バイクの英語

第34回「Old Bill
(オールド・ビル)」

 とにかく安全性にうるさい当コラム。ぜんぜん「バイクの英語」なんかではなく、むしろ「より安全な交通社会を目指すための多角的視点」というタイトルでもいいと思います。

 今月は車の進化が実は退化なのではないか、というお話です。そもそもオートマ車の浸透が車社会をダメにした! 車に限らず全ての機械は「より便利」を生み出すために作られるのだけど、たまに使って「あぁ便利!」となるぶんにはいいものの、より便利が日常になると人間の劣化が激しい。今やマニュアル車を運転できない人だって珍しくないですね。

 オートマ車は特に渋滞の激しい地域ではとても便利。だけれど車を操作している度合いはマニュアル車に遠く及びません。そもそも運転に対して割く集中力がぜんぜん低い。オートマ車でよくある「アクセルとブレーキの踏み違い」は運転者のミスなわけだけれど、そんなミスが起きやすいのも集中していないからでしょう。

 マニュアル車だって乗り慣れてしまえば、別段特別な集中力を注がなくても自然に運転することができます。だけどやっぱりそれでも、オートマよりは「今、自分の車はどんな状態か」を認識している度は高いと思います。アクセルを離せばエンブレが利くから無駄にブレーキを踏まないし、上り坂になれば回転数が落ちてくるからスピードが低下しているのがわかりやすい。高速道路での渋滞緩和にもなると思いますね。上手に乗れば燃費もいいというのも利点でしょう。車に対して、交通社会に対してもっと責任のある運転をするようになるのではないでしょうか。
 ちなみにヨーロッパではマニュアル車が圧倒的多数です。このコラムで幾度となく紹介している円熟したヨーロッパの交通事情は、こういった車と向き合うような姿勢からもきているのではないかと感じることもあります。ちなみにヨーロッパでレンタカーするときはオートマを指定しておかないとマニュアルが来ちゃいますからね、気をつけてください。実体験として、オートマをお願いしたら体が不自由な人と思われたことがあります。それだけマニュアルが一般的なんですね。

 さて、オートマ、マニュアルの話とはちょっと離れるのですが、最近多くなってきた衝突回避システム。テレビCMなんかでやってますね。前の車にぶつかりそうになったら、車がそれを判断してブレーキしてくれるというやつ。アレを見るとため息が出ます。衝突回避システムに慣れてしまったら、そもそもドライバーが衝突を回避しようとする意識そのものが希薄になるからさらにドライバーの劣化が進むでしょう。前の車とのスピード差や距離といった関係性も把握しないままに運転している人は運転しない方がいいですよ。電車に乗って下さいな。

 さらに言えば、レーン保持機能とか、暗くなったらライトが自動的に点く機能とかも同じです。レーンを保持できない運転技術だったらもう一度教習所に行ったほうがいいし、疲れて保持できないなら休憩をとるべきでしょう。ライトを自動で点ける機能もドライバーの判断力を退化させてることに間違いはないけれど、まぁこれは比較的安全かもしれない。でもね、前にも書いたけど雨の日もライトを点けるべきなんですよ。だったらワイパーとも連動にするべきでしょ? ワイパーをつけたらライトも自動的に点くべきでしょ、自動がいいのならば。

 ライトの話は筆が進んじゃうなぁ! そもそもメーターの照明がライトと連動じゃなくなったのが原因じゃないか。メーター照明が暗ければそれを見るためにライトを点けるけど、今はメーター照明がいつも点いてるからライトを点けるタイミングがわからない。あぁ、自動車業界はちょっとヌケてるとしか思えないよホントに。ドライバーの劣化を進める無駄な安全装置は、長期的に見ればBADドライバーを育成してるようなものだから意味がないんですよ! そんなことよりもドライバーの教育に力を入れるべきなのです。免許取得のための教育ではなく、実践的な、ね。

 極論を言えばABSもしかりです。バイクのABSつきのものに乗ると、フルブレーキが怖くなくなるわけですね。ましてや前後連動だったりすると、もうフロントブレーキなんて使わなくなる。止まろうと思ったらリアブレーキを、何の躊躇もなくグイッと踏み込めばいいだけ。ロックするかもしれない、転倒するかもしれない、などと考えながら適切な入力をする、といった操作から開放されてしまうのです。そりゃ便利ですよ。転ぶことも少なくなるでしょうし、最短距離に近い距離で停止することもできるでしょう。だけど今度はABSのついていないバイクに乗り換えた時、手や足のブレーキに対するセンサーが劣化していることに気づくのです。フロントブレーキは怖くて握れないし、リアはすぐにロックしてスライドする。自分の劣化が如実に感じられます。

 あぁ、盛り上がってしまったらOld Billの話を書くスペースがなくなってしまった…。

 では簡単に。Old Billとは、おまわりさんのことを言います。Oldとは、単語としては単純に「古い」という意味ですが、名詞の前につけることにより「古くからの仲間」的に、親しみを持っている表現になります。例えば昔からの仲間のことはOld Mateといいますし、父親のことを親しみをこめて言う時はOld Dadと言います。Billは、ウィリアムを短くした愛称です。ではなぜおまわりさんのことを「親しいビル」と言うのか。諸説ありますが有力なものを。

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 イギリスにおける現代警察システムを提唱し、初代の警視総監に就いた人が、ウィリアム・ピールという人物だったからという説が有力です。これを証明するように、Old Billの他に警官をPeelers(ピーラーズ)などと呼んでいた時期もあったようです。

 さらに親しみをこめる言い回しになったのは、当初この新しい警察システムが施行されたとき、今までと違う様々なことに警官たちは柔軟に対応しなければいけなかったため。新たなシステムにシフトしていく過程で警察官は親しみをもたれるようになったそうですよ。いい話ですね。Old Billは日本語の「警察官」というイメージではなく「おまわりさん」といったニュアンスなんです。

 ま、別の説ではウィリアム・ピールではなく、彼の名前はロバート・ピールだったというのもあります。警察官のことを「ボビーズ」と呼ぶ場合もあるため、こちらも信憑性がありますね。本当はどうなんでしょう。

 日本でおまわりさんをわざわざ「オールド・ビル」と呼ぶ機会はあまりないでしょう。でもOldという表現は使えますよ。長く付き合ってる、親しみのあるバイクを、My Old Bikeと言ったりしますから。

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 長く親しんできたバイクや車、ABSも衝突回避システムもついていないでしょう。その分、運転者であるアナタが担当する部分、責任もって操作する部分が多いわけです。こうして親しみが湧き、運転技術の水準が保たれるわけですよ! と締めくくるのは強引でしょうか。

筆者 
ステファン・ガンスリンガー

1987年に、クラウザーチームから80ccの世界選手権に参戦。当時はデルビと熱い戦いを繰り広げ、デルビのランキング1・2位に次ぐ、3・4・5位をクラウザーチームが獲得した。とてもシンプルなマシンでレースをしていた世代だけに、最近の様々な電子制御技術に疑問を呈し、口癖は「トラコン禁止!」。しかし「じゃあラジアルタイヤも禁止か? 倒立フォークもアルミフレームも禁止か?」と言われると何も言い返せず、そんな彼に親しみをこめてみんなはオールド・ステファンと呼ぶ。ハイロウズ大好き。
※例によって写真はイメージです。



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