MBHCC E-1
 西村 章

MBHCC E-1

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

最終戦バレンシアGP「祭典の日 Celebration Day」

「ありがとう。夢のようだった……」とは、傑作ボクシング映画『どついたるねん』でトレーナーの左島を演じた原田芳雄がつぶやく科白だが、2012年最終戦を終えた今は、まさにその言葉を中須賀克行(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)に贈りたい心境である。
 おそらく、レースを観戦した日本人全員が、そう感じたのではないかとも思う。今回のレースで彼が獲得した2位は、それくらい重く、価値のある表彰台だった。日本人が最高峰クラスで表彰台を獲得するのは、2006年第8戦オランダGPでの中野真矢(カワサキ:2位)以来。ワイルドカードや代役参戦での表彰台は、2002年開幕戦日本GPの梁明(スズキ:2位)以来だ。
 クールダウンラップのリカルドトルモ・サーキットを走る中須賀の姿をプレスルームのモニターで眺めながら、「自分の国の選手が表彰台を獲得するのは、こんなに気分のいいものだったのだな」ということを、改めて強く感じた。当の中須賀自身はというと、まさにこの瞬間、「チェッカー受けたとき、泣いてましたから。うれしすぎて」と、決勝後に照れたような笑みを浮かべながら明らかにした。「おれ、あんまり状況をわかってなくて(パルクフェルメではなく)ピットに戻ろうとしていたくらいだったし(笑)。皆が『違う、こっちこっち』って呼んでくれて。JSBでチャンピオンを獲ったときもそうだけど、皆の喜んでる顔を見るときがいちばんホッとするな」
 パルクフェルメで中須賀を迎えたヤマハ・ファクトリー・レーシングのスタッフのなかでも、モトGPグループリーダーの辻幸一氏が男泣きにむせぶ様子は、国際映像にもしっかり映し出されていた。あの姿に、かえってウルッときた人もいたのではないだろうか。
 この表彰台獲得劇の素晴らしいところは、あらゆる国の人々が、中須賀の2位を心から祝福していたことだ。「たまたま運が良かったんだね」とか「荒れたレースで儲けものだったね」というような、嫌味や斜に構えた見方をする人は、誇張ではなくひとりもいなかった。イタリア人もスペイン人もフランス人もイギリス人も、「あの難しい展開のなか、しっかりと最後までレースをマネージメントし、ペドロサとストーナーの間に割って入って表彰台を獲得した素晴らしい選手」として、彼の健闘を讃えた。次回に参戦する機会があれば、中須賀克行は注目選手のひとりとして扱われることは間違いないだろう。

中須賀
「シャンパンファイトをテレビで観ていつも『いいなー』と思ってたけど、まさか自分が今日こんなふうになるとは(笑)。ライダーとして、最高です」

 ※        ※        ※ 

 優勝したダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)とケーシー・ストーナー(同)にも触れておきたい。ウェットタイヤのバイクからスリックタイヤのマシンへ交換したためにピットレーンスタートとなったペドロサは、事実上最後尾から怒濤の追い上げで5周目に3番手、14周目にはトップに立つと、その後は一気に後続を引き離して独走優勝。過去には雨の弱さを常に指摘される選手だったが、第16戦で雨のセパンを制し、今回のこの微妙で難しい路面コンディションのレースでも圧勝を飾った以上、もう今後は誰も彼に対して「雨に弱い」とは言わなくなるだろう。
 一方、未だに足の負傷が癒えないストーナーは、ライダー人生に終止符を打つ今回のレースで、「雨だとリスクが高くなるので決勝日は晴れてほしい」と切望していたものの、朝から生憎の雨。大事を取ってウェット用タイヤでスタートしたものの、レース中にピットインしてスリックタイヤのマシンへ乗り換えたために、大きく順位をさげることを余儀なくされた。ポイント圏外から懸命に巻き返しを狙う姿を見ながら「いくらストーナーといえどもさすがに今回は難しいか……」と思うものかは、終盤にはぐいぐいとタイム差を詰めてゆき、ラスト2周に3番手へ浮上。じつに見事かつ恐るべき走りで、キャリア最後の戦いでも表彰台に登壇した。
 最後の記者会見では、質疑応答後に記者席からのスタンディングオベーションがいつまでも鳴り止まなかった。成り行き上最前列にいたために、彼の表情をごく間近で見ていたのだが、「自分は感情を露わにする性格ではない」と常に公言してきた彼らしく、我々の喝采に対してもストーナーは最後までいっさい涙を見せることはなかった。あくまでも毅然とした笑みで、滝のような拍手を最後まで受け止めていた姿がじつに印象的だった。
 

