MBHCC E-1
 西村 章

MBHCC E-1

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第77回 セパンテスト「Things Ain't What They Used to Be」

 マレーシア・セパンサーキットで2月4日から6日まで行われた2014年最初のプレシーズンテストは、三日間を通じてマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)がトップタイム。圧倒的な速さを見せつける三日間になった。昨年、数々の史上最年少記録を更新して最高峰クラスの王座に就いたマルケスは、二日目に2分00秒の壁をあっさりと超える1分59秒926を記録。翌三日目には昼前の早い時間にタイムアタックを実施して1分59秒533に到達し、ケーシー・ストーナーが2012年のセパンテストで記録した1分59秒607という非公式最速タイムをあっさりと上回ってしまった。その後、夕刻前に行ったレースシミュレーションのロングランでも驚異的な安定性を披露。セパンサーキットの公式ベストラップは、昨年のマレーシアGPでマルケス自身が記録したポールポジションタイムの2分00秒011だが、今回のロングランでは何度かこのタイムを上回りながら終始2分00秒台前半で高水準のラップライムを刻み、昨年のマレーシアGPで2位に入ったときの自身の総レースタイムを29秒も上回った。
 もうすぐ21歳の誕生日を迎えるこの若者を中心に、今シーズンも推移していくことはおそらく間違いなさそうだ。

マルク・マルケス マルク・マルケス
2014年型RC213Vは、昨年仕様とエアインテークの形状が異なっている。

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 総合二番手タイムは、ヤマハ復帰二年目のバレンティーノ・ロッシ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)。初日から順調な走りで、昨シーズンに大きな課題だったブレーキングの改善が、今回の高パフォーマンスに大きく寄与しているようだ。ロッシは三日目の午前にタイムアタックを実施し、マルケスにはわずかに及ばなかったものの1分59秒727を記録。
「この20年間のセパンで自己ベストタイムだと思う。マルケスは今日だけではなく三日間を通じて非常に速かったけど、自分の戦闘力も昨年より高くなっていて、力強く感じる。マルケスとの差を詰めるためにはあらゆる点をよくしていかないといけない。進入のブレーキング、立ち上がりの加速、タイヤを温存する走りかた等々、マルケスたちトップスリーと戦うために、改善点はたくさんある」
 この言葉からも、彼が着実な手応えと高いモチベーションを掴んでいる様子は、はっきりと伺える。
 ところで、今年からファクトリー勢の燃料容量は昨年よりも1リットル少ない20リットルに制限されているため、さらなる燃費向上が要件になっているが、ヤマハ陣営はエンジン特性が昨年よりもややナーバスになる傾向がある、とロッシとホルヘ・ロレンソの両選手がそろって指摘をしている。ライディングスタイル等の違いもあって、ロレンソのほうがこの影響を大きく受けている様子だ。ロレンソはさらに、三日目に予定していたロングランでは何らかの問題を抱えて途中から急激にラップタイムが落ちてしまったために、5周で中断せざるを得なかった、とやや不満げな表情で明かした。総合三番手タイムにはつけたものの、レースペースを確認することができなかったために、充分な締めくくり、とはいかなかったようだ。

バレンティーノ・ロッシ バレンティーノ・ロッシ
チーフメカニック、シルバノ・ガルブセッラとの連携も万全な様子。

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 ヤマハといえば、昨年後半戦から投入したシームレスギアボックスが大きな進化を遂げた様子だ。昨年後半に実戦投入されたヤマハのシームレスギアボックスは、日本GPでバレンティーノ・ロッシが「1速と2速の間はコンベンショナルなシフトのまま」と明かしたことは、当欄でもお伝えしたとおりだ。
 今回のテストに先だち、ヤマハ発動機モータースポーツ開発部門ゼネラル・マネジャーの辻幸一氏は、「今年は、バイク全体のパッケージの改良を進めてきた。たとえばシームレスシフトでいえば、昨年後半に投入したものは開発途上だったが、今年はより洗練されたシームレスシフトへ改良を進めている。ライバルに勝つために、エンジンだけではなく車体面でも改良を進めた」と話していたが、セパンサーキットでヴェールを脱いだ今年型のYZR-M1には、左ハンドルバーに、昨年の仕様には備わっていなかったスイッチが装備されていた

