幻立喰・ソ

第58回 「山田は山田でも、あの山田ではない山田の話のつもりではなくもうひとつの山田の話です(なんと中編)」

 
 山田うどんの奥深さの一端に、小指の先の爪の先程度に触れました前回、さっそく馬脚を現しました。ひひ〜ん。
 20年近くもごぶさたの藤田くん(埼玉県在住)から、「一回食べたくらいで語るとは(-_-;) しかもかかし? 黄色い看板をよーく見直しなさい。両腕は垂れ下がり、おもりがあるのに気がつかないのか。そう、かかしではなくやじろべえである。価格と味がバランスしていることを示唆する、慈悲深くもありがたいトレードマークである。一般的にはかかしと認識されているから、ど素人の貴君を一方的に攻めるわけにもいかんのだが。その点は私の布教が未熟と猛省するとして、以前貸与したはずの洗濯屋ケンちゃんと、ビニールに入った金閣寺を〜(以下略)」とご指導ご鞭撻を賜りました。
 おなじみウィキ先生に尋ねると「かかしがモチーフとなった赤いやじろべえ〜」とありました。なるほど。価格と味のバランスの件も、なるほどですが普通なら価格は軽く、味は重くとしそうなものですが、この価格だからこの味という潔さ。なかなかできる事ではございません。この誠実さも山田者を惹きつけるのでしょう。

 ご指導と宝物の早期返却を迫られ、伸びたソのようになっているところに、今月も坂崎師匠からメールをいただきました。
 なんと、Q段のMさしのも元山田うどんだったとか、としまえん前にあった山田うどんには某局のアナウンサーもよく通っていたとか、埼玉は小麦の大産地であり家庭でうどんを打つ習慣があったとか、貴重な情報を惜しげもなく教えていただきました。いつもありがとうございます。最後は「そう考えると、東京の立ち食いそばのルーツのひとつといえるかもしれません」と締めくくられておりました。前回の当駄コラムを労るように慈愛に満ちたこのお言葉、釜から上げられた直後冷水にさらされ、きゅんと締まったソのように背筋が伸びました。

 
 山田と言えば大チェーンの山田うどんを筆頭に、わたしのつたない記憶の記録、立喰・ソ帖をぱらぱらめくるだけでも4店ありました。2店は東京では珍しい製麺所直営型です。ちなみに日本の名字第1位、第2位の佐藤さんと鈴木さんは各1店(ひらがなでの表記ですが)でしたから、立喰・ソ界における山田率の高さがおわかりいただけると思います。


山田

山田

山田
製麺所タイプのU野の山田製麺所(写真左上)と、その先にある一般店と見紛うような山田屋(写真右上)。そして城東地区にある製麺所タイプの山田製麺所(写真左)。もちろん3店共に現在は現役バリバリの人気店です。なんとなくみんな雰囲気が似ているような気がします。ソやウだけではなく、細麺(ウ)、きしめんもあります。メニューが多いのが山田の特長?(2014年5月撮影と2011年6月撮影と2013年4月撮影)

 
 そんな山田のひとつ、西武池袋線練馬駅前の山田うどん(本家以外の山田うどんを偽山田と言うとか言わないとか)が、昨年4月残念ながら幻立喰・ソとなってしまいました。山田うどん(チェーン店のでっかい方)とは似ても似つかぬ、穴ぐらのような小さなお店でしたが、諸先輩方の研究によれば、その昔は山田構成員だったそうです。その証に看板にかかし、じゃなくてやじろべえマークの跡がかすかに残っていたという証言もあるようです(もちろん未確認)。
 グループを離れると名前を変えるのですが(と言いますか、持ち帰り弁当の代名詞ともなったあのお弁当チェーン騒動を振り返るまでもなく、強制的に店名変更を迫られるのが普通)、山田うどんがおおらかなのか、たまたま経営者が山田さんだったからなのか、それとももっと深い事情があるのか、店名決定の背景にいかなる事情があったのか今となっては永遠の謎(いつもの調べるのがめんどくさいときの常套句)ですが、とにかく山田うどんは山田うどんではなくなった後も、依然として山田うどんのままだったのです。  


山田うどん

山田うどん
在りし日の山田うどん。店内は広くなく(=それほど狭いわけでもない)厨房は階段下というコンパクト設計でした。(2010年4月撮影)

 
 最近レギュラー化しているABくんは、かつて練馬近隣の住民だったこともあり、何度も行ったことがあるそうなので、例によって聞いてみました。
「開店は7時頃、これから西武線、大江戸線に乗る人が、朝をかっこむ印象。並びは、ミスド、ケンタッキー、松屋などが林立する一体です。夜の盛り場も充実している練馬駅ですから、一杯引っかけた〆や、深夜帰宅のサラリーマンの需要もあったでしょうが、早めに閉まっていたように思います。近隣のSがそちらを引き受けているのでしょうか。気さくなおばちゃんがやっていました」とのことでした。
 わたくしは例によって一度しか訪れたことがありません。メニューにカメラを向けたらおばちゃんが、「そんなもの撮ってフィルムもったいないでしょ」と気さくに話しかけてくれたことは覚えています。が、肝心のソについては、記憶にございません(小佐野賢治調で)。
 改めて写真を見ると、かけ、たぬき、わかめ、月見、きつね、ちくわ、春菊、コロッケ、天ぷら、いか天、カレー南、山菜、磯のかほり、ん? 磯のかほり? 
 カウンターのサイドメニューお品書きには、辛子明太子ご飯、シャケご飯、そして中華風おかかご飯! 中華風? おかか? 平穏無事な定番メニューで安心させておいて突然胸元をえぐるカットボール(野球よく分かりませんが、こんな使い方でいいんですか?)の連発です。