ケーシー
ケーシー ケーシー
MotoGPクラスでは2007年と2011年に年間総合優勝を達成。2006年からの7年間123戦で優勝38回、2位11回、3位20回。

 ※        ※        ※ 

 ところで、今回の第18戦ではすっかり中須賀の影に隠れてしまったけれど、このレースから青山博一がMotoGPへ復帰したことも忘れちゃいけない。来シーズン、CRT勢のアヴィンティア・ブルセンスから参戦することが決定している青山は、負傷欠場選手の代役として最終戦に参戦した。レース前には「今週は、あまりセットアップを大きく変えることもできないと思うので、まずはバイクの状態を把握するところから始めたい」と、冷静に抱負を語った。
「最終戦で他の皆はマシンがけっこう仕上がっているところに、自分は一度も乗ったことのないバイクで走るわけだから、厳しいレースになることは想定しています。そのなかで、自分が今まで乗ってきたバイクとの違いやインプレッションをチームにパスするのが、今回の大事な仕事なのかな、と思っています」
 決勝レースの結果は13位。
「少しでもバイクに乗る時間を稼ぐ目的で今回参戦した、という意味では、いろんなコンディションで走れたのはよかったかもしれないですね。ホントはウィークを通してずっとドライで走れていれば、もっと前進できたかもしれないけど、どんなコンディションであれ少しでも走れて、チームと実戦でコミュニケーションをとれたことは意義が大きいと思います。実戦の場で人がどう動くのか、チームはどんなふうにレースを組み立てるのか、というところも見えたので、良かったと思います」

青山 青山
日本人初のCRT選手。来季は、プロトタイプとは異なるシーズン戦略やレースウィークの組み立てを要求される。

 ※        ※        ※ 

 さて、というわけで2012年シーズンの当欄は今回にてお開き。もし機会があれば、シーズン前のどこかでふたたびお目にかかることといたしましょう。ではそれまでしばらくのあいだ、さいなら御免。

     

ロッシ ホルヘ 高橋
ドゥカティの去り際は淡々としたもの。2013年はヤマハへ復帰。 最終戦は残念ながら転倒リタイア。2013年はふたたびゼッケン1をつける。 苦しい戦いを強いられた2012年。レース翌日には事後テストを実施した。
小山 中上 藤井
後半6戦に参戦したが悪天候で苦戦の連続。来季予定は白紙だが現役を継続。 2013年も現チームに残留してMoto2クラスへ継続参戦する。さらなる飛躍を。 勉強の連続だったシーズン。来季は全日本とスペイン選手権に参戦予定。
虹
決勝日早朝。劇的な一日を予言するかのように、サーキットに架かる虹。
■第18戦 バレンシアGP
10月28日 バレンシア・サーキット 雨
順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #26 ダニ・ペドロサ レプソル・ホンダ・チーム HONDA
2 #21 中須賀克行 YAMAHA YSPレーシングチーム YAMAHA
3 #1 ケーシー・ストーナー レプソル・ホンダ・チーム HONDA
4 #19 アルバロ・バウティスタ ホンダ・グレッシーニ HONDA
5 #51 ミケーレ・ピロ ホンダ・グレッシーニ FTR(CRT)
6 #4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ ヤマハ・テック3 YAMAHA
7 #17 カレル・アブラハム カルディオンABモトレーシング DUCATI
8 #9 ダニロ・ペトルッチ イオダ・レーシングプロジェクト IODA(CRT)
9 #77 ジェームス・エリソン ポール・バード・レーシング ART(CRT)
10 #46 バレンティーノ・ロッシ ドゥカティ・チーム DUCATI
11 #41 アレックス・エスパロガロ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
12 #14 ランディ・デ・ピュニエ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
13 #73 青山博一 BQR BQR-FTR(CRT)
14 #5 コーリン・エドワーズ フォワードレーシング SUTER(CRT)
RT #35 カル・クラッチロー ヤマハ・テック3 YAMAHA
RT #71 クラウディオ・コルティ Avintia Blusens INMOTEC
RT #8 エクトル・バルベラ プラマック・レーシングチーム DUCATI
RT #99 ホルヘ・ロレンソ ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
RT #6 ステファン・ブラドル LCRホンダ HONDA
RT #84 ロベルト・ロルフォ スピード・マスター ART(CRT)
RT #22 イバン・シルバ BQR BQR-FTR(CRT)
RT #69 ニッキー・ヘイデン ドゥカティ・チーム DUCATI
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

[第54回へ][第55回][第56回へ]
[MotoGPはいらんかねバックナンバー目次へ]
[バックナンバー目次へ]