幻立喰・ソ

第30回 鰻の寝床で利根魂

 小学生が大好きな時間。昭和小学生の権化、かもめ第三小学校5年3組の磯野くんをサンプリングするまでもなく給食か体育ですが、運動音痴で肉、魚が一切食べられない超偏食な坊やの私には、体は痛くはないけど苦痛でした。
 運動音痴はともかく、まだお腹の中で暮らしていた頃、母はまったく肉、魚を受け付けなかったそうです。その10月10日前、袋の中でうごめいていた頃、父が肉や魚より野菜を好んだかどうかは聞き漏らしましたが、信条や宗教的な問題ではないベジタリアンの主因は遺伝子的なものでしょう。
 私の生年月日すら知らない人に訳知り顔で「喰わず嫌いさ。食べるとおいしいから」と言われることがありますが、そんなお節介人には「今度生まれてくるときは超偏食になりやがれ。俺のケツでも舐めてろ(ドイツ的)または、魔女のばあさんに喰われてしまえ(ロシア的)または、おまえのかーちゃんいん○い(アメリカ的)」と心の中で唱える深い理由があるのです。

 
 あれは43年前、今は廃校になった岐阜県某小学校に入学した私は1年うめ組(幼稚園みたい)でした。担任H先生はまったく笑わず融通の利かない石部金吉(←名前ではありません。念のため)でした。まじめで厳格な先生ですから給食を残すなどもってのほか。
 隣席の早苗ちゃん(名字忘れました)は野菜がダメな女の子でした。今から思えば交換すればウインウイン(初めて聞いたときはワッキーのモノマネ音だと思いました)でめでたしめでたし。もしくはストックホルム症候群(ちょっと違いますか?)で恋に落ちたりすればよかったのにね。
 バカ正直なバカな子供二人は「ういんういん」ならぬ「うえっぷ、うえっぷ」と半下呂(岐阜県だけにね)じゃなくて、半ゲ〜と半べそで、毎日帰れまテンならぬ全部食べるまで帰れませんでした。幸い私は2年生で転校したので地獄から脱出したのですが、早苗ちゃんはどうしたのでしょうか。

 約20年後、社会人になり、年に何度か浜松へ出張がありました。出張先ではお弁当を用意してくださったのですが、いつも鶏天丼か鰻丼でした。しかし大人ですから躊躇することもなくうやむやにしました。鰻が大好きなラズウエル細木先生や、鳥を愛して止まない愛鶏家のみなさんにしてみれば、万死に値する噴飯ものです。

 
 さらに25年後、リニューアルした立喰・ソM(現役店なので、当コラムのあってないような掟にしたがいイニシャルのみ)の鰻の寝床で鶏責めに遭遇するとは誰が思うでしょう(詳細は前号で)。出張先で心づくしの鶏や鰻を闇に葬り去った因果応報です。世の中うまくできているのです(じゃあ、給食で苦しんだ分のプラスは?)。

利根 利根
古本屋街神保町交差点、黄色い看板が目印だった利根。通りを挟んだ向かい側にはチェーン店のUとKが睨みを効かせています。さながら英米重巡と同航戦で主砲を撃ち合う帝国海軍の重巡利根の勇姿を誰もが思い浮かべたことでしょう。(2012年3月撮影) 立喰・ソなのに肉野菜イタメ? 店頭を飾っていたのは「天ぷらそばうどんセット」(560/570円)にバンドルされる日替わりおかず。10円の差は選択する天ぷら(100/110円)による価格差。芸が細かい!(2012年3月撮影)

  
 Mという新店になる前は、神保町という昭和な町によく似合うすすけた昭和風の「利根そば」(以下利根と略。以下だけじゃなく上のキャプションもね)という立喰・ソでした。
 出てきたソが、ふにゃふにゃ茹で麺+しょうゆ湯(ダシ風味1%以下のしょうゆを湯で割ったようなしょうゆ辛いおつゆ。かつての関東立喰・ソでは標準的仕様)+くたくたorかちかちの天ぷら+ランダム乱切りねぎが2〜3切れでも怒ったりしません。だってそれも立喰・ソの醍醐味だと思いますから(思うだけです。ホントに出てきたらがっかりです)。
 しかし利根は違ったのです。そう、奥様は魔女だったのです(また使ってしまいました。大好きなんだもん)、ではなく、さすがは幾多の海戦を闘い、終戦まで残った帝国海軍の利根型重巡一番艦と、また板東太郎と呼ばれる大河と同名の立喰・ソです。

