーミ
Moto3とマレーシアにとって、記念すべき一日になった。 「とにかく冷静に走るように心がけた」と語る初代Moto3王者 21歳の誕生日にPP獲得。決勝ではマレーシア人初のGP表彰台。まさに快挙。
■第16戦 マレーシアGP
10月21日 セパン・サーキット 晴のち雨
順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #26 ダニ・ペドロサ レプソル・ホンダ・チーム HONDA
2 #99 ホルヘ・ロレンソ ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
3 #1 ケーシー・ストーナー レプソル・ホンダ・チーム HONDA
4 #69 ニッキー・ヘイデン ドゥカティ・チーム DUCATI
5 #46 バレンティーノ・ロッシ ドゥカティ・チーム DUCATI
6 #19 アルバロ・バウティスタ ホンダ・グレッシーニ HONDA
7 #8 エクトル・バルベラ プラマック・レーシングチーム DUCATI
8 #41 アレックス・エスパロガロ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
9 #77 ジェームス・エリソン ポール・バード・レーシング ART(CRT)
10 #17 カレル・アブラハム カルディオンABモトレーシング DUCATI
11 #9 ダニロ・ペトルッチ イオダ・レーシングプロジェクト IODA(CRT)
12 #51 ミケーレ・ピロ ホンダ・グレッシーニ FTR(CRT)
13 #4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ ヤマハ・テック3 YAMAHA
RT #6 ステファン・ブラドル LCRホンダ HONDA
RT #35 カル・クラッチロー ヤマハ・テック3 YAMAHA
RT #14 ランディ・デ・ピュニエ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
RT #22 イバン・シルバ BQR BQR-FTR(CRT)
RT #5 コーリン・エドワーズ フォワードレーシング SUTER(CRT)
RT #11 ベン・スピース ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
- #84 ロベルト・ロルフォ スピード・マスター ART(CRT)
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