幻立喰・ソ

第42回 「カルチェラタンの薫り < ダシの薫り」

 あけましてボンジュール。今年もよろしくムッシュムラムラ。
 2014年第一弾は、立喰・ソの匂いではなく、花の都パリの薫りでお送りします。

 パリと言えばカルチェラタン。フランス文化の薫りはぷんぷんしますが、意味は知りません。さっそくウィキ先生に聞いてみましょう。
 おっと、いきなり間違いが発覚しました。×カルチェラタン、○カルチエ・ラタン。
 こんな間違いは日常ソ飯事ですから、気にしません。

  
 カルチエ・ラタンは、パリはセーヌ川の左岸にある高等教育機関が集まる学生街のことだそうで、1968年の五月革命(1960年代末になって西欧でまだ革命とは、さすがベルバラの本丸)では、反体制派学生運動の中心地だったそうです。なるほどそれで左岸ですか(くすっと笑い希望)。
 もちろん行ったことはありませんし、たぶん一生行かないでしょうねえ。一度だけ何かの間違いで行ったフランスにいい想い出はありませんから。

 その1.ル・マンへと向かうTGVの車内でコーラーを買おうとしたら水を出された。
 その2.マクドナルドでハンバーガーを注文したらコーラーが出てきた。
 その3.町の売店で水を買おうとしたら新聞を渡された。
 その4.その新聞を敷いてパリ東駅(だったかな?)でハンブルグ行の夜行列車を待っていたらパリジェンヌが指さして笑った。でも小銭は投げてくれなかった。
 その5.その夜行列車で、いかにもSNCFのお役人っぽい車掌さんにキップを見せたらわめきだした。フランス語なのでちんぷんかんぷん。へらへらしていたら許してくれた(ようだ)。たまたま隣に座っていた中国人留学生が片言の日本語で教えてくれた。いわく、キップに日付だかパンチだかが入っていなくて(改札口はないが、自分で機械に挿入して入れるらしい)不正乗車だときれいな英語で言ってたアルヨと。英語で? ふ〜ん。

 
 これらの事例に対し「貴様の単なる語学力の欠如である。このバカ者が」と指摘されるそのとおり、フランス語、英語は言うに及ばず、日本語もちょっとあやしいのはみなさまご存知のとおり。
 でも、TGVでもマックでも売店でも商品を指さし「これください!」と利発そうなお使いぼうや級ハキハキ日本語で言ったのに。「これください!」が「これじゃないものくれせぼーん」に聞こえたのですか?

 過ぎたことはもういいです。一生忘れませんけど。

 我が国では大学や文化的施設が集中している駿河台あたりを日本のカルチエ・ラタンと呼ぶそうです。セーヌ川の代わりに神田川がありますしね。ただし、右岸ですが(笑え!)。
 左といえば、赤カブじゃなくて、赤かぶれ団塊世代のおじいちゃん達にとって神田といえば神田カルチエ・ラタン闘争。ブント、ノンセクト、シンパ、ノンポリ、アジ、オルグ、ゲバ、デモ、イギナ〜シ! など平成キッズには意味不明のカタカナに激しく反応し「ワレワレワ〜ベイテイノ〜カイホウスベク〜アンポフンサイアンポフンサイ」と、前屈みでジグザグ小走りし始めるかもしれません。
 このじいさん達、若い頃は「なにもこわくなかった」と同棲し、就職が決まると「もう若くないさと」言い訳して髪を切り、サラリーマンになれば「気楽な稼業」ときたもんだと、日本経済好調期を満喫しバブル期の恩恵にあずかり、今や悠々年金暮らし。これから莫大な国の借金とあふれる老人の面倒を背負う運命の平成キッズにしてみれば激怒ぷんぷん丸。
 がんばれゆとり世代、さとり世代。ドリンクバーでねばっていないで、たまにはちゃちゃっと立喰・ソでも食べて。ね。

 と、道草したところで本題です。
 本場にはまずないでしょうが、日本のカルチエ・ラタンには我が同志たる立喰・ソがあります。ランドマークである御茶ノ水駅の新宿方の御茶ノ水橋口には、ファンの多い名店M神そば、東京方の聖橋口には新進のO庵が両側を固めています。
 O庵、ちょっと前まで満松庵という立喰・ソがでしたが、2013年初夏、幻立喰・ソになってしまいました。不幸中の幸いといいますか、居抜き状態でO庵にスイッチし、カルチエ・ラタンの立喰・ソは守られました。以前お送りした神保町の利根と同じパターンです。ひょっとして満松庵のおやっさんの関係者が後を継いだのでしょうか? 恥ずかしながらまだ未食のため、どんな人が作っているのか、どんなソが出てくるのか知らないのです。出不精で申し訳けございません。


M神そば

O茶の水庵
JR御茶ノ水駅両側の出口近くに立喰・ソがある。しかも非NRE系ですよ。どうだ! フランス人、これが日本のカルチエ・ラタンにおける立喰・ソの心意気だっ!(2012年6月撮影)

 満松庵といえば、正統関東系昭和立喰・ソ10ヶ条をことごとくクリアした貴重な立喰・ソでした。
 その用件とは以下のとおり。

1.味のある看板と使い込まれたのれんにそばの文字
2.冬でも戸は基本的に開放状態
3.狭い店内に椅子はなくカウンターのみ
4.床はコンクリートの打ちっ放しでオシャレ感ゼロ
5.きちんと掃除や手入れがされている
6.白い帽子に上っ張りの一見怖そうなおやっさんがやっている
7.麺は普通の茹麺でおつゆは真っ黒
8.天ぷらは自家製か、それっぽいもの
9.婦女子のお客さんは見たことがない
10.出来ればラジオ(AM)が流れている


