MBHCC E-1
西村 章

第90回 第9戦ドイツGP Armed_and_Ready

 しばらくぶりのご無沙汰です。2015年シーズンは早くも前半戦折り返しの第9戦。開幕からここまでの9戦を振り返れば、それなりにいろんなことがあって波瀾万丈な展開だった。
 開幕戦ではバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)が優勝を飾り、以後のレースもコンスタントに表彰台を獲得し続けている。第8戦のオランダGPでは最終ラップの最終シケインまでマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)と激戦を展開し、今季3勝目を挙げた。現在のランキングは首位。36歳という年齢を考えれば、じつに驚異的なパフォーマンスである。一方、チームメイトのホルヘ・ロレンソは序盤3戦こそやや苦戦しながらも、欧州ラウンドがはじまると第4戦以降は破竹の4連勝。前戦のアッセンは2年前に大きな怪我を負ったコースだが、その影響もあったのかなかったのか、連勝に歯止めがかかって3位で終えた。ランキングは2位ながら、ロッシとはわずか10ポイント差。
 そして、2013年と2014年の覇者マルケスは、第2戦のアメリカズGPで優勝を飾ったものの、以降のレースでは攻めると転倒、といった悪い流れが続き、チャンピオン争いから大きく出遅れることになった。迷走気味だった問題解決の方策として2014年の車体に2015年スイングアームという組み合わせで挑んだ第8戦では本来の走りを取り戻し、決勝レースでは最後までロッシと手に汗握る激戦を繰り広げた。
 というような状況で、それぞれ胸に期すものを抱きながら第9戦のレースウィークを迎えたわけである。
 ちなみに今回のレースから(厳密には6月末日をもって)、レギュレーション上の取り決めにより、ファクトリーオプション勢のECUソフトウェアのアップデートが凍結されることになった。来年から全車の共通ECUがハードウェア・ソフトウェアともに徹底されることの前段階的な措置で、ファクトリー勢は今回以降、電子制御ソフトをアップデートできなくなった。とはいえ、このソフトウェア開発凍結がシーズン後半の戦況やチャンピオン争いに及ぼす影響はほとんどなさそうだ。じっさい、この措置についてレースウィークの走行が始まる前の木曜日に、チャンピオンシップをリードするロッシとロレンソ訊ねてみたところ、ロッシは
「影響はまったくないんじゃないかな」
 と即答した。
「ECUソフトが共通化される来年がどうなるかということに皆が関心を寄せていて、最終戦後のバレンシアテストまでそのあたりについてはわからないけど、ソフトが凍結されることで現在のチャンピオン争いの戦況には、なにも影響がないと思うよ」
 このロッシの直近のチャンピオン競争相手であるロレンソも
「現状のECUは完璧なので、凍結されても問題はないよ。今回のザクセンリンクも含め、ここから先の10戦は、バレンティーノと厳しい戦いが続くだろうけど、僕もいい走りをできると思う」
 と話した。
 彼らの言葉にもあるように、今季のECU開発凍結は、チャンピオン争いの大勢に影響がないとしても、来年以降の完全共通化措置への対応を迫られる各メーカー開発陣にとっては、悩ましい要素もあるようだ。
 あるメーカーの技術開発者トップは、来年から導入される共通ECUソフトについて
「現在のファクトリースペックと比較すると数年前の仕様、といった水準になると思いますよ」
 と予測している。
「たとえば、パソコンのソフトウェアが3〜4年昔に逆戻りすることを想像してみてもらえば、ファクトリーと共通ECUのパフォーマンスの差が理解できると思います」
 とのことだ。うーむ

