MBHCC E-1
 西村 章

MBHCC E-1

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第65回 第5戦イタリアGP「協奏曲第2番ト短調 R.315『夏』第3楽章 プレスト」

 第5戦イタリアGPは、「転倒」がレースの行方を大きく左右した一戦だった。
 決勝レースでは、まずオープニングラップの3コーナーでバレンティーノ・ロッシとアルバロ・バウティスタが接触し、両名ともに転倒を喫した。この区間は、微妙に下るメインストレートエンドで2速へ落として進入し、右に旋回しながら坂を上ってゆく1コーナーから、左へ倒す2コーナー、即座に右へ切り返して3コーナー、という構成になっている。
 滑走する1台のマシンにもう1台がコース外へ押し出され、行き場を失ったままグラベルで転倒。2台はエアバリアに突き当たった。
 砂煙の向こうにある姿のひとりがロッシだとわかった瞬間、ムジェロサーキットのそこらじゅうで「あ゛〜」という、嘆息とも怒りともつかぬ声がこだました。幸い両選手とも即座に立ち上がって負傷がないことはすぐにも見て取れたが、ピットに戻ったロッシは見るからにモヤモヤする気持ちの持って行き場がない様子で、バウティスタもTVカメラに対して「いきなりぱつーんて当たってきたんだもんよ」といいたげなジェスチャー。レースディレクションが事態を精査し、両選手から事情を聴取した結果、レースインシデントという判断でともにおとがめはなし。
 ロッシはこの出来事について
「スタートでクラッチに問題があって、順位をいくつか落とした状態で2コーナーに入っていき、バウティスタをアウト側からパスした。彼はややイン側につきすぎていて、そこからスロットルを開けていこうとしたのだろうが、そのとき自分はすでに彼の前に出ていた。きっと、これ以上順位を落としたくないと思ってがんばったのだろう。いきなり向こうのフロントタイヤが自分の脚に接触した。レースディレクションに呼ばれたときも、こちらの姿が見えていなかったと言っていたけれども、たしかに彼はそのときまだ左側にいて、こちらはすでに切り返しの動作に入っていたから、見えなかった可能性はあると思う。(前戦の)ル・マンではいいレースをしているときに、自分のミスで転倒をしてしまった。今回は自分はなにもミスしていないのに、アンラッキーな結果になった。レースだから、こういうこともあるさ」
 と、なかば自分を納得させるように、悄然とした口調で話した。
 公平を期すために、もう一方の当事者、バウティスタの主張も紹介しておくと、
「自分はイン側についていたので、アウト側の選手の姿は見えなかった。それぞれラインも違っていたので、それが交錯してこういう結果になってしまったのだと思う」
 ということで、両者の語る内容はたしかに整合性がとれている。運が悪いといえば、そうというほかない。ある種の<出会い頭>のような状況であった、というべきか。

バレンティーノ・ロッシ アルバロ・バウティスタ
ムジェロスペシャルヘルメットも、決勝では活躍する間がなく……。 うちらかてチームのホームGPやった、っちゅうねん……

 もうひとつのレースを左右した転倒は、終盤のマルク・マルケス。
 チームメイトで先輩でもあるダニ・ペドロサの背後にピタリとつけて周回を続け、ラスト5周でオーバーテイク。会場をおおいに沸かせたと思ったら、その2周後に、急坂を下って左へ曲がる7コーナー進入で転倒。
「転倒したからミステイクなのだろうけど、どういうミスなのかは正直なところ、よくわからない。あとでデータを見てみても、何もかもその前の周回とまったく同じだった。フロントとリアが一気に切れて、なんとかこらえてバイクを引き起こそうとしたけれども、できなかった」
 と一瞬のできごとを振り返った。これでスーパールーキーの5戦連続表彰台は露と消えたわけだが、それでも彼のポテンシャルに対する評価が下がらないのは、金曜日午後のフリー走行2回目の際に、長いストレートエンドの1コーナーでマシンもろともコンクリートウォールに激突し、あわや大惨事という転倒を喫していたからだ。
「データを見たら、フロントが切れこんだときは338km/hで、クラッシュしたときは320/kmくらい」
 と説明するその転倒で、マルケスは左下顎を痛打、右肩にもわずかな亀裂骨折を負った。決勝レース後には、その際の影響で膝も傷めていたと明かしている。そんな強烈な転倒をした後だというのに、精神的肉体的な影響を感じさせずにレースではトップ争いを繰り広げ、そして最後にはまたもや派手に散ってしまうくらいアグレッシブによくもまあ攻めることができるものだ、とほとほと感心する。
 もうひとりのMotoGPルーキー、ブラッドリー・スミスも金曜午後のセッションで転倒を喫した際、左手舟状骨の亀裂骨折と小指の表皮損傷という怪我をしている。とくに小指の表皮は皮膚移植手術を要する状態にもかかわらず、それでもレースを最後まで走りきり、9位でフィニッシュしたのだから、じつにたいしたものである。
 そして日本人選手の青山博一も、今回は大きな転倒を喫して体を痛めていた。予選前の土曜午後フリープラクティス4回目で、強烈な急坂を駆け上る<アラビアータ>の右に曲がる9コーナーで転倒。グラベルを転がる青山は膝から着地した。この際に大きな負荷がかかったようで、膝を痛めてしまった模様。
 当面の診断結果は、左手親指の(亀裂?)骨折と、同じく左膝の靱帯損傷。日曜朝に起床した際には、左の膝を曲げることができなかったという。膝に麻酔を打って午前のウォームアップ走行に挑んでみたところ、なんとか走ることができたので、決勝に向けてさらに麻酔を追加注射し、レースに臨んだ。
「残り数周まで走り続けたんですけど、脚を踏ん張れないのでうまくバイクをコントロールできず、ラインから何度もはずれてしまい、最後まで走れなかった。今回は、人間が持ちませんでした。悔しいですね……」