2013YZF-R1 2014YZF-R1
2013年型YZR-M1の左ハンドルバー(左)と2014年型YZR-M1の左ハンドルバー(右)。

 形状といい設置場所といい、ホンダRC213Vのシームレスシフト用ニュートラル入力装置(といわれているスイッチ)に酷似した印象を受ける。はたしてこれが、本当にシームレスシフトのニュートラルスイッチで、1—2速間がシームレス化された証拠であるのかどうかについては、推測の域を出ない。
 ただ、ロッシ・ロレンソともに、シームレスシフトのフィーリング向上は認めているので、そのあたりについて彼らに直接訊ねてみることにした。
 シームレスのフィーリングが良くなったというロッシには「メカニカルな点で、昨年の仕様となにか具体的に違ってるのか」と質問してみたところ、
「フィーリングが違うんだ。メカニカルなことは技術者に訊ねてよ」と、はぐらかされてしまった。
 一方、ロレンソは「1—2速間がシームレスになったんだ。そこのダウンシフトでクラッチを使わなくていいようになった」と、推測を認める発言をしてくれた。人には添うてみよ馬には乗ってみよ、そしてライダーには訊ねてみよ??

2014YZF-R1 46車 2014YZF-R1 99車
ロッシ車(左)とロレンソ車(右)のスイッチ部分。

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 ところで、今年のレギュレーションについて簡単におさらいをしておくと、今シーズンからDORNAの支給するマネッティ・マレリ社製共通ECU(Electronic Control Unit)の使用が必須になった。共通ECUの使用はハードウェアのみでソフトウェアに独自のものを使う<ファクトリー> は、燃料容量が20リットルで年間エンジン使用台数は5基まで(開幕後のエンジン開発は凍結)という制限が課せられる。一方、ハード・ソフトともに公式提供品を使用する<オープン>クラスは、燃料容量24リットル、エンジンの年間使用数は12基までが許可されている。昨年までのCRTに変わるコンセプトのこの<オープン>クラスの車輌には、ホンダが開発した市販MotoGPレーサーのRCV1000Rや、ヤマハが「エンジンリースパッケージ」として提供するマシンなどがある。
 ヤマハのオープンクラスマシンは、NGMモバイル・フォワードレーシングに提供されているが、今年から同チームに移籍したアレイシ・エスパルガロ(兄)が、今回のテストで高パフォーマンスを発揮してパドックじゅうを驚かせた。兄エスパルガロはテスト三日目にマルケス、ロッシ、ロレンソに次ぐ四番手タイムで、しかもトップから0.465秒差の1分59秒998。エンジンは昨年型のYZR-M1で、現在の車輌はどうやら見たところ車体もM1のものを使用して外装がFTR製、という状態のようだ。将来的にチームがオリジナルフレームやスイングアームなどの開発をどんな風に進めていくのか、興味のあるところだが、現状のマシンは事実上、昨年型YZR-M1に非常に近い状態で、そんなマシンならさぞや速かろう、という皮肉な見方もできなくはないが、そうはいってもライダーが速くなければとても上記のようなタイムを出せるものではない。兄エスパルガロは、昨年もCRTマシンでたびたび高パフォーマンスを発揮しており、ライダーの高いポテンシャルは当時からもおおいに注目を集めていた。開幕後、ファクトリー勢を引っかき回してレースを盛り上げる面白い存在になってくれることを期待したい。

アレイシ・エスパルガロ アレイシ・エスパルガロ
今シーズンの予選と決勝は、この人が引っかき回す??