#46 #99

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 全30周で争われた日曜の決勝レースはマルケスが優勝。前戦のアッセンと同じマシンの仕様で挑んだマルケスは、金曜のフリープラクティス一回目から決勝日午前のウォームアップ走行まで、全セッションでトップタイムを記録した。金曜の初日に走行を終えた際には、
「アッセンでは二日目と決勝日にようやく自信を持って乗れたけど、今回は走り出しからいいフィーリングだった。フロント周りもリスキーではなくなってきたし、狙ったラインで走れるようにもなってきた」
 と走りの手応えにも満足している様子。今回のレースウィークの目標は
「アッセンでだいぶ良くなったけど、まずは気持ちよく乗れるフィーリングを取り戻すこと。その次の目標が、勝つこと。今日の初日は、自信を持って走れるようになってきたことが大きな成果だね」
 と日曜に向けた意気込みを話していたが、ポールポジションスタートの決勝レースでは、序盤にトップに立つと、以後は後続を引き離して独走勝利。当初のふたつの目標をあっさり達成してしまった格好だ。なので、
「金曜に話していた課題をクリアしたようだけど、次の目標は?」
 と彼に訊ねてみると、
「もっともっと勝つことだよ、もちろん」
 と上機嫌の笑みを泛かべた。そして真顔に戻り、
「正直なところ、このコースはホンダと僕のライディングにとても合っているコースだったことも事実。じっさいには、コーナーでの問題をまだ抱えているんだ。ここではそんなに問題が出なかったけど、まだ癖はあるので、その部分をしっかり解決していきたい。その部分を修正できれば、シーズン後半はもっと強くなれると思う」
 と述べた。シーズン前半に転倒ノーポイントが続いたこともあり、チャンピオンシップをリードするロッシからは65点差だが、シーズン残り9戦でこの差が果たしてどんなふうに縮まっていくのか、これはちょっと注目に値するぞ。

#93 #93

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 2位はダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ・チーム)。開幕戦後に腕上がりの手術を実施し、数戦を欠場したためにチャンピオン争いからは事実上脱落した格好だが、今回のレースでは2番グリッドスタートの2位フィニッシュ。内容もリザルトもシーズンベスト、といっていいだろう。
「今季はじめてトップに近いところでフィニッシュできた。レースはスタートを決めて、序盤は攻めきれなかったけれども、燃料が減ってきたあたりから快適に走れるようになった。マルクに引き離された後はヤマハ勢とのバトルになり、力強い走りで、いい形で2位で終われた。このコースはほとんど左コーナーなので(手術を実施した)右手には少しラクだったけど、今回のレースのように高い水準でトップグループを走ることが最良のトレーニングにもなる。今後のレースに向けても、いい走りをできたと思う」
 そう語る表情にも、安堵感と現状でのベストを尽くした満足感が漂っていた。
 3位でフィニッシュしたロッシは、ホンダに有利なこのコースでの苦戦は織り込み済みだったようで、レース結果にも納得した様子。
「ダニにオーバーテイクされた後も、しばらく彼についていったことで、後ろのホルヘとの差を開くことができた。ダニはとてもうまくこのサーキットを乗っていたので、ライン取りの勉強にもなったよ。一時はダニと2位争いをできるかも、と考えて『そうすればホルヘの差を開くこともできるしな……』なんて思っている間にダニが行ってしまった(笑)。だから、それ以上はリスクを冒さずに3位の順位維持に徹したよ」
 その結果、チャンピオンシップのリードを維持。ランキング2番手のロレンソが4位でレースを終えたことにより、さらに3ポイントを開いて13点差とした。
「現状ではホルヘと力が拮抗しているから、彼の前でフィニッシュするのはシーズン前半を有利に締めくくるためにも重要だったんだ。シーズン後半の戦いは、さらに厳しくなるだろうね。マルクも今こそポイントが離れているけど、今後は強くなってくるだろうから。後半戦はM1が強いコースもあるから、いい勝負をできると思う。今はとにかく、リラックスして短い夏休みを楽しむことにするよ」

#26 #26

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 GSX-R30周年を記念したスペシャルカラーで臨んだチーム・スズキ・エクスターのアレイシ・エスパルガロとマーヴェリック・ヴィニャーレスは、チームメイト同士で激しいバトルを展開した。最終ラップの最終コーナーを制したエスパルガロが0.02秒先にチェッカーを受けて10位、ヴィニャーレスは僅差の11位でフィニッシュした。
 最終ラップの攻防に関しては、
「(最終手前の)下りの12コーナーでミスをしてしまったんだ」
 とエスパルガロ。
「最後は、マーヴェリックがアウトにはらんだところのインをついた。ザクセンリンクの定番の作戦だね。それでなんとか、マーヴェリックの前で終わることができた。同じバイクに乗っている相手なので、前で終われてよかったよ」
 と、技術的には一日の長があることを、年若いチームメイトに見せつけた格好だ。
「マーヴェリックはルーキーだけど、すごく才能のある選手だからね。シーズン前半はずっと彼の前で終われてホッとしている。でも、レース内容そのものはトップからかなり離れていたし、今回は最も苦戦したレースのひとつといわざるをえないね」
 と自らの走りを振り返った。
 一方のヴィニャーレスは、
「ダウンヒルでアレイシをオーバーテイクしたけど、最終コーナーでブレーキを頑張りすぎて立ちあがり加速が悪くなってしまった。アレイシのほうが加速が良かったよ。でも、接近したところでいい勝負をできた。上位陣で争えていればもっと良かったんだけどね」
 と、悔しさと満足が相半ばする表情だった。前半戦9戦を終えて、ランキングは現在10番手。
「シーズン折り返しで10番手というのは悪くないと思うけど、さらにもっと上位を目指したいなあ」
 と、後半戦に向けて明るい口調で、さらに強い意気込みを語った。

