MBHCC E-1
西村 章

第79回 第1戦カタールGP 3月23日 「FlyByNight」

 開幕戦はくたびれる。毎年、心臓が圧迫されるくらいの疲労感をおぼえるので、もう二度とドーハのナイトレース取材はやめよう、といつも思いながら結局は今年もまたやってきて、これでカタールGPは11年目の開催。
 今回もロサイルインターナショナルサーキットでは良くも悪くも様々な出来事があって、とくに決勝日は午前8時すぎに起床してから午後3時にサポートレースのアジアタレントカップの取材が始まり、午前5時頃にひとまず現場を撤収するまで、じつに慌ただしい一日になった。こんなきっついスケジュール、およそ病人のやるこっちゃない……、というのはともかくとしても、メインイベントのMotoGPクラス決勝レースは、史上最年少世界チャンピオン、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)とバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)が全22周回の最後まで緊迫したバトルを繰り広げ、レースウィークの蓄積疲労も一気に吹っ飛ぶ素晴らしいレースを見せてくれた。その詳細と両選手のコメント等については、Sportivaの拙稿などをご参照ください。
 MotoGP開幕戦のサポートレースとして併催されたアジアタレントカップも、選手たちの溌剌とした走りがとても好感の持てる内容だった。アジア全域を対象にした書類選考とサーキット走行のセレクションを経て、7ヶ国から選抜された22名のティーンエージャーたちは、これから6ヶ国全8レースを戦ってゆく。アルベルト・プーチ氏が指導にあたるこの選手権で優秀な成績を収めた選手には、MotoGPルーキーズカップ参戦等のチャンスが与えられる。日本人選手は8人が参加しており、今回の第一戦では伊達悠太(14歳)が優勝、北見剣(17歳)が2位、佐々木歩夢(13歳)が3位、と日本勢が表彰台を独占した。「ここで勝ち上がらなければ、世界で戦う資格はない」というくらいの気迫で、7ヶ国22名のアジアの少年少女たちは、今後もさらなる切磋琢磨に励んでほしい。



アジアタレントカップ

アジアの純真、アジアの躍進!
#ロサイルインターナショナルサーキット #ロサイルインターナショナルサーキット
夜と朝の間に……

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 というわけで今回の本題。まずは今季発効のレギュレーションを巡る例の騒動から。
 2月に行われた2回目のセパンテスト最終日終了後に、ドゥカティが自陣の全車をオープンカテゴリーへ鞍替えすると明らかにして以来、ファクトリーオプションとオープンカテゴリーの本来的な存在意義や、そのオープンカテゴリーが使用する共通ECUソフトウェアの公平性等が大きな議論の対象になった。
 このルール解釈やその妥当性、適用基準や手法の是非については、いまはひとまずその評価を措いておく(長くなるし)。
 ドゥカティのオープンカテゴリー移行があまりに大きな議論になったため、レースを運営するDORNAは3月上旬に、ファクトリーとオープンの中間的位置付けの〈ファクトリー2〉なる枠組みを設けて対処しようとしたものの、それもまた場当たり的との誹りは免れ得ず、結局、開幕戦直前の3月18日にDORNA、IRTA、FIM、MSMAの各代表がグランプリコミッションを開催して、以下のような取り決めと発表を行った。

1. 選手権ECUとソフトウェアは、2016年以降の全エントリーに対して必須になる。
 MotoGPクラスの現参戦社および参戦予定社は、選手権ECUソフトウェアの設計開発に協同で携わる。
 ソフトウェア開発の期間中、参戦社がソフトウェア開発を監視し、修正提案を盛り込むことができる、クローズドの関係者用ウェブサイトをたちあげる。
2.以下を即時発効とする。ファクトリーオプションで参戦し、前年にドライコンディションで勝利を挙げていないマニュファクチュアラー、あるいは新規参戦のマニュファクチュアラーは、選手1名あたり(開発を凍結しない)12基のエンジン使用と24リットルの燃料、およびオープンカテゴリーと同一のタイヤ供給とテスト回数を許可する。この特例は2016年シーズンの開始まで有効とする。
3.上記特例は以下の条件により減弱されるものとする。
 上記の条文2にもとづく条件で参戦する、同一マニュファクチュアラー陣営の選手、あるいは複数の選手が、2014年シーズン中にドライコンディション下のレースで1回の優勝、2位を2回、あるいは3回の表彰台を達成した場合、当該マニュファクチュアラーの燃料タンク容量は22リットルに減少する。また、その当該マニュファクチュアラーが2014年シーズンに3勝を挙げた場合、オープンカテゴリー用のソフトタイヤを使用できる権利が失効する。
 いずれの場合も、特例の減弱は、2014年シーズンの残存イベントと2015年シーズン全てに対して適用する。

