その一方。のんびりとした料理人さんとは対照的に、とにもかくにも急いでいるのは、自転車に乗った高校生です。2年生となった新学期早々、気持ちいいくらいに爆睡して、しっかりと寝坊。

「何で起こしてくれないんだよ!」

「起こしたけど、起きなかったんでしょ!」

「グググッ…○△□☆!」

と、母親とお定まりのやりとりを一瞬で終え、取るものもとりあえず、朝ご飯も食べず、家を飛び出してきたのです。

家から学校までは通常モードで20分。急ぎモードで17分がこれまでの最速ラップ。この日は更に頑張って、15分台に入る事ができれば、ギリギリセーフで遅刻しないで済みそうでした。

若さみなぎる両足にムチを入れ、シャカシャカシャカシャカと立ち漕ぎのみのフルスロットルでタイムを刻んでいったのです。

住宅街の一隅にある彼の学校まであと少し。突き当たりは学校の塀で、右に曲がってちょっと走れば正門です。

最短距離で行くために、道路の右側を走りながら、突き当たりのT字路へと差し掛かったところで、学校のチャイムが聞こえてきました。

「やぁっべー!」

遅刻するかしないかの土俵際。更に慌てた高校生は、突き当たりにあるコーナーミラーをちらっと見ただけで、「ラッキー!」とばかりクルマが来ていないと判断。さして減速もせず、もちろん一時停止なんぞすることもなく、学校側へと道路を横断しようとしたその時! 

PS250の料理人さんもそのT字路へと差し掛かってしまったのです! 

左から自分が走る道に突き当たるT字路があるのは分かっていましたが、その道の左手前側から減速もしないで突然自転車が現れるとは予想していませんでした。急ブレーキをかけながら、右に抜けようとしましたが、かわすことなんてできませんでした。

自転車の前輪に突っ込むような形で接触。高校生の乗る自転車を吹っ飛ばすように転倒させてしまったのです。

バイクは転倒せずに済み、ライダーの料理人さんにケガはありませんでした。

バイクの損害も、フロントフェンダーに少し傷が付いた程度の、超軽傷で済みました。

しかし、吹っ飛ばされた自転車は全損。高校生は打撲と左手首の骨折で、全治2ヶ月のケガを負ってしまったのです。

遅刻するまいと急いだはずが、しばらく入院する羽目に。

料理人の彼も、もちろん賄いを作ることはできず、店も休まなくてはならなくなってしまいました。

晴れの初舞台はお預けになり、苦い思い出となってしまったのです。

 ケーススタディ

タイトル


この事故、誰がどう見ても悪いのは高校生です。

彼が逆走していなければ、飛び出してきそうなのがライダーにも見え、事故を回避できたかもしれません。

また、彼がしっかり停まって安全確認をしていれば、逆走していようが事故は起こらなかったはずです。

なのに、このケースの場合、判例で過失割合はバイクが7、自転車が3となっているのです。

もし相手が自転車ではなく、クルマやバイクだったら、減速無しの一時停止無視では相手に9以上の過失、しかも逆走となれば相手の過失が100%となるような事故なのですが、こと相手が自転車となると、被害者と加害者の立場が逆転してしまうのです。

皆さんも聞いたことがあるかもしれない、弱者救済の考えから、このようなことになるのです。

その考え自体は、相手が子供や高齢者などの場合、決して悪いものだとは思いません。しかし、そうでない人たちにまでその範囲を広げるのは、釈然としない部分が残ります。

結局、この事故では、自転車側の治療費は全額バイクの自賠責保険から支払われたのですが、自転車の損害については、任意保険を使うと等級が下がってしまうので、2万円の7割、1万4千円から、バイクの損害分で相手から受け取れる3割、6千円を引いた8千円を、料理人さんが負担することになったのです。

8千円程度の負担ではありますが、人身事故の加害者となったことで、交通違反の点数は加算されるし、罰金は来るし、晴れの舞台は取られるし、ライダーの料理人さんは踏んだり蹴ったりの思いをしたのです。

事故を防ぐために

自転車が車道を逆走することは珍しいことではありませんし、一時停止を無視して飛び出してきたり、信号無視まですることは多々あります。

この原稿を書いている私自身も、自転車でこれらの違反をしたことが無いなんて言えません。皆さんもそうではないですか?

住宅街や繁華街など、自転車や人が飛び出してきそうな場所は、飛び出してくるものとして、減速したり、ホーンを鳴らしたりして安全に運転するようにしましょう。

今回のように、進行方向の左側から突き当たってくる道があるなら、道路の中央寄りを走行すれば、その道に対して視界も広がりますし、万が一飛び出してきた時に回避できる可能性も高まります。

ただ遵法運転をするだけでなく、その場に合わせた安全運転を考えるように心がけましょう。

自転車や歩行者の方が悪いと思える事故でも、起きてしまったら多くの場合で加害者はバイクやクルマ側になってしまいます。

そうならないためには、出来るだけ自衛するしかないのです。

今回の教訓

※交通事故は、それぞれの事故状況によって過失割合が変わります。ここで紹介した例はケーススタディであり、すべての事故に当てはまるものではありません。  

小田切 毅(おだぎり たけし)

■おだぎり たけし:損保・生保合わせて15社を超える保険会社の保険を取り扱う、大手総合保険代理店に勤務。保険マンとして、ファイナンシャルプランナーとして毎日忙しく飛び回っている。かつてバイクで筑波のレースに参戦し、4輪でもF3やGT選手権に参戦していた。実は2輪も4輪も元国際B級の腕前を誇る。イタルジェットのドラッグスターをカスタムして楽しんでいるが、スーパースポーツなどを見ると昔の血がムラムラと……。


[前のページへ戻る][ 目次へ戻る]


[保険のホ〜・アーカイブス・56・荷物の落下事故]
[保険のホ〜・アーカイブス・57・荷物の落下事故・番外編]
[保険のホ〜・アーカイブス・58・自転車との事故]
[保険のホ〜・アーカイブス・59・坂の上の事故]
[保険のホ〜・アーカイブス・60・雪の上の事故]
[保険のホ〜・アーカイブス・61・自転車飛び出し事故]
[保険のホ〜・アーカイブス・62・赤点滅事故]
[保険のホ〜・アーカイブス・63・ゼブラ事故]
[保険のホ〜・アーカイブス・64・駐車場への侵入]
[保険のホ〜・アーカイブス・65・左折巻き込み事故]