満松庵
何気なく日常に溶け込みながら、立喰・ソオーラーを道行く人に送り続けるレジスタンス。これが日本のカルチエ・ラタンだっ! の満松庵。(2011年10月撮影)

 第2回全ソ連総会(=全日本立喰・ソ連絡会議、だったかな?)において私とAB君のふたり満場一致で、この正統関東系昭和立喰・ソ10ヶ条は採用されました。「関西系10ヶ条もあるのか?」と言われても、会場が大塚の居酒屋で採択時はへべれけのぐだぐだでしたから記憶にございません。「だから?」と言われても反論のしようがありません。
 瞳を静かに閉じて思い浮かべてください。1〜5の用件を満たした立喰・ソで、6のおやっさんが7〜8のソを出す。そしてバックグラウンドに流れるのは、平日午後はニッポン放送いまに哲夫の歌謡パレードニッポン、土日はラジオ日本の土曜、日曜実況競馬中継。これが立喰・ソ桃源郷。
 解らない? 解る人には解るんです! と、開き直ります。
 土日の満松庵は、ラジオ日本の実況競馬中継が流れていました。平日は……あれ? ラジオ流れていたっけ? まあ、いいか。


満松庵
満松庵のソは、やや白い麺で、どっぷりと真っ黒いおつゆの湖に泳ぎ、丁寧な仕事のネギによるトリコロール(感)を描く。天ぷらはごま油の薫りが江戸前の心意気を醸し出す。見た目ほど辛くないおつゆはやや酸味の効いた関東風。添えられたのりがまたオツじゃないですか。ああ、思い出すとよだれが神田川にあふれ出す(陳腐で稚拙な揶揄表現)。(2003年12月撮影)

 ところで、満松庵の店内に貼ってあった右のちょっと不気味なイラストなんだかわかりますか? なにかの革命に邁進するレジスタンスの通信用暗号でしょうか? ならばカルチエ・ラタンの面目躍如なのですが、わざわざ暗号を店頭に貼り出すはずもありません。
 ちょっとだけ奥に写っていたおやっさんに尋ねれば、答え一発カシオミニなのですが、間が悪いのか私が行った時は、お客さんひっきりなし大忙し状態で、聞けずじまいでした。諸先輩方のブログを拝見いたしますと、おやっさんはかなり博識のお話好きのようでした。お話できなかったのは残念無念です。


満松庵
問題の貼り紙です。あれから10年ほど経過した今になって、はたと思いつきました。△が顔で、万は身体、赤丸はリュック、すなわち「店内は狭隘なためリックは背中から降ろして足元に」ということではないでしょうか。(2003年12月撮影)

 満松庵を例に挙げるまでもなく、ここ数年、立喰・ソ名店の閉店が相次いでおります。多くは採算上の問題ではなく、おやっさん、おかみさんの高齢化です。朝から晩まで立ちっぱなし、ほぼ冷暖房のない環境で、熱い釜でそばを茹で、鍋で天ぷらを揚げ、冷たい水で丼を洗うという想像以上に過酷な労働条件ながら、せいぜい一杯何十円の薄利多売。跡を継ぐ若者は少ないでしょう。「こんな仕事は俺の代だけで充分」と考えるおやっさんもいらっしゃることでしょう。残念ではありますが……

 増加傾向にある大手チェーン系列店と、減少に歯止めがかからない独立個人商店の立喰・ソ。私がわーわーわーわーと騒いだところで、もうどうにも止まらないのですが、せめて一軒でも多く、一食でも多く、脳裡と舌に焼き付け、冥土の土産にしたいと願う2014年年頭でありました。
 ちなみにAB君、自作の年越しそばを、ちゃんと立って食べたそうです。偉い(の?)。


天文
池袋ビックリガード近くの天文そばも幻立喰・ソに。こんな貼り紙を目にすることが多くなり、寂しい限り……。(2014年1月 AB特派員撮影)

*   *   *   *   *

●立喰・ソNEWS 2014

こんなところにあったっけ? K浜K行のK安駅前の某店。場末感漂うK安駅前で昭和オーラーをびんびんに放つシブイお店の木製の引き戸をがらがらがらと開けた瞬間、やややっ、と後ずさりしました。立喰・ソではなく普通のおそば屋さん……勝手に立喰・ソだと思い込んだ私が100%悪いんです。人の良さそうな老夫婦に「いらっしゃい」と言われて引き返すような非人道的な真似はできません。気を取り直し店内を見れば丸椅子の並ぶカウンターと、小さなテーブル席が3つ。この配置を見る限りは立喰・ソっぽいような気もしてきましたが、お品書きを見ればかけが500円と立喰・ソ価格を大きく逸脱しています。でもネギは入れ放題で、半ライスは150円という立喰・ソ価格でした。普通店と立喰・ソのハイブリッドタイプということにしておいてください。かんじんのそばは値段相応の品で、普通においしかったです。2014年初ソが立喰・ソではなかったという、先行きを暗示するようなスタートです。


子安
冷静になって見るまでもなく、立喰・ソではなく威風堂々たる普通ソのたたずまいですね……いつものごとく写真がブレブレなのは、発見の喜びの大きさを示すわかりやすいバロメーターです(醜い言い訳)。(2014年1月撮影)

バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在600店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べただけではたいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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