 ルールの文言だからどうしても堅苦しく見えるが、要するに、[条文1.]は、2016年から全メーカー全車に対して共通ECU使用を義務化する、ということだ。そして、そのECUは、全メーカーに対して公平な仕様となるように、各社が設計開発過程に関与できる、とも記している。つまり、このようにしてECUソフトウェア開発にメーカーが関与できる余地を設けることで、「ECUソフトを開発できないならMotoGPから撤退する」と言明していたホンダに対して振り上げた拳の降ろし場所を設け、DORNAとメーカーそれぞれの実利と面目を保つ落としどころを作った、ともいえるだろう。
[条文2.]は、ドゥカティをファクトリーオプションの定義内に残したままオープンカテゴリーの内実で参戦させるためにひねり出した苦し紛れの文言、みたいなものだ。
 そして、[条文3.]が、悪評ふんぷんだったファクトリー2という新定義の看板だけを一応外して中身を残しておくための条件条項。
 要するに、ファクトリー2、という言葉を使わなくなっただけで、事実上の決定事項は既定路線どおり、という内容だ。
 そして、上記条文の修正版がレースウィーク中の3月22日に発表された。修正理由は「ファクトリーオプションで参戦し、特例措置の対象となるマニュファクチュアラーが、レース結果によって特例を失効する場合の条件をさらに明確に説明するため」だそうだ。
 その内容は、[条文3.]の文言に微妙な修正が施されて、以下のようなものになっている。

3.上記特例は以下の条件により減弱されるものとする。
 上記の第2節にもとづく条件で参戦する、同一マニュファクチュアラー陣営の選手、あるいは複数の選手が、2014年および/もしくは2015年シーズン中にドライコンディション下のレースで1回の優勝を達成、2位を2回あるいは3回の表彰台を集積した場合、当該マニュファクチュアラーの燃料タンク容量は22リットルに減少する。また、その当該マニュファクチュアラーが2014年および/もしくは2015年シーズンに3勝を集積した場合、オープンカテゴリー用のソフトタイヤを使用できる権利が失効する。
 いずれの場合も、特例の減弱は、2014年シーズンの残存イベントと2015年シーズン全てに対して適用する。

 まあおよそ、微に入り細を穿った修正ではある。条件逸失に関する誤解や思い違いを生じさせないための修正、ということなのだろうが、しかし、ルールブック内に(故意か偶然かはともかくとして)存在する条文解釈の自由裁量(抜け穴、といってもいいかもしれないけれども)を排除して文言を厳格適用するための必要な措置ってのは、ここの部分の修正ではないような気も、なんとなくする。とはいえ、この部分の修正もやらないよりはやったほうがいいのだろうけど、どうしても場当たり的な印象は残る。
 それにしても、この複雑なルール修正に至るまでの一連の騒動を、「MotoGPはあくまでプロトタイプマシンが世界最速を争う二輪ロードレースの頂点。ザッツシンプル」という主張を最後まで貫きとおして引退していったケーシー・ストーナーは、いまごろどんなふうに思って眺めているのだろう、なんてことをちょっと思った。



ducati

毎度お騒がせしております……

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 ルール関連といえば、Moto2クラスで最終ラップのチェッカーフラッグまで優勝争いのバトルを繰り広げ、0.040秒差の2位でフィニッシュした中上貴晶が、車輌のテクニカルレギュレーションに違反したとして失格処分を受けた一件にも触れないわけにはいかないだろう。
 この原稿を書いている段階(現地時間月曜午後)では、失格処分によるレースリザルトの修正と、レースを運営するDORNAのニュース発表があったものの、レースディレクションの名義で行うFIMからの公式な裁定処分発表はまだ行われていない。チームは失格裁定に対して異議申し立てを行ったようだが、却下されたようだ。また、レースディレクションの発表を受けたうえでチーム側も何らかの公式見解を明らかにするのかもしれないが、それもまだ出されている段階ではなく、チーム関係者からのコメントもない。