#41 #25

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 さて、今回のレースには、負傷欠場中のカレル・アブラハム(ABモトレーシング)の代役としてHRCテストライダーの青山博一が参戦した。
 第2戦から第4戦までは、ダニ・ペドロサの代役としてファクトリーマシンのRC213Vを駆り、今回はオープンカテゴリーのRC213V-RSで戦った。青山は2014年にRCV1000Rでフル参戦をしており、現在のファクトリーとオープン、昨年と今年のオープンの違いをそれぞれ比較対照できる貴重な人材だ。
 これら各要素の違いに関して、まずは初日の走行を終えた段階での印象を青山はこんなふうに話した。
「ファクトリーはしっかりまとまってるのに対して、カレルの乗ってるバイクはいまひとつまとまりきってない。今回のレースウィークの短いセッションでは、試せることも限られているので、大まかな方向性をつかんで終わってしまうかもしれませんね。
 今年のオープンクラスのエンジンは、去年よりも速いですよ。でも、実際にそれで速く走れているのかというと、そうでもない。電気系を詰め切れていないこともあって、バイクとしてまだうまくまとまってない印象です。オープンカテゴリーは、去年のほうが制御項目が少なかったので、やれることがシンプルだったんです。今年は項目が増えたぶん、いろいろできるようになったことで、かえってまとめきれてなくなっている感があります」
 決勝レースは、このまとまりきらなさも影響していたのか、5周目の6コーナーでハイサイド転倒を喫してリタイア。幸いにも負傷はなかったものの、残念ながらリザルトを残すことはできなかった。

#7 #25

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 というわけで、レースウィークの3日間総計で21万1588人の観客を動員した2015年第9戦ドイツGPは、今年もまた例年に劣らない大盛況のうちに幕を閉じた。MotoGPは3週間ほどのサマーブレイクを挟み、第10戦のインディアナポリスGPは8月7日(金)にレースウィークがスタートする。次回の当コラムの更新は9月頃、後半戦がいよいよ佳境にさしかかるミザノサーキットの第13戦サンマリノGPあたりになりそうな状況であります。それまでしばらくのあいだ、みなさんどうぞご機嫌よろしゅう。

#7 #25

 

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■2015年 第9戦 ドイツGP ザクセンリンクサーキット

7月12日 


順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team Honda


2 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team Honda


3 #46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing Yamaha


4 #99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing Yamaha


5 #29 Andrea Iannone Ducati Team Ducati


6 #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 Yamaha


7 #35 Cal Crutchlow CWM LCR Honda Honda


8 #44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech 3 Yamaha


9 #9 Danilo Petrucci Pramac Racing Ducati


10 #41 Aleix Espargaro Team Suzuki MotoGP Suzuki


11 #25 Maverick Viñales Team Suzuki MotoGP SUZUKI


12 #68 Yonny Hernandez Pramac Racing Ducati


13 #8 Hector Barbera Avintia Racing Ducati


14 #19 Alvaro Bautista Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


15 #43 Jack Miller CWM LCR Honda Honda


16 #69 Nicky HAYDEN Drive M7 Aspar Honda


17 #50 Eugene Laverty Drive M7 Aspar Honda


18 #15 Alex De Angelis Octo IodaRacing Team ART


19 #76 Loris Baz Forward Racing Forward Yamaha


20 #70 Michael Laverty Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


RT #71 Claudio CORTI Athinà Forward Racing Yamaha Forward


RT #4 Andrea Dovizioso Ducati Team Ducati


RT #7 青山 博一 Repsol Honda Team Honda


RT #63 Mike Di Meglio Avintia Racing Ducati


RT #45 Scott Redding Estrella Galicia 0,0 Marc VDS Honda


※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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