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 一方、ホンダの<オープン>クラス用マシン、RCV1000Rは総じてタイム的に苦戦を強いられていた。この陣営の最上位はニッキー・ヘイデン(ドライブM7アスパル)で、トップとは1.981秒差。
 ヘイデンは、エンジンのパワー不足やスペックECUソフトウェアの設定がきめ細かくないことを指摘しており、三日間のテストを終えて、「もっとコンペティティブに走れると思っていたのに……」とやや不満げな様子。一方、チームメイトの青山博一は、昨年CRTで辛酸を舐めただけに、エンジンパワーがファクトリーよりも劣ることは認めながらも、「マシンの信頼性が高く、トラブルの不安はいっさいない」「車輌のベースはいいので、あとはどれだけタイムをあげていくことができるか」と、ポジティブな点を挙げていた。
 曲がりなりにもファクトリー陣営からオープンクラス陣営へ移ってきたヘイデンと、トラブルだらけのCRTマシンからホンダ製オープンマシンへ乗り換えた青山の、世界を眺める立ち位置や視点の違いが、おそらくは上記のようなコメントの差を生むのだろう。

青山博一 ニッキー・ヘイデン
「今回は主に電子制御のセッティングに集中した。」 「RCV1000Rは800cc時代のRC212Vを彷彿させるよ」とも。

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 そのヘイデンが昨年まで所属していたドゥカティは、今回のセパンテストでも苦しい結果に終わった。
 2014年のドゥカティは、元アプリリアのジジ・ダッリーニャが陣頭指揮を執り、大型チーム改革を開始した。ここ数年の低迷を払拭し、イタリアンレッドの栄光を復活させるべく数年単位の長期計画も視野に入れいてるようだが、現状のドゥカティはダッリーニャ体制以前のマシンとパーツでやりくりしつつ戦うことを余儀なくされている。
 ダッリーニャは、ファクトリーチームのアンドレア・ドヴィツィオーゾと新加入のカル・クラッチロー、そしてサテライトチームのプラマックレーシング、アンドレア・イアンノーネの3選手はファクトリーマシン、プラマックのヨニー・ヘルナンデスにオープンクラスマシン、というラインナップでセパンテストに臨んだ。
 ドゥカティ・ホールディングスCEOのクラウディオ・ドメニカリはオープンクラスでの参戦に対して積極的な姿勢を見せる一方、ダッリーニャはオープンクラスに対して懐疑的で、あくまでファクトリー体制でホンダとヤマハに対抗したいという強い意志を持っている、と伝えられていた。
 だが、ドヴィツィオーゾ7番手、イアンノーネ10番手、クラッチロー12番手という今回のテスト結果は、その彼の信念をぐらつかせたようだ。
 三日間のテストを終えたダッリーニャは、
「今後、自分たちが向かうべき方向を見定めるためにも、今はデータの収集がなによりも重要。今年のレギュレーション上、<ファクトリー> 体制では、エンジンの開発を進めることができないが、自分たちはエンジン開発を進めなければならない。開発を優先して考えるなら、<オープン>で戦うのは賢明な選択かもしれない。いずれにせよ、データを検証し、ライダーたちともよく相談をしたうえ決定しなくてはならない」
 と話した。
 チームは2月最終日(=2回目のセパンテスト三日目)までに、オープンクラスかファクトリーかの決定をIRTAに対して報告しなければならない、と言われている。したがって、ダッリーニャの決断次第では、次回セパンテストのドゥカティ陣営マシンラインナップが、現状の「ファクトリー3+オープン1」から「ファクトリー1+オープン3」あるいは「全車オープン」へとガラリと変わってしまう可能性も、ひょっとしたらあるかもしれない。

アンドレア・ドヴィツィオーゾ カル・クラッチロー
ダッリーニャ 「今回のテストは、思っていたよりいい内容になった」とドビ(上左)。しかし、「アンダーステアは、いつものことだから……」とも。また、カル(上右)は「電子制御もエンジンも慣れるのは苦労するけど、それは誰でもそうだと思うよ」とコメント。ダッリーニャ(下左)は、ドゥカティを果たしてどこまで改革できるか。