 背景事情がすべて明らかになったわけではないのだが、今回の違反事由とは、要するに、Moto2クラスのワンメークエンジンに使用するエアフィルターは「公式に供給される純正品以外使用できない」とルール上決まっており、「代替品や改変は許可されない」とされているところを、中上の所属する出光ホンダチームアジア(以下、IHTA)はその純正品以外のものを使用していたため、失格処分になった、とされている。
 Moto2クラスのエアフィルターは、全チームがCBR600用の量産品を支給され、それを使用することになっているのだが、どうやらIHTAはHRCのレース用キットを使用していた、ということが失格処分の理由のようだ。
 とはいえ、以下は憶測にすぎないのだが、チーム側にもおそらく他意はなく、レギュレーション違反を承知で秘密裡に使用していた、というような種類のことではないように思える。IHTAはMoto2クラスへの参戦を開始した昨年来、ずっとこのキット品を使っていた模様で、昨年は決勝レース後に車両保管を受けることがなかったために、偶然これまで事態が明確にならなかった、ということなのだろう。とはいえ、ルールはルールである。今回の出来事は、うっかりミスというにはあまりにイノセントなチームの失策、と残念ながら言わざるを得ない。
 ライダーの中上にしてみれば、今回の2位取り消しはまさに晴天の霹靂だ。自分のからだの下にどんなエアフィルターが装備されているかなんて彼は知ってもいないだろうし、今回の決勝レースで使用したエアフィルターが公式支給の純正品であったとしても、おそらくレース結果が変わることはなかっただろう。
 獲得できていたはずの20ポイントが手の中をすり抜けていったのは残念至極だが、中上が最後まで優勝争いを演じて0.040秒差でチェッカーを受けた事実は変わらない。



#30
2位表彰台は砂漠の幻に。


#moto2
優勝者のラバトは中上の速さに敬服。


#45
今回は、伊藤真一氏が長島の応援に。

「昨年までは、追い抜いたらあとは離れていったけど、今年のタカは去年と違う。今日は最後まで厳しい戦いだった」
 と語った今回の優勝者、ティト・ラバトのことばがなによりも中上のポテンシャルをよく表している。中上とIHTA全スタッフは今回の20ポイントを取り返す意味でも、今後の17戦全戦で優勝する気迫で戦い抜いてほしい。

*   *   *   *   *

 というわけで、今回は以上。第2戦と第3戦の北南米大陸フライアウェイシリーズは、ちょいとお休みをいただきます。第4戦のヘレスで戻ってきます(たぶん)。それまでしばらくの間、ごきげんよう。 

#93 #46
なにがあっても速いひと。 勝負のしたたかさは健在。
#35 #41
今回はやや憮然とした表情。 アンダーステアはいまだに健在。
#35 #45
決勝ではトラポンが機能せず。 ホンダオープン勢で最速を達成。
#69 #7
スコットに抜かれてややご機嫌斜め。 課題は旋回性。でも少しずつ改善。
#19 #19
あわや表彰台、のはずが…… 路面温度の低さも敗因のひとつか?
*   *   *   *   *


■第1戦 カタールGP

3月23日 ロサイル・インターナショナル・サーキット 晴

順位 No. ライダー チーム名 車両
1 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team Honda
2 #46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing Yamaha
3 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team Honda
4 #41 Aleix Espargaro NGM Mobile Forward Racing Forward Yamaha
5 #04 Andrea Dovizioso Ducati Team Ducati
6 #35 Cal Crutchlow Ducati Team Ducati
7 #45 Scott Redding GO&FUN Honda Gresini Honda
8 #69 Nicky Hayden Drive M7 Aspar Honda
9 #05 Colin Edwards NGM Mobile Forward Racing Forward Yamaha
10 #29 Andrea Iannone Pramac Racing Ducati
11 #07 青山博一 Drive M7 Aspar Honda
12 #68 Yonny Hernandez Pramac Racing Ducati
13 #17 Karel Abraham Cardion AB Motoracin Honda
14 #09 Danilo Petrucci IodaRacing Project ART
15 #23 Broc Parkes Paul Bird Motorsport PBM
16 #70 Michael Laverty Paul Bird Motorsport PBM
17 #63 Mike Di Meglio Avintia Racing Avintia
RT #19 Alvaro Bautista GO&FUN Honda Gresini Honda
RT #41 Aleix Espargaro NGM Mobile Forward Racing Forward Yamaha
RT #06 Stefan Bradl LCR Honda MotoGP Honda
RT #08 Hector Barbera Avintia Racing Avintia
RT #99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing Yamaha
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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