一方その坂の向こう側、ジェンマの大学生にとっての対向車線には、幹線道路から住宅街に向かって走ってくる一台のダンプが。

早朝から一仕事終えたのでしょう、荷台には土砂が山と積まれています。

どうやら幹線道路の渋滞を避け、抜け道として住宅街を通る腹積もりのようです。

重い積荷が災いして、坂に差し掛かって極端にスピードが遅くなっていました。

そのダンプのすぐ後ろを走っていたのが、コピー機のメンテナンスを仕事にしているサービスマンです。

出社と同時にお客さんからの緊急コール。「コピーもプリンターも使えない。これじゃ仕事にならん! とっとと来て直してくれ!」と怒られ、大慌てで道具をクルマに積み込み、急いで向かっている最中です。

こちらも渋滞する幹線道路から離れ、抜け道となっている住宅街へと入ってきたところ。

「早く現場に行かないと、また何を言われるかわかったもんじゃない。下手すると契約を切られてしまう」と、気持ちは相当あせっています。

当然アクセルもいつもより踏み込み気味でしたから、ゆっくりと坂を上るダンプに追いつくのはあっという間でした。

ダンプの真後ろについた瞬間からイライライライラ。

そんなに長い坂ではないことは分かっていましたが、はやる気持ちは抑えられません。数秒が数分にも感じられて、「このダンプを抜かなくちゃ」絶対間に合わないような気になってしまいました。もう坂道の半ばは過ぎていましたが、クルマを車線の右側に寄せ、対向車をチェック。何も来ていないことを確認するや、ハンドルを右に大きく切って、対向車線に飛び出しました。

アクセルを床まで踏み込み、追い越しにかかったその瞬間!

絶妙のタイミングで、坂の向こうからジェンマが現れてしまったのです! 

サービスマンはアクセルをブレーキに踏みかえる間すらありません。何の警戒もしていなかった、ジェンマの大学生にしても同様です。坂の頂上に差し掛かって、道が開けたその瞬間にクルマが飛び出してきたのですから、急ブレーキすらできるはずもありません。ウワッと心臓が跳ね踊ったその瞬間にはぶつかっていました。

ジェンマがクルマのバンパーに突き刺さった衝撃で、ライダーは放り出されてフロントウインドウに衝突した上、クルマの屋根の上を飛び越えて地面に叩きつけられました。

お互い減速無しの正面衝突事故なので、死亡事故になってもおかしくないような事故でした。

しかし、一旦フロントウインドウで衝撃が吸収されたのか、幸いにしてライダーが命を失うことも、重大な障害を追うこともありませんでした。

ただ、両腕と両足を複雑骨折し、最低でも半年は入院を余儀なくされる重傷を負ってしまいました。

ジェンマはもちろん全損、クルマの方も前部がクワガタ状になって、全損に近い状態に成り果てました。

 ケーススタディ

タイトル


この事故、もちろんライダー側は一切悪くありません。

追越しが禁止されている坂の頂上付近での事故ですから、当然と言えば当然です。

過失割合もクルマが10のバイクが0となり、バイク側の損害の全てがクルマ側の保険で補償されます。

加えて、バイク側の搭乗者傷害保険からも、保険金が支払われます。金銭的な負担は、バイク側には一切かかりません。

ただ、ジェンマの大学生は半年以上の入院となるので、当然大学は休学、リハビリなども含めて、1年くらいは棒に振る羽目になってしまったのです。

何も悪いことはしていなくても、大きな事故に遭ってしまうこともあるのです。

事故を防ぐために

実は最近、このような坂の頂上付近での事故が増えています。理由はまだ定かではないのですが、何故か増えているのです。

バイクに乗っていてこういった事故に遭わないようにするには、どうすれば良いのでしょうか? 

結論から述べると、頂上から先の見えない坂を上る際に、注意しながら上るということです。

今回のケースでは、ジェンマの大学生は道の真ん中を走っていましたが、坂の向こうを警戒しながら左側を走っていたらどうなったでしょう? そして頂上付近で更に減速していたら? ブレーキをかける余裕も生まれたでしょうし、更に左側に回避行動を取れて、事故に遭わずに済んだかもしれないのです。

当たり前の話ですが、見えない坂の向こうは、見えていないのですから、何があるか、何が起こるか分からないのです。

今回のように対向車が飛び出してくる場合もあるでしょうし、頂上のすぐ先が渋滞している場合だってあるのです。見えない先に歩行者や自転車が居て、バイクが加害者になってしまうことだって考えられます。

坂の上はブラインドコーナーと同じです。

闇雲に突っ込むと痛い目をみると肝に銘じて、警戒を怠ってはならないのです。

今回の教訓

※交通事故は、それぞれの事故状況によって過失割合が変わります。ここで紹介した例はケーススタディであり、すべての事故に当てはまるものではありません。  

小田切 毅(おだぎり たけし)

■おだぎり たけし:損保・生保合わせて15社を超える保険会社の保険を取り扱う、大手総合保険代理店に勤務。保険マンとして、ファイナンシャルプランナーとして毎日忙しく飛び回っている。かつてバイクで筑波のレースに参戦し、4輪でもF3やGT選手権に参戦していた。実は2輪も4輪も元国際B級の腕前を誇る。イタルジェットのドラッグスターをカスタムして楽しんでいるが、スーパースポーツなどを見ると昔の血がムラムラと……。


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