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 もうひとつ、ちょっと興味深い話題を。ブリヂストンの提供する公式タイヤは、去年まで、硬いコンパウンドと柔らかいコンパウンドの2種類のタイヤのうち、柔らかいほうのサイドウォールに白いペイントを施して、コンパウンド種別の視認性を高めていた。ただし、レースによってハード側とソフト側の組み合わせは異なるので、たとえばリア用タイヤにハードとミディアムのコンパウンドが供給されたときは、ミディアムコンパウンドに白いマーキングが施され、ミディアムとソフトのコンパウンドが供給されるレースでは、ソフトコンパウンドに白いマーキングが施される。
 その結果、ミディアムコンパウンドにはレースによって白いマーキングが施されたりされなかったりすることになり、観ているファンに混乱を生じさせる原因にもなっていた。そこで、今年からはコンパウンドごとに色分けをする方向でブリヂストンは検討をしているようだ。今回のテストでは、緑のマーキングや赤のマーキングを施したタイヤを履いたマシンが走行していたので、気づいた人もいるかもしれない。
 リア用タイヤにはハード、ミディアム、ソフト、エクストラソフト、という四種が存在するため、赤、無地、白、緑、という配色が候補に挙がっているという。視認性や塗料の耐久性なども考慮し、青や黄色も検討をしているという。今月末の第2回目セパンテストの頃には、ブリヂストンの新カラースキームが決定しているかもしれない。

緑のマーキング 次回のセパンテストの後、BSは昨年のレースで課題が出たフィリップアイランドに赴き、タイヤテストを実施する。 

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 2015年からの本格復帰を計画中のスズキにも触れておこう。同陣営は昨年から日本国外のサーキットでもテストを行っているが、今回のセパンテストでは、テストライダーのランディ・デ・プニエがトップから2.953秒差のタイムで参加27選手中17番手につけた。
 この順位やタイム差をどう評価するかは考え方の分かれるところだろうが、チームの士気は高い。今年は昨年以上の回数でテストを実施する計画で、彼らの活動休止中にMotoGPの年間カレンダーに組み込まれたサーキット等も走行し、積極的にデータを収集していく方向だという。また、本格復帰にそなえてワイルドカードの参戦も検討しているとかいないとか。シーズン後半には、ひょっとしたら青いマシンがどこかのレースウィークで走行している姿を見ることができる可能性もあったりするのかもしれない。

スズキ スズキ
「もちろんファクトリーで復帰する計画です!!」と、スズキの開発陣。

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 というわけで、例によって少々長くなってしまいましたが、開幕前から各種噂や情報が飛び交ったセパンサーキットからレポートをお送りいたしました。これより灼熱のマレーシアを発ち酷寒の日本へと帰国します。では、また。



■2014 MotoGP ライダーリスト(暫定)
No. ライダー チーム名 車両
#02 Leon Camier IodaRacing Project ART
#04 Andrea Dovizioso Ducati Team Ducati
#05 Colin Edwards NGM Mobile Forward Racing FTR Yamaha
#06 Stefan Bradl LCR Honda MotoGP Honda
#07 青山博一 Drive M7 Aspar Honda
#08 Hector Barbera Avintia Racing FTR
#09 Danilo Petrucci IodaRacing Project ART
#17 Karel Abraham Cardion AB Motoracin Honda
#19 Alvaro Bautista GO&FUN Honda Gresini Honda
#23 Broc Parkes Paul Bird Motorsport PBM
#26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team Honda
#29 Andrea Iannone Pramac Racing Ducati
#35 Cal Crutchlow Ducati Team Ducati
#38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 Yamaha
#41 Aleix Espargaro NGM Mobile Forward Racing FTR Yamaha
#44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech 3 Yamaha
#45 Scott Redding GO&FUN Honda Gresini Honda
#46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing Yamaha
#63 Mike Di Meglio Avintia Racing FTR
#68 Yonny Hernandez Pramac Racing Ducati
#69 Nicky Hayden Drive M7 Aspar Honda
#70 Michael Laverty Paul Bird Motorsport PBM
#93 Marc Marquez Repsol Honda Team Honda
#99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing Yamaha
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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