MBHCC E-1
 西村 章

MBHCC E-1

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第75回 第18戦バレンシアGP「友よ、戦いの果てに」

 2012年11月12日、最終戦を終えた翌々日の事後テストは雨模様の一日だった。翌年から最高峰クラスにステップアップする19歳の超大型ルーキー、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は、このテストで初めてMotoGPマシンを走行する予定で、そのお披露目に大きな注目が集まっていた。あいにくの天候のため、この日は走行を見合わせることになったものの、ピットボックスで行われた囲み会見には、そこに入りきらないほど大勢の取材陣が集まった。
「すぐにでも走りたい気持ちは山々だけど、このコンディションだから今日はやめておくことにしたんだ」
 そう初々しい表情で話すマルケスに、2013年の目標を訊ねてみた。
「今はまずバイクに乗ることを愉しみたい。最初からトライしても、きっと自分の乗りたいようには乗れないと思う。だから、最初の目標はまずバイクを愉しむこと。そして、シーズンを通じていろんなことを学んでいきたいと思う」
 目をくりくりさせながら、こちらの質問にいきいきとした表情でこたえる姿が非常に印象的だった。それからちょうど一年が経過した2013年11月10日、20歳266日のマルケスは史上最年少記録を更新して2013年チャンピオンの座についた。
「一年前に最初にここで会見をしたときは、初年度にチャンピオンを獲れるとは思っていなかった。今、夢が実現したけど、まだ夢の中にいるようで現実味がない。実感できるまで、数時間かかると思う」
 364日前と同じ愛嬌にみちた笑顔で、マルケスはこの一年間で学び取ったことを説明した。
「今年はホルヘ、ダニ、バレンティーノについてたくさんのことを学んだ。シーズン前半にはたくさん学習し、シーズン後半は賢明な走りができるようにもなってきた。転倒もしたけど、回数は前半戦よりも減った。そういった経験からもたくさん学ぶことができたので、来年はもう少しいい走りができると思う」
 わずか20歳で世界チャンピオンを獲得したこの若者が、「もう少し」良くなると、いったいどのような水準に達するのか。そして、彼がこれから登り詰めていくであろう場所は、いったいどれほどの高みにあるのか。数々の最年少記録が塗り替えられた2013年シーズンだったが、マルク・マルケスはこれから先の5年、10年、そして15年という長い時間をかけて、数々の新たな歴史をつくりあげてゆくのだろう。