マルク・マルケス 青山博一
ノーポイントレースでも、チャンピオンシップは3番手。 月曜にバルセロナへ戻り、精密検査を実施。

 このような負傷を押してレースに臨む選手たちを目の当たりにするたびに思うことだが、彼らの覚悟や責任感、克己心の強さにはほんとうに心底、敬服する。
 さて、レースそのものの帰趨はというと、皆様ご存知のとおり、ホルヘ・ロレンソが持ち前の超高水準の安定感を存分に発揮して、ムジェロ3年連続制覇の今季2勝目。今回2位でランキングトップのペドロサに12点差、と迫っております。
 では、また次回。

(註:表題を適宜検索して当該音楽をBGMに流せば、よりいっそう雰囲気をお楽しみいただけます)

ホルヘ・ロレンソ ペドロサ
沈着冷静+アベレージの高さ+不動の安定感=勝利。 次戦は故郷サバデル近くのモンメロサーキット。本当の地元。
クラッチロー ステファン・ブラドル エスパルガロ
ぼんやり前を走ってるとおまえも喰っちまうぞ。 自己ベスト記録タイでどーもすいません。 毎度おなじみCRT最上位。こうやって、みゅーん、ってね。
スコット・レディング 高橋裕紀 中上貴晶
イギリス人選手が中排気量で連勝を飾るのは1971年以来。 長い長い長い長いトンネルのなかを模索中……。 ポテンシャルを見せつつも、今回もノーポイント。
ムジェロ ムジェロ
いまでも皆がシッチを愛しております。 決勝日の動員数は7万6326人。
ムジェロ ムジェロ ムジェロ
イタリアのすてきなおねいさんたちです。
■第5戦 イタリアGP

6月2日 ムジェロ・サーキット 晴
順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing YAMAHA
2 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA
3 #35 Cal Crutchlow Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA
4 #6 Stefan Bradl LCR Honda MotoGP HONDA
5 #4 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI
6 #69 Nicky Hayden Ducati Team DUCATI
7 #51 Michele Pirro Ducati Test Team DUCATI
8 #41 Aleix Espargaro Power Electronics Aspar ART(CRT)
9 #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA
10 #8 Hector Barbera Avintia Blusens FTR(CRT)
11 #14 Randy De Puniet Power Electronics Aspar ART(CRT)
12 #9 Danilo Petrucci Came IodaRacing Project Ioda-Suter(CRT)
13 #29 Andrea Iannone Pramac Racing Team DUCATI
14 #5 Colin Edwards NGM Mobile Forward Racing FTR-Kawasaki(CRT)
15 #17 Karel Abraham Cardion AB Motoracing ART(CRT)
16 #68 Yonny Hernandez Paul Bird Motorsport ART(CRT)
17 #70 Michael Laverty Paul Bird Motorsport PBM(CRT)
18 #67 Bryan Staring Go & Fun Honda Gresini FTR-HONDA(CRT)
19 #52 Lukas Pesek Came IodaRacing Project Ioda-Suter(CRT)
RT #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA
RT #71 Claudio Corti NGM Mobile Forward Racing FTR-Kawasaki(CRT)
RT #7 青山博一 Avintia Blusens FTR(CRT)
RT #46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing YAMAHA
RT #19 Alvaro Bautista Go & Fun Honda Gresini HONDA
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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