メニュー
一見するとどこにでもありそうなメニューですが、よくよく見ると他では見ないオリジナルメニューが。(2010年4月撮影)

 再び壁を見れば、カレーは言うに及ばず、カツ丼に立喰・ソでは目にすることのない天津丼。カレーは470円なのに、カツ丼と天津丼は400円とは製作の手間暇を考えてもかなりお得です。その横にあるカレンダー、国鉄時代からデザインが変わっていないJRグループ版じゃないですか(だから?)!。


POP

POP
サイドメニーのチョットご飯の三兄弟。立派なPOPになっています。おばちゃんの息子さんがデザイナーだったんでしょうか??(2010年4月撮影) 今更気がついて驚いたのですが、チェーン店でもないのにこんな立派なPOPまで作っていたんですね。おそらく一品物でしょう。(2010年4月撮影)

  
 私がいただきましたソですが、前記のように記憶がないので立喰・ソ帖を見ます。ちくわ天+春菊天に中華風おかかごはんでした。ちくわ天に春菊天ではなく、磯のかほりに中華風おかかを組み合わせていれば100点満点だったのに。英検四級、小型特殊運転免許、アマチュア無線電話級などまじめに少し勉強すれば合格確実な試験をことごとくつるんつるんと豪快に滑る満点とは無縁の人生です。食べておけば後々自慢の一つにでもなったであろう、この貴重なメニューをスルー。またもや後悔という名の石をソの河原に積み上げたのです。


くわ天と春菊天のツイントッピング

中華風おかかかごはん
ちくわ天と春菊天のツイントッピング。わたしほんとにこればっかりです。(2010年4月撮影) 中華風おかかごはん。見た目は普通のおかかごはんです。でも、よくよく考えると他の2つと同価格というのは……(2010年4月撮影)

  
 中華風おかかごはんは、食べていたんですね。残念ながらといいますか間抜けといいますか、味も内容もまるで覚えていません。何を食べたのかさえ覚えていないのですから当然です。
 立喰・ソ帖によれば「おかかごはんはだしがかかったややつゆだく。薄口で中華かどうかわからない。若づくりのおばちゃんは親切」とあります。よほどおばちゃんが気に入っていたようです。どんな中華風なのか、全く記述のない役立たずっぷり。いつものことながら呆れます。
 先ほどの天津丼のポスターに「そば・うどんに相性抜群の中華味」とありますから、中華風おかかごはんにかかっていたダシは天津丼からの流用かもしれません。


遺構

貼り紙
いつ見ても寂しい貼り紙です。(2015年4月撮影)

  
 山田うどんとは異なる道を進みながらも、驚きのメニューに価格、そして敷居の低さとおばちゃんの笑顔など、山田うどんDNAを併せ持ち愛され続けた山田うどん。閉店の貼り紙の片隅に、「いつもいつもごちそうさん うどんうまかった!?」と感謝のコメントが書き込まれていたのもうなずけます。

 
 その書き込みも消えつつある今日この頃、山田うどんの跡地どうなるのでしょう。
 何と言っても練馬駅前の一等地ですから、再び立喰・ソになってくれることを切に願いつつ、それではみなさま、また次回も懲りずにおつきあいくださいとシメようと思っおりましたら、な、な、な、ななななな、なんとABくんから、タイムリーというとまことに不謹慎満開ではございますが、驚愕の山田最新情報が飛び込んで参りました。
 ということで、山田うどんは次回も続きます(おそらく)。

 



山田

●立喰・ソNEWS 2015

祝・黒姫復活!

3月14日北陸新幹線が開業いたしました。12両編成の新幹線が1時間ヘッドで走るほどの需要があるのかなんてことは、素人の私が心配しなくてもいいのですが、心配なのは立喰・ソの去就です。華々しく開業したその陰で、並行在来線の長野-直江津-金沢間が第三セクターへと移管されました。旧信越本線は、長野-妙高高原間がしなの鉄道北しなの線、妙高高原-直江津間はえちごトキめき鉄道妙高はねうまラインに。旧北陸本線は直江津-市振間がえちごトキめき鉄道日本海ひすいライン、市振-倶利伽羅峠間はあいの風とやま鉄道、倶利伽羅峠-金沢間はIRいしかわ鉄道となりました。駅に立喰・ソがあったのは、信越本線の黒姫駅、直江津と北陸本線の富山、高岡、金沢(少ない……)。黒姫以外は大きな駅なので大丈夫でしたが、JR東日本系列の東日本リテールネットの「黒姫そば」ですから、経営主体が変更にれば閉店。幻立喰・ソかと思われたのですが、北しなの線開業の3月14日、しなの鉄道系列の「黒姫駅そば」としてリニューアルオープンしましたとさ! パチパチバチ。



黒姫


黒姫
左がかつての黒姫そば(2013年3月撮影)で、右は現在(2015年5月撮影)。基本的に場所は同じ、メニューもほぼ同じです。生そばを使った特上も健在です。営業時間は10〜15時(14〜14時半は休憩)と短縮され、不定休となりましたが、あるだけで十分。お隣の売店は幻売店になってしまったのでしょうか。


バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在600店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べるだけで、たいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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