#93
#93 #93
確実に、スーパースターへの道を歩みつつある。

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 一方、バレンティーノ・ロッシ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)は4位でレースを終えた。序盤こそロレンソ、ペドロサ、マルケスのトップスリーの背後にピタリとつけていたが、周回を重ねるごとに少しずつ引き離されてゆき、最後はトップから10秒579の差が開いていた。
「今日のレースは、これが自分たちの現状でのポテンシャルということだと思う」と、ロッシは30周のレースを振り返った。「4番手スタートでいいレースができると思ったけれども、トップスリーには及ばなかった。序盤は楽しく、接近していたのでいいバトルもできた。ただ、マルケス、ホルヘ、ペドロサのペースは自分よりも一周あたり0.2秒ほど速く、自分のペースは表彰台を狙うには充分ではなかった。コース前半区間はそんなに悪くなかったけれど、最終コーナーの立ち上がり加速がいまひとつで、そこでいつも0.3秒ほど損をしていた。他の区間でその埋め合わせをできず、攻めようにも思いどおりのブレーキングができなかった」
 ヤマハに復帰した今年は18戦を戦って優勝1回、2位1回、3位4回、そして4位8回という成績で、年間ランキングは4位。
「このランキング4位が、今季の自分たちのポテンシャルだった、ということ。明日からのテストでは来季に向けて速さを磨き、トップスリーと争えるようにしたい」
 数字が示す自分たちの厳しい現実を冷静に受け止めながら、最終戦までチャンピオン争いに食い下がったチームメイトのロレンソの今シーズンに関しては以下のように評した。
「今年のホルヘはファンタスティックな仕事ぶりだった。超完璧なレースもあった。最初から圧倒的なペースで、技術面でも素晴らしかった。マルケスとのバトルでは、ホンダが有利というマシン的な不利もあった。怪我をしている状態で攻めすぎてしまったザクセンリンクのレースが、彼の唯一の失敗だった」
 一方、チャンピオンを獲得したマルケスについては、
「とても印象的で、じつに素晴らしい。ルーキーなのにいつも安定して速く、どのコースでも最初から最後まで、どんなコンディションでも速かった。チャンピオンを獲るのも当然だと思う」
 とエールを送った。
 彼らと来季は互角に戦うために、自分が克服してゆくべき課題は、「タイヤが充分に温まっていない状態でも、速く走れるようにすること」だと述べた。「ソフト側のコンパウンドでは、自分のライディングスタイルもあって問題が大きく出てしまう。自分の場合は長く、早めからブレーキをかけるので、それがフロントタイヤに強い負荷をかけてしまう。乗り方も、コーナー出口でできるだけ早く引き起こすようにしないといけない。来年は、序盤周回から最後まで今よりも高い限界で走れるようにしたい」
 ほぼ毎戦でトップスリーから引き離されてしまう状態、そしてランキング4位という現実が今の自分たちの力だと語るロッシだが、本来の実力はもっと高いところにあり、まだ自分はマルケス、ロレンソ、ペドロサたちと充分に互角に戦える、とも話している。
 そして、それを実証するために取った手段が、このレースウィークで大きな話題になったジェレミー・バージェスとの離別であった。
 ロッシは、2000年に自身が最高峰クラスへステップアップするにあたり、ワイン・ガードナーやミック・ドゥーハン等の歴代チャンピオンを担当してきたバージェスを三顧の礼でチーフメカニックに迎え入れた。以来、彼らふたりはホンダからヤマハ、ドゥカティ、そしてヤマハへの復帰、と14年間ものあいだ常に行動を共にして来た。バージェスは契約上は来年も継続する予定だったそうなので、今回、ロッシが彼をチーフメカニックから外したのは、解任、ということになるだろう。
 この話がシーズン終了前に外部へ漏洩した経緯や、ロッシがバージェスの任を解くに至った細かい背景事情については、いずれ時期がくれば明らかにできることもあるだろう。
 今回のロッシの決断に対しては、様々な意見や考え方があると思う。ただ、どのような捉え方をするにせよ、ロッシ自身の以下の言葉は念頭に置いておいてもいいだろう。
「今のチームやジェレミーの仕事の進め方に対して、とくに何か問題や懸念、失望を感じていたわけではない。でも、自分の気持ちの奥にはこれまでと違う取り組み方をしたいという願望があり、今こそ、それをやるべきだと思った」
「この気持ちをジェレミーに伝えず自分の内心だけに秘めて、いつもと同じように仕事をしていくようなことは自分にはできない。だから、まず真っ先にジェレミーに伝えようと思ったんだ」
 14年間で7回の年間総合優勝を獲得し、いくつかの辛酸をもともに舐めてきた関係だけに、今回のバージェスの解任は、ピークをすぎたある種の選手に典型的なあがきのように見えなくもない。だが、自分の高い能力を信じるこのタイプのアスリートにとって、そのようにあがくことは当たり前で、そうすることによって彼らがかつてと同じ水準を取り戻せるのであれば、あがいてみることは必然であるだろう。そして、そのようなアスリート心理や行動を誰よりも最もよく理解しているのは、おそらく、ジェレミー・バージェス自身であるようにも思う。
 最終戦を最後に別の道を往くことになったふたりが揃って会見を開いた際に、バージェスが発したことばのいくつかを以下に紹介しておこう。
「わたしは、今まで何冊もスポーツ方面の伝記を読んできた。多くの場合、トップクラスのスポーツマンは現役晩年にキャディやコーチを変えようとする。彼らはそうすることによって、問題を解決しようとするのだろう。今回のことも、バレンティーノがトップに戻って現役時代を延ばし、高い水準で戦える状態であろうとする行為の一環なのだと思う」
「パフォーマンスを向上させるために何かを変えなければならないと思って下した決断は、常に正しい。それが妥当であったかどうかは、いずれ時間が経てばわかることだ」
「わたしはバレンティーノと、いくつもの素晴らしい経験を共有してきた。彼はいつでも正直で率直だった。だから、彼が昨日わたしに、今彼が必要としていることを話してくれたのは、非常に重要なことだった。バレンティーノの将来を切り拓いていくことこそが、最優先事項なのだから。その実現を妨げることはなんであれ、けっして望ましいことではない」
「いろいろなことをやってきたが、差を埋めるには至らなかった。バレンティーノは今の自分とチームメイトの現状を理解している。バレンティーノは、ロレンソやホンダ勢に勝たなければならない。今回のことで彼の裡なる闘志がふたたび燃え上がるのなら、これは正解だったということなんだ」
 外野のひとりとして無責任なことをいうならば、ジェレミー・バージェスにはずっとロッシ担当のチーフメカニックでいてほしかったという思いはある。だが、今回の出来事はバージェスが言うように、「現在の判断としては正しい」が「それが妥当であったかどうかはいずれ、ときがくればわかる」ことなのだろう。