利根 M
背中合わせのカウンターながら、背中合わせですすられると絶対に通り抜け不可。ぶーでーな方だと一人でもアウトな鰻の寝床の店内。右は在りし日の利根で、入口から奧の厨房側への図。(2012年3月撮影)。左はその逆方向から見たリニューアル後のM。(2013年1月撮影)。あまり変わっていないようですが、実際はかなりきれいになっています。

 
 2011年のある日、厨房の手前に御触書が張り出されました。これを見れば、利根がそんじょそこらの立喰・ソとは異なることと、利根魂も解かります。

 
前略 23/1月/吉日
そばとつゆが変わりました。
ひとりよがりのつぶやき、ささやきをお許し下さい。
そば
①そば粉とつなぎ粉を一新し、なおかつそば粉の比率を引き上げそば粉55%とつなぎ粉45%の割合にし、立食いそばとしては良心的で、より完成度の高いそばが出来ました。
②これによりコシ(2枚腰)が強くて口当たりがソフトで歯切れのよいそば麺に仕上がりました。
③完食するまで延びないのも特色です。
つゆ
④削節、昆布を使い、一手間かけて雑味のないすっきりした味で、そばと合性のよい、自家製のつゆとなっています。
後味もかなりのものと自負しています。
どうぞご賞味下さい。
⑤“ほう!ヘェー!立食いそば店でも、こんなそばが食べられるのか”というお客様の声が届けばそれこそ当店の目指す大いなる喜びです。
追伸
⑥念の為にうどんは従来通りです

草々

 
 さすが大砲屋の権化、黛 治夫大佐が艦長を務めた重巡利根と同名店。全編から湧き出す月月火水木金金の火のような錬磨の中にも①「立食いそばとしては良心的〜」と対面するライバルへ威嚇も忘れていません。
 一番のキモは最後の⑥。シビレます。「うどん? そんなもの本当なら扱いたくない」といわんばかりの偏向的ソ愛が溢れています。ここまで言われあえてウを注文する奴は、よほどの無神経か、筋金入りの麺通団員くらいなものでしょう。

 
 さらに利根で忘れられない出来事があります。御触書が出た1年後の春、昼下がりのことでした。
 狭い店内は押すな押すな、てめー押すなって言ってんだろ。しょーがねえだろ満員なんだから。と立錐の余地もない状態でした。「では、おまえはどこにいた?」ということになりますから立錐の余地くらいはあったのですが、とにかく混んでいました。
 人混みをかき分け最奧に進み、古本屋巡りに疲れた身体が激しく濃い味の天ぷらを求めていたので「ミニ天丼セットのソにもうひとつ天ぷらを追加してください」と食券+100円を提出しました。一人で大忙し、てんてこ舞って今にも浮き上がるんじゃないか状態のオヤジさんは「ちょっと待って」と怖いくらいに低い声で言いました。
 この瞬間利根の通路の1万倍以上心が狭く小さな私は、揚げた春菊のようにしゅんとなったことは想像通りです。どろんとした目で「早く幻立喰・ソにな……」と呪文を唱えようとしたその刹那、先客のソをぱぱっと裁き終えたオヤジさんは、ひょいと顔を上げ「ミニ天丼セットはね、100円の天ぷらを2つ選んでもらえるから追加しなくても大丈夫だと思うよ。一つはそばに入れようか? もし足りなければ後から追加してもいいからね」と、にっこり微笑みながら丁寧に教えてくれました。
 その日から、数ある神保町の立喰・ソの中で、利根が神保町でオンリーワンにもナンバーワンにもなったことは言うまでもありません。さすがに世界で一つだけの立喰・ソにはなりませんでしたが。記念に新橋のタミヤプラモデルファクトリーに寄り道して、ビッグスケール1/350重巡利根のプラモを買ってしまおうと思いましたが、ミニ天丼セット約20回分の価格に恐れをなして諦めました。

ちくわ天そば ミニ天丼セット
初めて入ったのはいつだったか覚えていませんが、立喰・ソ帖に初登場したのは2004年6月のこと。ちくわ天そば320円。かけは210円と、当時としても安めの価格設定です。(2004年6月撮影) ミニ天丼セットを初めて食べたのは2012年。これが最初で最後の天丼セットになろうとは……整列した黄色いお新香がタンデム配置された重巡利根の20.3cm砲を思い出させ目に染みます。(2012年3月撮影)