#46
#46 #46
後任チーフメカニックには、シルバノ・ガルブセラが就任した。

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 このような大きな事象から小さなことまで含め、2014年シーズンは様々なものごとが変化していく。
 日本人選手たちを取り巻く環境も、それぞれに変化をする。たとえばMoto2クラスの中上貴晶は、イタルトランス・レーシングチームから急遽、イデミツ・ホンダ・チーム・アジアへの移籍が決定した。
 また、青山博一はアヴィンティア・ブルセンスからパワーエレクトロニクス・アスパルへ移り、ホンダが開発を進めてきたRCV1000Rで参戦する。
 最終戦の青山は金曜から様々なトラブルに見舞われ、日曜の決勝レースは16位で終えた。
「本来このバイクが持ってるポテンシャルはもう少しあったと思うけれども、それを最終戦で出せなかったのが悔しい。でも、最後のレースでしっかりと走りきることができたので、正直なところ、ホッとしています。今年は、一年で2シーズン分くらいやったような気がしますよ」
 決勝翌日から、2014年シーズンに向けて始まった事後テストでは、新しいチーム体制のもと、欧州初披露のマシンでバレンシアサーキットを走行した。
 この日のタイムは38周を走って1分33秒020。初乗りで慣熟程度の走行だったが、二日前の予選の際にCRTマシンで記録したタイム(1’33.328)を、あっさり上回っている。新たにオープンクラスとして設定されたカテゴリーの、この市販レーサーの素性は、なかなか悪くなさそうだ。
「CRTよりは(ファクトリー勢に)接近して走ることができそうで、マシンのポテンシャルは高いと思う。あとは、自分がどれだけ攻めていけるか、乗りこんでいけるか、ですね」
 乗りやすい? と訊ねると、青山は意味ありげに目を細めて数回うなずいた。
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 ところで、勘のいい読者諸賢はすでにお気づきだろうが、当コラムの副題は毎回、映画や音楽、書籍などのタイトルからそのレースに相応そうな雰囲気のものを引用している。今回は、ジェイムズ・クラムリーの作品名を戴いてみました。
 ではでは。

#7 #30
今週末のヘレステストから新体制で実施する予定。 チームメイトは、同じくホンダ出身のニッキー・ヘイデン。
#99 #26
来年は、年若き王者に挑戦するスペインの両雄。
#99 #93 #26
三日間の観客動員数は20万8672人。時代はまさにスペイン、である。
最終戦の女神達 最終戦の女神達 最終戦の女神達 最終戦の女神達
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第18戦おねいさんコレクションをどうぞ。
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■第18戦 バレンシアGP

11月10日 バレンシア・サーキット 晴

順位 No. ライダー チーム名 車両
1 #99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing YAMAHA
2 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA
3 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA
4 #46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing YAMAHA
5 #19 Alvaro Bautista Go & Fun Honda Gresini HONDA
6 #6 Stefan Bradl LCR Honda MotoGP HONDA
7 #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA
8 #69 Nicky Hayden Ducati Team DUCATI
9 #4 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI
10 #51 Michele Pirro Ducati Test Team DUCATI
11 #41 Aleix Espargaro Power Electronics Aspar ART(CRT)
12 #8 Hector Barbera Avintia Blusens FTR(CRT)
13 #71 Claudio Corti NGM Mobile Forward Racing FTR Kawasaki(CRT)
14 #9 Danilo Petrucci Came IodaRacing Project Ioda-Suter(CRT)
15 #5 Colin Edwards NGM Mobile Forward Racing FTR-Kawasaki(CRT)
16 #7 青山博一 Avintia Blusens FTR(CRT)
17 #70 Michael Laverty Paul Bird Motorsport PBM(CRT)
18 #23 Luca Scassa Cardion AB Motoracing ART(CRT)
19 #67 Bryan Staring Go & Fun Honda Gresini FTR-HONDA(CRT)
20 #45 Martin Bauer Remus Racing Team S&B Suter(CRT)
RT #29 Andrea Iannone Pramac Racing Team DUCATI
RT #14 Randy De Puniet Power Electronics Aspar ART(CRT)
RT #35 Cal Crutchlow Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA
RT #68 Yonny Hernandez Paul Bird Motorsport DUCATI
RT #50 Damian Cudlin Paul Bird Motorsport PBM(CRT)
RT #52 Lukas Pesek Came IodaRacing Project IODA-SUTER(CRT)
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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