 
 話を御触書が出た翌年に戻します。
 突然利根は閉店し「店内改装の為11月初めまで休ませていただきます」と店外に貼り出されました。
 しかし11月になっても利根は帰ってきませんでした。こんなことなら、ちゃんと⑤の気持ちをオヤジさんに届けておけばよかったと、後悔しきりです。

  
 全くの想像ですが、後釜に入ったMにも利根魂は受け継がれているんじゃないかと思っています。Mもそば、つゆともかなりのこだわりがあるようですし、オヤジさんのお子さんとか親戚とか関係者が引き継いだなら嬉しいことです。
「直接聞けばいいじゃないの」
 御説最も。しかし立喰・ソ人として恥すべきソ置き去り逃亡事件を、しかも店名を冠したフラッグシップ・ソでやらかしてしまったのですから、小心者の私は再訪どころか声を掛けるなんてとても出来ません。こんな私を助けると思って、諸先輩方、謎の解明よろしくお願いします。

  
 狭くてすすけた(あくめでイメージですよ)昭和的な立喰・ソをもう一軒ご紹介する予定でしたが、もうおなか一杯でしょうから今回はここまで。ご静聴ありがとうございました。
 本年もご愛顧いただければ、幻立喰・ソたちも草場の陰でよろこんでいるのではと。


■立喰・ソNEWS

●「人生、苦あれば楽もあるさ」

 一年の計は元旦に在りといいます。が、元旦に営業している立喰・ソはほとんどないので、元旦はごろごろして、お正月の香りがすっかり抜けた1月半ば今年最初の立喰・ソ遠征に行って参りました。

 今年最初ですから気合い充分。ターゲットはソの本場、信州方面です。前々回でご紹介させていただきました立喰・ソ関連本に、紹介されていた長野県の明科駅にあるという、いろいろな具がたっぷり入った「とうじそば」というやつを食べたくて食べたくて、他にはなにもなさそうな明科へ向かいました。

 勇んで改札を出て、あれ?……それらしき施設はあるのですが、閉まっています。定休日というよりも、やっている気配がありません。おそるおそる駅員さんに訪ねてみたら「ああ、そば屋さんね。前はあったんですが駅を改築した時にやめてしまいました」とのこと。またまたやってしまいました……昨年の北海道遠征と同じく、新年早々の大空振りです。
 あまりに落胆して呆然と立ち尽くしていたのを気の毒に思ったのか「ここには置いていないのですが、長野とか松本に行けば『駅そば食べ歩きガイド』というパンフがあるはずですよ」と親切に教えてくれました。

 立喰・ソファンならずとも、信州方面に行かれたらぜひ手に入れてください。16店もの駅の立喰・ソが掲載されているすぐれものです。本場の信州でも駅の立喰・ソはたったの16店しかないという事実に驚愕もしますが、この他しなの鉄道や長野電鉄にもちょこっとだけ存在しています。JR東日本長野支社製作ですから載ってないですが。
 他の鉄道業者のみなさまもぜひこういうの作っていただけないでしょうか。T海さんはやらないでしょうね。

 という、まさに人生「悪いことがあれば、次に必ずいいこともある」という絵に描いたような一件でした(ということにしておいてください。泣きたくなるので)。

明科
 
駅そばガイド
↑JR篠ノ井線明科駅の左側に、それらしき引き戸は確かにあるのですが……ちょっと来るのが遅かったようです。後悔先に立たず。残念無念。しかもこの後カメラを落として壊してしまいました。去年から年頭の立喰・ソ遠征は失敗続きです。立喰・ソの神様、一体私が何をしたというのですか。あっ、何もしてないからか……(2013年1月撮影)
→JR東日本長野支社製作の「信州 駅そば食べ歩きガイド」。長野駅5店、上田、黒姫、篠ノ井、信濃大町、松本2店、南松本、村井、塩尻。茅野、富士見の11駅16店を掲載。きっと立喰・ソが大好きな人が企画立案したんだと思います(思いたい!)。ありがとうございます。意外と調べるのに苦労する各店の営業時間が掲載されているのがとっても嬉しいです。さらに定休日も入れてくれるともっとよかったです。


バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在600店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べただけではたいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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